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鑑定団来る

 
 
「それでは、もう会場の方にはお客さんが入っていますので、鑑定師の方々は控え室の方でスタンバっていてください。鑑定品の種類によって、その都度お呼びするか、別室で鑑定していただきますので。依頼人の方々は順番にお呼びしますので、それまで控え室で待っていてください。出番が終われば、客席の方への移動は自由です。お預かりした依頼品は、後でお返しします。小さなお宝の場合は、御自身でお持ちいただいても構いません。ただし、その場合、ステージでワゴンに載せていただいたりしますので、御了承ください。くれぐれも、偽物と分かってもゴミ箱に捨てるようなことはしないでくださいね。また、危険物と見なされた物は、こちらで確保させていただくことがあります」
 シャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)が、番組開始前の諸注意を集まった者たちにむかってしていた。録画番組とはいえ、秩序だった行動をしてもらわなければ困る。
 控え室には、十九人の鑑定士が集まっていた。それぞれ、専門分野はまちまちだ。
 依頼人の方は、また別の部屋で出番を待って、わいわいと交流を重ねている。
「お宝の方は、こちらで纏めて預かっていますから、警備の方はお願いしますね」
 数人のガードマンに囲まれた部屋を訪れて、シャレード・ムーンが確認をした。
「それなのですが……」
 全身をパワードアーマーにつつんだ警備担当の東 朱鷺(あずま・とき)が、出演者控え室の方にさっと目配せをする。
「どうかしたの?」
「怪しい者が一人……」
 東朱鷺の指し示す方には仮面の男が一人、楽しそうに周りの者としゃべっていた。
「確かに、見るからに怪しそうだけれど、仮面とかしている人間はパラミタにはたくさんいるし……」
 気にしすぎではないかと、シャレード・ムーンが東朱鷺に言った。
「いえ、朱鷺の長年の経験が、あの男は怪しいと言っています。特に、鑑定品が危険です」
 強く東朱鷺が進言した。
「念のため、一度御確認を」
「仕方ないわね」
 確認すれば気がすむだろうと、シャレード・ムーンが東朱鷺と一緒に鑑定品の保管室にむかうと、すでに先客がいた。
「あなた、ここで何をしているの」
 誰何するシャレード・ムーンの声に、東朱鷺が素早く碧血のカーマインを不審者にむけた。
「手前は、怪しい者ではありません」
「充分に怪しいわよ」
 答える空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)に、シャレード・ムーンが東朱鷺に即座に拘束するように指示した。
「まあ、待って、これを見てからにしてください。さあ、とくと御覧じよ。
 そう言って、空京稲荷狐樹廊が、一つのメガネを差し出した。いつの間にか、依頼品の一つを手にしていたらしい。
「まあ、泥棒……って、なあに、そのメガネは」
 何の変哲もないメガネだが、なんだか禍々しい雰囲気がする。オカルティックなその感覚に気づいたのか、東朱鷺も自然と銃口を空京稲荷狐樹廊からそのメガネの方へとむけていた。
「コンジュラーでない者には分からないかもしれませんね。これを見ていただきたい」
 そう言うと、空京稲荷狐樹廊がソートグラフィーで撮したそのメガネの写真を二人に差し出した。
 そこには、メガネにまとわりついている、戯画のような生物とは言えないような物が映っていた。
「うっ、気持ち悪い」
 思わず、シャレード・ムーンが口許を押さえる。
「破壊しますか?」
 東朱鷺が確認を求めた。
「いえ、このような物は、破壊しては逆効果です。よろしければ、手前が空京稲荷に封印してきますが?」
「ぜひ、そうしてちょうだい」
「では、すぐに」
 シャレード・ムーンの了承を得て、空京稲荷狐樹廊はそのメガネを持ち出していった。
 最近、空京でのイベントには必ず犯罪が関わっている。それが、空京そのものを狙っているものだとしたら空京稲荷の地祇である空京稲荷狐樹廊としては見過ごすわけにはいかなかった。どんな小さな芽でも、育つ前に完膚無きまでに叩き潰す覚悟だ。これもその芽の一つかもしれないと、空京稲荷狐樹廊は思い込んでいた。
「持ち主の方はいかがします?」
「まだ、あれで何をしようとしたいたのか分からないから、とりあえずは泳がしておきなさい。単純にアイテムの由来を調べに来た可能性もあるから」
 そう指示を与えると、シャレード・ムーンは控え室の方へと戻っていった。
「ああ、シャレードさん、今日の鑑定士としてお世話になる佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)ともうします〜。ああ、これは、お土産ですのでぇ、後でお食べください〜――ファンなんです!」
「あっ、これは御丁寧にどうも」
 儀礼的に、シャレード・ムーンが佐々木弥十郎からパンナコッタの入ったケーキの箱を受け取った。
 それにしても、今一瞬だけ、雰囲気が変わったような気がしたのは気のせいだろうか。
「私の顔に何かついてますかぁ」
 シャレード・ムーンにまじまじと見つめ返されて、佐々木弥十郎がちょっと小首をかしげた。
 ――やべー、勘がいいな。危なくばれるところだったぜ。
 佐々木弥十郎に憑依していた伊勢 敦(いせ・あつし)が、内心焦って、さらに自身の存在を佐々木弥十郎の心の奥深くに隠し込んだ。
 シャレード・ムーンへの差し入れは、彼女のファンである伊勢敦の意志だ。だが、ファンとしてプレゼントを渡すためだけに憑依したいと言ったら、今日の鑑定士の仕事を楽しみにしていた伊勢敦としては絶対に拒否しただろう。いったん憑依させた上で意識を明け渡したら、追い出すまでは意識を取り戻せないからだ。それでは、鑑定することができなくなってしまう。
 そのため、伊勢敦は佐々木弥十郎がまだ寝ている早朝に、こっそりと彼に憑依したのだった。もちろん、後でばれても問題にならないように意識に手はだしていない。単純に背後霊のような憑き方である。
 ただし、差し入れだけはしてもらえるように、寝ている間にずっと差し入れをしたくなる差し入れをしたくなるとささやきかけておいた。いわゆる睡眠学習による暗示である。
 うまくいく保証はなかったのだが、とりあえず今回はうまくいったようだ。ちゃんと差し入れを持って家を出た佐々木弥十郎は、しっかりとそれをシャレード・ムーンへ手渡してくれたのだから。
「あれぇ、何か変な物触りましたかぁ?」
 佐々木弥十郎が、ちょっと怪訝な顔をした。わずかに触れ合ったシャレード・ムーンの指先に違和感を感じたらしい。実家が神社のせいもあってか、先ほどの怪しいメガネの気配を察知したのだろう。
「それなら、もう処理済みなんで、気にしなくてもいいです。時間まで、ゆっくりしていてくださいね」
 蒸し返されても面倒くさいと、シャレード・ムーンがやんわりと受け流した。
「ボス、ファンの方が、差し入れ持ってきてるんですが」
 日堂 真宵(にちどう・まよい)が、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)を伴ってやってきた。今回もバイトで雑用をしている。
「頑張ってください。応援しています」
「どうもありがとう」
 手作りクッキーを手渡すセシリア・ライトに、シャレード・ムーンがニッコリと営業スマイルで微笑んだ。
「後で、スタッフでいただきますね」
 もらったクッキーを、大谷文美と日堂真宵と東朱鷺の分を入れて四つに分けながら、シャレード・ムーンが言った。
「じゃ、後はさっさと観客席で待っててよね」
 ちょっとぞんざいに日堂真宵がセシリア・ライトをエスコートしていく。
「なに、嫌な臭い……」
 鑑定士控え室の前を通ったとき、セシリア・ライトが鼻の頭に皺を寄せてつぶやいた。
「気にしちゃだめよ。あんな臭いはないったらないの」
 ごまかすように言い含めると、日堂真宵はセシリア・ライトの手を引っぱった。