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とりかえばや男の娘

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とりかえばや男の娘

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 こうして、万全の体勢を整えた一行だったが、それから数日不気味なほど静かだった。あれほど執拗に襲って来た甲賀の忍び達もすっかり気配をひそめている。

「もう、あきらめたのかな?」
 アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)は弁当の握り飯をかじりながらリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に言った。
「そんなに、簡単にあきらめるとは思えないけど」
 リカインはサラダを突っつきながら答える。
 ちなみに、今は昼休み中だ。川の岸辺の岩場のあちこちで、仲間達が各々くつろいでいる。その姿は、どう見てもピクニックといった風景だ。
「でも……もし、これで終わっちゃったらがっかりよね。せっかくアレックスのいい修行になると思ってたのに」
「なんだよ。そんな意図があったのか?」
 アレックスが驚いている。
「そうよ! 好き放題暴れるのではなく『誰かを守る戦い』もアレックスにはいい経験でしょ?」
「……むしろリカインのほうがそういうの慣れてないと思うぜ……」
 リカインのリュックの奥で禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)がつぶやいた。今回、彼は本来の書物の姿になりこっそりとついて来ている。リカインにバレるとポイ捨てされるのが分かりきっているので、本当に荷物の一つとして、竜胆に関わる人や本人の言動にただただ耳を傾け続けている。
「リカイン、兄貴! 竜胆さんが……!」
 サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)が前方を指差して叫んだ。見ると、軍服姿の竜胆が1人で山道を登って行くのが見える。
「どこに行く気かしら?」
 リカインは立ち上がって竜胆の後を追った。さらにその後をアレックスとサンドラがついて行く。やがてついたのは、一同が休んでいるところからはさほど遠くない、山腹にある小さな展望台だった。

「なんて、美しい……」
 竜胆は眼下に広がる風景を見てため息をついた。眼下には葦野原と幾重にも連なる田園が広がりその両脇を緑の山裾が囲んでいる。平野を貫く河が銀色にキラキラと輝き、さらに向こうに目を転じれば果てしない雲の海。

「景色を見に来ただけみたいだよ……」
「みたいね」
 「戻りましょうか」とリカインがきびすを返しかけた時、サンドラが叫んだ。
「何か、来る!」
「え?」
 リカインが振り返る。
「竜胆さんの持ってる横笛に、禁漁区をかけさせてもらってたの。今、反応が……」
 三人の間に緊張がはしった。
 やがて現れたのは、マホロバ人だ。
「一人……いや、二人だ」
 アレックスの殺気看破能力が、もう一人……見えざる敵の存在を捕らえていた。
「あなたは、誰ですか?」
 尋ねる竜胆に向かって、マホロバ人は冷酷な笑みを浮かべた。そして、スラリと刃を抜き、見えざる何者かにむかって言った。
「絡めよ」
 ……シャー!
 何かの音がする。
 リカイン達は竜胆を守るべく、その見えざる敵達の前に飛び込んで行った。
 アレックスが龍骨の剣を構えて、一同にオートガードとフォーティテュードをかける。一同の物理防御と、精神力が上がる。さらに、サンドラが荒ぶる力を唱えた。味方全体の物理攻撃力が上昇。
 そして、アレックスが龍骨の剣を手に、ライトブリンガーを展開。
 ドゥ!
 見えない敵に、ダメージが与えられ、その姿が露になる。なんと、それは体長2メートルはある大蛇だった。
「うわ。気持ち悪い……」
 リカインが眉をひそめる。しかし、気持ち悪がっている場合ではない、激励と震える魂で仲間達の補助に専念する。
 アレックスは、龍骨の剣を構えると、その頭部を狙い剣を振り下ろした。大蛇は口を開けてアレックスの腕に噛み付こうとする。
「うわ……!」
 アレックスは思わず後ろに飛びすさった。そのアレックスの横腹を大蛇の尻尾が横に払う。地面に叩き付けられるアレックス。
「兄貴!」
 サンドラが命のうねりを唱えた。神の力が生命力となってほとばしり、アレックスの体力が回復。アレックスは、立ち上がると再び大蛇に対峙する。サンドラはドンネルケーファーを呼び出し、大蛇に向かって突撃させた。ドンネルケーファーは雷を帯びた角を大蛇に突き立てる。
 ……シャー!
 大蛇は、痛みに暴れ回った。その隙をつき、頭部にアレックスが剣を振り下ろす。
 ズ……ガア……!
 どす黒い血を噴きだしながら、大蛇の頭が落ちる。
「やったぜ!」
 アレックスは、ポーズを決めて、マホロバ人に対峙しようとした。しかし、奇妙な事に、その時にはマホロバ人の姿も気配も既に消えていた。

 
 その頃、ルカルカは1人平原の上を飛んでいた。
 既に、目の前には盗賊どもの後ろ姿も見える。あれを捕まえれば、竜胆の小太刀も取り返せるはずだ……。ルカルカはスピードを上げた。ベルフラマントに身を包み、気配はかくしている。
 ところがその時……。
 あと少しで追いつくかと思われた盗賊達が、目の前でぐにゃりと曲がった。そう、まさに曲がったのである。それは、まるで、捻り上げられる雑巾のようにも見えた。盗賊達は捻り上げられながら悲鳴を上げると、四方に血をまき散らし断末魔の叫びを上げて壊れていった。さらに、その壊れた死体を、目に見えない何かが呑んで行く。盗賊達は何も無い透明な空気の中に足元から呑まれて消えて行った。
 ……何?
 ルカルカは、全身が総毛立って動けなくなる。
 盗賊達の姿が見えざる何かに呑まれると同時に、地面に投げ捨てられていた小太刀も消えた。
 ……何かいる……?
 ルカルカは何者かの気配を感じた。
 ……もしかしたら黒幕かも!……
 ルカルカはそう思うと、地面に着地して『何者か』達の気配を追おうとした。ところが……

 ドス! ドス!

 追おうとしたルカルカの足元めがけて、手裏剣が飛んでくる。
 それと、ほぼ同時に空を切って忍び達が現れた。甲賀の忍び達だ。
「何をかぎ回っている」
 忍びの中のリーダーらしきものが言った。今日は六角道元はいないようだ。
 ……自分たちこそ、なんでこんな所にいるのかな!
 と言いたい気持ちを抑えて、
「え?と……」
 ルカルカがなんとかごまかそうとした時、
「何者であろうが、この先には行かさん!」
 答えるより先に、忍び達が襲いかかって来た。四方からの攻撃だ。
「これは、さすがに厄介そうだね」
 と、ルカルカはナギナタを構え、大きくジャンプした。そして、龍飛翔突を展開し、忍び達を次々に倒して行く。
 しかし、倒しても倒しても忍び達は次々に現れ襲いかかって来た。多勢に無勢。さすがのルカルカの息もだんだん上がってくる。

 峠の茶屋で芦原 郁乃(あはら・いくの)は団子を頬張っていた。
「ク〜ッ!なんて萌えるもとい燃えるシチュエーション!!」
 郁乃は茶をすすりながら言う。
「『影ながら主君を守る』って、あれだよね?風車なお方や入浴シーンなあの人みたいなやつでしょ? いいよねぇ〜! 一度やってみたかったんだよ! せっかく忍者なんだもん」
「良かったですね」
 郁乃の手荷物の中で蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)が答えた。彼女は今回は書物の姿で同行している。
「主は、『理想の忍者は風車の弥七』と、きっとアンケートに書くに違いないというような方ですからね」
「そう! 忍者なことは表に見せず、自分が見守ってることを目立たせず、それとなく、さりげなく、あたりまえに敵を闇に葬り去る……これだよ! 忍者の醍醐味、生き甲斐、存在意義ですよ!」
 とはいえ、本来守るはずの竜胆一行からはかなり距離が離れてしまっている。しかし、それでいいのだ。今、彼女が護衛しようとしているのは、別な人物なのだから。

「……!」
 突然、彼女の超感覚がただならぬ気配をとらえた。
「ピンチだわ!」
 郁乃は叫ぶと、千里走りの術で走り出した。
 しばらくすると、敵の存在を発見。敵は、大勢でルカルカに襲いかかっている。郁乃は「隠形の術」を唱えると、密かに忍び達に接近して行った。そして、栄光の刀を構え、ブラインドナイブスを次々に展開した。目の前の忍び達が声も無く倒れて行く。
 しかし、鋭敏な忍び達は郁乃の気配に気付いたようだ。
「そこか!」
 「隠形の術」で姿の見えないはずの郁乃に向かって『くない』を投げつけてくる。
「はっ!」
 郁乃は飛び上がってそれを避けた。しかし、
「そこだ!」
 再び忍び達が『くない』で狙って来る。
「主の危機!」
 マビノギオンはつぶやくと、天のいかづちを唱え、遠方の木に稲妻を落とした。
「何?」
 忍び達は雷に撃たれた木の方を見る。その隙をつき、郁乃は再びブラインドナイブスで忍び達を倒して行った。

 こうして、忍び達を倒してしまうと、郁乃は「隠形の術」を解き、元の村娘の姿に戻った。
「ありがとう。助かったよ!」
 ルカルカが駆け寄ってくる。
「君は、誰?」
 すると、郁乃は「名乗るようなものじゃありません」と、片膝ついてかしこまり、どこへとも無くシュッと姿を消した。