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とりかえばや男の娘

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とりかえばや男の娘

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「十兵衛殿」
 竜胆が十兵衛の手を握りしめる。
「よかった。ご無事でよかった……」
 涙ぐむ竜胆を、しかし、十兵衛は叱りつけた。
「なぜ、あのような事をしたのです?」
「え?」
「自分から正体を明かすような真似を、なぜしたのですか?」
「それは……」
 竜胆は驚いた。まさか、そんな事で叱られると思わなかったからだ。しかし、黙って引き下がるわけにはいかない。
「当然の事をしたまでです。あなたなら、目の前で自分の身代わりに人が殺されようとしているのに、黙って見過ごせますか?」
「では、あの時あなたに蒼殿が救えたのか?」
「それは……」
 竜胆は口ごもる。
 分かっている。今の自分にそんな事は無理だ。それどころか、自分が名乗り出たおかげで十兵衛に重傷まで負わせてしまった。
「それでも……たとえ無理でも……見過ごしにできぬのが人の道ではないでしょうか?」
「竜胆殿、あなたの心は美しい。人としても正しい。しかし、それだけでは人は救えぬ。人を救いたければ、自分も強くなりなされ。この先、日下部家を背負って立つならばなおさら……」
「また、日下部家ですか」
 竜胆はため息をついた。
「日下部家のため、日下部家のため……あなたのお心には日下部家しかないのですか?」
「左様。拙者の生きる本分は、日下部家をお守りする事……つぅっ!」
 十兵衛が傷口を押さえる。
「十兵衛さん。あんまり喋っちゃ、ダメですぅ。キズが悪化しちゃいますよ」
 ルーシェリアは十兵衛を無理矢理寝かせ、布団をかけた。
「……ついていけませぬ」
 竜胆はそっぽを向いて部屋を出て行った。
「ふふふ……」
 アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が笑いながら寄って来た。
「あの、十兵衛殿という人は、なんとも、古風で頑な人ですね」
「私にはついて行けませぬ」
 竜胆が答えると、アルトリアはクスクス笑いながら言った。
「しかし、あの方の言う事にも一理ある。人の上に立とうとするものは、軽々しく命を粗末にしてはならないのです。あなたの肩に、日下部家の家臣の運命がかかってくるのですから」
「……私の肩に……?」
「そうです。この旅に出たときから、あなたの命は、既にあなた一人の物ではなくなっているのです」
「人の上に立つとは、そのように重い物を背負わねばならないのでしょうか?」
「そうです。ですから、生半可な覚悟であるなら、今すぐにでも道を引き返した方がいいでしょう」
「できるものなら、引き返したい。しかし、この戦いは既に引き返せない戦いなのだと、十兵衛殿に言われております」
「大切なのは、自分の気持ちです」
 アルトリアは言った。
「周りの意見に耳を傾けることは重要ですが、傾けすぎて流されるばかりでは逆に侮られるでしょう。自らの確たる心を持ち、間違っていることには間違っていると言えるようになりましょう。それ王たる者の道」
「自らの確たる心?」
「しかし、侮られないためだからと、周りを畏れさせるのでは主失格です。畏怖ではなく、畏敬の念を持たれるようになりましょう……まぁ、わざわざ言うまでもないことかもしれませんがね」
「アルトリアさんとおっしゃいましたね。なぜ、そのような事を教えて下さるのです
?」
 すると、アルトリアに変わってルーシェリアが答えた。
「アルトリアちゃんは、今は英霊ですが、英霊になる前は王様。それも女性ということを隠してだったそうです」
「え? それでは、私とは真逆の立場?」
「そうです」
 アルトリアはうなずいた。
「ですから、失礼ですが竜胆殿のことは他人とは思えないのです。生い立ち等をいきなり言われ、戸惑うことも失敗することもあるでしょう。ただ知っておくべきことを予め理解しておくことで、それらのミスを減らすこともできるでしょうし。ですから、微力ながら、自分が教えてさし上げられる事でも話せればと」
「そうですか」
 竜胆はうなずき返した。
「ありがとうございます。正直、日下部家を継ぐ事に心から納得しているわけではありませぬが、やるからにはしっかりやり遂げたいと思っております。あなたのお言葉、胆に命じておきます」

 それから、竜胆は本堂に戻り、皆に混じって眠る事にした。目を閉じると、いろいろな想念が浮かんでは消えて行く。皆に言われた言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 結局は、自分らしくあればいいのかもしれない。私もそうありたい。男であろうが、女であろうが、私は私自身でありたい。でも、この先日下部家の運命を背負わねばならないかもしれない自分に、そんな事が許されるのだろうか?

 その夜、竜胆は不思議な夢を見た。
 どこか、懐かしい気がする美しい女性が出て来て竜胆にこう告げるのだ。

「恐れるな。そなたには、乗り越えるだけの力がある」
「本当に、私に乗り越えるだけの力があるのでしょうか?」
 竜胆は女性に聞き返した。すると、女性はうなずいた。
「自信を持て。そなたには、この珠姫と同じ力が授けられている」
「珠姫?」
「そうじゃ。その、破邪の笛をふけるのがその証……」
「この、破邪の笛?」
 竜胆は、いつも懐に入れている横笛に手を当てた。
「そう。忘れるな。その光の音色は闇をもかき消すであろう」

 目覚めた後も、竜胆はその珠姫の言葉をはっきりと覚えていた。