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リアクション
●二人にとっての七月七日
携帯電話『CINEMA』の立体ホログラムスクリーンには、照れながらぎこちなく踊るミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が映し出されていた。これは、現在誰と会話しているのかを示すしるしだ。
その映像に向かって矢野 佑一(やの・ゆういち)は言う。
「どの笹? 笹と言ってもたくさんあるんだけど?」
「むぅ……。えーと、この笹っ! カメラオンにして」
すると佑一の前の画面に、精巧な立体動画が映し出された。
「この笹だよ。早く迎えに来てー」
というミシェルの声を聞いて、佑一は自分の額を手で押さえていた。
「それ、さっき僕が前を通り過ぎた笹だ……、わかったからミシェル、動かないで」
早い話が祭の会場で、佑一はミシェルとはぐれてしまったのだ。長い間携帯電話でやりとりをして、なんとか合流することができたのだった。
ところがミシェルは、まだ佑一に気づいていないようだ。不安げな様子で、左右を見ている。
戸惑うその姿が可愛らしく、意地悪してしばらくこのままでいようかとも思ったが、それも可哀想だ。
「思ってた以上に人が混んでるからな……」
と呼びかけ、佑一は背後からミシェルの手をしっかりと握った。
それだけではない、彼はミシェルを引き寄せ、背中からぎゅっと抱いたのだ。
ぽすっ、とミシェルの頭が、佑一の喉のあたりに当たった。
「もう、はぐれないようにしておかないと」
佑一は口元をほころばせていた。ミシェルは、バニラのような甘い香りがした。
「な、なに佑一さんこの扱いは−」
ぷくっ、とリスのように頬を膨らませてミシェルは抗議するのである。
「ボク、男の子なのに」
「そうだね。迷子になっても泣かずにがんばったね」
「そんな小さい子みたいに扱わないでよう」
と、抗議口調ではあるものの、ミシェルは合流できてほっとしているようだ。照れているのかうつむき気味でもあり、口ぶりは優しい。
「ごめんごめん。でも、もうミシェルがはぐれちゃうのは嫌だし、しばらくは手をつないで歩こう」
「うーん……まあ、佑一がどうしてもそうしたいってんなら、手をつないであげてもいいよ」
「じゃあ、『どうしても』って言おう」
「むぅ……じゃ、仕方がないからつないであげる!」
強がってはいるものの、ミシェルは満面の笑顔で自分から手を伸ばし、佑一の手を取るのだった。
合流先の笹に、彼ら二人は短冊を飾った。
もちろん片方の手はつないだままで。
『いつもあたたかく手を握ってくれて ありがとう』
と、白い短冊をつるして佑一がミシェルに目をやるなり、
「だめっ、ボクのは見ちゃだめなんだよ」
空いたほうの手をぶんぶん振って、ミシェルは彼の視界を遮るのだった。
「秘密にしておきたいのなら、見ないから大丈夫だよ」
佑一は微笑んで屋台を指さした。
「さ、ポップコーンでも食べに行こう」
「お、いいね、そうしよう」
くすみのある銀の瞳を輝かせ、ミシェルは賛成した。
ミシェルがどうしても隠そうとした短冊、そこには、
『いつか話すから その時までごめんなさい』
と一言、記されていた。
樹月 刀真(きづき・とうま)の顔から、笑顔が消えて久しい。
今日も彼は、祭に来たというのに浮かれもせず、それどころかにこりともせず、白い短冊を笹に架けていた。
白い短冊は、言葉に出来ぬ感謝、あるいは、伝えたい謝罪の気持ちを書き記す短冊だ。
そこには、『環菜、あの時護れなくてゴメン』とあった。
御神楽環菜の願いでクイーン・ヴァンガードに入って、そのまま特別隊員になり……更に彼女の力になれるとロイヤルガードになると決めた。
それなのに刀真は彼女を護れず、あろうことか彼の目の前で殺されてしまった。
確かに、結果的には環菜は生き返ることができた。
しかし――刀真はその結果に甘える気はない――だからといって、刀真が彼女を護れなかったという事実がなくなるわけではないのだ。
(「俺たちが……俺が、弱いから環菜を護れず死なせてしまった……それが事実で、すべてだ」)
「ねえ」
刀真を見守る漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、目に哀しみをたたえて問うた。
「刀真、最近笑わないよね?」
「かもな」
「思い詰めてるようだけど……何か悩んでるの?」
「正確には、『悩んでいた』だな」
短冊をつるすと、彼は振り返って告げた。
「もう心は決まった」
そして彼は、自分の意志を月夜に語ったのだった。
ある程度予想はしていたが、それでも月夜は驚きを隠せなかった。
ハイナ・ウィルソンが自身の髪をすくと、風になびく若草の茂みがそこに、現れたかのようになる。
「綺麗……だね」
うっとりしたような口調で笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が言うと、
「まったくでありんす。満面の星空というのは、どうにも詩情をかきたてるものでありんす」
うんうんとハイナは頷くのであった。
「いや、空の星の話じゃなくて」
紅鵡はいくらか、照れくさげに告げた。
「その……ハイナさんが」
あっはっは、そう笑ったかと思いきや、ハイナは珍しくうつむいた。
「あまりわっちをおだてるものではないですわえ。そんな不意打ちはさすがに照れるでありんす」
ハイナもやはり乙女、純粋に褒められると、気恥ずかしくも嬉しいらしい。
一人で歩いていたハイナに、紅鵡が話しかけたのがきっかけだった。それまで面識らしい面識はなかったものの、二人はすぐに意気投合し、しばし夏祭りの夜を共に過ごしたのである。
「そういえば、紅鵡は単身参加かえ?」
「いや、一人で来たわけじゃないんだけど……」
困ったように紅鵡は、頬をぽりぽりとかいた。
まず、学園への道の途上で、
「あー、星なんか見たってお腹いっぱいにならないよぅ〜。だでぃくーる祭りに行こーよ!」
と言ってノヴァ・ルージュ(のうぁ・るーじゅ)はアインス・シュラーク(あいんす・しゅらーく)の腕を引いてバーベキュー会場のほうへ歩んでいった。
「紅鵡さま、ごめんなさいね……」
アインスは一礼してノヴァに従った。
やがて、緑色の短冊に紅鵡とパートナーたちの健康について記していたブリジッタ・クロード(ぶりじった・くろーど)も、
「やっぱり私もダディクール祭が気になります。小腹が空いてきたし」
肉をもらってくると一言告げて、紅鵡を残してダディクール会場へ移動したのだった。
こうして一人になってしまった紅鵡だが、運良くハイナを見つけ、この夜を共にすごすことができた。
それはそれで良かったと思う。
「おっ、あのこちらに歩いてくる娘は、紅鵡の関係者でありんすか?」
ハイナが、肘で紅鵡の脇をつついた。
「あ、うん、ブリジッタって言うんだ」
そのブリジッタが手にしたトレーには、バーベキュー肉がこんもりと盛られていた。
「ではわっちは、これにて」
達者で、と告げてハイナは去った。気を利かせてくれたようだ。
「いい感じに焼けたお肉や野菜を分けてもらいました」
ブリジッタはトレーを上げ、笑って見せた。
グランドの隅に移動して、星空を見上げ、トレーの肉や野菜を食べる。
「織姫星と彦星、二人は互いに恋しあっていたけど天帝に見咎められて年に一度、七月七日の日のみ、天の川を渡って会うこと許されるようになったんだ」
という紅鵡の話を、ブリジッタは頷きながら聞いている。
彼女の吐息を間近で聞きつつ、紅鵡は言った。
「本来は神事なんだけど、いいよね?」
最後のフレーズは、ゆっくりと告げる。
「……ブリジッタと、一緒に見られるんだから」
身を寄せ合う。