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リアクション
「ふむ……バーテンダーに酒をもう一杯頼もうとしたら、姿が見えなくなったな」
先ほど行われた846プロライブにて、披露したセルシウスはカウンターでビールを頼み静かに味わって飲んでいた。
「ふ……我がエリュシオンでも、ガラス工房の職人は仕事中にもビールを飲む事が認められている。その理由がこんな蛮族共の酒場でわかるとはな……しかし」
と、ビールジョッキを持ち上げて見てみる。
「とりあえずビールか……皆がこの銘柄を求めるのも理解出来る旨さだな。このブランドを我が帝国にも招致したいものだ。『とりあえず』工房というのを今度あたってみるか……」
そう呟いたセルシウスが、一つ離れた席に座る客を見て驚愕の表情を見せる。
「(何と! この様な豪の者がいたのか!!)」
カウンターで一人、静かにテキーラをショットグラスで飲んでるのはガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)である。
ガランの目の前には、小皿に塩とライムが置かれており、時折それを口に含んでいる。当然、チェイサー(水)等は無い。まさに雄々しき酒の飲み方であった。
「ん?」
ガランがセルシウスの視線に気づく。
「何かあるのか? 貴殿?」
「いや、美味そうな、良い酒の飲み方だなと思っただけだ」
ガランがコトンとショットグラスを置き、
「古代から酒は人の生活に根付いている。どんな時代であっても酒が不味くなる事はないのだよ」
幾多の年月を過ごしてきた様な言い方にセルシウスが頷く。
「うむ。嬉しい時でも、悲しい時でも酒は飲みたくなる。そんな魔力がある気がするな」
「こうして飲んでいると、昔のオレも酒が好きだったのだと思うのだ。多分……」
「……昔の、とは?」
セルシウスがガランに問いかけようとすると、
「ガラン。ここにいたのか?」
十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)が肉を齧りつつやって来る。
「つぐむか」
「ったく、店が満席だから皆バラバラっていうのは面倒だぜ」
つぐむがガランとセルシウスの間に座り、セルシウスを見て、
「俺は十田島つぐむ。あんたは?」
「私はセルシウスだ」
「セルシウス? 性は?」
「スマンが……そこは聞かないで欲しい」
「そうか。まぁ、人には色々有るしな」
と、手に持った肉を齧る。
「つぐむ……そのウマそうな肉は何だ?」
「ああ、メニューを見ていたらあった。これ、まるでマンガ肉だよな?」
つぐむが持っているのは、一本の骨の間にコンモリと分厚い肉が巻き付いた一品である。
その形は、まさにマンガでよく見るそれである。
セルシウスの腹がグゥーと鳴る。思い起こせば、エリュシオンを旅立ってからあまりマトモな食事をしていない。
「何だ、腹が減っているのか?」
つぐむにセルシウスが頷く。
「俺達も冒険を終えてここに立ち寄ったからな。飯が美味くて助かってる」
『酒場は命の選択』と豪語するつぐむが、また肉に齧りつく。
滴る肉汁。中身はミディアムレア。まさに『上手に焼けました』的に焼きあげられている。
「確かに……酒場もいいが、この辺境にも立ち食い蕎麦屋の一件くらいは欲しいものだな」
ガランが塩を一掴みして口へ入れ、その後素早くライムを絞って飲み込む。
「立ち食い蕎麦屋? 何だそれは?」
「貴殿、知らないのか?」
「無論。蕎麦は知っている。だが、立ち食いというのは聞いた事がない」
「別に全員が立つってわけじゃないけどな」
つぐむがそう言って肉を齧る横でガランが口を開く。
「立ち食い蕎麦というのは、狭い店内にカウンター、場合によっては食券機があるが、その大体はくたびれた店主が一人で切り盛りする店の事だ」
「ほう……興味がある」
ガランの方へと身を乗り出すセルシウス。
「店の形態は、必要最低限の言葉と必要最低限の食事の供給。つまり店主と客との最小単位のコミュニケーションから成っている」
「効率化……というところか?」
ガランが口の端を上にあげる。
「そんなものであるわけなかろう……最小単位の商売だからこそ、そこに掛ける情熱が違うのだ」
「むぅ!?」
「客と店主の無愛想な関係。つまり、蕎麦を手早くかき込み、金を払って出ていく。だが、客の中にはそんなシステムを逆手に取り、文句や講釈を垂れて無銭飲食を完撤させる者達がいる。それが立ち喰い師だ」
「……ただの食い逃げではないのか?」
「セルシウス。誰にだってツツカれたら痛い事はあろう? 例えば、蕎麦の茹で方、卵の落とし方、ネギの刻み方、ツユの温度、『毎度!』の言い方、割り箸の挿し方、七味か一味か……最小単位だからこそ、際立つモノがあるのだよ。だが、店主もそんな立ち喰い師を迎撃する責任がある。権力に頼るコミュニケーションは、コミュニケーションではないのだからな」
「……深い話だ」
セルシウスが頷く中、マンガ肉を骨だけにしていくつぐむが口を開く。
「まぁ、立ち喰い師はともかく、蕎麦は安くて早くて美味いぜ?」
「ほう!」
その後もガランにより立ち食い講座はしばし続いたらしい。
セルシウスやガランと話すつぐむを離れた席から見つめていたのは、ミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)であった。
大きな胸とそれが大胆に露出した魅惑的な衣装に身を包んだミゼは、二人様のテーブルで『ポーリシュ・ピュア・スピリッツ(世界で一番強い酒、アルコール度数96%)』をつまみ無しで飲んでいた。
そんなミゼの前の空いた席には、入れ替わり立ち代わり、邪な欲望を持った男達が次々に座っていったのであるが、完全に無視を決め込んだミゼに諦め、早々に次の者へと席を空けていった。
ナンパをする男の中には、強引にミゼを『お持ち帰り』しようと目論む者もいたが、彼女の『闇術』で影を刃化して相手の首筋に押し当てる、という脅して追い払われていた。
その為。今やミゼのテーブルの周りは、口説きたいが近づけないでいる野郎と、彼女が酔いつぶれるその瞬間を待つ男で溢れていた。
ただ、一箇所だけ人垣の中にスキマがある。ミゼが「つぐむ様が見えないから、どいて!」と言った空間である。
衆人環視の中、グラスに入った酒を煽るミゼ。
グラスをテーブルに置き、その縁をいじらしそうに褐色の指先で撫でる。
「はぁーー、どうしてつぐむ様はワタシを一人ぼっちにするのかしら。……ひょっとして、こうやって焦らして楽しんでる? とか?」
そんなミゼの仕草には、色香が漂い、囲んでいる男達の中に『ゴクリッ』と喉を鳴らす者もいる程だった。
「そんな悪趣味な人間だと思われて残念だぜ」
「!!」
ミゼが顔をあげると、空いた席につぐむが座る。
「つぐむ様!! 来てくださったんですね!」
「いや、何か席が空いてたから座っただけだ。……また、何かしたのか?」
と、周囲を取り囲む屈強そうな男達をチラリと見る。
「いいえ、ワタシがいい子なのは、十分ご存知でしょう?」
ウフフと乙女のように恥じらうミゼ。
「あ、つぐむ様。お飲み物がございませんね? どうです、ワタシの飲みかけですけど」
と、グラスをつぐむに見せるミゼ。
ミゼはつぐむに対しては、今までとはまるで正反対の凄いデレデレな態度で対応している。
「俺は未成年だって」
やんわりとつぐむがそれを拒否する。
「未成年? ガキの分際であんないい女たらしこんだのか!?」
「クソッ! 俺と何が違うんだ、金か!?」
「ヘッ……ナニが違うかもな」
「あんなごく普通そうなヤツの方がヘヴィなのを持っているって話だ」
自分に対するトンデモナイ想像や憶測が周囲から聞こえるのを聞いたつぐむが頭を抱える。
「じゃあつぐむ様、すぐ店員を呼んで何か飲み物を……」
「いや、俺は別のテーブルへ行くよ。モセダロァはもう少しここで飲んでいていいから」
と、つぐむが席を立つ。
「ああ、つぐむ様……」
ミゼが去りゆくつぐむの後ろ姿を、悲しそうな瞳で見つめる。
「また、こうやって焦らされるのですね、ワタシは……」
グラスの酒を飲み、悩ましげな溜息をつくミゼであった。
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