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第三章:グラス一杯の話
 感動のラストを迎えたライブの余韻と興奮が未だ残る店内。
 846プロのライブと同時に一部の店員達のシフトが変わっていた。
 初夏の夜長を楽しむべく、大人チックな間接光に彩られたカウンターには、遺跡調査の帰りに立ち寄った叶 白竜(よう・ぱいろん)世 羅儀(せい・らぎ)が腰を下ろしていた。
「駐車場がある居酒屋……か」
 白竜が琥珀色したウイスキーから視線を移す。
「酒を飲んでイコンに乗る者も出ないとは限らない。運転代行とかのシステムはあるのか?」
 白竜の黒い瞳が目の前で時折「いらっしゃーせ〜」と声を出しつつ、グラスを磨いていたていた白いシャツに黒ベスト姿の桐生 円(きりゅう・まどか)へと向かう。
「ええ、当店のルールとしてお酒を飲まれたお客様には、そのように呼びかけはしてますけど……もしかして、あなたは……?」
 円は頭にターバンを巻き、小汚い作業着姿の白竜を訝しげに見つめ、どことなく教導団に所属する者が持つオーラを感じていた。
「いや……今回はあくまでどういう様子なのかを見るためだけだ。なので、飲酒テストをするとか逮捕するつもりはない。イコンやトラックで乗り付けた者が酒を注文した時に店員がどう反応するか見てみたいだけだ」
「それを聞いてボクも安心しました。元々、酒場でお客様のプライベートをお聞きするなんて御法度ですから」
「ハメを外す時だって必要な事くらい。この歳になればわかる。それくらいのファジーさは持っている」
 フッと白竜が笑い、ウイスキーを飲む。
「ですよね。でも、そういうお客様は、お帰りは?」
「ああ……足は確保してある。マスター、もう一杯貰おうか?」
 白竜から空のグラスを受けとった円が、白竜の視線から消える。
「……?」
 白竜がカウンターを見ると、女性にしては背が高いなと思っていた円が縮んでいた。
「成程。背の高さは空のビールケースの上に立ってカバーしていたのか」
「おいおい、白竜?」
 円が前から去ったと同時に、羅儀が小声で話しかける。
「何だ?」
「バレてるって。教導団だってこと」
 羅儀が手に持った煙草で白竜を指す。
「まさか。こんな小汚い作業着だぞ。荒くれ者以外には見えそうもない」
「あのな。いくら軍服じゃないからって言っても、お前は目つきがそのまんま軍人なんだ」
「そうか……」
 羅儀が煙草を一口吸い、紫煙を煙たそうに吐き出す。
「あーあ。折角、酒場で綺麗なお姉さんを口説こうと思ってたのに、こんなみみっちい服じゃ釣れるものも釣れないぜ」
 白竜が酒を飲む傍らで、羅儀は好みの女性を様子見していた。勿論、目が合えば手を振ったり、ウィンク等して誘っていたが、身につけている小汚い作業服ではうまくいかず。不満たらたらであったのだ。
 付け加えると、同じ作業服なのに、自分よりも白竜の方に女性の視線が行ってる事が、その不満の原因の一つでもあったが、当の白竜自身は知るよしもなかった。
「あとさ。今のでウイスキー5杯目だ、その辺にしておけよ? しかもロックでガンガン飲んでるだろう?」
「自分の限界は知っているつもりだ」
「ありがとう」と、円が持ってきたウイスキーを受け取り、美味そうに口へと運ぶ。
「ああ……オレもよく知ってる。だからこその忠告なんだ
 羅儀がそんな白竜をジロリと見やるも、白竜の顔色は未だ赤くも、そして白くもなっていない。精悍で真面目そうな顔を保っていた。


「そのシャカシャカやってるのかっこいいねー。それって研修とかで教えてもらったの?」
 円がシェイカーを振るのを見て、白竜達とやや離れた席に座っていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が声をかける。
「歩ちゃん。これはそういった空気を出す演出です」
「え……?」
 カウンターから立ち上がった歩が中を覗くと、そこには見事に自分の役割を果たすジューサーが置かれていた。
「え、え……と。それは小道具で本当はジューサーで混ぜてるだけ?……そ、そう」
 ペタンと腰を下ろす歩。
 ちなみに彼女の前には、ブルーとグリーンの混じった様な色鮮やかなカクテルが置かれてある。当然、ジューサーの仕事である。
「でも、バーテンダーさんがいるお店って何か大人っぽい雰囲気だよね。……実際のところは、何か西部劇っぽい雰囲気もするけど」
「まぁ、荒くれ者が多い店だから。歩ちゃんも、よくこんな辺境まで来たよね?」
「……円ちゃんが働いているって聞いたから。お仕事はどう?」
「うん、凄く順調だよ」
と、笑顔で頷く円。カウンターに置いてあった自分用のミルクを一口飲んで、喉を潤す。
「そ、そう……」
と、ミルクを見つめる歩。
 よく失敗やヘマをする円の友人である歩は、お姉さんタイプの保護者であった。
 少なくとも、以前一緒にアルバイトをしたコンビニでは、幾度となく円の危機を救ったつもりである。
 それは来店時に、店の扉を開けて恐る恐る覗いて「……いらっしゃーせーは変わんないんだなぁ」と、安堵の混じった溜息をついて入店していた事からもお分かりであろう。
 フルーツの瑞々しい感触が口に広がるカクテルを一口飲んで、歩が円に声をかける。
「あ、そうだ。円ちゃん、お客さんの中でイケメンの人とかいた?」
「……あっちのテーブルで飲んでいる人とかかっこいい」
と、指を指す。
 歩がウキウキした気分でそちらを見る、が、直ぐに円へと顔を向ける。
「……円ちゃん?」
「何?」
「確かにその手のイケメンなのは認めるけど、あたしはタイプじゃないよ」
「そう? でも見てよ、歩ちゃん。鍛えあげられた筋肉に、精悍な顔つき、更に過去に何かあったような、胸の7つの傷……あれって北斗七星かな?」
「うーん……もう少し、一緒に居ても危険を感じない人がいいんだけど……」
「難しい事を言うね?」
「普通だと思う……」
「じゃあ、あそこの人とかイケメンだと思う」
 円が指を刺した先には静かに酒を楽しむ白竜がいた。
「うん! イイと思うよ! ちょっと服は汚いけど、何かワイルドさがあるよね!」
 声を弾ませる歩。
「でも……もうお酒が残り僅か……あ、そうだ!」
 ポンと手を打った歩が、円を手招きし、小声でその耳に囁く。
「円ちゃん。アレ、お願いできる?」
アレ……わかった」
 円が歩に静かに親指を立てて、酒棚へと向かう。