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冒険者の酒場ライフ

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冒険者の酒場ライフ

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 こんな話がある。日本のとある三人の武将を言い表した有名な俳句。
「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」
「鳴かぬなら 鳴くまでまとう ホトトギス」
しかし、これに今、更なる一文を加えようとした人物がいた。
「鳴かぬなら 作ってしまえ ホトトギス」

 荒野を蒼木屋まで一時退却してきたルーシェリアは、また店の近くにゴブリンやオークが居るのを見て、迎撃しようとしていたのだが、彼らが蒼木屋のすぐそばにいつの間にかオープンした『小料理るる』の看板を掲げた八坪程の小さなほったて小屋に入店していくのを見て攻撃を止めていた。
「何でしょうかぁ……このぉ、小屋……いえ、お店?」
 土木建築にパラ実式工法を用いたほったて小屋には筆文字で『小料理るる』と描かれた看板がやや斜め向きで掲げてある。また、その地紋には大荒野を象徴しているのであろうか、ドラゴンらしき動物が示されていた。
 最も、全ては『良い方』に解釈したルーシェリアの見方であり、大半の人物にはこれを描いた画伯の腕前はわかりようもない。まさに斬新という言葉しか出てこない芸術である。
「この看板なら、お客さんがたくさん来るに違いないね!!」
 これは看板を仕上げた直後の、とある画伯の言葉。
 その画伯は絵を描くのが趣味であり、愛用のパラミタがくしゅうちょうに、これまでも力作を人知れず描き続けてきたラピス・ラズリ(らぴす・らずり)、その人であった。
 ただ、人には理解出来ないものも、ゴブリンやオークには「フウリュウダ」「スバラシイ」と賛辞が送られていた。それが集客へと繋がったのも『小料理るる』の勝因であろう。
 それはさておき、ルーシェリアが小屋の灯りが漏れる横窓をチラリと除く。
「ゴブリンやオーク……あれ? あの人はぁ……」


 カウンターのみ8席程の店内では、割烹着に三角巾という姿の店主、立川 るる(たちかわ・るる)がゴブリンやオークと会話しながらも料理をこしらえていた。
「アオキヤハニンゲンバカリダ」
 お客さんとして迎え入れられたゴブリンやオークが、るるの出す料理をほうばり、酒を飲み愚痴る。
「そうだよね……蒼木屋も荒野の真ん中にあるのに、人間限定の居酒屋とは酷いわよね」
「ソウダソウダ!!」
「最近のゴブリンは工場で働いていたりしてお金持ってるって知らないのかな」
 そこに扉を開けて、またゴブリンが入ってくる。
「いらっしゃいませー」
「ルルチャン、イツモノ」
「ハイ、ゴブさん。今日もお仕事お疲れ様」
と、即座にお通しのヒトデとスターフルーツの和え物を出するる。
「オウ、コレコレ!」
 器用にお箸を使い、ヒトデを喰うゴブリン。
「センドガチガウナ!」
「でしょう?」
 るるがニッコリと微笑む。
 そんな様子を、カウンターの隅から険しい表情で見つめる男がいた。
「成程……。これがチェーン店に対抗する個人経営の店か。まさに家庭的だな」
「ウチは蒼木屋さんには無いもので勝負しなきゃ駄目ですから。それにエリュシオンの人ならば、この辺は落ち着かないんじゃない?」
と、るるがセルシウスを向き、
「お客さん、先から何も召し上がってないですけど?」
「ああ……私は今やただの敗北者に成り下がってしまったからな」
 セルシウスが深い溜息をつく。
「だから、全裸なんですか?」
「ああ……私の最後の意地、伝統あるトーガは賭けで回収されてしまった。相手が幸いにも、巨大な葉を一枚くれて最後のプライドは守れたがな……」
と、股間に葉っぱ一枚のセルシウスが頭を抱える。
 それを見て、隣の席のやや年老いたオークが彼の肩を叩き、
「ニイチャン、ジンセイマダマダコレカラダゾ?」
「ふ……もう私はいいのだ。伝統と革新の技術の間で揺れ動く自分自身の心にも疲れ果てた頃だったんだ」
 蒼木屋を出たセルシウスは、この蒼木屋のすぐ側にあった『小料理るる』の家庭的でノスタルジックな雰囲気に惹かれるままに入店したのだった。
 BGMに歌謡曲が流れる中、水を飲むセルシウス。
 今の彼の心にこの曲は、沁みる。
「お名前は?」
 料理の載った皿をセルシウスの前にそっと置くるる。
「済まない。私はもう一文無しなのだ。この料理は……」
「るるはこのお店に来るあなた達全てに、安らぎを与えたいの。だから、ね? これはサービスよ」
 るるがニッコリと微笑み、セルシウスが重い口を開く。
「……私はセルシウス。エリュシオン帝国の設計士であり建築家だ」
「そう、セルさん。この辺りへはお仕事でかしら? 大変ねぇ……」
「……そうだ……そう言えば、私は何か大切なことを忘れている気がする」
 るるの言葉にセルシウスが頭を抱える。
「それはそのうち思い出すわ……ほら、今はるるのお料理を食べて元気出して!」
 セルシウスは瞳にたまった涙をゴシゴシ吹いて、「あぁ!!」と言う。
「では、頂くか……こ、これは!?」
「看板メニューのヒトデの煮付けよ。甘辛くお醤油とお砂糖、お酒を入れてシンプル且つ丁寧にじっくり煮たの」
 皿にまるまる一匹載せられたヒトデを見下ろすセルシウス。腹側中央にあるヒトデの口が不気味に開いている。
 箸で持ち上げたまま隣の席を見ると、ゴブリンやオーク達はこのヒトデを美味そうに食べながら、酒を酌み交わしている。
「ママ、キョウノハトクニウマイナ!」
「サイコー、サイコー!!」
 るるは蒼木屋と違い、「ママ、ミルククレ!」と言うオークにも、「もう、甘えん坊さんねぇ!!」とミルクを後ろの冷蔵庫から出して注いでやっていた。
「(いや、るる殿は裸一貫の私に、これを与えて下さったのだ。ここで食べねば……!」
 目を瞑って、齧ヒトデにかじりつくセルシウス。
 その時、るるの店のドアがノックされる。
「はーい、あら? なななさん? どうしたのかしら?」
「うん、お店でトーガの落し物が届いたんだよ!! ポーカーの人達が、ここにその落とし主がいるって言ってたんだけど……」
 なななのアホ毛がピンと立つ。
「ふふふ、名探偵なななには全てお見通しよ!! 落とし主は、ズバリそこの金髪の裸の人ね!!」
 得意げにセルシウスを指さして語るななな。
「うおおおおぉぉぉーー!!!」
 セルシウスが絶叫と共に立ち上がる。
「この名探偵なななにかかれば、どんな真実も歪めて……え?」
 なななの横を通り過ぎ、るるの店から走って出ていくセルシウス。
「え……と、普通こういう場合だと、犯人のこれまでの自供が始まって……私が「死んじゃ駄目よ!」とか言うんじゃ……」
「カタヒラカナ?」
「フナコシカモシレンゾ?」
「アズマモステガタイ」
 ゴブリンたちが会話する中、るるがなななにニッコリと笑う。
「そんなことより、なななさん?」
「え、何?」
ヒトデ料理なんていかがかしら? サービスするわよ?」
 ななながこの後、蒼木屋を3日間腹痛で休む原因の爆誕であった。