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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨

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ルペルカリア盛夏祭 ユノの催涙雨
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リアクション



誰かのためにするおしゃれは


 ルペルカリア盛夏祭の知った城 紅月(じょう・こうげつ)は、悪戯っ子のような、何かを期待するような目でレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)を見上げて言った。
「ねぇ、レオン。俺にドレス着せたいって思ってるよね?」
 紅月の婚礼衣装姿(ドレス)を想像したレオンが、ほんのり頬を染めたためデート決定となった。

 先に着替え終わったレオンは、式場のロビーで紅月が来るのを今か今かと待っていた。
 いつもはレオンのほうがゆったりとしたドレスのような服装でいるが、今は白色の正装に身を包んでいる。
(男の子ってわかってるんですけど、女の子より綺麗な子ですから、さぞかし似合うでしょう……)
 美しいドレスに引き立てられてますます魅力的になった恋人に、まず何て言おうか。
 褒めるのは当たり前として、抱きしめるのが先かキスをするのが先か。
 輝く笑顔の紅月を脳裏に描き、レオンの胸は期待感にふくらんでいく。
 思考がそれでいっぱいになっていたせいか、レオンは背後から忍び寄る者の気配に気づかなかった。
 突然、ふわりと背中を抱かれた。
「お待たせ、レオン。少し手間取っちゃって……ごめんね。怒ってないと嬉しいんだけど……」
 少し甘えた声で、けれど遅くなったことには誠実に。
 自分を大切に思ってくれていることを改めて感じて、レオンの胸があたたかくなる。
 しかしそれ以上に。
 抱きつかれたことに驚いて振り向いた時に目に飛び込んできた清純な白のドレスに、綺麗に整えられた艶やかな黒髪に、琥珀のように煌く金色の瞳に──心も思考も奪われた。
 薄く化粧もした魅惑的な紅月の顔を見つめながら、体に回されている腕をそっとはずす。
 ドレス同様白いレースの手袋をしているが、この下にはきめ細かい肌と綺麗な指先があるはずで。
 壊れ物を扱うように、丁寧に丁寧にその手を包み込む。
「私のために、こんなに美しく……」
 感動のあまりうっすらと涙さえ浮かべるレオン。
 突如、やさしく包み込むだけだった手に強く引っ張られ、紅月は抗う間もなく彼の胸に身を預ける姿勢になってしまった。
「ちょ、待ってレオン……ここロビー……!」
 ちょっと驚かせてやろうと、いつもと違う感じで接してみたら予想以上に感激されてしまい──このままじゃ、レオンが暴走してしまう!?
 何とかして気をそらさなければ。そして次の悪戯を……!
 とか何とか紅月も焦りで頭の中が危うくなっていた時。
「スタッフが許しても私が許しません! だいたい、及第点だなんて言ってギリギリなんじゃないんですか!?」
 ロビー中に届くような大声が響き渡った。
 衝撃も焦りも忘れてそちらを見れば、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)に詰め寄っていた。
 優希の指摘はずばりだった。
 スタッフの台詞を思い出し、そろりと視線をそらすアレクセイ。
 その様子に、やっぱり、と鼻息を荒くする優希。
「ギリギリだろうが及第点もらえたんだからいいじゃねぇか。俺様のことよりユーキのこと考えようぜ。ぴったりのドレスを選」
「私のことは後回しです!」
 アレクセイの台詞を遮り、いつになく強気な優希に思わずたじろいでしまう。
「こんなことなら普段からいろいろと着せておくべきでした……」
 ため息をつく優希。
 アレクセイの普段着は確定していて、貴族服か戦闘用の服、それから学生服である。
 優希は俯きかけた顔をキッと上げ、アクレセイをぐいぐいと更衣室に押しやった。
「私のドレスを選びたかったら、私が満足する服を着てきてください」
「……はいはい」
 更衣室に戻されたアレクセイは、しかし、気分を害したわけでもなく短く笑う。
 今まで何度となく助けてきた優希が、自分の意思でいろいろとするようになったことが嬉しい。今日だって彼女が誘ったのだ。
(それは確かに嬉しいが……)
 アレクセイは改めてこの場所について考えを巡らせる。
 どこからどう見ても結婚式場。模擬結婚式なんてのもできるそうだけれど、それをやるからには単なるお友達ではないはずで。
 笹飾りを作る会場では友人同士や良い出会いを求めて参加する人もいるが、さて、センスアップはどうだったっけか?
「……何か、外堀埋められてると思うのは気のせいか? それに、最近ユーキに振り回され気味なような……」
 とはいえ、振り回されることに不快感はないのだ。
 結局何なのだ、と結論を考えるがうまくまとまらずに、アレクセイは頭を振った。
「しょうがねぇ。とことん付き合ってやるか」
 腹を括ったアレクセイは、コーディネーターを再度呼んだ。

 その頃、ロビーで待っている優希は。
 アレクセイを送り出した後でロビーを見渡した時に目に入った紅月とレオンを、何となく眺めていた。
 二人はとても仲が良いようで、愛情に満ちた微笑みが絶えることがない。
 紅月がレオンにもっとドレスを見せようと、くるりと回る。
 純白のスカートが少し遅れてふわりと広がった。
「どう? 似合ってるかな?」
「ええ……ええ、もちろんですとも。いつまでも見ていたいくらいです」
「それは嬉しいな。──ところでレオン。ドレスを着せたいってことは『脱がせたい』ってことだよね?」
 楽しむような笑顔の中の誘う色に、レオンは一瞬にして耳まで真っ赤になるが「いつだって脱がせたいですよ」としっかり答えていた。
 しかしいつもは迫ると殴られるというのに、今日のかわいらしさはどうしたことか。
「紅月……」
 やさしく撫でるようにレオンが紅月の肩を抱いた時、鼻の先にピッと人差し指が立てられた。
「せっかくだから、他の衣装も合わせてみようよ」
「他の……ですか?」
 何やらおあずけを食らったような気持ちになったレオンだが、テーブルの上にある男性用衣装のカタログを上機嫌で開く姿に苦笑し、隣に腰を下ろした。
「その服もよく似合ってるけど、やっぱり剣の花嫁の衣装のほうが良かった? そういう感じのもあるみたいだね。色も何種類かあるよ。……何がいいかな。赤もミントグリーンも似合いそう」
 身を寄せ合って楽しそうに話し合う二人に、どうしても聞いてみたいことが生じてしまった優希は、邪魔を承知で突撃インタビューに出た。
「いきなりごめんなさい。少しお時間いただけますか?」
「どうしたの?」
 顔をあげた紅月の態度がやわらかいことに安堵し、優希は気になっていたことを口にした。
「あの、お二人ともとても衣装のセンスが良いのですが、コーディネーターの方にアドバイスを素直に聞いたからそういう感じに? それとも、日頃からファッション感覚を磨いていたんですか?」
 そこでようやく二人は、同じロビーで連れの男性に詰め寄っていた優希のことを思い出した。
 センスアッププランに二人で来たからにはそういう仲なのだろうと思い込んだ紅月は、とっておきを教えてあげる、といった顔で優希を手招きしてレオンに聞こえないように耳打ちする。
「センスは一朝一夕で身につくものじゃないから、そういう時は自分色に染めちゃえばいいんだよ」
 目から鱗が落ちたように優希の表情から憂いが消えた。
「そう……そうですねっ。私、結局はアレクに押し付けていました。ありがとうございます。お邪魔しましたっ」
 ぺこりとお辞儀をして優希はアレクセイのいる更衣室へと駆けていった。
 見送った紅月は、優希に何を言ったのか気になっている様子のレオンを笑顔で制し、カタログを戻すと、
「散歩に行こうか」
 と、外を指差す。
「このままの服でいいんですか?」
「いろいろ見たけど、結婚の色はやっぱり白かなって思って。他のがいい?」
「いいえ。君がこれが一番と思うなら、私にとっても一番です。では、行きましょうか」
 立ち上がったレオンは軽く肘を曲げ、紅月の手を誘う。
 少し恥ずかしそうに微笑んだ紅月は、しかしそれ以上に幸せそうに腕に手を添えた。
 優雅な足取りで庭園へと歩いていく途中、紅月が秘め事を囁く。
「さっきの続きだけど……薔薇の下で、ね?」
 レオンの表情にも幸福の微笑が浮かんだ。

 ライトアップされた薔薇の下、誰にも見つからない場所で。
 愛の言葉の合間に紅月は想いを伝える。
「俺は教導団所属だから、戦場から離れることはできないし、危険と隣り合わせの人生だけど。レオンがいるから戦える。……俺の隣に一生いるのは、レオンだけだからね」
 レオンはこの言葉を忘れないように胸に刻み込む。
 紅月を抱きしめる腕にいっそう力をこめて、
「永遠に」
 短い返事に彼を愛しいと想うすべてを託した。
 生まれ変わっても永遠にあなたの側がいい、と。


 紅月のアドバイスに目が覚めた優希は、アレクセイのコーディネートに積極的に参加していた。
 自分の意見と、彼の意見と。
 アレクセイとしては「とうとうユーキのオモチャになってしまったか」と言ったところだが、今日くらいはいいかと一緒になって話し合っていた。
 満足できる衣装が決まり、歩き方を教えてもらう。
 それから、式の流れ。
「式場を歩いてみますか」
 スタッフに勧められれば優希は即座に頷き。
 アレクセイに寄り添って誓いの場からまっすぐ先にある扉を見た時、優希は感慨深そうな吐息をもらした。
 この後二人は笹飾りの会場にも行く予定だが、そこで優希は短冊にこう書こうと思っている。
『アレクの吸血鬼に、そして花嫁になれますように』
 恥ずかしいので彼に見せることはないが。
 一方アレクセイはというと。
 彼も短冊に書きたいことがあった。
『早くユーキがコンシェルジュに追いつけますように』
 コンシェルジュとは卜部泪のことだ。
「扉まで、歩いてみたいです」
 優希のささやかな願いを叶えるため、アレクセイは作法を思い出しながら一歩目を踏み出した。