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女体化薬を手に入れろ!

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女体化薬を手に入れろ!
女体化薬を手に入れろ! 女体化薬を手に入れろ!

リアクション

 道同士が交差した十字路で、淵が立っていた。
 武器らしい武器は何も持っていない。両手にねこぱんちを装備してはいるが、見かけに比例してその破壊力はほぼゼロだ。
 ぷにん、とした肉球の上に乗っているのは何の変哲もないトレイ。そしてそこには、カルキノスが火術を使ってとろけさせたタ○ノコの里が山盛りになっていた。

「さぁ出てこい、クマラ。おまえの大好きなチョコだぞ」

 ただでさえ甘い香りが、熱のせいでさらに激甘なにおいを放っている。
 この強烈なにおいにいつまでも耐えられるチョコ好きなどいはしない! たとえ罠と分かっていても、逆らうことはできないハズ!

 そんな淵の読み通り、ふらりふらふら揺れながら、うっとりした目のチビクマラが現れる。
「ふっ。かかったな」
 続々と誘い出されてくるチビクマラを見て、ほくそ笑む淵。
 チビクマラはまるで夢でしか見たことのないごちそうを前にしたように、恍惚の表情でトレイの上のトロトロタ○ノコの里を見つめている。

 十分に集まったと判断したところで、淵のねこぱんち攻撃が炸裂した!
「さあ、このふにふに感に癒され、倒れるがよい。
 あーーーーたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ!」

 ――ぷいん、ぷよん、ぷにん、ぷるんっ。

 ねこぱんちの破壊力はたしかにゼロ。しかしそれは通常の敵を相手にした場合のこと! チビクマラのサイズでは、その効果は想像を絶する。
 ふにふに肉球を受け、次々と吹っ飛んでいくチビクマラ。
「……ふーーーーっ」
 頭上高く放り上げていたトレイとタ○ノコの里を受け止め、淵の攻撃が終息を迎えたとき、その場に立つチビクマラは1人もいなかった。

「いまだ、拾え」
 昇天しきった顔でうっとりしているチビクマラを、陸に打ち上げられた魚さながら全員で拾い集める。

「起きるとまた脱走を企てたりして面倒ですから、ヒプノシスで眠らせてしまいましょう」
 エオリアの提案で、ヒプノシスを使える全員がかけた。

「ところで、ちょっとした疑問があるんだが」
 拾い集める傍らで、ダリルがエースの背中に質問を投げた。
「ん? なんだ?」
「なぜクマラはそんな薬を持っていたんだ?」
「ああ、それはおまえに――」
 と、危ういところでばふんっと口に手でふたをする。
 しかしダリルにはそれで十分だった。
「ほう、俺に?」
「ち、違っ……ダリ――」
 なんとかごまかそうと大急ぎ振り返ったエース。しかしそこにあるダリルの顔を見て、一瞬でサーッと顔面から血の気が引いていく。
 もはや彼に口にできたのは、だれが首謀者かという自白だけだった…。


「それで、これで全部なわけ?」
 エースのリュックだけでは到底足りず、全員のバッグに詰め込めるだけ詰め込んだチビクマラたちの寝顔を見ながらふうと息をつく。
「どうかな? 最初に何人だったか数えてないし」
 ちら、とメシエを見たが、メシエも数えていないと首を振った。
「こんなに小さいのは、やっぱり元がクマラ1人分だから?」
「だろうな」
「じゃあもしダリルが調合した薬で無事元に戻れたとき、足りなかったら…」
 ……うわあ。
「ホラーだな」
 とてもそう思っているとは思えない顔であっさり答えるカルキノスの前に、ひょこっと缶ジュースが差し出された。
「とにもかくにもお疲れサン。お手伝いありがとな」
 ダリルと2人、買い出しから戻ったエースが、心持ち青ざめた顔つきでジュースを配っていく。
「メシエ、ほら」
「ああ。すまない」
 ダリルから手渡された瓶を、何の疑いもなく飲み干し――みんな缶ジュースで1人だけ瓶なことに気付け、メシエ、とエースは一生懸命心の中で訴えていたのだが――次の瞬間、メシエはだれものご想像通り、女体化してしまった。

 何を隠そうエースたちとの待ち合わせ場所へ行く前に、ルカルカたちもまた笹飾りくんにお願いして、女体化薬1瓶を譲り受けていたのだッ!!

  ――つーかダリルさん、あなた女体化薬持ってたってことは、だれに使用するつもりだったんですかー?


「そんな……こんな…」
 胸元でダブつく服を抑え込み、初めて見た本気でまごつくメシエの姿に場の一同そろってプーッと吹き出す。

 抜けるような白い肌。細い首から続く曲線を描いた肩。濡れそぼったまつげに縁どられた金の瞳が儚げに揺れ惑い、桜色の唇がわなないている様はまさに絶世の美女なのだが、元がメシエだと思っただけでもはやコメディにしか思えない。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ」
「いい! いいよ、メシエ! サイコー!!」
「やだー、お姫さまみたーーい」
 写メまでパシャパシャ撮る始末。
 みんなにとっては笑い事なのだろうが、当のメシエにはなんら笑えるところなどなかった。
 一生このままなど、容認できるか。

「早く解除薬をなんとかして…」

 メシエはうっすら涙のにじんだ目で、ダリルを見上げた。

☆               ☆               ☆

 いっせーの、せっ!
「「「笹飾りくん、あなたの持ってる女体化薬をください! お願いしますっ!!」」」
 ラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)水橋 エリス(みずばし・えりす)月谷 要(つきたに・かなめ)は声をそろえて手を差し出した。

 まるで交際を申し込んでいるようだが、全く違う。
 彼らは力ずくで奪うのをよしとせず、真正面からお願いして、正々堂々譲ってもらおうと考えた者たちである。

 信じる者は救われる。 ←いや、ちょっと違うか!
 神は自ら助くる者を助く? だったっけ?

 まぁニュアンスは伝わったと思うから(適当だなぁ…)、そんなようなもので、3人はめでたく瓶を1本ずつGETすることができたのだった。

 そしてそれを、路地の角っこから様子伺いしていた人影が1つ。
(ううっ……僕も行けばよかったかも)
 佐伯 梓(さえき・あずさ)である。
 変なところで臆病な彼は、あの3人が笹飾りくんを見つけた際「一緒にお願いしてみよう」と話していたのを知っていたのだが、知らない人たちだという人見知りがあって、声をかけられなかったのだ。
(それに、男が女体化薬を欲しがってるのって……やっぱりそういう目で見られちゃうよね)
 要みたいに「ひとに頼まれた」とアッサリ言えればよかったのだが、それは梓の場合、全くのうそをつくことになって、さすがに気が引けた。
 使いたいのは自分、女になりたいのは自分だから。

 とすれば、あとはもう勇気を振り絞るしかないじゃないか!

 とっとことっとこ歩き出した笹飾りくん。そのあとをこのままつけてたって何もならない。

(ええい! ままよ!!)
 突撃あるのーみ!!

「さっ、笹飾りくん!! お、俺にも……きみの薬をもらえないかなっ」



 数分後。
 男・佐伯 梓は見事、どこからどう見ても立派な女・佐伯 梓になって、笹飾りくんと手をつないで高級ランジェリーショップの前に立っていた。
 目当ては恋人へのプレゼント。そしてどうせ買うんなら高級品だろう。やっぱり。

 女なんだから、堂々この手の店に入ったって全然おかしくない。だけど、ほんの数分前まで男で、女初心者の梓にはいまだにこういった店は敷居が高い。
 ゴクッと生唾を飲み、笹飾りくんと握り合った手の力を強める。
「さ、笹飾りくんっ。行くよ…」
 そう言いつつも、一歩を踏み出せないでいる梓の前、笹飾りくんはとっとことっとこ自動ドアをくぐって中に入って行ってしまった。
「笹飾りくん、きみ男の子なんじゃないの? ためらいなさすぎなんですけどー」
 そんなさっさか入って行かれたら、俺の躊躇ってば何!? 俺チキン!?

 あわててあとを追って中へ入ったならば。

「「「いらっしゃいませー♪」」」
 甘ったるい香水のにおいとともに、店員全員声をそろえてのお出迎えが梓を待っていた。


「そうですかー。プレゼントをお探しなんですね〜」
 さっそく梓をターゲットと決めた店員がそばに張りつき、ニコニコ愛想よく笑顔を振りまきながら聞き取りを始める。
「それでお相手様のお胸のサイズはおいくらでしょうか?」
「え、えっとー…」
 胸のサイズ? 何ソレ?
「こちら、全て地球のフランス製となっております。日本基準とは少しサイズ表記が違っておりますので、お気をつけくださいませ」
「違う…」
「はい。例えばお客さまのサイズですが、おいくつでしょう?」
 いくつって……ブラなんてしてないし。
「まぁ。ではお測りいたしましょう。こちらでお洋服の前をお開きになられて、少し腰を折って前かがみになってくださいな」
 と、奥の試着室へ連れて行かれる。
「えっ? ……え?」
 胸のサイズ測るのにかがむの? 立って測るんじゃなくて?
「立って測りますと、どうしてもトップが下がってしまいますので正しく測れないんですわ。お胸のお肉も脇に流れてしまいますでしょう?
 はい、背筋はピンとして、そのままおじぎをするように……そうです、そこで止まってください」
 言われるまま、おじぎをした状態で止まった梓のアンダーとトップを店員が素早く測定する。
「お客さまでしたら日本ではD80ですが、フランスでは95Dとなります。それで、お相手様のサイズですが――」
「も、もういいです……あの……サイズ、知らないので…」
 いくらサイズ測定のためとはいえ、女性の店員に背中や胸を直接さわさわと触れられたことに、すでにグッタリきている梓。

 これは、想像していた以上の荒行だった。
 とにかく――入り口をくぐったときから、目のやり場に困るのだ。どこを見ても、リアルなマネキンがブラやショーツをつけている。しかもそのどれもが際どい透け透けレースで。
 これが、なんとゆーか、ちょっとしたかわいらしさがあればまだよかった。例えば黄色のシマシマとか、赤黒の水玉とか、それこそ紐パンとか。量販店で売っているようなタイプの。ところがここは高級ランジェリーショップ。ハイソなセンスにあふれた下着は、繊細といえば聞こえはいいが、マジで布少なくて際どくて、エロすぎる。

「……笹飾りくん……ゴメン。きみ、選んでくれるかな…」
 鼻血吹きそうな気がして顔の下半分をおおった梓の前、笹飾りくんはコックリ頷き、とっとこ店の中を歩いて指差した。

「はい、こちらのフリーサイズのベビードールですね」
「あら、こちらのビスチェもでございますか?」
「まぁお目が高い。レーストリムとレースガーターショーツのセットですね」
「ええ。こちらのボディストッキングはイタリア製でございまして。今の季節、とても刺激的な夜をすごせること間違いなしですわ」
「レーステディをお求めでしたら、ちょうどいい商品が入ったばかりでして…」

「……笹飾りくん……一体何を…」
 名前を聞いただけではサッパリ分からないが、店員さんの目の輝きと声の華やかさから、それがなんだかスゴイ物であることは察しがつく。
 そして実際レジ前で、商品確認をとそれらの物を見せられたとき。
 そのあまりのエロさとハンパない金額に、梓はそのまま気を失って、ぶっ倒れてしまうかと思った。

 実際、意識を失っていたのかもしれない。それからどうやって店を出たか、どうにも記憶が定かでないのだから。


「ああ、思い出したくもない。いやもう、ほんとに俺がバカでしたよ…。俺、心の底から分かったんです。あそこは、いくら体が女になったからって俺みたいなのが気軽に入っちゃいけない聖域なんだって。
 え? 下着ですか? 渡せるわけないじゃないですか、あんな手のひらサイズも布がないようなエロ下着なんか。笹飾りくんにあげ――あ、下着って言っちゃいけないんですよね、ランジェリーですよね、セクシーランジェリー。……はぁ…」

 のちに梓はそう語った。
 ため息をついたその顔に生気はなく、笑みは一度も浮かばなかったという――。