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第七章 海の家三つ巴戦線!


のぞき隊の逃亡劇にも終止符が打たれ、客がどっと増えた海の家ではアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)と協力して、赤城花音(あかぎ・かのん)リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)和泉絵梨奈(いずみ・えりな)がキリキリ働いていた。
「ソース焼きそば3、炒飯2です!」
「了解〜! だんだん混んできたね、アッシュ君!」
「だな! 作りがいがあるってもんだぜ!」
売り子の絵梨奈が客と厨房の間を行ったり来たりする中、アッシュと花音はひたすら手を動かしていた。
鉄板に薄く油を延ばし、肉とイカを焼き始めたらお酒と塩を少量。
材料に火を通し、麺を入れてから素早く出汁を絡め、麺を解しながら下味を整える。
水分が飛んだら、手早くソースを絡めて仕上げ、皿に分けて刻み海苔をまぶし、紅生姜を添えて完成である。
この間、実に3分。
もちろん違う鉄板では並行して炒飯も作っているのだから、手馴れたものである。
「兄さん、食材の補充お願い!」
「ああ」
花音に頼まれたリュートは人参を千切り、キャベツを角切りにした後、ソースの補充、鉄板の火力調節などを手際よくやってのけた。
「ラムネはどうですかー? 今なら女の子限定で割引しますよー!」
ラムネ販売をする戦部小次郎(いくさべ・こじろう)に、
「カキ氷やアイスティーもありますよ〜! あ、いらっしゃいませ〜! はい、アイスティーですね! ありがとうございます〜♪」
カキ氷とアイスティーを販売するミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も声を張り上げ、海の家を盛り上げていた。
「カキ氷ハーブメンソール味、なかなか好評みたいですね」
「やっぱ夏はスーッとするものが売れるね! ラムネも売り上げ上々でしょ?」
「はい。あ……」
「ん? ……さっきからちょいちょい気になっていたんだけど。水着姿の女の子が通り過ぎるたびに、目で追ってない?」
「えっ! いや、そんなことはないです!」
「ふーん……。 あ、はい! カキ氷のシロップはイチゴ、スイカ、ブルーハワイ、みぞれに……変わり種としてハーブメンソールとバニラをご用意してます! ハーブメンソールはミントの香りが口に入れるとスーッと広がりますよ。味はみぞれです。バニラは甘味をベースに調節したシロップとなってます♪」
客に説明するミルディアを見ながら、小次郎は冷や汗を拭った。
(危ない危ない……。商売をしつつ、合法的に女の子の水着姿を見ていたことがバレるところでした……!)
「大変です!」
売り子をしていた絵梨奈が突然厨房にいるアッシュに叫んだ。
「向こうの海の家に、集客勝負を挑まれました!」
「なんだって?」
外に飛び出したアッシュはぎょっとした。
「うわっ、いつの間にか隣に海の家ができてるじゃねえか!」
「ボクたち、ずっと厨房にいたから気づかなかったね……!」
厨房をリュートに預けて出てきた花音も目を丸くした。
「あら、アッシュ様。ちょうどよいところにいらっしゃいました。今、そちらの売り子の方にも言ったのですが……。集客勝負を挑みたいと思います」
隣の海の家から出てきたナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)の言葉に、アッシュは瞳をきらめかせた。
「集客勝負? なるほどな。俺様に宣戦布告とは……いい度胸じゃねえか! 受けてたつぜ!」
「ふふ……そうこなくっては。こちらはお客様へ安らぎのひと時をお届けすることをコンセプトにしております。皆様! 是非いらしてくださいね!」
「あっ、騒ぎを聞きつけて集まってきたみんなに大々的に宣伝するなんて……! 先手を打たれました!」
「そう悔しがるなって。勝負はここから……だろ? 今まで以上に売り子、よろしく頼むぜ!」
燃えているアッシュを見て、絵梨奈も力強く頷いた。
こうして海の家集客勝負の火蓋が切って落とされたのだった。



「カキ氷はいかがでしょう〜? ナナ自らお作りいたします〜!」
白のワンピース水着に、水色のパレオ、頭に麦わら帽子を被った涼やかな井出立ちのナナが呼びかけると、男性客が数人足を止めた。
「休憩されるお客様には、無料で足湯ならぬ、足氷水を提供させていただいております」
『至れり尽くせり』や『メイドインヘブン』も有効活用したナナの海の家は、陸に上がっても涼しいというサービスが功を奏して、客足が順調に伸びつつあった。
「そこの太陽よりも眩しいレディに、暑苦しい兄ちゃん達、ちょいと海の家で休んでかねえかい? 今なら謎のマスク・ザ・ブシドーの魂こもった料理に、クールビューティーなメイドさんが、お出迎えしてくれるぜ! 更に、オレのギター演奏付きだ!」
フロッギーさん(ふろっ・ぎーさん)がギター片手に音楽を奏で、目から鼻を覆うマスクを装着した音羽逢(おとわ・あい)は厨房でコテを構えていた。
「熱せよ鉄板! 爆炎波! 腹を空かした御仁達に拙者のサバイバル料理を食べさせ、引導を渡してくれるで御座る! さあ、このマスク・ザ・ブシドーの料理、受けてみるがいい!」
一種のパフォーマンスと化している逢の作るソース焼きそば、海鮮チャーハン、そば飯は海の家に立ち寄った客の胃袋をがっしりとつかんだのだった。
そうして二つの海の家が熾烈なる集客争いをしていた矢先。
「ひゃっはあっ! 主役は遅れて登場なのだ〜!」
二つの海の家から遠のいた場所にあった寂れた海の家から一際明るい声が響いた。
「みんな〜、海の家繁盛計画スタートなのだ!」
「オー!」
屋良黎明華(やら・れめか)の音頭に呼応したのは、鬼龍貴仁(きりゅう・たかひと)常闇夜月(とこやみ・よづき)鬼龍白羽(きりゅう・しらは)医心方房内(いしんぼう・ぼうない)源鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)佐野和輝(さの・かずき)アニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)といった、兵学舎の面々だった。
「立地条件がここは悪いからな……。それを補うサービスに力を入れるのが妥当か。よし……」
和輝は人の良い笑顔を浮かべた。
「接客中ずっと演技をしなきゃいけないのは骨が折れるが……。給金は出ると言っていたし。何よりアニスが楽しそうだ」
「初めての海ー! 大きいー!」
はしゃぐアニスを見た和輝はふっと口元を緩めた。
「和輝、私は外に出て海の家の宣伝をしてくるわ。戻ったら中の接客を手伝うから」
「ああ、頼んだ」
ビキニにエプロン姿のスノーが外に出ようとすると、
「ちょうど俺もアッシュさんの海の家まで行ってみようかと思ってたんだ」
鉄心が声をかけ、二人は海辺まで一緒に行くことになった。
「さて、と。アイスとジュースも詰め終わったし。行きましょうか」
大きなクーラーボックスを肩に担いだ貴仁がそう言うと、
「了解! いっぱい人呼んで繁盛させよう!」
やる気満々の白羽が後を追った。
いかんせん海辺のアッシュとナナの海の家が目立っている状態である。
第三勢力として登場した兵学舎にとって、不利な状況下でのスタートとなったが。
「ひゃっはあっ! 海の家といえば、地元の名産品を使った料理の提供が一番なのだ! 海に潜って新鮮なたこさん&いかさんとバトルして食材ゲーット! いざ!」
海女さんのように海に飛び込んだ黎明華は、大タコの噴出す墨に負けず、サイコキネシスで足をぐるぐる巻きにして大タコを生け捕りにした。
「この調子でどんどん行くのだ〜!」
食材を調達して黎明華が帰ってくると、あらかじめ野菜を切って待機していた調理組の夜月とティー、イコナがお互いに目配せしあった。
「頑張りましょうね、ティー様」
「はい。イコナちゃんも火力調整、お願いしますね?」
「お任せです! お客さんに食べてもらえる絶好の機会……頑張りますわっ!」
こうして大タコを使ったタコカレー、大王イカ焼き、焼きハマグリ、焼きとうもろこしなどを作り始めた兵学舎の海の家から漂う香りにつられ、客足にも変動が見られ始めた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「いらっしゃいませ〜♪」
和輝とアニスが慌しくなってきた接客に追われていると、
「私も接客にまわるわ」
宣伝をしてきたスノーも加わり、寂れていた海の家が徐々に賑やかになっていった。
「心なしか、俺が注文を取りに行くテーブル、女性客が多くないか?」
「にひひ〜っ、そんなことないよー」
「その笑い……、やっぱりか」
アニスの傍で和輝は脱力したのだった。



一方、外でアイスとジュースを売っていた貴仁は、白羽に棒アイスを食べさせることで客の目を引き、なかなかの売れ行きを見せていた。
「おいひーあいふと、しゅーすはいかか〜?」
アッシュとナナの海の家の前でビキニの白羽がアイスをくわえて言うと、何人かの客(主に男性)がフラフラと吸い寄せられていく。
まったくもってけしからん戦法である。
「うまい具合に客足も俺たちの海の家へ流れて行ってるみたいですね」
何気に策士な貴仁の呟きどおり、白羽の宣伝は絶大な威力を持っていた。
「あいつら……俺様の海の家の前で宣伝とはやってくれるぜ……!」
客を奪われたアッシュがコテを片手に震えていると、
「上手いもんだね。どこで覚えたんだい?」
「わあっ!」
厨房になぜか入り込んでいた鉄心を見て、アッシュは度肝を抜かれた。
「あ、驚かせちゃったか?」
「お前……さてはスパイか!」
「おおっ、大正解。でもちゃんとお金は払ったぜ?」
「ぐっ……!」
例え敵でも客となれば逃がすわけにはいかない。
アッシュは商売の厳しさを知ったのだった。



焼きそばを買って戻った鉄心を出迎えたイコナは、一口食べるなり
「な、中々やりますわね……アッシュさんのくせに。こっちも負けていられないのです!」
うちわでパタパタ、懸命に焼いていた食材の匂いを外に送り出すこと数分……。
「ううっ、疲れたのです」
「イコナちゃん、ちょっと休憩にしましょう。はい、ジュース」
ばててしまったイコナにジュースを手渡すティーを、鉄心は微笑ましく見守っていた。
が、 彼と異なり、くぴくぴとジュースを飲むイコナを見つめる女が一人いた。
(ほっほう。儚げな美少女に、両手でジュースを飲む女子とは……やりおる!)
もはや何もしないことから客と同化してる体の房内は、にまにまと笑った。
(集まった女子たちは実にいい、ちち、しり、ふとももじゃし……、男衆も良い体をしておるではないか……じゅるり)
「っ!」
ぞくりと悪寒が走った和輝とスノーは同時に体を震わせた。
「だめですよ、医心房さん。よだれたらしたら」
「うっ! そなたは……外でアイスを売っていたのじゃ……」
「完売したので、戻ってきたんです。ほら、あのとおり」
「みんな〜、こっひだお〜」
客(主に男)を引きつれ、アイスを口にくわえたまま引率する白羽を見て、房内は思わず立ち上がった。
「なっ、なんたる! 公開プレイかッ!」
「違いますよ。あくまで商売ですよ、商売」
「そなた……出来ると見た!」
友情なのかわからない絆が生まれた瞬間を、うっかりアニスが目撃し、
「にゃは〜っ、あの二人仲良しさんだぁ!」
なんて無邪気に言ってたのは、みんな……見なかったことにしよう。