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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第2章 魔族とヒト 3

「汝、右のパンツを差し出すならば左のパンツも差し出しなさいというように、古来よりパンツには友と語らうときの正装としての意味合いがあるんですよ」
「ほほー、なるほどな。さすが兄ちゃんは詳しいや」
「うむ。やはり突如現れたパンツの新星。我々にとっても救世主となるであろう」
 と――そんなことを真顔で語る連中がいた。
 そこはかとなくおかしい部分が多々目立つが、顔は真剣そのもので、彼らには譲れぬものがあるということが、はっきりと瞳に浮かんでいた。
 男には、引けぬ時があるものである。それは時に戦いであり、時に恋であり、時に自分の信念だ。それを理解しているからこそ、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はただいま――パンツ一丁でおっさんと紳士という二人の魔族と一緒に語らいでいた。
「やはりこの筆舌に尽くし難い開放感がたまりませんが、しかしその点に関しましてはやっぱり全裸には適いません。けれどパンツ一丁にはパンツ一丁なりのよさが――おっと失礼。ついいつもの癖で」
「なーに、かまわねぇよ兄ちゃん。……俺たち、実は悩んでたんだ。このままパンツの良さを伝えきれないまま、終わっていいのかってさ。だけどそんなときに兄ちゃんがやってきてくれた。……なんつーかよ。兄ちゃんは俺たちの背中を押してくれた存在なんだぜ? いくら話を聞いたって、飽きないぜ」
「左様。クド殿の話は実に高尚なものである」
「お、お二人さん……」
 なぜか感動したように震えるクド。
 バッと、立ち上がって紳士が言った。
「我々はここで終われない! そうではないかクド殿! 我ら三人。ここで出逢ったのも運命かもしれぬ! 必ずや……必ずやパンツの悲願を遂げようではないか!」
「ああ、必ずな!」
「お、おっちゃん……紳士!」
「「クド殿ーーーーー!!」」
 ヒシッ――と、抱き合う三人。気合の雄たけびと一緒に、三人は誓い合った。いつか必ず……必ずパンツ一丁を世間に広めるのだ……! と。
 そんなとき、コンコンと何か音が鳴った。振り向くと、魔族の監視員が立っている。
「おーい、そこの三人。うるさいぞー」
「……あ、すいません」
 ――で、まあ。
 叫んだものはいいものの、パンツ一丁のまま公園で大いに語り合っていた三人はただいま。
 ……留置場の中であった。



 異国に来たならば、まず初めにやることは決まっている。
 少なくとも羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)はそう思っているわけで、たまに本職のライターとしての血が騒ぎ出すのも、そんな彼女の行動原理から成っているのかもしれない。
 と、いうわけで、彼女はただいまマイクとメモとペンを手に、フリーライターまゆりとしてアムトーシスに立っていた。
「異国ならぬ異世界! なんて素敵なコミュニケーション! これぞ異文化コミュニケーション! ここがザナドゥで最も美しい街、アムトーシスなのね! うーんテンションあがるわ!」
 嬉しそうに、そして人の目も気にせずに叫び出すためやたらに目立っているが、そんなことお構いなしに彼女はアムトーシスの空気を吸い込んだ。空は曇天もいいところだが、芸術の香りはたいそう香る。
 これがアムトーシス。芸術の都なのか! ……と、実に楽しそうに、まずは写真を撮り始めるまゆり。そして更にはジャーナリズム精神に火がつき、地元住民への突撃インタビューが始まった。
「魔族? いいえ違います! 彼らは芸術家です!」
 まるでキャッチコピーのようにドドン! と言いだすまゆり。
 とにかくインタビューじゃゴラアアァといったように、次々と取材を始め出す。当初は戸惑っていた魔族たちも、もともと芸術家としては自分の芸術作品に興味を抱いてくれるのが嬉しいもので――徐々にまゆりのインタビューに嬉々として答えるようになってきた。
 と、そんな彼女の近くで、あいもかわらず、
「ほう、異文化コミュニケーションとな? 確かに芸術を好むモノならば芸術で相互理解は得られよう。だが、まゆりよお主はまだ甘い! 呑みニケーションこそ最高のコミュニケーションなのじゃ!」
 パートナーのシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)は地元住民と酒飲み対決を行っていた。
 どやっ……といわんばかりにまゆりに言い放った彼女は、ガブガブと酒を飲んでいく。その身体のどこにそれだけの酒が入るのか? と疑問は抱くが、地元でも一番の大酒のみ自慢は彼女に負けてバタンとギブアップした。
 ウィナー、シニィ・ファブレ、である。
「まったく、あっちはあっちで楽しそうね」
 そんなシニィをほほえましそうに見やってから、まゆりは芸術家たちに地上の工芸品や絵画、建物などの美術品の写真を見せる。
 お互いに自分たちの文化を見せ合うことは、まさしく異文化コミュニケーションだ。そしてその最終目的は、彼らの文化もまた地上へと伝えること。
「一歩通行ではコミュニケーションとは言えません! 互いを理解してこそ、コミュニケーションと言えるのです!」
 テンションが上がってきたまゆりの叫び。
 意味は分からなくとも、なぜかその凄みは伝わってくるわけで、
「あ、ども、ど〜も〜」
 パチパチパチパチと鳴り響く拍手に囲まれて、まゆりは照れくさそうに笑っていた。



 街を見下ろすことのできる広場の中心で、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は歌を歌っていた。透き通るような歌声に乗せて紡がれる歌は、地上の歌である。広場へと広がりゆくその歌声につられて、道行く魔族たちは足を止めている。中には、彼女の前に座り込んで聞き入っている者も少なくなかった。
 そこに、彼女のパートナーであるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が帰ってくる。なにやらパンや果物などの食材が入った紙袋を抱いて、彼女のもとに駆け寄ってきた。
 一瞬、メイベルに向けて口を開きかけるが……彼女の歌の邪魔をしてはいけないと思いなおしたのだろう。彼女の歌の舞台を微笑ましそうに見つめながら、彼女は買ってきた食材を確かめた。
(ちょっと不思議なものもあったけど……食生活自体はそんなに違わないのかな?)
 たまに、地上では見かけないような不気味な紫色の果物や、緑色をしたヌメヌメとする食材を見かけることがあったが、多くは自分たちの知っているものとさほど変わりなさそうだった。もちろん、環境のせいだろうが大きさや形に差異はある。しかし、それぐらいならばたいした問題ではなさそうだ。これなら、美味しい料理も作れるだろう。……多分。
 そんなことを持参したノートに書き記しながら、ふとセシリアは気づく。
(そういえば、フィリッパはどこに行ったんだろう?)
 と、ちょうどそんな時に、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)はセシリアたちのもとへ帰ってきた。
「あらあら……おっとっと……」
「わわっ……あ、あぶないよ、フィリッパ!」
 目の前が見えないぐらいの、なにやらたくさんの書物を抱えて帰ってきたフィリッパはふらついていた。セシリアは慌てて彼女の傍に駆け寄り、書物の半分を持つ。なんとか、バランスを保って二人は書物をベンチの上に置いた。
「もー……こんなにたくさん、一体どうしたの?」
「いえいえ〜……あの、巷では、彼を知り我を知れば百戦危うからず、という言葉あるでしょう?」
「う、うん」
「ですから、たくさんのことを知るにはまず本からかな〜と……」
「それで、こんなにたくさん…………」
 呆れ気味の、ひきつった笑みを浮かべるセシリア。
 まあ、確かに情報はあって困るものではないが……それにしてもよくぞ集めたといったところか。普段はおっとりしているのに、行動は大胆なものだ。
 セシリアは感心さえ抱きつつ、ふと目に入った書物を手に取った。
(『芸術と魂』か……やっぱり、切っても切り離せないものなのかな?)
 街に点在する美術品の多くは、自分たちと同じく一般的な美術品と変わりない。だがやはり、魔族たちにとって『魂』は己の地位と名誉を表す重要な概念であり、また、希少な『素材』でもあるのだ。
 この書物にはそんなことが記されつつ、いかに魂を加工するかについて書かれていた。そして、こんなことも。
『ただし、魂には敬意を払わねばならない。芸術家が芸術の素材に敬意を払わなくなれば、それは芸術家としての終わりである。少なくとも、私はそう思っている』
 ――敬意。
 セシリアはメイベルへと視線を移した。
 地上の歌は魔族たちには馴染みがないのか、聞いたことのない歌に不思議そうな顔をしている者もいる。しかし、彼らにも『リズム』は、そして『感性』はある。ましてこの地は芸術の街だ。音楽もまた、『芸術』である。
 そんな芸術に敬意を示して、彼らはメイベルの歌が終わると拍手をあげた。
「あ、ありがとうございますぅ」
 メイベルは頭をさげて、照れくさそうに顔を赤くして笑っていた。そして魔族たちもまたそんな姿を見ながら、楽しい歌という『芸術』に、感謝の笑みを浮かべていた。