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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第1章 芸術の都アムトーシス 2

「うーん……ここはこうなって……あっちが………………。ぬあーもう。複雑だなー、こりゃ」
「いかがですか? トマス」
「あ……魯先生」
 人気のないベンチに座りながら、なにやら地図らしきものを製図していたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)の前に、柔和なほほ笑みを絶やさない男が近づいてきた。その優しげな目は、まるで自分の子供でも見守るかのようにトマスを見つめていた。
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)――かつて三国時代に生きた高名なる政治家の英霊は、今はトマスのパートナーとなってこのザナドゥの地にいる。
 彼は振り返って、アムトーシスの街を眺めた。
「大きな街ですね、ここは」
「うん……そうだね」
 彼らがいるのはアムトーシスでも上層に位置する場所だった。螺旋状になって積み上がる街のちょうど真ん中付近といったところだろうか。隣接する湖と運河がよく見える。
 トマスは製図の手は動かしながらも、頭の片隅でこの街のことを考えていた。もしも自分が街の住人であったならば、カナンの敵にどのように対処するだろうか? そう考えてくると不思議なもので、見えるものが違ってくるのだ。
 考え込み始めたトマスの邪魔をするまいと、子敬は広場の離れた場所で、露店の主人と話していたもう二人のパートナーのもとに向かった。
「おいおい、おっさんよ。こいつぁちょっと高すぎねぇか? ふっかけすぎだろ」
「文句があるなら買わなくてもいいんだぜ? こちとら商売だからな」
「ぬぐ……」
 露店の主人と話していたテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は声を詰まらせた。
 どうやら商品の交渉をしているようだ。彼は、子敬が近づいてきたことに気づいて振り返った。
「お、魯先生。どうだい? そっちは?」
「トマスの邪魔をしては悪いと思いましてね。ひとまずは彼に任せておくことにしましたよ」
 テノーリオは主人と別れ、子敬とともに軽く歩きながら話を続けた。
「ところで……何か聞き出せましたか?」
 囁くような小声で子敬が聞く。それまで陽気に話していたテノーリオも、意図を理解して真顔になった。周囲に漏れないほどの声で答えを返す。
「やっぱり……最近になってこの街を治めるアムドゥスキアスの塔にカナンのお嬢様が連れてこられたってのは、確かみたいだぜ。街の連中の間でも、多少は噂になってるみたいだ」
「そうですか……」
 何事もなさそうに言う子敬。
 しかし、テノーリオはこの高名なる政治家が、その心のうちで膨大かつ緻密な計算と計略を考えていることを知っていた。今もまた、きっとその噂にどれだけの合理性があるかを考えているのだろう。
(ま、そんなのおくびにも出さねぇけどな)
 頭の後ろで手を組んで、心中感心するテノーリオ。
 彼らはやがて、広場の隅で街を見下ろしていたミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)のもとにたどり着いた。
 彼女は街を観察していた。アムトーシスには、いたるところに芸術品が飾られている。
 無論――それら全てに魂が宿っているということはない。魂を用いた作品などは、ごくわずかでしかない。これまでミカエラが散策した場所でも、魂の加工品はただ二つしか見られなかった。それも、アムドゥスキアスからの寄贈品だという。
 そこにあるのは単なる美しさだけではない。魂の輝きと光。そんなものが、感じられるのだ。
 背後からの足音――子敬たちに気づき、彼女は振り返った。
「ミカエラ……どうしましたか?」
「…………いえ、別に」
 彼女は自分の考えを振り切るように頭を振った。
 銃型HCにマッピングされる街の構図を見直して、データの修正を行う。ただ黙々と、彼女は任務をこなす。そうすることが、自分の役目だと言うように。
 そんな彼女を見ながら、子敬はやはり……何事もなさそうに佇んでいた。



 鉛筆はスラスラと動く。
 空を描き、湖を描き、運河を描き、街を描く。
 一つ一つは視界の一部分にすぎなくても、鉛筆が走る紙の上には徐々に世界が作られていく。
 ザナドゥはこんな世界だよ。
 アムトーシスはこんな街なんだよ。
 まるで声の代わりにそんなことを伝えるように――白菊 珂慧(しらぎく・かけい)はスケッチブックに街を描いていた。
 そんな彼のもとに、一人の老人がやって来た。
 右目が閉じられたままのところを見ると、病気か怪我で開かなくなったのか? 二角の角を生やした魔族の老人は、皺だらけの手で杖をトンと地面につき、彼に聞いた。
「何をなさっておるのですか?」
「……スケッチだよ。この綺麗な街を、残しておきたいと思って」
 ベンチに座っているのは白菊一人だけだったが、その場にいたのは彼だけではなかった。彼の隣で直立状態で立っていた パートナーのクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)が、老人に警戒して軽く手を剣に持ってゆく。
 いつでも抜き放てる姿勢だ。
 クルトにとって白菊はある意味『全て』と言って過言ではなかった。ただの護衛者というよりは、まるで失ってはいけないものを守るかのような意思が瞳の中で灯っている。
 そんな彼の意思を悟っているのかいないのか、魔族は敵対心がないと言わんばかりの嬉しそうな笑みで笑った。
「なんと……。……ということは、旅の絵描きさんですかな?」
「そういうことに……なるのかな?」
「いやはや、それはそれは。この芸術の街アムトーシスへようこそ。歓迎いたしますぞ」
 老人の差し出したしわくちゃな手を、白菊は握り返した。その手は思い切り握れば折れてしまいそうなほど繊細だったが、とても温かいぬくもりを持っていた。
 彼は、僕なんかが想像するよりもはるかにすごいものを視てきたのではないか? そんな気がした。
 だから白菊は、ふと彼に聞いていた。
「ねえ、お爺さん……」
「んむ?」
「この街には、魂を使った芸術品はないのかな?」
「ほほー……魂のぉ」
 老人は顎に手をやって思い起こした。
「魂は魔族にとって『自分の実力や地位を示すもの』でもある。より多くの魂を手中に収めているということは、それだけでもその魔族の地位を示す証拠じゃよ。高位の魔族ではない限り、我々のような一般の魔族たちが多くの魂を扱うなど、そうそう出来ぬて」
 クルトは思った。
 だからこそ……あれだけの魂をいともたやすく操る魔神たちは、『魔神』たりうるのか。
 機晶姫としてのメモリーは、ザナドゥの瘴気の影響を受けていない。音声が途切れていないことを確認して、クルトは白菊に頷いた。
 と――老人はそろそろ行かねば、と動き始めた。
「これで満足じゃったかね? ……地上の子供よ」
「……!?」
 去り際に囁かれたその声に、白菊はハッとなって振り返った。
 老人の背中はすでにない。どこに消えたのか分からない。
 白菊はその後、老人の姿を思い出してスケッチブックに描こうとしたが、どうしても――二角の角と閉じられた左目以外、思いだすことは出来なかった。



 店の入口で、エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)はアムトーシスの街を眺めていた。
 まるでオブジェが重なって出来たような建物が点在するその街は、空の闇の濃さと相まって不気味さと幻想の混じった不思議な印象を与えてくる。
 思えば自分が攫われたときもこんな空だったか――そんなことを、エンデは思った。
(あのとき、私の人生は変わったんですね……)
 エンデは自分の手のひらを見下ろした。
 今この場で、鎧になろうと思えばすぐにでも可能だろう。それが『シャンバラ人』から『魔鎧』になってしまった自分の力。そして二度と戻ることのできない日常を突きつけられた自分の人生だ。
「ありあしたー!」
 カランカランと音が鳴って、背後の扉が開いた。
「お待たせしましたわ」
 現れたのはエンデの契約者の冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)だった。
 布製のマントを肩から被っている姿はいかにも旅人のそれで、魔族を装うために頭には角を生やしている。もちろん張りぼてだが、それなりに手が込んでいるようで一見すれば偽物には見えなかった。
「なにか、変わったことでもございました?」
「いえ、特にはなにも…………。小夜子様は?」
「私は、面白いことが聞けましたわ」
 小夜子は不敵にも見える笑みを浮かべた。
 彼女の話によると、なんでも最近、この街を治めるアムドゥスキアスのもとには地上のお嬢様が囲われているという話だった。そこまでは単なる情報であったのだが、小夜子が興味深く感じたのは、街の住人がそれを当然と思っている者ばかりではないということだった。
「中には、地上に戻すべきだと話す人もいたり、地上からの贈り物だって好意的に受け止めている人もいましたわね。彼らはあまり事情に詳しくないのかしら?」
「……どうでしょう? エノン様にその辺を調べてもらうのも一つの手かもしれませんね」
「ええ」
 シャムスのもとに残っているエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)のことを、小夜子とエンデは思い出した。ヴァルキリーであるためか、天使の翼がいように目立つためシャムスの護衛としてこちらとは別行動をとっているのだ。
『私の出番がないじゃないですかー!』
 とかなんとか言っていたのを思い出して、クスッと小夜子は笑う。
「他にも、何か聞けましたか?」
「そうですわね……あとは憶測にすぎませんけど、もしエンヘドゥさんがアムドゥスキアスのもとに攫われているとしたら、夜には動けるように細工されているかもしれないという話でしたわ」
「それは……どういう……?」
「なんでもアムドゥスキアスの塔にいる兵士の話では、攫われたそのお嬢様が夜には自由に動けるようになっているのを見たとか。それも、その兵士の友人という人づての噂ですので、なんとも言えませんけどね」
 小夜子は苦笑して、歩き始めた。エンデはその後を追う。
「シャムス様は、どう出るでしょうね?」
「さあ。ただ……必ずエンヘドゥさんは助ける。その私たちの決意だけは、変わりませんわよ」
 街を歩く魔族の住人にまぎれて、小夜子たちは昼のアムトーシスを歩んでいった。