蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

リアクション公開中!

勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

リアクション


第6章(3)
 
 
 大岩の破壊と賢者の塔にそれぞれが向かっている頃、村に残留している松本 恵(まつもと・めぐむ)赤坂 優(あかさか・ゆう)蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の指導の下、病人達の介護をしていた。
「はーい、汗を拭きますよー」
「身体を起こしますね。ゆっくりで構いませんよ」
 二人はエアーズで給仕をしていた経験を活かし、教えられてすぐに適切な介護を行えるようになった。他の病人の世話を終えた朱里の下に、見回りをしていた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が戻ってくる。
「あら、お帰りなさい。もう終わったの?」
「私の分はな。今は勇者殿の仲間が東の方を見ている」
「ふふっ、私達の間なんだから、そんなに固い話し方をしなくてもいいのに」
「そうしたい所ではあるが、今はこれが素の話し方になっているのだ」
「そう……私とアインがいなくなってからも随分努力したみたいね。今回の功績次第では聖騎士に推薦されるとも聞いたわよ」
「誰がそのような事を……それより、シスターは大人しくしていなくて良いのか? 神官殿には安静にしているよう言われているはずだが」
「さすがに何もしないのはね。大丈夫よ、あの二人が私の分まで皆さんのお世話をしてくれてるから」
 二人の視線が恵達に移る。恵と優は既に次の患者の世話に移っていた。見事なスピードだ。
「……なるほど、ここは任せておいても良さそうだな。では私は他の者達の様子を見てくる。あまり激しい動きをしないようにな」
「えぇ、分かってるわ。行ってらっしゃい」
 
 勇者達が村を救う為に各所を走り回っているのを近くにある小高い丘から見下ろしている者がいた。
「あれが報告にあった勇者達か。村の外に向かった者を除くと10人ほどと言った所だな。さて、どうするか……」
 その者の名は毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)。魔王軍きっての毒使いで、今回の疫病を引き起こしたのも大佐による仕業だった。
「あの神官が村を離れた今が機会か。どこに向かったかは知らぬが、戻る前に数を減らしておくべきだな」
 疫病以外にも手はある。そう判断した大佐は勇者達の戦力を削るべく、身を隠しながら村へと近づいて行った。
 
 少しして、村に異変が起きた。これまで何とか病に倒れずにいた村人や病状の軽かった者が次々と倒れだしたのだ。勇者達は倒れた村人を次々に教会に運ぶが、なおも発症する者は増えようとしていた。そして遂に、魔の手は勇者達にも伸びようとしていた。
「……小僧、おい小僧! しっかりしろ!」
 東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)を揺する。葛葉の顔は赤く、疫病にやられた事は間違い無かった。
「ちっ、うちの連中までやられるだと……?」
 大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が忌々しげな顔で空を見る。団員を家族と見る壬生狼の団長として、これ以上被害を拡散させる訳にはいかなった。
 その時、斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)がある物を見つけた。
「ん? どうしたハツネ?」
「……来てるの。毒の色をした、火の……鳥なの」
「火の鳥だと?」
 鍬次郎が目を凝らすが、何も変わった物は見えない。だがハツネは何かを避けるように飛び跳ねると、自分が立っていた場所に暗器の矢を撃ち出した。
「! 矢が空中で刺さった……って事はつまり、この不自然な疫病の広がり方はそいつが犯人か!」
 すぐさま刀を抜き、一閃する。既に移動されたのか刃は空を切るだけだったが、鍬次郎はすぐさまハツネの近くに行くと、周囲の仲間に呼びかけた。
「気をつけな、この疫病は天災じゃねぇ、誰かのフラワシの仕業だ!」
「鳥……逃げるの。こっちなの……」
 勇者達の中で唯一フラワシを見る事が出来るハツネが追いかける。他の者達もそれに続き、徐々に一箇所に集まろうとしていた。
 
「発見されたか。向こうに同類がいたとはな。まぁ良い、少しでも戦力を削ったのだ。上々としておこう」
 大佐はこうなった時の事も考え、あらかじめいくつかの場所に罠を仕掛けていた。さらに出来るだけ被害を与え、かつ混乱させる為に自身のフラワシ、ソリッド・フレイムの本来の力で炎を放ち、村の生命線である貯水施設を破壊してみせる。
 それでも一人で多数を相手にするのは限界がある。誰かが罠の対処をしている間に別の者が先に進み、また別の者が回り込むように動く。そうして立ち回った末、和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)が大佐へと追いつこうとしていた。
「もう逃げられませんよ。あなた、さすがにやり過ぎましたね」
「ふむ、見事な連携だな。魔王軍では中々出来ない事だ。素直に賞賛しよう」
「ありがとうございます。お礼は魔法でいいですか?」
「その前に、賞賛のみでは不満だろう? ささやかながら贈呈品も用意した。受け取るといい」
 追い詰められながらも焦りの無い大佐が指を鳴らす。すると絵梨奈の真下に魔法陣が現れ、光が彼女を包み込んだ。
「! これは――!」
「私が作った訳では無いのだがね。相手の意識を奪う優れものだそうだ。確かコードネームは……ジャック・メイルホッパー(じやっく・めいるほっぱー)だったか」
 光が強まり、そして収束する。完全に光が消えた時、そこには鎧に身を包んだ絵梨奈の姿があった。光に気付いて集まってきた小夜子達は絵梨奈の様子に違和感を覚える。
「あれは……和泉殿か? だがあのような鎧は装備していなかったはず。それに敵の眼前で無防備にしているのに襲われてすらいない……?」
「……ほぅ。この身体、中々に良く馴染むな」
 困惑する周囲を余所に、絵梨奈からはそんな声が聞こえて来た。だがそれは絵梨奈自身の声では無い、冷徹な男の声……彼女の意識を乗っ取ったジャックのものだ。
「さぁ始めようか。お前達との戦いをな」
 ジャックが火術、雷術といった魔法を次々と放つ。それらは全て勇者達を狙う攻撃だった。狙われたアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)、小夜子、夏侯 淵(かこう・えん)の三人はそれらを間一髪の所でかわす。
「ちょっと、何で絵梨奈ちゃんがこっちに攻撃して来る訳!?」
「分からぬ……! だが、この動き……向こうに躊躇いは無いようだ」
「絵梨奈がここで急に裏切るとは思えぬ。先ほどの光と関連があると見るべきか……」
 国は違えど、騎士である三人は理由も無く仲間を手にかける事など出来ない。回避に専念せざるを得ない彼女達に対し、大佐がさらに追い討ちをかけた。
「思ったよりも効果はあるようだな、あの罠は。さて、前衛を担ってくれるのならありがたい。騎士諸君よ。戦いは常に正々堂々とは限らない。それを思い知ってもらおうか」
 ポケットからしびれ粉の瓶を取り出し、風上から撒く。さらに再度フラワシを降霊させ、炎での攻撃も行い始めた。
「ふふ、目に見えて動きが鈍っているな。あとはこのまま疫病へと感染させれば――ち、もう来たか」
 フラワシを騎士達に触れさせようとした所に再びハツネが現れる。そして絵梨奈の方へは鍬次郎が向かい、満足に戦えない騎士達に代わりに矢面に立った。
「誰が来ようと同じだ。お前達の甘さでこいつを傷つける事が出来るか?」
「こいつ、か。どうやらてめぇがそいつの身体を乗っ取った奴らしいな」
「あぁ、その通りさ。だがどうする? それが分かった所で何も出来ねぇだろ、お前ら甘ちゃんはな」
 ジャックの魔法を鍬次郎が回避する。先ほどの騎士三人よりは内側まで潜り込んでいるものの、彼女達同様に手を出す事はしていなかった。
 ――だがそれは壬生狼の流儀の為だった。鍬次郎は乗っ取られた意識の奥底にある絵梨奈自身に向けて静かに、だが確実に届くように呼びかける。
「『雇用主』和泉 絵梨奈。壬生狼の団長、大石 鍬次郎が問う……俺達に望むものは何だ」
「無駄な事だ。この女の意識は眠っている。お前の声など届きはしねぇ」
 絵梨奈が冷徹な笑みを浮かべる。もちろんジャックの心を反映しての事だ。
 
『契約を――』
 
「! バカな……今の声は!」
 突如どこからか聞こえた声にジャックが驚愕する。いや、どこからといった抽象的なものでは無い。絵梨奈の口から聞こえる『絵梨奈自身の声』だった。
 
『契約を……果たして。勇者に立ち塞がる者達を、あなた達の力で……』
 
「了解した。壬生狼の誇りに賭けて、契約を果たす」
「な……何をする気だ、お前は!?」
 刀を向けた鍬次郎の姿に怯えるジャック。壬生狼の流儀、それは契約がある限りどんな汚い仕事でも引き受ける――
「や、止めろ! こいつはお前達の、お前達の仲間なんだぞ!?」
 
「契約に従い……立ち塞がる者を――討つ!」
 
「ギ、ギヤァァァァァ!?」
 イズルートの空にジャックの断末魔が響き渡る。鍬次郎の一撃は鎧を突き破り、絵梨奈の身体をも貫いていた。
「契約は果たす。てめぇが信じた勇者達に立ち塞がる奴らを俺達が討ってやる。だから今は……そこで休んでろ」
 力を失い倒れこむ絵梨奈を受け止め、優しく地面に横たわらせる鍬次郎。様々な感情を契約の二文字に押さえ込み、今はただ、もう一人の敵である大佐を討つ為に駆け出すのだった。
 
「これは驚いた。まさか味方ごと貫くとはな」
 各所のトラップを利用しながら逃げていた大佐が感心した表情で鍬次郎達が戦っていた場所を見る。騎士達の反応が当たり前だと思っていただけに、勇者を名乗る者の仲間がこうもあっさりと決着をつけるとは思ってもいなかった。
「見つけたっ! 今度こそ逃がさないよ! 二人は右からお願い!」
 しびれ粉で機動力が低下していたアルメリア達三人の騎士がようやく追いつく。さらに別方向からはハツネが回り込み、とうとう大佐は四方を囲まれてしまった。
「おやおや、楽しい罠を色々仕掛けておいたのだがな。君達は実に優秀だ」
「何が楽しいのよ! 家の壁を壊したり畑を台無しにしたりして、陰湿もいいとこだわ!」
「……もう、逃げられないの。逃げようとしても、新兵衛がズドン……なの」
 ハツネの遥か後方にはスナイパーライフルを構えた新兵衛の姿があった。仮にこの包囲を突破したとしても、いや、突破しようとした所で狙い撃たれるという訳だ。
「なるほど、チェックメイトという事だな。いやはや、本当に君達は優秀だ」
「我らが優秀かどうかなど瑣末な事。それより、疫病を治す手段を吐いてもらうぞ」
 淵が包囲を縮める。だが、大佐はそのプレッシャーを何でもないとばかりに受け流した。
「残念だがそれでは面白くない。君達が悩み苦しむ姿を見られないのは残念だが――私は一足先に舞台を降りさせてもらうよ」
「何だと……? まさか!」
 大佐のソリッド・フレイムが炎を放つ。淵達が、そしてフラワシの姿が見えていたハツネすらが反応する間も無く、炎は『大佐自身を』焼き尽くしていった。
「さらばだ諸君。君達がどこまでやれるのか、楽しみにしているよ……」
 炎が消えた時、そこには何も残っていなかった。ソリッド・フレイムも、そして大佐の身体すらも――