|
|
リアクション
第7章(2)
「ここか。まさか塔のすぐ近くに奴らの村があるとはな」
シンクに張られた結界の前、一見ただの草むらにしか見えない場所を見つめながら柊 真司(ひいらぎ・しんじ)がつぶやいた。
彼は魔王軍に協力している、言わば傭兵だ。仲間とともに依頼を受け、その遂行の為にここまで来ている。
それ以外にはイズルートで勇者達と対峙した四条 輪廻(しじょう・りんね)と並んで魔王軍の頭脳と呼ばれる科学者のドクター・ハデス(どくたー・はです)。それから毎度おなじみの天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)がいる。
「フハハハ! このドクター・ハデスの手にかかればこのような結界、子供のかくれんぼよりも容易く発見出来るのだ」
「フフフ……さすがは天才科学者。素晴らしいぞ。見ていろ勇者ども……貴様らに与する者どもを一足先に葬ってくれるわ!」
彼らと、ハデスの連れて来た魔物達がシンクへと侵攻する。結界を消滅させる音、それが彼らの戦いの銅鑼代わりとなった。
結界が破られた事による魔力の変化は、力を供給しているフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)によってすぐ村人の知る事となった。今は非戦闘員は家に隠れ、篁 透矢(たかむら・とうや)達は逆に村の入り口へと走っている。
「まさかこの場所を嗅ぎ付けられるとはな……いや、むしろこれまでアグニ達以外に見つからなかった事が奇跡だったと言うべきか。フリッカ、他に戦える奴は?」
「すぐにルイ姉も来るわ。それまでは二人で。厳しいけどやるしか無いわね」
さらにスピードを上げ、入り口にたどり着く。二人の姿を見つけたハデスはそのうちの一人、透矢へと視線を向けた。
「ふむ……あの外見、年月の経過を考慮して判断する限り、篁 透矢で間違い無いな」
「篁 透矢……三年前の戦いでは勇者を陰から支援した男か」
「その通りだ柊 真司。何故絶大な力を誇っていた当時の魔王様が敗北を喫したのか……それはあの篁 透矢が勇者達に何かを与えたからだと言われている。それが何かは今でも分からん。だが――」
「奴が再び勇者達にそれを与えかねないという事か」
「そうだ。故に我々はその『何か』の奪取。あるいは破壊を行う必要があるのだ」
「――という事だ。皆聞いたな?」
真司が仲間のヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)とアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)。それから自身の魔鎧であるリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)に呼びかけた。
「ねぇ真司。奪取って事は殺しちゃ駄目なの?」
「そうだ。それが何を意味するかを聞き出す必要があるからな」
「な〜んだ、つまんない。なら目標以外と遊んでようかしら。そっちなら好きなだけ遊んでもいいわよね?」
現実世界と違い、真司達は基本的に漆黒の服に身を包んだ、悪の印象の強い姿だった。その中でもヴェルリアだけは性格すら変化があり、かなり好戦的になっている。
「何、基本的にそ奴との戦いは真司とリーラに任せておけば良いじゃろう。わらわ達はその周囲を引き受けた方が得策じゃな」
「そうね。まぁ皆、頑張って頂戴」
アレーティアとリーラは自身の役割を理解しているらしく、ただ淡々としている。皆の戦闘態勢が整ったのを受け、ハデスが魔物達を並べ、号令を下した。
「フハハハ! 魔王軍のアンデッド兵団よ、魔王様に逆らう者どもを、一人残らず血祭りに上げるのだ!」
一方その頃、勇者達はようやくシンクの近くまでやって来た。当然ながらこの辺りは魔王軍の勢力の方が影響が強いので、出来るだけ発見されないような道を進んでいる。
「えっと、あとはここを真っ直ぐ行けばいいみたいだね」
「途中に結界があり、そこから先は魔物に襲われる心配は無いとも言われてますね」
イズルートの長老に聞いた道を辿りながら松本 恵(まつもと・めぐむ)と赤坂 優(あかさか・ゆう)が先頭を歩く。二人は給仕の際のメイド服、魔法少女服とその時に応じて服装が変わるが、今は何故か現実の百合園女学院の制服を着ていた。現実での所属は天御柱学院なのだが。
「しっかし、シンクねぇ。何か妙な感じだぜ」
そう話すのは篁 大樹だ。現実世界で暮らしている村の名前がそのまま使われているとなると違和感を覚えるのだろう。
「これで行ってみたら作りまでまんまですって言ったら笑えるよな――ん? どうした? 恵」
「あれ? おかしいな……優、結界ってどこかにあった?」
「いえ、ありませんでしたね。本来ならもう越えているはずなのですが……」
首を傾げる二人。シンクの方から戦いの音が聞こえたのは、それと同時だった――
「篁 透矢よ。勇者に与える鍵とやら……渡してもらおうか」
「……さて、何の事かな?」
「とぼけても無駄だ。お前が三年前、勇者に協力した事は既に調べがついている」
「なるほど、それで名前まで知れ渡るとは、俺も有名になったものだな。なら返事も予想は出来てるだろう?」
「あぁ……安心しろ、命だけは助けてやる」
神速で走り出す真司。殺気を感じた透矢はそれを回避すると、壁などを利用して素早い動きで戦場を駆け巡った。
「逃がさん。リーラ、力を借りるぞ」
「えぇ……随分派手な鬼ごっこね」
それを追うべく、真司も壁伝いに走り出す。残された者のうち、ヴェルリアはフレデリカへと襲いかかろうとしていた。
「私の相手はあなたかしら。少しは楽しませてくれると嬉しいわ」
「今は、少しでも食い止めなきゃ……!」
ヴェルリアがロケットシューズで飛翔し、地面スレスレを飛んで接近する。フレデリカはその突撃に向けて火術を放つが、巧妙に間合いをズラすヴェルリアの位置取りと、さらに幻影まで出される事で目標を見失ってしまった。
「きゃっ!? 強い……でも、ここは退けない……!」
フレデリカは確かに大魔法使いの家系ではあるが、現在は魔王の本拠地で勇者を導く為の魔法を使う事に魔力の大半を取られていた。その為実戦闘では火術くらいしか使えず、攻撃面ではヴェルリア達に遅れを取るのも仕方の無い事であった。
「フリッカ!」
再度襲い掛かろうとするヴェルリアに向けて光の閃刃が放たれ、幻影をかき消す。そして二人の間に立ち塞がるようにルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が現れた。
「あなた達、魔王軍の方ですね。フリッカを狙うというのであれば、この私がお相手します!」
「やっぱり! 魔王軍に襲われてる!」
村の中に入った恵達が見たのは、戦場を飛び回る透矢と真司、ヴェルリアとアレーティアの攻撃を何とか防ぐフレデリカとルイーザ、そして村中に広がろうとしているアンデッドの群れだった。
「わわっ、まずいよこれ! 皆、急いで助けよう!」
飛鳥 桜(あすか・さくら)が飛び出し、光術でアンデッドを牽制する。そのまま一気にルイーザ達の所まで飛び込み、二人の援護に加わった。
「二人とも、大丈夫?」
「あ、あなた方は……もしや、勇者様?」
「そのとーりっ! ……って言っても僕は違うんだけどね。でも、困ってる人を助けたい、その気持ちは変わらないよっ!」
さらに追いついた何人かがルイーザ達を護るように展開する。彼らの気持ちも桜と同じだ。
「数が増えおったか。じゃがこの連携、突き崩すのは容易では無いぞ。行け! フェイク達よ!」
アレーティアが周囲を固める五体のイコプラに指令を下す。フェイクと名づけられたイコプラが中心となり、ナハトとアークが前衛、アーベントとファントムが中衛という連携攻撃で桜達へと襲い掛かる。
「わっ! ほっ! わたたっ!? もうっ、倒したくても次から次へと!」
「ふふふ、当然じゃ。わらわの作ったフェイク達は完璧じゃからな。どれ、わらわも手を出すかの」
回避と防御を続ける桜達に向かって糸を放ち、イコプラを援護する。そうしたアレーティアの攻撃を必死に抑える桜達に護られたルイーゼは、イコプラの動きをしっかりと観察し続けていた。
「連携……ならば動きの基点を探れば。あの動きを可能にしている鍵となる機体……分かりました!」
過去の戦いで培われた観察眼が相手の弱点を捉える。そこに必殺の一撃を与えるべく、ルイーゼは二つの光を生み出した。
「皆さん! 手前の四機を押さえて下さい! 鍵は……一番奥の機体です!」
「オッケー! 僕達に任せて!」
ルイーゼの言葉を受けて桜達がナハト達の攻撃を防御する。そうして相手の動きを一瞬止めて出来た隙間に向かい、ルイーゼはまず光の閃刃を放った。
「はっ!」
閃刃は四機の間をすり抜け、奥にいたフェイクの脚部へと命中した。そうして機動力が落ちた所に、今度は止めとなる光条兵器の一撃を撃ち出した。
「これで終わりです……ルーセント・スカージ!」
ルイーゼの前に光の円が浮かび上がり、そこから『慈悲の剣』の意味を持つミセリコルデ状の刃が飛び出した。その刃は防御に入ったファントム達をすり抜け、フェイクのみを確実に無力化させる。
「何と……フェイクがやられるじゃと!?」
驚きの表情を浮かべるアレーティアの前でフェイクの機体が崩れ落ちる。指揮官機であったフェイクが戦闘不能になった事により、それまで的確な連携攻撃を行っていた四機の動きに綻びが生じ始めた。
「これで状況は有利になるはず……皆さん、あとは確実に動きを止めていきましょう」
ルイーゼの言葉に皆が元気良く応える。頭を失ったイコプラ達は徐々に圧され始め、一機ずつその動きを止められる事となるのだった。
「ぎゃー!?」
ヴェルリアのカード型機晶爆弾が月詠 司(つくよみ・つかさ)の周囲にばら撒かれる。逃げ場を失った彼はサイコキネシスによって次々とカードをぶつけられ、その度に爆発を受ける事となっていた。
「ほら、どんどん行くわよ。あなたの叫びをもっと聞かせて頂戴」
「ほぎゃっ!? へぶっ!? ふげっ!?」
被弾する度に叫び声をあげる司。他の者達は助けたくても、下手に攻撃すると機晶爆弾に当たってしまう為に手が出せなかった。
――いや、一人は手を出さなかったというべきか。
「ふふっ、面白いわ。見てるだけで愉しくなってくるわね♪」
「ちょっ、リズくん、見てないで、助けっ」
当然のごとくシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)だ。彼女は特等席を確保して司の受難をじっくり眺めている。
「あら、なら仕方無いから爆弾の処理をしてあげるわ。えいっ」
「うぎゃー!?」
今度は奈落の鉄鎖で頭上のカードを引き摺り下ろした。大量の爆発を受けて司が倒れこむ。リジェネレーションがあるから死にはしないだろうが、それを見て満足げな表情を浮かべるシオンはやはり鬼畜だった。
「仲間割れなんてしてる暇あるのかしら?」
司が倒れた事で次の目標を探すヴェルリア。シオンは既に安全圏へと退避している辺りさすがと言うべきか。
ハデスによって放たれたアンデッド達は、民家へと襲いかかろうとしていた。徐々に歩みを進めるアンデッドを魔法少女の姿になった恵と優が少しずつ倒して行く。
「えいっ!」
「燃えなさい」
魔法少女といっても武器は斧や剣なのだが、切っ先に炎を纏わせる辺りで面目躍如か。とは言えファイアストームのような範囲攻撃を使える訳では無い為、一匹ずつ確実に減らして行く必要があった。
「もうっ、そんなに強くは無いけど数が多すぎるよ!」
「このままじゃ討ち漏らしが出ちゃうわね。応援を呼ぶべきかしら」
二人の手が回りきらずに侵攻を許してしまったアンデッドがとうとう畑まで押し寄せる。するとどこからとも無く炎が飛来し、アンデッドを焼き尽くした。その先には――鍬を構えた――アグニがいる。
「腐った身体で畑に入ろうなんざぁ、天が許してもこの俺が許さねぇ! 労働をぉぉぉ舐めるなぁぁぁぁ!!」
畑を護る事に全てを注ぐアグニがいつになく本気で攻撃を行う。彼の後ろでため息をつきながら、リヒトも火術で援護を始めた。
「え〜っと、すみません。この人畑の事となると人が変わっちゃうので……あ、ボクもちゃんとお手伝いしますので、どうかお構いなく」
「はぁ……」
何と言って良いのか分からない恵達はそれだけを返す。一応頼りになる援軍だとは思うのだが、素直に喜んで良いのか分からない状況だった。
「……行くぞ」
「おっと。当たる訳にはいかないな」
高機動で動き回っている二人は真司が追い、透矢が避けるという展開となっていた。真司は時にはカード型機晶爆弾で道を塞ぎ、時には魔導銃で牽制を行う。
(見る限り何かを持っているようには見えないな。今は単に所持していないだけか、それとも……)
勇者に与えた物の奪取が目的の真司は追いながらも相手をしっかりと観察する。そうしているうちに、次第にその『物』というのは言葉通りのものでは無いのではという考えを持ち始めていた。
「――!」
そう思い始めた真司が透矢の動きに気付く。突然反転して攻撃を仕掛けて来た透矢の攻撃をぎりぎり回避。直前で行動を予測出来なかったら喰らっていたかもしれない一撃だった。
「これを避けるか。気が散ってるみたいだからチャンスかと思ったんだけどな」
「そうだな。確かに散漫だった。だが、もう同じ油断はしない。鍵を渡すなら今のうちだ」
「残念だけど断らせてもらうよ。こちらが有利になり始めたみたいだからな」
透矢が再び守勢に回る。攻撃に回ろうとした真司に対し、リーラが口を開いた。
「彼の言う通りみたいね、真司。向こうに援軍が来たわ」
見ると、上空にワイバーンに乗った冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の姿が見えた。槍を構え、こちらに降下してくるつもりらしい。
「そうはさせん。戦いたいのなら……こちらから相手になってやろう」
真司が専用のロケットシューズ、シュトゥルムヴィントを起動する。通常のロケットシューズよりも加速力に優れたこの靴により、真司は一気に小夜子がいる高さまで飛び上がった。
「目標以外には容赦はしない……墜ちろ」
雷が篭められた匕首を振るい、小夜子が差し出したシールドにぶつける。飛行しているこの状態なら、電撃が通るだけで命取りとなるはずだった。
「くっ……! タリスマンよ、私に加護を……!」
だが、小夜子の精神力が、そして七色に光る宝石が、その最後の一線を越えさせずに留まらせる。そうして作り上げた相手の隙、ここが逆転の糸口となった。
「アーミテージ、頼む!」
「任せて小夜子ちゃん!」
地上ではアルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)が弓を構えていた。上空の真司目掛けて素早く矢を放つ。
「真司、来るわ」
「くっ……!」
このままでは避けきれないと判断した真司は最終手段であるアクセルギアを起動し、とっさに盾を蹴って射線から退避する。そうして降りてきた所にアクセルギアの効果切れによる反動が加わり、さらにもう一瞬の隙が生まれた。
「悪いな……狙わせてもらう!」
着地点には二人を信じてチャンスを窺っていた透矢が飛び込んでいた。いくら行動を予測する力に優れているとはいえ、三人に連携を取られてはさすがに避けきれない。これまで攻勢を続けてきた真司が始めて防御体勢を取り、蹴りを受けて跳び下がる。
「状況は不利ね。退いた方がいいんじゃない? どうせ魔王軍に義理は無いんだし」
「そうだな、それに……」
「それに?」
「いや……撤退する。ヴェルリア、アレーティア、退くぞ」
やはり相手の鍵は『物』では無い。そう判断して真司は素早く反転する。
「何よ真司。せっかくおもちゃと遊んでた所だったのに」
「仕方無かろう。まったく……わらわの方は散々じゃ。今度は黒き格闘用機体でも作ってみようかのぅ」
真司に続き、ヴェルリア達も戦闘行為を中断して次々と戦場を離脱する。。まだ村にはアンデッドがいる為に遠くまで追う事が出来ない勇者達の弱点を突いた、鮮やかな引き際だった。