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リアクション
第8章(3)
「随分勝手な事をしてくれましたね、あの人は……魔王を救おうだなんて、馬鹿みたいです」
魔王を取り逃したアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が面白く無さそうに言う。それに反論したのは夏侯 淵(かこう・えん)だった。
「いや、あれもまた最善な手と言えるだろう。勇者がその者の生き様を表すのなら、魔王もまたそうした呼び名の一つに過ぎないのだからな」
元魔王軍の仲間と旅を続けてきた淵もまた、魔王をただ駆逐して終わりという『当たり前』の事に疑問を抱いた一人だった。
だからこそ『勇者では救えない者を救う』というルカルカ・ルー(るかるか・るー)の言葉に共感し、魔王を連れ去ろうとする彼女の行動を黙認したのだ。
「そう、魔王を魔王と決める物など存在しない。二人の魔王が共存する事があるようにな」
その時、広間の最奥から声が響いた。奥にある部屋から一人の男が現れ、こちらへと歩いてくる。
「つまり誰もが魔王となる事が出来るのだ。それがこの俺だとしても」
一人の男、いや――新たなる魔王となった樹月 刀真(きづき・とうま)が立ちはだかる。勇者達の反応は様々だったが、その中で一人、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)だけは刀真の出現を喜びで迎えた。
「ククッ、面白れぇ。丁度あんなガキの魔王じゃ物足りねぇと思ってた所だ。さぁ来やがれ『魔王様』、『勇者様』が相手してやるよ」
竜造が巨大な刀、無縫修羅を握る。対する刀真は一瞬だけ憂いを篭めた表情をし、大剣を抜いた。
「……いいだろう。だが魔王が向かって行くというのも面白く無い……来い」
「なるほどな。それじゃあ……行くぜっ!」
竜造が駆け出し、無縫修羅を大きく振る。相手の行動を注視する刀真はそれを回避し、反撃の隙を窺った。
「なんだ、守ってばっかりか? 魔王が聞いて呆れるぜ」
百戦錬磨の戦いの経験を持つ竜造が押し始める。そのまま一気に押し切ろうとした瞬間、刀真は剣撃では無く煙幕を張るという手段を行った。
「ならば見せてやろう。魔王の片鱗を……玉藻」
「うむ」
視界を奪った隙に大剣を地面に刺し、高く跳び上がる。大剣の代わりに手にした光条兵器で攻撃を行おうというつもりだ。しかも――
「開け『地獄の門』……我が九尾を持って終焉を招く!」
奥から現れた玉藻 前(たまもの・まえ)が魔弾を放ち、闇の魔力を周囲に走らせる。上空の刀真は光条兵器に九尾の妖力を篭め、その力を全て絶例斬へと変換させた。
「三尾が宿りて絶零が生ず! 行けっ!」
「ちっ、ぐぅぅ!」
一連の攻撃は全て竜造がいた地点に行われた。とっさに龍鱗化で流しはしたが、全てのダメージを分散し切る事は出来なかった。
「兄さん!」
竜造の負傷に思わず黒凪 和(くろなぎ・なごむ)が走り出す。両者の関係に負い目を持つ和にとって、怪我の治療は唯一彼の役に立てると思える事だった。
「あ、もう皆来ちゃってたんだ」
戦いが続くかと思われたその時、玉藻達がいた奥の部屋から漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が現れた。その隣にはさらわれたイストリアの姫、篁 月夜がいる。
――不思議なのは、どちらの月夜も、さらに言えば玉藻も普段着そうもないセクシーな衣装に身を包んでいるという事だろうか。
「見てみて、月夜ちゃんとお揃いの格好だよ。可愛いでしょ」
どうやら犯人は漆髪さんの方の月夜らしい。篁の方の月夜は自分の格好を見下ろし、ため息をつく。
「私に似合うとは思えないのだが」
「そんな事ないよ! 月夜ちゃん、私より背が高いからスラっとして綺麗だもん」
「……月夜、せっかく人が我がままに付き合って魔王なんてやってるんだから、台無しにしないでくれるか」
今度は刀真がため息をつく。実の所刀真は勇者達が来るまでは奥の部屋でゴロゴロしていたのだが、魔王達が敗れたと聞いてしぶしぶ出て来たのだ。
「我もまだ半分も戦っていないのだがな。せめて考えた口上くらいは言わせて欲しかったものだ」
ちなみに口上は端的に言うなら『酒・服・宝石・女(美少年可)』だ。ある意味玉藻らしいといえば玉藻らしい。
「むぅ、せっかく月夜ちゃんがお姫様って事でいるんだから、何かしたいよね。ん〜と……」
考え込む漆髪 月夜。少しの間をおき、彼女は篁 大樹をビシっと指差した。
「勇者大樹よ! 姫を返して欲しくば『月夜お姉ちゃん大好き!』と叫ぶが良い!」
「いきなり何言わせる気だあんた!?」
突拍子もない条件に思わず叫ぶ大樹。漆髪 月夜は本気らしく、ラスターハンドガンの持ち手などを用意したりしている。
「ど〜しても言わない気? だったら……刀真、玉ちゃん、ゴー!」
「……やれやれ」
「うむ、良かろう。」
二人が再び戦闘行動を取る。さらにこちら側も刀真には竜造が、玉藻には相田 なぶら(あいだ・なぶら)が突撃して行った。
「てめぇの技は見切った。今度はこっちの番だぜ!」
「このままだとせっかく鍛えてもらった剣が使われないまま終わってしまう。魔王でなくてもいいから相手をしろ!」
「ちょい待て!?」
「待たないよ。さぁさぁ、早く言わないと皆が大変な事になっちゃうよ。それでもいいのかなぁ?」
「あーもう、分かったからこれ以上混乱させるなって!」
せっかく終わりを迎えたはずの戦いが再度始まる。希望通りの事を言えば止めてくれるのだろうが、恥ずかしいという感情はそう簡単には消えたりしない。
「……ちゃん……き……」
「聞こえな〜い」
「『月夜お姉ちゃん大好き!』。ほら、これでいいだろ!」
「ん〜ちょっと投げやりなのが気になるけど……ま、いっか」
漆髪 月夜が刀真と玉藻を止める。精神的消耗をした大樹はさておき、これでようやく平和が訪れる。
――そう思われた。
「皆……一つになろうよ……」
一件落着かと思われた瞬間、どこからとも無く聞こえて来た声とともに強い震動が訪れた。
「これは……途中階での震動と同じ? ……まさか」
和が周囲に気を配る。すると広間に置いてあった玉座やテーブル、棚といった物がまるで壁に吸収されるかのような動きで消えて行くのを目撃した。
また触手が現れるのか。そう警戒する中で今度は壁の一部が歪み、中から一人の『人間』が現れた。
「悲しみも孤独も……争いも無い理想の世界を……」
この月谷 要(つきたに・かなめ)は、魔王軍の科学者である四条 輪廻(しじょう・りんね)とドクター・ハデス(どくたー・はです)が共同で作り上げた金属生命体だった。余りにも強力な吸収性能の為に一度は研究が凍結されたのだが、ハデスがシンクに侵攻する直前、万が一の為に機能を復活させて塔の片隅に置かれていたのだ。
「おい、これマズくないか?」
大樹が近付いてくる要を警戒する。彼はこちらに徐々に歩み寄ってきているが、その際近くの物を吸収して鈍い輝きを強くしている。先ほどの触手と同じならば有機物である自分達も吸収の対象となるだろうが、途中の扉は触手を一度封印する際に行き来出来ないようにした為、このまま逃げても追い詰められるだけだ。
「何だ、神の剣が……!」
不意になぶらの持つ神剣が光りだした。その輝きはこれまでとは比べ物にならないほど強い。その光を見た途端、要の表情と思われる部分が嫌がっているのに気付く。
「! やはりそうだ。剣を握ると感じる。この光が、あいつを打ち倒す光だと俺に語りかけるんだ」
「ならば行け、なぶらよ! 私達勇者の中の勇者として、全てを終わらせるのじゃ!」
織田 信長(おだ・のぶなが)の檄とともになぶらが駆ける。その時、壁から再び触手が現れた。自身の危機を感知した要が呼び出したのだ。
「な、しまっ――」
出てくるとは思っていなかった為に反応が遅れるなぶら。その身体に触手が突き刺さるかと思われた時、とっさに一人の男が間に飛び込んでいた。
「に……兄さん!」
和が叫ぶ。その視線の先には、触手を抑え込む竜造の姿があった。既に吸収の効果が始まっているのだろう。触手との接触部分が金属のように変質していく。
「けっ……その剣が重要ってんなら…………油断してんじゃ……ね……ぇ……」
「兄さん、どうして……」
「俺は……虐殺勇者……だ。邪魔する……奴は……どんな奴だろうが……歯向かって……やる……のよ……」
全身が金属と化した竜造の姿が溶けて吸収される。彼の献身によって危機を脱出したなぶらは、光り輝く剣を要の本体へと突き刺した。
「どうして……皆……同じに……」
「人は一人ひとり違う。だからこうして色んな思いを抱いて生きているんだ。それが分からないのなら……お前はこの世界に……必要無いっ!!」
最早声を発する事も出来ずに光の粒子となって消える要。グランディオスの塔とも融合していた彼の消滅により、塔自体がゆるやかに崩壊を始めた。
下層階で戦っていた者達は無事に脱出する事が出来た。だが彼らが脱出した時既に、塔は上層階が崩壊を始めていたという。
後に語られし勇者達の伝記で、塔崩壊の章はこう締められていた。
崩れ落ちる瓦礫の中、私達は光を見た。大空へと羽ばたく光、それこそが希望の、勇者達の光であった――