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勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

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第2章「山間の街ハイラウンド」
 
 
 勇者達は次のハイラウンドへと来ていた。この街は山の中腹にあり、イストリアほどでは無いがそこそこ発展している町だ。
「――って話だけど、ちょっと静かな気もするな。もうちょっと賑わってても良さそうなもんだけど」
「最近はこの付近に賊が出没するという話が我らの下にも届いている。恐らくはそれが一因なのだろうな」
 篁 大樹のつぶやきにイストリアの騎士である夏侯 淵(かこう・えん)が答える。城にまで伝わっている情報だと、ハイラウンドの近くに山賊がアジトを作り、行き交う商人達の安全を脅かしているという事だった。
「だが、一番大規模な賊は既に捕らえたとも聞いているが……他にも厄介な者達が存在するのか?」
「どうだろうな? とりあえず色々話を聞いてみようぜ、淵」
 
 最初に勇者達が訪れたのは、この街の代表者である町長の所だった。館に赴くと応接間へと通され、小太りの男が現れる。
「おぉ勇者様方、よくぞいらっしゃいました。あなた方が魔王討伐の為に立ち上がったというお噂、既にこの街にも伝わっております。使命を持つ勇者様方には大変申し訳無いのですが、どうかこの街もお救い頂けないでしょうか?」
「救うというと、街を襲っているという山賊の事で?」
 相田 なぶら(あいだ・なぶら)が尋ねると、町長は汗を拭きながら頷く。その表情は本当に困っているという風だった。
「えぇ、以前にこの付近を荒らしまわっていた賊は退治する事が出来たのですが、最近また商人達の馬車が襲われる事がありまして。お陰で他の街とのやり取りが滞ってしまい、困り果てているのです。こちらとしても傭兵を雇ってはいるのですが……お恥ずかしい話、相手が強力で今戦えるのは一人だけという有様です」
 町長がドアの方に視線を向けると、そちらから和風の格好をした人物が現れた。
「初めまして。ボクは九条 風天(くじょう・ふうてん)。たまたまここに立ち寄った縁で雇われた者です」
 風天が礼儀正しくお辞儀をする。その所作は無駄が無く、唯一残った傭兵という実績に相応しい雰囲気を醸し出していた。
「賊のアジトを突き止めたものの、ボク一人では護りを優先するしかなく困っていた所でした。あなた方がいればこちらから打って出る事も出来ます。どうか手を貸してもらえませんか?」
「なるほど……どうする、皆?」
「決まっているだろう。勇者たる者、困っている人を見捨てる事など出来ない。すぐに山賊退治に向かおう」
 大樹の確認に力強く答えるなぶら。他の者達にも異論は無いようだ。
「それじゃ決まりだな、俺達も力を貸すぜ。それで、向こうがどんな奴か、目星はついてるのか?」
「い、いえ。相手はただの賊です。大方この辺にいた山賊どもが追い払われたと聞いて縄張りを広げに来たのでしょう。ともかく、この街の平和は勇者様方の手にかかっております。どうかよろしくお願い致しますよ」
 相変わらず汗を拭きながら答える町長。彼に見送られ、一行は風天を仲間に加えて館を去るのだった。
 
 
 館を後にした勇者達は一度街を見て周り、風天とともにアジトを攻める者と残って街を護る者に分かれる事にした。最終的に淵と桜葉 忍(さくらば・しのぶ)織田 信長(おだ・のぶなが)の三人が街に残り、それ以外の者はアジトへと続く道を進んで行く。
「こっちです。罠があるかもしれないので気を付けて下さいね」
 風天を先頭に一行が山頂へと続く道を進む。途中にある獣道を抜けた先に賊が潜伏しているアジトがあるという事だった。
「しっかしなぁ……どう思う? 街で聞いた話」
「皆さんが聞いて来た、町長の噂ですか?」
「そうそう。本当か嘘か知らねぇけど、色んな噂があったんだよな」
 次百 姫星(つぐもも・きらら)はその外見上直接街の住民と話す機会は無かったのだが、他の者達が情報を集める為に周囲に聞き込みを行った所、町長の悪評が広まりかけているのが分かった。明らかに嘘だと分かる内容も多かったものの、中には信憑性の高そうな噂も混ざっていたのだ。
「風天さんはもっと前からいたんだろ? 何か知ってるか?」
「いえ、ボクがこの街に来たのは最近の事ですが、来た当初は特にそんな噂はありませんでしたね」
「って事は急に広まったって事か……何でだろうな?」
 疑問に思いながら山道を進む大樹。すると不意に、前を歩く風天が立ち止まった。
「皆さん、気を付けて下さい……あの辺りに罠があります」
 風天の言葉に皆が気を引き締め、周囲を警戒する。するとトラップのそばにある木の陰から天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)が姿を見せた。
「へぇ……勘が良いですね。今までは皆引っかかってたんだけどな」
「獣人? 山賊では無くて魔王軍なんでしょうか?」
「違うんじゃないか? キララ。あたし達も見た事無い奴だよ」
 葛葉の外見を見て元魔王軍である姫星と鬼道 真姫(きどう・まき)が記憶を辿る。左遷という不名誉な形ながらも各地を渡り歩いてきた姫星達ではあるが、葛葉のような獣人はこれまで見た事が無かった。
「人間達はバラバラに壊してあげないとね。じゃないと裏切るから……あいつみたいにねぇ!!」
「ちっ、来るぜ! 皆気を付け――」
 こちらに突撃しようとする葛葉に対し、大樹が声をかけて散開しようとする。その動きを風天が制止した。
「いけません! そちらにも罠が!」
「え――うぉっと!?」
 地面についた足が落とし穴の表面を踏み抜く。幸い重心を移す前だったので助かったが、風天の呼びかけが無ければそのまま真っ逆さまだっただろう。
「本当に勘が良いね……なら頭の中までバラバラになりなよ!!」
 さらに葛葉は幻覚を見せて精神的に追い詰めようとする。攪乱に徹する葛葉、それは本命を呼び込む為のものだった。
「! 上にいるよ!」
 殺気に気付いた真姫が叫ぶ。木の上から襲い掛かる二つの影に対し、風天となぶらが間一髪で剣を繰り出す事が出来た。
「おっと、やりやがるな。確かに良い勘してやがるぜ」
「……もう少しだったの」
 交錯した勢いを利用して二つの影、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)が跳び下がる。
「これまでとは違った手練れの者……あなた方が賊の親玉という訳ですか」
「そう言うてめぇはあの糞野郎に雇われた傭兵か。うちの連中を随分苦しめてくれたみてぇじゃねぇか」
「悪鬼外道の類に容赦する必要などありませんからね。良い機会です、この戦いで終わらせるとしましょう」
「面白れぇ……俺達『壬生狼』をそう簡単に殺れると思うなよ」
 鍬次郎の二刀のうち、片方が炎を帯びる。対する風天は一刀だが、鍬次郎の手下達を追い払ってきたようにその歴戦の武術は相手の得物が多かろうと決して引けをとる物では無い。
 二人が斬り合いを始めた頃、それ以外の者達は葛葉とハツネが連携を取って押さえ込んでいた。葛葉が奈落の鉄鎖で相手を押さえ込んだ所にハツネが刀で斬り、時にはダガーを投げつけて攻撃する。
「くそっ、この程……!」
 投擲されたダガーが大樹の腕を掠る。反撃に出ようとした大樹だったが、焼け付くような痛みが急に襲い始めた。
「クスクス……そのダガー、毒がついてるの……ちょっとでもとっても痛いの」
「ぐっ……ま、まだまだ……!」
「まだまだなの……これも受けるの」
 さらにハツネがフラワシのギルティクラウンを操り、その粘性の身体で大樹を包み込む。粘性だけでなく悪疫の特性も持ったギルティクラウンによって、大樹の毒が促進されていった。
「た、大変です! 大樹さんを助けないと!」
 所々にあるトラップに注意を払いながら姫星達が援護に入ろうとする。だが、それを遮るように今度は遠くから銃弾が次々と飛んできた。
(お嬢をやらせる訳にはいかないからな。子供がいないなら安心して援護に入れる……悪く思うなよ)
 木々の向こう、ハツネ達を援護出来る場所で銃を構えている東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)が心の中でつぶやく。奇襲を得意とする集団、壬生狼。その最後方に位置し、仲間の背中を護る要の人物がこの新兵衛だった。
 
「せいっ!」
「はぁっ!」
 風天と鍬次郎。二人の剣客の斬り合いは互角となっていた。金剛の力を宿らせた強力な一撃を放つ風天に対し、鍬次郎は二刀を変幻自在に操り受け流しと反撃を続けて行う。
 五合、六合。幾度と無く互いの刀がぶつかり合い、そのまま鍔迫り合いへと繋がった。
「これほどの筋を持つ相手とは。賊になり下がっているのが惜しいほどですね」
「賊、か。てめぇらからすりゃそうなるだろうな。だが俺達はあの町長のツケを街の奴らに払わせてるだけだぜ」
「ツケ……?」
「あぁそうだ。てめぇはあの野郎から聞いてるか? 前にここを根城にしていた山賊どもを追い払ったのが誰かをよ」
 記憶を思い返すが、確かに風天は自分が雇われる前の経緯を詳しく聞かされた事は無かった。それどころか町長が意識的に隠そうとしていた節すらある。
「その様子だと聞いちゃいねぇみたいだな。答えはな……俺達壬生狼だ。俺達はそもそも賊なんかじゃねぇ。てめぇと同じ傭兵の集まりさ」
「それが何故こんな真似を?」
「あの野郎が契約を反故にしやがったからさ。散々俺らを頼りにしておいて、山賊どもがいなくなった途端に手のひらを返したように契約その物をすっとぼけやがった」
「だから商人達を襲っているという事ですか」
「あぁそうだ。あの野郎が代価を払わねぇなら、代わりにあいつの客に払わせるしかねぇだろ?」
 風天はそれを聞いて初めて合点が行った。町長が襲ってくる相手を賊としか言わずに詳細を伏せていた事、律儀に前金として報酬を支払ってきた事――
(つまり町長は相手がこの人達だと気付いていたという訳ですか)
 だとすると真に悪とすべきはハイラウンドの町長となり、この場で自分達が戦う理由は無いという事になる。
「――ですが、このまま商人達を襲わせ続ける訳にもいきません。あなた方を止める事……それだけはさせてもらいます!」
 風天が鍔迫り合いから身を退き、納刀する。そのまま再度接近すると、両手刀の不利を押し返すほどの速さで抜刀して見せた。
「はっ!」
「速い……が、やらせるかっ!」
 抜刀からの一撃が鍬次郎の手から刀を弾き飛ばす。残った一刀による反撃と風天の追撃はまたも同時で、その次の一撃に全力を篭める為に両者が大きく離れだした。
 
「大変だ! 皆!」
 ――その時、街の方から忍が走って来るのが見えた。こちらが戦闘中である事は向こうからも確認出来るはずだが、忍は構わず全力で近づいて来る。
「町長の娘が誘拐された!」
『!?』
 忍の言葉に皆が驚いた。そして風天は目の前の相手――鍬次郎達が犯人では無いかと思い、睨みつける。
「金品の強奪に飽き足らず、無辜の民をかどわかすとは……」
「待ちな。俺達は契約であればどんな汚い仕事だろうとやり遂げてみせるが、今は誰の仕事も請け負っちゃいねぇ。壬生狼の誇りに賭けても人さらいなんて真似はしねぇぜ」
 壬生狼は孤児や流れ者の多くで構成されているとは言え、契約の限り雇い主に忠誠を尽くす。誇り高き傭兵集団だ。ハイラウンドの町長のように裏切る者には容赦しないが、それでも張本人以外に手を出す時は、基本的に人ではなく物を狙う。
「おいてめぇ。そのさらって行った奴、どんな奴なんだ?」
「え? えっと、獣人かは分からないけど黒猫っぽい姿をした奴だった。外から山賊達が侵入しないようにしてたけど、こっちで戦いが始まった後に町の中から急に出て来たんだ」
 味方と戦っているはずの鍬次郎から急に尋ねられ、思わず素直に答える忍。それを聞いた鍬次郎は刀を納めてつぶやいた。
「つまり俺達の騒ぎに便乗して小賢しい真似をした野郎がいるって事か……気に入らねぇな」
「……鍬次郎……どうするの?」
「決まってる。俺達を利用するってのがどういう意味か、そいつに教えてやるまでだ」
 『こいつらが邪魔をしなければ』と付け加えてハツネに答える。戦闘か休戦か。微妙な空気が両陣営を取り巻く中、一石を投じたのは和泉 絵梨奈(いずみ・えりな)だった。
「ではこうしましょう。こちらがあなた方を雇うと言う事で」
「俺達を雇うだと?」
「僕達は街への被害を無くしたい。あなた方は誘拐犯を追いかけたい。なら一緒に追いかければ一石二鳥です」
 街への被害という事は、彼ら壬生狼を止めるだけでなく誘拐犯から町長の娘を取り返す事も重要となる。ならば目的は壬生狼と共通だ。そして再びぶつかる可能性がある事が両者の懸念なら、壬生狼と『契約』を交わせばそれも払拭されるというのが絵梨奈の狙いだった。
「なるほど、幸い俺達はイストリアで潤沢な援助を受けているからな」
 なぶらが頷き、懐から金貨の入った袋を取り出す。イストリアの大司教であるジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)が自身の思惑の為に提供した金貨はこの世界で高い価値を持つ為、彼ら壬生狼を雇うに値する財力は確かにあった。
「ほぅ……その大胆さ、勇者とか持ち上げられるだけの事はあるな。いいだろう。誇り高き壬生狼の名にかけて、契約ある限り雇用主を裏切らねぇと誓う」
 契約成立。傭兵団『壬生狼』が勇者達のパーティーに加わった瞬間だった。
「よし、それじゃ急いで追いかけよう。街に残ってた俺達の仲間が犯人を追跡してる!」
 忍が先頭に立ち、その場にいた全員が走り出した。誘拐犯を追い、舞台は次の街へ――
 
 
「あ、あの……誰か、毒……治して……」