蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

リアクション公開中!

勇者、募集します ~大樹の不思議な冒険?~

リアクション


第4章「聖都クレアニス」
 
 
「見えてきたわ。あそこが妖精の島やね」
 船の舵を握るエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)が正面に見える島を指差す。
 少し前、海賊達を退けたアークライト号は対岸にある都市、クレアニスへと辿り着いていた。この街は聖都とも呼ばれ、聖王の下に繁栄を続ける東西大陸全ての都市において最大の規模を誇っている。
 そこに着いた彼らはまず、助け出したハイラウンド町長の娘を軍艦リヴェンジを率いるフランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)へと引き渡した。商船として積荷を降ろさなければならないアークライト号に代わり、彼女を西方大陸まで送る事になったからだ。
 
『何、大公殿下とリヴェンジの名にかけて、無事に送り届けてやるさ』
 
 ドレークがそう言ってクレアニスの港を発ったのがしばらく前。アークライト号を上回る船速を誇るリヴェンジの性能なら、もうゾートランドに辿り着いてもおかしくは無い頃だった。
 ちなみにリヴェンジには九条 風天(くじょう・ふうてん)と、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)を始めとした壬生狼の面々の同乗していた。ゾートランドからハイラウンドまでの陸路を護衛する為だが、鍬次郎達はハイラウンドの町長に今度こそ落とし前をつけさせるという目的も兼ねていた。
 
『この娘がいりゃあ俺達を門前払いには出来ねぇだろ。今までも街を通る商人達から金目の物を戴いてたが、それはそれだ。ちゃんとあの野郎自身から本来の報酬をもらわねぇとな』
『一応街を護るというのがボクの仕事ですが、この件は町長が発端ですからね。ボクは口や手を出すつもりはありませんよ。それでは皆さん、また機会があればお会いしましょう』
『俺達はてめぇらと契約をしてるからな。こっちが片付き次第また追いかけるさ』

 それ以外の者では、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)とその連れが聖都に着き次第、すぐに勇者達と別れてどこかに行ってしまっていた。
 残った勇者達は何故別の島を目指しているのか。それは出航前、ゾートランドの領主であるグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の言葉が切っ掛けだった。
 
『目的を果たした際にそのまま聖都へと旅立つのであれば、近くにある妖精の島へと向かうと良い。東方大陸はクレアニスが広大な領土を所有している故、王の支援を受けられれば旅は楽になるであろう。ただ王はわらわの姉――いや、兄なのだが、何と言うべきか……変わり者でな。何か価値のある物を持参せねば謁見を許さないと言っておるのだ。だが、その妖精の島には病などに効く貴重な果物が得られるとの言い伝えがある。探し出す事は容易では無いが、得られれば目通りも不可能では無いであろう』
 
 余談だが聖都では現王が即位する前、性格の事もあってグロリアーナを推す声も家臣達の中にはあった。だが、そういった権力闘争に嫌気が差した彼女が自ら先王に直訴し、当時クレアニスとの同君連合となっていたゾートランドの領主に即位する事となったのである。
 今では互いに国を治める立場となった為に会う機会は激減しているが、幼き頃をともに過ごした家族の事は良く分かっているのだろう。そう思った勇者達は誰一人として妖精の島行きに反対する事も無く、聖都での荷降ろしが終わると同時に再び船へと乗り込んでいった。
 アークライト号を使ったのは行き先が島だという事もあるが、飛鳥 桜(あすか・さくら)が面白がって勇者達に同行を申し出た為、トラブルメーカーな妹を野放しにしては危険だと飛鳥 菊(あすか・きく)がエミリオを巻き込んで自分達もついて行く事にしたのが大きい。
 
「妖精の森って言う割には何か寂しい感じだねぇ」
「あぁ。どうも港で聞いた話は本当みたいだな」
 島にある妖精の森を歩きながら桜と菊が周囲を見る。
 本来この森は、清らかな歌声を持つ妖精が住まう綺麗な森だった。だが、クレアニスの港で聞いた他の船乗りの話では、最近は妖精の歌声の代わりにどこか魔物じみた声が響き、それに呼応するように森も枯れ始めてしまったという事であった。
「魔物ねぇ……森まで枯れさせるってどんな奴なんだろうな」
「それは分からないけど、あいつがそうなんじゃないかい?」
 篁 大樹の横を歩いていた鬼道 真姫(きどう・まき)が殺気を感じた方向を指差す。そちらには一匹のトロールが木の陰から勇者達の様子を伺っているのが見えた。
「――ォォォォォオオ!」
 ガラガラな声で唸りをあげるトロール。そして手に持った棍棒を振りかぶったかと思うと、こちらへと突進を始め、思い切り振り下ろしてきた。
「わっと! 問答無用って事だね。なら僕が相手するよ!」
 刀を抜き、トロールの振り回す棍棒を受け流す桜。対するトロールはなおも唸りながら襲い掛かってくる。
「よっ、はぁっ! まだまだ、これなら僕の方が――あれ?」
 攻撃を捌き続ける桜の動きが止まる。気性激しく武器を振るってきたトロールの動きが、突如止まったからだ。
「何だい? こいつから殺気が感じられなくなったよ」
 真姫の言う通り、トロールから周囲を攻撃しようという意志が消える。外見から窺うのは難しいが、どこか葛藤しているようにも見受けられた。
「ウゥゥゥ、オォォォオオ!!」
 再び大きな唸り声をあげ、トロールが先ほど以上の勢いで棍棒を振り回し始めた。トロールをじっくりと観察していた次百 姫星(つぐもも・きらら)が唸りを聞いて表情を曇らせる。
「これは……あのトロールから悲しみを感じます。何か、自分自身が取っている行動に苦しんでいるような……」
「悲しみだって? まさか――いや」
 姫星のつぶやきを聞いていた菊がトロールを注意深く見る。森で暴れているトロール。それだけなら特に違和感は無いだろう。だが、菊達は相手が不似合いな物を付けている事に注目していた。
「あのトロールが付けているペンダント……旅人から奪ったとかにしてはどうも不自然だな。それにあの輝き……よし」
 菊が銃を構え、相手と対峙している桜の脇を抜ける形で発砲する。狙い澄まされた一撃はトロールのペンダントへと狂い無く命中し、妖しい輝きを粉々に撃ち砕いた。
「危なっ!? 姉ちゃん、何すんのさ!」
「当たってねぇからいいだろうが」
 姉妹喧嘩をする二人をよそに、ペンダントを破壊されたトロールがその場に崩れ落ちる。そして聞こえるかどうかというレベルの断末魔が上がると、トロールの姿は地面に溶けるように消えて行った。
「何だ……? これで終わりなのか?」
「いえ、違います。見て下さい!」
 大樹と姫星が見た先、トロールが倒れた場所に光が照らされた。そしてどこからともなく勇者達に向けて声が聞こえて来る。
『ありがとう、勇者の皆さん。お陰で私は救われました……』
「救われた? もしかして今のトロールか?」
『はい。私はこの森で暮らし、歌を愛する妖精でした。ですがある日魔王に従う者が現れ、私をあの醜いトロールの姿に変えてしまったのです』
 妖精の口からこれまでの事が語られる。それによるとこの森ではグロリアーナの言葉にあった通り、病などに強力な効果を持つ果物が生るという事だった。その為には妖精の歌による祝福が必要で、そこに目をつけた魔王軍の配下が自分達の為に実を献上するよう求め、それを拒否した妖精に呪いをかけたペンダントをつけて行ったという事だった。
『皆さんのお陰で私は美しい姿と声を取り戻せました。これはせめてものお礼です。これからの旅に、どうぞお役立て下さい』
 声の聞こえる方の草むらに、林檎のような不思議な果物が置かれていた。それを受け取りながらも、大樹は妖精のいるであろう方向に視線を向ける。
「なぁ、ちょっと聞きたいんだけど」
『何でしょうか?』
「どうして姿を見せないんだ?」
『そ、それは……妖精はあまりにも美しすぎて、人間が見るとおかしくなってしまうからです!』
「それに今気付いたけどさ、そこに転がってるのって棍棒じゃなくてバットだよな?」
『ま、魔王軍から渡されたんです!』
「じー……」
 大樹が目を凝らす。よくよく見ると、声のする方の視界が若干おかしいような気もする。具体的に言うと、光学迷彩でも使ったかのような――
『こ、こっちを見てやがる。まさかオレの魅力は男までも惹き付けんのか……?』
「オレ?」
『あぁいやいや! 別に吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)ってイケメンとは何の関係もありまセンヨ?』
「…………」
『――ハッ!? と、とにかく! お礼は渡したので私はこれで!』
 何故か盛大な足音を響かせながら妖精の気配が遠ざかる。大樹はただ、唖然としてそれを見送る事しか出来なかった――