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リアクション
4
「開国、開国、開国ー♪ でも、公の場で社会の窓を開国してはいけません!!」
――横須賀といえば横須賀海軍カレーです☆
そんな思いで騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、海を見据えた。
至る所から咆哮が響いてくる。
――黒船の頂点に立ち、開国!
――乗り手への攻撃は、横須賀といえば横須賀海軍カレーです☆
――魔法少女的に戦います♪
そう決意した彼女は考えていた。
――開国で得られる力に興味があるけれど、単に全ての黒船の頂点に立つだけでは得られそうもないので展示しましょう……!
袖をまくった彼女は、茶色いセミロングの髪を揺らしながら、カレー作りに勤しんでいた。
火術で調節しながら謎料理と空鍋で乙カレーと食材を煮込み、みらくるレシピをもとに虹色スイーツで、彼女は『激辛あつあつ横須賀海軍カレー』を作っていた。
「出来た♪」
激辛あつあつ横須賀海軍カレーが完成したため、詩穂は、武装のカタパルトから敵の黒船を目掛けてパイロットスキルの心眼で命中率を上げて発射する。
遠方から、黒船に乗っている人々の声が響いてきた。
「熱ッ」
カレーまみれにされた、ペリーは、カレーのニオイや辛さなどで攻撃されている事に辟易した様子で、海水で体を洗い始める。
「いかがですか、お味は? ペリーさんの時代にはカレーがなかったでしょ☆」
その光景を眺めながら、詩穂が微笑んだ。
「だけど難しいですね。激辛あつあつ横須賀海軍カレーで幾ら黒船に乗っている人にダメージを与えても、黒船へのとどめは黒船で刺さないと倒すことが出来ません」
暫し逡巡した末、彼女はサスケハナ号に向かい、高速機動と回避上昇、そして心眼で、更に狙撃の命中率や旋回の回避率を上昇させた。
敵の黒船の外輪部をスキルの加速と衝角の突撃で奇襲を狙い、サスケハナ号を弱らせ、蒸気船の命のタービン部分を大砲で狙って動きをとめて止めようとする。
――彼女は目指していたのだ、『黒船王』の頂点を。
「艦歴だとスクラップにされますが、実際に模型がある下田港にペリーのサスケハナ号を牽引して展示し、頂点を名乗り挙げます☆」
彼女が一人そんな事を呟いたとき、サスケハナ号から砲撃が飛んできた。
慌てて彼女は回避すると、逃げ去っていく黒船をまじまじと見据える。
「もう少しだったのに」
何処か残念そうな彼女の声に、周囲で見守っていた人々は、美味しそうなカレーを普通に食べた方が良いのではないかと言おうとして、止めた。
「み、みんな派手にやりすぎよー! マグロ丼を食べながらゆっくり見物と思ったのに、それどころじゃないわー!」
その時、永倉 八重(ながくら・やえ)が声を上げた。
「全く、おお〜、派手にやってるわねー! コレは見ごたえがありそう! 早くマグロ丼を買ってきて良い席(?)取らないと〜」
始めこそそんな風に静観していた八重だったが、事態は急変する。
「ん? なんか上からヒューって音が……? うわぁ! 砲弾!?」
慌てて後退った彼女は、目の前に落ちてきた不発弾を一瞥しながら唇を噛んだ。
「あ、危なかった……あと少し気付くのが遅かったら直撃だったわ」
それから八重は、海へと視線を向ける。
「これって、黒船バトルロイヤルの流れ弾よね? と、改めて見回してみたら流れ弾がバンバン飛んできてるじゃない! マグロ丼食べてる場合じゃないわ! 三崎港で水揚げされたマグロと、この港を守らないと!!」
叫んだ彼女は、コチラのことなど気にしたそぶりもなく戦っている黒船達を睨め付けた。
「夢中になるのも良いけど、周りの迷惑も考えなさいー!! 流れ弾を弾き返してやるんだから! ――変身っ!!」
そのかけ声と共に、彼女の漆黒の瞳が情熱の紅へとかわり、続いて髪、そして服と変身した。そこには麗しい、魔法少女の姿がある。
「こっっの――お!! とんでけ――――!!! よっしゃー! 直撃! 見たかこのー! これで少しは反省……って何かいっぱい飛んできた――!? こ、こらー私は黒船じゃないってば――!!」
そのまま、肩で息をするように荒い息づかいで、疲労を見せつつも、八重は黒船からの砲弾を打ち払う。
暫しの時を経て――港には、平穏が訪れたのだった。
「や、やっと終わった……これでマグロ丼が食べられ……」
そう呟いた彼女は、買いに行く直前で、僅かなまどろみに囚われたのだった。
その頃ギルマン・ハウスのレストランでは。
柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)と徳川 家康(とくがわ・いえやす)が、海での戦いを見物していた。
「もぐもぐ、もぐもぐ……ん、美味。そういやぁ家康、何でお前黒船の海戦に参加しなかったんだ?」
備蓄されていた海産を口にしながら、氷藍が静かに訊ねる。
すると、家康が視線を向けた。
それには構わず氷藍が続ける。
「いつものテンションなら『日の本を荒らしおって!』とか言いながら無謀なりにも黒船に突っ込んでいくと思ってたんだが……」
「……あ? 黒船?」
家康はといえば、行儀良く箸を使いながら、溜息を漏らした。
「戦う以前に、何故江戸幕府の将軍である儂があのような無粋な船に乗らねばならぬのじゃ! こういう時は奥でどっしりと構えて戦を見守る。それに尽きる……というか、間違いなくペリーは轟沈されるじゃろうしな。何せやつは契約者もおらぬ野良英霊……戦力の差は見え透いておる。あ奴さえ倒れれば日の本に危険は及ばぬ」
食べながら静かに聞いていた氷藍は、頷くように顎を縦に振った。
「あ、なるほどな。将軍なりに意地はあるってことか……」
意地とはまた違う部類の感情かも知れなかったが、家康は否定せずに、窓の向こうで繰り広げられている海戦へと視線を向けた。
「……それにしても、英霊ペリーか…どんな味がするんだろうか……マグロ丼もうちょっと堪能したら、ペリー丼も注文しよう。きっと浜辺に打ち上げられてくるはずだし……」
パートナーのその声に、家康が静かに目を細める。
「……なんじゃペリー丼って、ドンペリなら理解できるが。まあ良いわ、浜辺で奴が打ち上げられていたら料理人を呼びつけてこしらえさせてみるかのう」
その頃港では、多比良 幽那(たひら・ゆうな)が新メニューを考案していた。
「港と言えば市場! つまり新鮮な海の幸よね! 私は海の中で育った植物とマンドレイクを組み合わせた、究極のメニューを作ったの。さあ海鮮丼、勝負よ!!」
彼女の声に、海にひしめく黒船を一瞥しながらネロ・オクタヴィア・カエサル・アウグスタ(ねろおくたう゛ぃあ・かえさるあうぐすた)が呟いた。
「余も黒船に乗るのじゃ! そして浦賀を余の国の拠点の一つとする!!」
しかしその声に、幽那が目を細めた。
「え? 浦賀? 黒船? 英霊いるけど興味無いわ」
全否定されたネロは、思わず視線を下げた。
「……む、ダメなのか。ならばいずれ余の国の物になるのじゃ、幽那の手伝いをして賑やかにしてやろう!」
――本当は、黒船に乗って浦賀を自分の物にしたい!
そう考えていたネロだったが、幽那からの許しが出なかったので、半分しぶしぶと幽那の店の手伝いをする事にしたのだった。
ネロが受け持ったのは、店への呼び込みである。
流石カリスマ性のあった超唯我独尊、超自己中心的な暴君だっただけあり、なお生前に芸人として活動していた事も幸いしてか、ネロの呼び込みは、抜群の効果を発揮した。
「この見せに立ち寄らぬとは、なんと愚かしいことか」
時折罵声が混じるその呼び込みに、港にいた人々は、『もっと罵ってくれ!』というどこか盗作した嗜好を持つ人々を中心に、中々の賑わいをみせ始めた。
無論ネロの抜群の話力も功を奏しているのは間違いがない。
一度店内へとはいると、そこには天照 大神(あまてらす・おおみかみ)の姿があった。
彼女は、黒船にも興味はあったが、それ場に幽那の店の方にさらなる興味を抱いている様子である。
彼女は、店で客の注文を聞き、幽那に伝える作業を主にこなしていた。
客足が絶え間ない為、料理作りの助力を申し出もしたのであるが……。
「私のマンドレイクを料理しても良いのは私だけなのよ!」
と、幽那に言われた為、注文を聞くことに注力している。
尤も、本人は暇つぶしが出来れば問題が無い様子だったが。
そしてこちらも、「さっさと注文を言わんか」等と、どこか口調が偉そうなので、そこが苦手・嫌いな人は踵を返そうとすることもあったのだが、代わりに『もっと罵ってくれ!』という嗜好の客に大人気の為、プラスとマイナスで考えるならば、やはり繁盛する方向への一助をかっているのは間違いがなかった。
そんな中、同様に客達を良い意味で罵りつつアッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)が、完成した品々を運んでいた。
「母よ、何故鼻血を吹きだすのだ?」
料理の傍ら、アルラウネ達の愛らしい姿(?)に顔を手で押さえた幽那に対し、アッシュは嘆息する。
幽那曰く、『アルラウネ達のアッシュがNo.1看板娘よ! 順位なんか決められない!!』とのことである。
「ああ、可愛過ぎて繁盛しすぎないか心配」
貧血でも起こすかのように体を揺らした幽那を支えながら、アッシュは思う。
――いらない心配だろう。
しかしアッシュ達は、幽那のそんな性格には、とうに慣れていた。
幽那を店舗へと連れて行くと、アルラウネ達が精一杯働いている姿が視界に入ってくる。
ラディアータは店の手伝いをしながら、料理を運んでいる。ナルキススも同様だ。
一方の、ヴィスカシアは店の手伝いをしながら、注文を聞いてまわっている。
コロナリアはといえば、店の手伝いの傍ら、客の呼び込みをしているようだ。
ローゼンもまた店の手伝いをしつつ、客の呼び込みをしているようであるが、こちらは度々サボりぐせを発揮しているようである。
そんな中アッシュは、幽那が考案した、数々の看板メニューを見上げた。
『マンドレイクと海の野菜の中落ち丼』と『マンドレイクの大トロ丼』、そして大トロと赤身を駆使した、『マンドレイクの刺身』が目立った売れ筋商品である。
――幽那曰わく『死ぬほど美味しい』との事だ。
実際それは、単なる親ばかの評価にはとどまらず、港の人々にも高評価を得ている様子である。
「繁盛すると良いな」
アッシュは美味しそうに食べる人々を見渡しながら、そんな風に呟いたのだった。
その頃、浦賀湾上空にはグリフォンの姿があった。
背に乗っているのはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)とアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)である。
「おー、こらぁ絶景だなぁ」
「ホント、スゴイ数の黒船ネー」
グリフォンのグリちゃんに乗りながら、上空から浦賀湾に集まった黒船達を見つめたアキラは、首を捻った。
――今回『黒船は黒船でしか倒せない』と言う事は解ったんだけど、そもそもなんで黒船が勝手に動き出し、マグロに手足が生えて暴れだしたのか。
――その異変の元というか始まりというか原因が解っていない。
「七夕 笹飾りくん(たなばた・ささかざりくん)のせいだったりしてな」
そんな事を呟きながらも、アキラは、この異変の原因を調査しようと決意していた。
――原因が解れば異変を解決する術も見えてくるだろーし。
「まずはサスケハナ号にいるペリーにでも会いに行ってみるか」
そう言うわけで彼らはまず、原因の端緒と思しきペリー達の乗るサスケハナ号を目指していた。
降り立ったサスケハナ号には、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)のカレー攻撃により、独特の匂いが立ちこめていた。
「ナンダ敵カ!?」
乗り込むと、魚人達が、一斉にアキラ達に振り返る。
「違うって。そんなつもりはねぇよ」
自分たちに敵意がない事、そして話を聞きたいだけだと言う事を、アキラ達は必死に訴えた。
「っ」
その為、攻撃されても応戦したりはせずに避けて、のらりくらりと相手の出方を伺う。
次第にへばってきた魚人達や、アキラ達とのやりとりで無力化してきた魚人達に対し、彼は、たたみみかけるように声を上げた。
「話を聞けー! コノヤロー!」
そのしぶとく粘る様に、ついにペリーはねをあげた。
「何用ダ?」
ペリーは、船の奧へとセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)を魚人達に先導させて逃がした後、アキラに向き直る。
それには構わずアキラは問いかけた。
「オメーラはナニモンだ」
「我ハ英霊・ペリー。魚人デアル」
「何でこんなことをするんだ?」
「必要ダカラダ」
「……何が望みなんだ?」
「”開国”ダ」
「『開国』って何なんだよ?」
「”開国”トハ、我ラガ悲願。――いあ るるいえ くとぅるう ふたぐん いあ いあ! ソノ為デアレバ戦イトテ我ガ望ミ」
アキラはその返答に、僅かに目を細めると、嘆息した。
「ふーん、じゃぁ俺たちの出る幕じゃーねーなぁ。好きにすりゃーいいさ」
別段止めるでもなく、彼は頷いてグリフォンの背に再びまたがった。
――ただ戦うために存在し、そのためだけに今そこにいるのなら、そこに口を挟むのは野暮ってもんだしな。
そんな考えで、アリスをつれ、彼は再び空へと舞い上がった。
グリちゃんが短く啼く。
「アキラ、どうするノ?」
アリスが訊ねると、下に見えるいくつかの軍事用途の港を一瞥しながら、アキラが短く嘆息する。
「他の浦賀の海軍基地とかに情報収集に行くのもありだな――あとはまあ、この黒船同士のバトルロイヤルが終われば全ての異変が解決するっていんなら、のんびり観戦するのも悪くないだろ――とりあえず、一端港に降りてみるか……ん。なんだ、小舟?」
その時、アキラが目をとめたのは、白旗を掲げた小舟だった。
そばには、これまで姿が見えなかった、新たな黒船の姿もある。
「こちらに戦う意思はありませーん! 話を訊かせて下さい!」
声を上げたのは七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
彼女は、後ろで束ねた可愛い薄茶色の髪を揺らしながら、考えていた。
――ペリーさんってすごく有名な人だよね。目的は『開国』? 別に鎖国してるわけじゃないのになぁ。
一人首を傾げた彼女は決意する。
――まず、初めにペリーさんと話に行きたい。
――よくわかんないけど、こういうことするのには何か理由があるんだと思いますし。
そんなわけで彼女は、パートナーの伊東 武明(いとう・たけあき)と共に小船に乗って、直接会いにいってみようと行動を起こしたのである。
――円ちゃんも一緒に来て守ってくれるみたい。
彼女がそう考えて視線を向けると、傍らの黒船には桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)、そしてミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)の姿が見て取れた。
「我々ハ”開国”を果タスノダ!」
ペリーの返答に、歩が唇を噛む。
「『開国』するって――どこに対して開国するのかも聞きたいです。開国って言っても、こんな風に戦わないで済む方法あるんじゃないでしょうか? 攻撃をやめれば他の皆もきっとお話聞いてくれますよ!」
しかし、話しにならない様子である。
サスケハナ号は、問答無用といった調子で、砲撃してきた。
「ちっ、危ないなぁ」
上空で見ていたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)とアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が、サスケハナ号からの砲撃を、射撃で狙撃し、空中で爆発させて街に被害が出ないようにする。
その隙に、歩は武明と共に、円達の黒船へと飛び移り、難を逃れた。
その頃、マグロ丼も出す喫茶店麗茶亭では、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)とミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が給仕をしていた。
――ピシャリ。
そこに激しく扉が閉まる音が響く。
見ればそこには肩で息をしている南 鮪(みなみ・まぐろ)の姿があった。
「これはこれは」
日下部 社(くさかべ・やしろ)と白砂 司(しらすな・つかさ)達の追走を振り切って逃げてきたマグロだったが、正面には笑顔で武器――硬焼き秋刀魚を構えたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の姿があった。
「インド――南の鮪が混じってるかも知れませんがそれはそれで一興だと思っていたら、まさか本当に。飛んで火に入る夏の虫でしたっけ?」
「な、な、な」
唖然とした様子で狼狽えているマグロの隣で、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が嘆息しながら退路を塞ぐ。
「ちょっと待ってくれ! ――どうしても俺を食いたいってのなら、今穿いてるパンツと交換だぜ」
「え、あちき、それはちょっと……」
暫しレティシアが逡巡した隙を突いて、鮪は走り出した。
気付けば、陸地から食べられる恐怖に駆られたのか海へと向かっていく数多の魚人達と合流していた。
「よし! 一緒に、逃げよう!」
魚人が頷いたのを確認し、共に全力疾走で逃げ始めた鮪は、途中網に絡まっている魚人を発見した。他にも一本釣りされて捕まっているマグロもいる。
「待ってろ、今助けてやる」
「ええええ?」
突然のことに鮪を一本釣りしていたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)達や、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)達が目を剥いた。
それには構わず、救出して一緒に逃げながら、途中で鮪は、今にも沈みそうになっていた適当な黒船を乗っ取って、スタコラサッサーといった調子で、海へと繰り出した。
――本当は、途中で彼自身も気がつきつつあった。
――もしかしてマグロって俺の事じゃなくて、魚のマグロを食べる話しか?
しかしそれは、細かいことである。
――勢いを貫ぬこう!
そう考えた鮪は哄笑した。
「ヒャッハァ〜! 食べて良いのは食べられる恐怖を乗り越えられた者だけだぜ」
鮪の叫び声が響いてきた麗茶亭では。
「まったく、ちょっとした冗談なのにねぇ」
くすくすとレティシアが笑っていた。
そこへ、新たな来客がある。訪れたのは、桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)、そして七瀬 歩(ななせ・あゆむ)と伊東 武明(いとう・たけあき)だった。
「いらっしゃいませ〜、ようこそ麗茶亭へ!」
ミスティが愛らしいカフェの制服と笑顔を武器に、客達を捌いていく。
遅れて、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)とアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)も入ってくる。
その様子を、最初から店内にいた瓜生 コウ(うりゅう・こう)とベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)が見守っていた。
「説得に応じてくれるようなら、黒船を引いてくれるようにお願いして、あたしは他の人の説得に向かおうと思っていたんだけどなぁ」
歩の声を聞きながら、武明が呟く。
「『開国』が指していることが何かはわかりませぬが、英霊であるはずのペリー殿があのような面妖な姿になっていることは、何か関係があるのでしょうか? だとすれば、歩殿が考えているような簡単な解決は難しそうな気もしますが……。まあ、いきなり黒船を出すこともないという考えも一理はあります。ここは様子を見て見ましょう」
そうは言いながらも、彼はひっそりと俯いた。
――とはいえ、歩殿には秘密ですが、この船が何らかの形で日本に危害を加えるのならば破壊せねば……。この船――黒船でしか壊せないというなら、最後に残った船に細工をして大砲が暴発するようにしておきたいところですね……さらなる惨事を避ける為にも。
「あれぇ、繋がらない。こう言うときこそ情報交換が役に立つと思うんだけど」
武明は、そこへ響いた円の声で我に返った。
円はブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)に連絡を試みていたのだが、あちらはあちらで魚人との騒動で大変らしく、中々上手く通じないようである。
「開国――そういえば、『るるいえ』がどうのって言ってたな」
ペリーの周辺に居合わせたことで、彼女達に助力する形になったアキラが、ふと思い出すようにそう告げた。
「言っていたワネ」
同意したアリスを見据え、それまでその場の会話を見守っていたコウが腕を組む。
「恐らく海底都市ルルイエの事だな。大いなるクトゥルフとその眷属が身を横たえているという」
「そういえばあの魚人、クトルゥフを崇拝しているダゴンに縁のあるインスマスの人々と顔が似ているようですわ」
ベイバロンが頷くと、円が眉を顰めた。
「それって、地獄の門とかそういう?」
「もっとおどろおどろしいものだな。恐らく願いが叶った後、ルルイエ――異界に繋がるんだろう」
コウが言うと、円が時計を見上げた。
「日没までには帰った方が良いよね」
「それに叶うならば、沈めてしまい、開国を阻止した方が良い」
同様に時計を見ながらコウが続けると、オリヴィアが大きく頷いた。
「それならば、私はレーダーの役割としてディテクトエビルを使用して、何処から狙われているのかを円に絶えず伝えて行くわよ」
それに追従するように円が頷いた。それからミネルバを見やる。
「ミネルバはレーザーブレードで、他の黒船を沈めて。それで、安全の確保のために
歩ちゃんに着いていく」
するとミネルバは大きく首を縦に振った。
「分かった。円が、黒船レーザーブレードで沈めてーって言ってたから、沈めるよー、ちゃちゃーっとねー!」
「じゃあ地上のことは任せろ」
彼女達の会話を見守っていたアキラが言う。
彼に頷き返して、円達と歩達は、外へと出て行った。
――日没までは、もう少しである。
そこへ入れ違うように、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)とウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)がやってきた。
「なんだよ。折角マグロ食い放題っつーから来てみればこの騒ぎ。ま、この俺の腕にかかればマグロだろうとカツオだろうと、何枚にだっておろしてやんぜ」
マグロ丼が完売中の麗茶亭で、呟いたウルスは、しゅっしゅっと音を響かせながら、神速のごとき早業で等活地獄を駆使し、持参した鮪を捌いていた。
途中で手に入れたマグロである。
その様に元気に溢れたウルスを後目に、テスラはこの港の現状を嘆いていた。
――なんでも、突如現れた魚人や黒船でパニックになっている模様。
――これでは、折角の鮪も皆さん、味わう事ができません。
――事件の解決は皆様にお任せするとして、私は近隣の方々をお誘いしましょう。
一人そう考えてから、テスラはサングラスを押し上げて、微笑して見せた。
――魚人になった鮪。一般の方は恐がって食べないのではと心配しています。だから、鮪を食べに行きましょう。とお誘いを。
テスラがそう考えていたとき、何かをひらめいたように、ウルスが顔を上げた。
「――あの手足の生えた魚。なんだか、俺の放浪芸術家魂にピーンときたぜ? うむ。ここは港のイメージ回復のためにも、あの魚を象ったマスコットキャラを作ってみるんだぜ」
そう告げるとウルスは、どこから取り出したのか彫塑の準備を始めた。彫刻の原型となる塑像造りにはそれなりの手間がいるものだが、ウルスのインスピレーションを表現するには、面倒さなどあってないようなものなのかも知れなかった。
「勿論、マスコットだけじゃ足りない……うむ。テスラに丁度846プロの社長もいるし。アイドル+マスコットで景気回復、港の町興し!」
「え、それは――」
しかして、港に平和が訪れるならば、それは良いことだろう。
テスラは言葉を探しながら、扉の向こうに臨む、海の方へと顔を向けたのだった。
その頃海岸では、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)とファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が魚人と戦っていた。
黒崎 天音(くろさき・あまね)は、ゲームに熱中している。
「なんだ、これは――……!」
ブルーズは、魚人の出現に、一瞬怯んだものの、襲ってくる相手にドラゴンアーツを使用し、徒手空拳で掌を叩き込んでは、マグロ(?)を制していったのだった。
「下がった方が良い」
一方の声をかけられたファルもまた、悲鳴を上げながらも、何とかマグロと信じてやまない魚人と上手く戦って見せたものである。
「気持ち悪〜い!」
何度もそんな声をあげはしたものの、ファルは、反面聡明さが高じてか、火を放ってしまっては困ると考えながら攻撃していた。
「燃やすと食べる時困りそうだから、雷系の魔法でビリビリさせて捕まえるよ」
そう口にした通りに、サンダーブラストや雷術を用いる。
しかし、二人のドラゴニュートの奮闘もむなしく、魚人は増える一方だった。
日が昇るにつれ、解凍されていったからなのかも知れない。
「もう、天音さん気付いてよ〜」
天音が海辺へと到着したのは、まさにファルがそう口にしたその時のことだった。
一九九○年代から流行したポケ○ンによく似たシューティングゲームを弄りながら、天音は茹だるような暑さに辟易していたものである。
――丁度始まった、ゲーム内でのラスボス戦。
抜群の集中力故か、何処か余裕すら感じさせる指使いで、天音は仮想空間における戦闘に臨んでいた。
だから、という事はなかったが、この時の彼は、全くと言っていい程、手足の生えてきたマグロと格闘しているブルーズ達のことを気に止めていなかった。
しかし指裁きと並行して、意識せずとも、天音は襲いかかってくる魚人達を、それとなく交わしていたのだから流石だと言える。
一応、地球に不慣れな二人の保護者のふりをしていた天音だったが、実の所単純に釣りが面倒という本心が勝っていて、彼は主としてゲームに耽っているのだった。
「後一撃――よし、終わったね」
ふぅ、と一呼吸置いてから、天音が涼しい顔で顔を上げた。
するとブルーズとファルは、何とか魚人達を撃退し終えていて、疲れ切った様子で砂浜に寝ころびながら、天音に向かって大きく手を振っていた。
彼は、笑顔で手を振り返す。
「ち、違――……」
最後まで続ける気力を失い、穏やかに笑っている天音に、溜息を返しながらブルーズが起き上がって、砂の上に手をつく。ファルもまた、ブルーズに倣って砂の上で起き上がった。
それから再度二人が手を振り始めた時、漸く天音が異変に気がつく。
「ブルーズ、どうかしたの? まるで、格闘でもしたみたいに」
着衣の乱れている二人のドラゴニュートに向かい、彼は首を傾げてみせる。
「……」
漸く呼吸が落ち着いてきた様子で、赤い瞳を瞬かせながら、再度大きく吐息して見せたブルーズは、口元だけで曖昧に笑みを形作る。
その隣でファルが説明しようと笑顔で口を開こうとした時の事だった。
――気力を取り戻した魚人が、一匹起き上がる。その外見こそ、とてもおどろおどろしいものだったが、おかしな程その魚人には気配がなかった。
気配が在れば、ブルーズとて、子供らしいとはいえ理知的なファルとて、気がついていたことだろう。しかし不幸なことに、その光景を正面から目撃し、気がついていたのは、天音だけだった。
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