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手の届く果て

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手の届く果て

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 リーシャを先頭に歩きながら、大体の構造がわかってきた。
 この書庫はどうやらドーム状になっており、ぐるぐると弧を描くように内外に本棚が設置されており、今はその中心点に向かっているようだった。
 そして、感覚的にはもうそろそろ、中心へと辿り着く頃合い――不穏な動きがあった。



「よーし。余もキチョーなシリョーとやらを探すぞ!」
 トゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)は、進行に遅れないように本をとっては、パラパラと捲っていた。
「そんな探し方で貴重な本など見つかるはずが……」
 パートナーである犬養 進一(いぬかい・しんいち)は言うが、それ以前の問題のような気もする。
「うーん……字がいっぱいの本はよくわからん。あ、絵が描いてある本みっけ。動物図鑑かな? こっちはなんだ?」
 まず文字が多い本は論外、加えて絵があれば食いつく。
 これでは貴重な資料は見つからないだろう。
「『飛行船の怪』……ふむ。なんだろ。こ、怖い話かな?」
 トゥトゥはその本に引かれたようで、ビクビクと怯えながらページを捲っていった。
「……そこには飛行船の船長の幽霊が……ッ。これがほんとの機長な死霊」
「………………」
「……ふむ。キレがないな」
「センスもないな」
「うるさい! それで、キチョーなシリョーはまだか! 余は歩き疲れたぞッ!」
「……どうやら着いたようだよ」
 進一がメガネをクイっとあげた視線の先に、円を描くように本棚と、崩れた本の山に座る――1人の少女がいた。



「ベル……」
「リーシャ……その人達……」
 リーシャはベルと呼ばれる少女――ベルティオール調合書に近寄った。
 それは引き籠り、孤独な研究者が生み出した魔道書――。



(熱病に対して効果のある存在は、あの魔道書が唯一無二……金にしか見えないな。だが……)
 ハンス・ベルンハルト(はんす・べるんはると)は顔を覆ったマフラーの下で、考えを巡らせた。
 逃げ道は確保できるか――?
(追手がきたとしてもここまで、ほぼ一本道……後手には回らない)
 数で不利ではないか――?
(だとしても、この広さなら全員は戦えまい……)
 ならば導き出される算段は――?
(もし俺に同調して手を貸すものがいて、なおかつ魔道書を捉え逃げるケースになれば……。勝算は……あるッ)
 光学迷彩で一瞬姿を消し、ハンスはベルティオールに駆け、一気に首に腕を回して、銃を突きつけた。
 ――乗る奴はいるか!?

「フン、そんな薬の調合書、バカどもにはいい目晦ましだ。あ、いや、言ってみたかっただけなんで、ちょっと気持ちが高ぶっただけなんで」
 そう言い進一がハンスに近づいた。
「俺は『それ』に興味はないが、他の本に興味はある。できれば全て、価値のわからん奴に破壊され、盗まれる前に、我々イルミンスール図書委員会に寄贈してもらいたいと思うのだが。そうだよな、エッツェル」
 進一の言葉にエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)も続き、ハンスの傍に寄った。
「ふふふ……そうですね。手荒な真似は……ふふ、言える立場ではありませんが、本も知識も、私達は得たいのですよ。そこで、どうですか、フィリップさん」
 突然の展開、突然の名指しにフィリップは驚き、だが一歩前へと出た。
「件の熱病への薬の知識は、私どもにこのままお任せ願えませんか? このまま私達に、本の数々を渡していただければ、誰も悲しむことはありません、ふふふ……」
「そ、そんなこと――ッ」
「何を言っても無駄よ、フィル君」
 フィリップの肩を掴み前に出たのは、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)とパートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)だ。

 ――だから人間は嫌いなんだッ!

 リーシャの魂の叫びが、契約者達の心を打った。
 この場で血を流そうとする者は、断じて許せない、と。

「私達は誰も、その子の前で剣も魔法も、使いたくなんてないわ。皆だってもはや、調合書を貰いに、ではなく、その知恵と知識を教えてもらいたいだけに決まってるわ」
「その通りです。特効薬の製造法さえ判明すれば必ずしもベルティオールの調合書を入手する必要がないはずです。それは他の本にも言える筈です」

 ――モノが欲しい。
 ――手が届くならばそれでいい。
 ――だが、手を届かせてはいけない果てに、手を伸ばせば不幸しか生まれない。

 フレデリカとルイーザの説得と、ベルティオールを人質にとっている者達を瞳だけを動かして交互に見ながら、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は、神速で駆け、一気に後方に回った。
 そしてベルティオールに銃を突きつけたハンスの首に太い腕を掛けた。
「てめぇらなんかに女の子を渡せるかよ。てめぇらなんかがいるから治療法がわからず死んでく奴がいるんだよ。悲しむ奴がいるんだよ」

「ルイーザ、今のうちにリーシャを」
 フレデリカの言葉にルイーザは駆け、リーシャの身柄を安全を確保するように抱きついた。

「お痛が過ぎたな……どうする……? 即席の強欲パーティーさん達よ……」
「ウグッ……」
 ハンスは苦しげな声を上げた。
 エッツェルと進一は見合い、互いに首を振った。
「ベルティオールを解放する……そうだよな?」
 ラルクが一層腕に力を入れると、ハンスが小さく頷き、一度咳き込むと、間髪入れずに光学迷彩で逃走し、ハンスの解放に全員の目が向いたその一瞬で、エッツェルと進一も姿を消していた。
「悪かったな……大丈夫か?」
 ラルクが手を差し伸べたが、ベルティオールはコクコクと頷き、すぐにリーシャの元に駆け寄り、抱きついた。
(やれやれ……これで人間嫌いに拍車がかかって、調合を見せてくれないとか、ないよな?)
 ラルクは頭を掻きながら、当たり前のように不安になっていた。

「ありがとう」
「ううん、フィル君のためだもの! 任せてよ」
 フレデリカはそう言ったが、すぐに視線をリーシャとベルティオールに戻し言った。
「可愛そうなのはあの2人ね。私、少しお話してくるわ」
「お願いできるかな」
 頷き、2人の元へと駆けよった。
 2人は泣き叫ぶわけでもなく、ぎゅっと抱き合っていた。
「ごめんね、2人とも……。私達に力がなくて、あんなことになって……」
「いいの……ここに連れてきた私が全部悪いんだから」
「そんなこと言わないでください。元はと言えば、熱病の薬の調合を求めて、それを手に入れようとした私達にも責任がありますから」
 ルイーザの言葉に、2人はウンともスンとも言わなかった。
 フレデリカは言った。
「ここに閉じ篭らないで、イルミンスール大図書館に来てみない? あそこならいい人ばっかりだし、2人を一緒に守ってくれるわよ?」
 だがそれには、2人はハッキリと首を振った。
 ここは2人だけの世界。
 その中に閉じこもり続けた2人には、それは果てしなく先の見えない大冒険――。
「そっか、そうだよね……。でも、ねえ……もう私達に、調合を教えてくれるのは、嫌になった? どうしても獣人達を助けたいの」
 ベルティオールもリーシャも、その問いに動かなかった。
 ダメになったのだろうか――。