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【新米少尉奮闘記】飛空艇の新たな一歩

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【新米少尉奮闘記】飛空艇の新たな一歩

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 一方管制室では、源鉄心達三人がシステムの、主にインターフェイス面の改良に当たっていた。
 現在のシステム自体に欠陥が有るわけではないが、演習では新入生や転校してきたばかりの人間が乗ることも有る。分かりやすくするに越したことはないし、輸送だけでなく旗艦としての能力を高めるなら、レーダーの強化は勿論、武器管制システムと射撃管制システムだけでなく、指揮決定システムや早い応答性を保持するプログラムも搭載したい。
 源はモニタを増設したり、システムの追加インストールを行う。パートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)も、専門知識を持たないなりに、モニタを支えるであるとか、言われた配線を繋ぐだとか、ちょこまかと手伝いをしている。
 その横ではイコナ・ユア・クックブックが、ぱちぽちと気楽な様子でシステムに繋いだキーボードを叩いていた。
「こんなカチコチのデザインじゃ使いにくいですの。もっと見やすくしますの」
 言いながら、自分のパソコンをシステムに繋ぎ、とっておきの画像データを送信する。それから、送信した画像をシステム上のデータと差し替えていく。
「イコナ、作業は終わったか?」
 自分の作業を粗方終えた源が、イコナの手元を覗き込んだ。イコナは、できましたの! と満面の笑顔で自信満々に画面を見せる。
「おお、だいぶ見やすくなったな」
 今までモノトーン中心だった色合いが、コマンドの種類毎に色分けされ、また難解な専門用語も極力簡単な言葉に置き換えられている。もちろん、熟練者が乗る場合は通常モードに戻すことも可能だ。
 が。
「……で、この、にわとりさんとひよこさんと、くまさんとらいおんさんは何かな、イコナ」
 レーダーシステムと思われる画面にぴこぴこ点滅している愛らしい動物のアイコンを指さして、源が問う。
「にわとりさんがこの機体、ひよこさんが味方機、くまさんが敵機、らいおんさんが特に危険な敵機ですの!」
「そうかー、よく頑張ったなーイコナ。……直しておけよ」

 なんでですのー、というイコナの抗議の声をドア越しに聞いて、小暮は管制室のドアの前で踵を返した。
 どうやらまだ作業は終わっていないようだ。
 先に機関室を見に行くか、とそちらへ向かった小暮の正面から、一条アリーセが歩いてきた。小暮の姿に気付いた一条がぴ、と敬礼をするので小暮も敬礼を返してから、どうしました、と問いかける。
「機関室での作業が概ね終了しましたので、報告に」
「ありがとうございます。確認に行きましょう」
「あの、少尉」
 すたすたと歩き出す小暮に、隣を歩く一条が遠慮がちに声を掛ける。その申し訳なさそうな態度に、疑問を覚えた小暮は足を止めて振り向いた。
「何でしょう」
「以前は不躾な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
 言うと、一条はぺこりと深く頭を下げる。以前飛空艇の修復作業を行った際に、眼鏡を取り上げられた事は小暮の記憶に新しい。
「あ……いや、あの時は俺の方こそ取り乱して、その、悪かった」
 思わず激昂してしまったことまで思い出しバツが悪くなったのか、小暮はふっと地に戻る。
「失礼を働いたのは私です。ただ、何故お怒りになったのか、今後同じようなことをしないために教えて頂きたいのですが」
 淡泊な眼差しで、しかしじーっと小暮の目を眼鏡越しに覗き込む一条に、小暮は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「どうも、眼鏡がないと落ち着かないんだ。それだけって言えばそれだけなんだが、調子が狂うっていうか」
「では、その眼鏡に何か重大な秘密が隠されている、ということは」
「……? いや、普通の眼鏡だと思うけどな」
 言いながら小暮は自分の眼鏡になんとなく触れてみる。普通の眼鏡だ。……外すとやっぱり落ち着かないので、外さないけれど。
 そう言えば今は任務中だ、と思い出し、小暮はごほんとひとつ咳払い。
「とりあえず、この間のことはお互い様ってことで水に流そう。機関室のチェックに行かないと」
「ありがとうございます。行きましょう」
 相変わらず真意の読めない淡々とした口調だけれど、それでも一条の表情が少し和らぐ。
 二人は並んで、機関室へと向かって歩き出す。
 そこへ、背後から少尉、と声が掛かった。歩き出したばかりの二人の足が止まる。
「管制プログラムの整備、ほぼ、終わりました」
 振り向いた先に居たのは源だ。隣にはパートナーのティーの姿もある。(イコナは多分、言いつけられた画像データの修正を行っているのだろう。)
「ご苦労様です」
「旗艦として、充分指揮を執れるだけのシステムに改良してあります。具体的な変更点を纏めたファイルはこちらに。これからの戦局では、イコンやパワードスーツが担う部分が大きくなってくるでしょう。少尉には、万が一イコンの群れと遭遇しても正気を見いだせるだけの戦術ドクトリンを確立して貰わないと」
 手にしたファイルを小暮へ手渡しながら、源はニッコリと無茶を言う。
「そうですね、そうなりたいと思います。まあ、今すぐってのは、無理だろうけど」
 源の冗談めかした口調に――言っていることはあながち冗談ではないのだが――小暮もまた苦笑を浮かべ、冗談交じりに肩を竦めてファイルを受け取った。
 いつかは、今言われた様に、例え圧倒的な戦力差があっても、それを覆すだけの戦術を展開出来るようにならねばならない。それは小暮も重々承知だ。だが、実際の戦闘はウォーゲームの様に確率だけで思うように行かないということを、過去数回の任務で痛感してもいる。
「努力は怠らないつもりだ」
「そうして下さい」
 そう言って笑いあう小暮と源の隣で、ティーがぺこりと小暮に頭を下げる。
「小暮少尉、以前の作戦の際はあの、ありがとうございました」
「こちらこそ、協力頂いてありがとうございました。ティー殿からの通信がなければ、ドラゴンと正面から戦うことになっていたでしょう」
 テストフライトを行ったときに、遭遇したドラゴンに敵意が無いことを伝えてくれたのはティーだった。そのことを思い出した小暮はティーに改めて感謝の意を伝える。
「ドラゴンさんをなるべく傷つけないように、との決定を下してくれて、本当にありがとうございます。とっても嬉しかったです」
「い、いえ。あの場でドラゴンと正面切って戦っても、勝てる確率は20パーセント以下だったから」
 心から嬉しそうににっこりと笑うティーに、小暮は眼鏡の位置を直しながら、ちょっと恥ずかしそうに答えた。
 

 管制室のチェックは後で回るからと源鉄心たちと別れ、小暮と一条は機関室の扉を開けた。
 以前は数人が詰めてもまだ余裕有るつくりだった機関室は、しかし配管の変更と予備部品の搭載により、少し手狭な印象となっている。
 首尾は上々なようだ。
「小暮少尉、あとはテスト運転だけだよ!」
 顔にオイルを付けたルカルカ・ルーが元気に報告する。テスト運転と言ってもまさか整備工場内で飛ばすわけにはいかない。動力の回路を一時的に切ってエンジンだけを回し、暴走の危険がないかを確認する。
 飛行中でなければ空冷システムの充分なチェックは出来ないが、それでもシャッターを解放した状態で、どれほど熱を逃がせるかのチェックにはなる。
 湊川亮一と、そのパートナーの高嶋 梓(たかしま・あずさ)が中心となってモニタリングを開始する。
 テストフライトでバルブが故障してしまった原因の一端は戦闘の余波にあるとはいえ、それでもやはり、前回異常が発生したところまで回転数が上がる時には、皆の顔に緊張が走る。
 その予感は的中し、水温計の数値が上がり始める。何人かが自発的に、緊急給水の準備や予備回路の接続準備を始めるが、エアインテークのシャッターを解放してやると、水温計は安定した。予想以上の効果だ。
「これなら、大丈夫そうだな」
 計器を見ていた湊川が、ホッとした表情を見せる。
 エンジンは既に限界の回転数まで上げている。しかし、冷却系統を始め、異常を見せる機器は無かった。
 これ以上回し続けてはエンジンを傷めてしまう。ゆっくりと回転数が落とされ、再び動力系統が繋ぎ直される。
「これなら、模擬戦も大丈夫そうですね」
 小暮もまた、安堵の表情を浮かべて機関室を見渡す。
 まだ武装の搭載作業とシステムへの組み込みが残っているが、やはり一番の懸念事項であるエンジン回りの整備が終わった事に、安堵せずには居られない。機関室で作業を行っていた面々も、皆一様に安心した表情を浮かべている。
「では、あと一仕事です。宜しくお願いします」
 引き続き武装の整備を指示すると、今度は管制室のチェックへと戻った。

 演習用武装の搭載と管制システムとの連携、その全てが完了したのは、もうとっぷりと日が暮れてからだった。
 最終点検を終え、つい先ほど、解散の号令が掛かったところだ。
「これが、さっきの試運転のデータだ。使ってくれ」
 三々五々生徒達が散っていく中、湊川を始め、機関室で調整を行った数人が残り、小暮にデータを渡す。
「ありがとう、助かるよ」
 解散の号令を掛けて緊張の糸も解けたのだろう、小暮は気負いのない仕草でそれを受け取った。
「だいぶ指揮官らしくなってきたわね」
 今日一日、小暮の下でその働きぶりを見ていたルーが笑顔を浮かべる。
「前に言ったこと、覚えてる? 指揮官は、仲間を信頼してドーンと構えたらいいのよ。大丈夫、貴方ならできるわ」
 にっこりと笑うルーに、小暮もはい、と頷く。
 模擬戦の日は、もう目の前だ。