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【六 苦境】

 鶴翼陣が、発動した。
 月の宮殿側のイコン部隊は、一部を残して左右に展開し、紡錘陣を敷くブラッディ・レインの突進を敢えて許す構えを取る。
 彼我が対等な戦力であり、且つ全イコンが一糸乱れぬ整然とした動きを見せれば、この戦略は見事にはまっただろう。
 だが現実はといえば、ブラッディ・レイン側のイコンが数で十機以上も上回り、しかも一機当たりの戦闘力も決して馬鹿にならないときている。
 加えて、シュメッターリングの編隊後方には、武装を施した中型飛空船が二隻追随しており、仮に守衛部隊の各イコンが迅速に動いたとしても、敵の背後を取る為には、相当な距離を走らねばならなかった。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の駆るシュヴァルツは、鶴翼陣の中の右翼側から展開し、高速で敵編隊の側面をすれ違うように疾走していた。
 このまま一気に敵背後へと廻り込み、そこから思うがままに敵戦力を削り落とす、というのがふたりの立てたプランであったが、果たして上手くいくかどうか。
「機体に改造を加えたから、慣らしと思って護衛に参加してはみたものの……随分と、厄介な連中が出てきたものだな」
 グラキエスは左側のサイドコンソールに映る敵編隊の整然とした突進に、ほんの一瞬ではあるが、背筋に冷たいものを感じた。
 よく訓練された部隊であることが、この光景からでもよく分かる。
 それに対し、月の宮殿を守る守衛部隊はどうか。互いに気心知れあっている仲ではあっても、集団戦の訓練はどの程度受けているのか。
 S@MPの実力をよく知らないグラキエスにしてみれば、今回の防衛戦は色んな意味で不安を多く抱えているものとなった。
「そのようなことよりグラキエス様、機体の改造ついでにコンソールとシートも変えてみたのですが、使い心地や座り心地は、如何でございましょうか」
 月の宮殿の命運など最初から歯牙にもかけていないといった調子で、エルデネストがサブパイロットシートから優しく微笑みかけてきた。
 グラキエスは思わず、左の掌で額と目許を覆う仕草を見せた。
「それで、こいつの改造費が、いつもより高かったのか……」
「勿論、お手持ちと貯蓄に余裕があることを確認した上で、生活費・装備費以外の至近を充てております。何ら問題はございません」
「いや……しれっというな、しれっと」
 グラキエスの抗議を受けても、エルデネストはどこ吹く風といった調子で、穏やかな笑みを湛えている。ここまでくるともう、逆に褒めるしかない。
 突然、シュヴァルツの操縦席内が激しく揺れた。厳密には、機体そのものが下方からの強い衝撃を受けて、バランスを崩しかけていたのであるが。
「何だ!?」
 メインコンソールに視線を走らせると、そこに、獰猛な唸りをあげるドラゴネットの姿があった。
 ジーハ空賊団の一員、小龍の変身した姿である。

「はっ! まんまと裏を取ろうったってな、そうはいかないんだよ!」
 シュヴァルツを挟んで小龍とは丁度反対側、左前方で宙に舞うジーハ空賊団長ユウナの姿が、そこにあった。
 ブラッディ・レインのシュメッターリング部隊だけでも手を焼く相手だというのに、更にジーハ空賊団まで相手に廻さなければならない。今回の戦闘は、熾烈を極めそうだ――グラキエスが厳しい表情でコンソールの中のユウナをじっと凝視していると、不意に別方向から、新たな影が飛び込んできた。
「よ〜ぅ、ユウナの姐御! まさかこんなに早く出てこれるなんてな。空賊団まとめて、脱獄でもしちまったのか〜?」
 ジェットドラゴンでシュヴァルツとの間に割り込む形になった朝霧 垂(あさぎり・しづり)が、不敵な笑みを湛えてユウナと対峙する。
 垂の後ろ、タンデムシートに跨っていたライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は、ユウナに知られぬうちにパワーブレスと彗星のアンクレットを垂に施術すると、自らは垂とユウナのやり取りの邪魔にならぬよう、自前の宮殿用飛行翼でジェットドラゴンから離脱した。
「垂、気をつけてね」
「あぁ……大丈夫、ヘマはやらねぇよ」
 離れ際にライゼが小声で安否を気遣ったが、垂は横顔で笑みを返し、小さく頷き返した。このままライゼは、垂とユウナの対決に無粋な邪魔者が入らぬよう、周囲の警戒に入った。
 するとどういう訳か、小龍の他、ジーハ空賊団の幹部であるカルラとエノクも自前の飛行装備や飛行術を駆使して垂とユウナの周辺空域に、それぞれ位置を占めた。
 垂やシュヴァルツを包囲するというよりも、他から邪魔が入らぬようにという、ライゼと同様の配慮を見せているのが分かる。その証拠に、彼らジーハ空賊団の幹部達は、一切手を出してはこなかった。
「それで……冗談抜きで、どうして出獄なんか出来たんだ?」
 垂はジェットドラゴンを滑空させ、龍飛翔突の要領でユウナに突撃を仕掛ける。対するユウナは得物を鞘から抜き放ち、垂の一撃を鍔迫り合いの形で受け止める格好になった。
「大きなお世話ってもんだよ。それよりあんた。呑み比べ対決に負けたってぇのに、まだそっち側についてるのかい?」
 よし、乗ってきた――垂は内心でほくそえんだ。矢張り自由の民を標榜するジーハ空賊団である。鏖殺寺院とは違って、話せば通じるとの思いが、垂の中で更に強くなった。
「いや、約束通り、あんたの仲間になっても良いんだけどさ……けど、今のあんたは、何ていうのかな……自由の民って感じじゃねぇよな。どっちかってぇと、籠の中の鳥って気がするぜ」
 痛いところを突かれたのか、ユウナの表情が一瞬、険しい色に染まる。対する垂はここが勝負どころだといわんばかりに、一気に畳み掛けた。
「今のあんたは、前回会った時とは違う。いっちゃ悪いが、自由を感じないんだよな。まるで何かに怯えて動かされてる、操り人形ってとこだね」
 ユウナの瞳の奥で、激情の炎がかっと燃え上がる。垂は最後のひと押しを仕掛けた。
「自由の民、ジーハ空賊団! あんた達のいう自由を取り戻す為に、俺達と一緒に来ないか!?」
 だがユウナの中には、本心を頑なに抑えつける強固な何かが居座っているらしい。力任せに垂との鍔迫り合いを解除して素早く飛び退ると、苛立ちを隠せない声音で獰猛に吼えた。
「ふざけんな! そもそも、最初にあたし達の自由を奪ったのは、どこのどいつだ!? あんた達があたしらを討伐しなけりゃ、こっちだってあんな連中にこき使われる身分に堕ちずに済んだんだろうが!」
 ユウナの怒声に、垂は何もいい返せない。
 いわれてみれば確かにその通りで、ユウナ達の自由を奪う根本の原因を作ったのもまた、垂達の側にある。その事実を棚に上げて、ただ自由で居ろ、と諭すのは説得材料に著しく欠けた。

 ユウナ達ジーハ空賊団への説得工作が不発に終わりかかっている一方で、ブラッディ・レインを相手に廻しての防衛戦も同じく、苦戦を強いられていた。
「うむぅ……このままじゃあ、ちょいと厳しいですぞ」
 月の宮殿のイコン用キャビン内でクェイルの射撃レバーを握りながら、ルースは珍しく険しい顔つきで、余裕の無い声音を搾り出した。
 ルースはクェイルを砲台化させる為に射撃に専念しており、クェイルの稼働自体はソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)に任せ切りにしている。
 つまり、アサルトライフルの照準に全神経を集中させていられる筈なのだが、そのルースの狙撃力をもってしても、対空砲火があまり芳しい成果を挙げていない。
 理由は単純で、敵シュメッターリングが予想以上に良い機動を見せており、思うように狙いを絞らせてくれないのである。
「このままだと敵さん、こちらの裏側にまで突破しちゃいます、ね……」
 操縦桿を握るソフィアの表情にも、余裕の色は欠片も見られない。
 矢張り、彼我の機体数があまりにもかけ離れすぎていたのか――鶴翼陣形は、今やほとんど、破綻しかかっていた。
 更に二発、三発と大型ビームキャノンから伸びる破壊の光条が飛来し、月の宮殿を大きく揺らす。
 もう後一発、来るはずだ、とルースが奥歯を噛み締めて前方の空域を凝視したが、四発目の光条が来る代わりに、下方の空域から急上昇する機影が視界の隅に映った。
 絶影、である。
 操縦するのは、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)のふたりであった。
 四発目の大型ビームキャノンが発射されなかったのは、絶影によるかち上げをまともに食らったシュメッターリングが、破壊されたビームキャノン用エネルギーパックの爆発に巻き込まれ、大破して墜落してしまったからである。
 ようやく一機、敵のシュメッターリングを撃墜した絶影の操縦席内で、唯斗はいささか呆れた様子で、30機を越える敵編隊の陣容をメインコンソール越しに眺めた。
「やれやれ……もうほとんど後ろを取られかかってるじゃありませんか。こりゃ、背後に廻られるのも、時間の問題かな」
「呑気なことをいっている場合か。囲まれておるぞ」
 エクスにいわれるまでもなく、ヘッドユニットと左肩のショルダーアーマーを真紅に染め上げたシュメッターリングの一個小隊が、絶影に対して包囲陣形を敷いていた。
 しかし、唯斗は慌てない。寧ろ、敵機を四方に従えて楽しんでいるようにすら見えた。
「おぉ、こりゃいけない。四機同時に襲われたら、流石にひとたまりもありませんわなぁ」
 いうが早いか、唯斗は指先を素早くサイドキーパッド上で指先を走らせる。するとその直後、絶影の周囲に乳白色の濃い霧が発生し、ほとんど一瞬にしてその空域の視界が奪われてしまった。
 四機のシュメッターリングが慌ててマニュピレーターを振って水蒸気の壁を消し払ったが、視界が回復された時には既に、絶影の姿は忽然と消え去っていた。