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【S@MP】地方巡業

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【S@MP】地方巡業

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【七 死線の中で】

 絶影によるシュメッターリング先頭部隊の足止めは成功したものの、後続の部隊は進撃の足を止めず、遂に月の宮殿の舷側を抜き、背面突破を成功させてしまった。
「だあぁっ! ち、畜生!」
 和希ロボの操縦席で、和希は地団太を踏んだ。
 何とか懸命に、敵の突破を阻もうと努力はしたのだが、いかんせん、ひとりでの搭乗では矢張り和希ロボの全能力を引き出すのは不可能であり、ほとんど戦力としては機能していなかった。
 一方、天音とブルーズの駆るイスナーンも守衛部隊の援護に加わっていたものの、矢張り多勢に無勢とまではいわないが、これだけの戦力差があると、もうどうしようもない。
 せめてS@MP側のイコンも敵と同様、規律の取れた防御陣を敷くことが出来れば、或いは何とか持ちこたえられたかも知れないのだが、今となってはいっても詮無いことである。
「くっ……同じようなカラーリングの機体にこうも好き放題やられると、気分の良いもんじゃ無いな」
 天音も和希のように唇を噛んだが、和希ロボとは異なり、イスナーンはほとんどフルスペックで性能を発揮し得る為、敵側も警戒している模様である。
 現に今、イスナーンの前には四機のシュメッターリングが立ちはだかっていた。
「こいつら常に、最低でもツーマンセル以上で敵に当たるよう、相当に訓練されているようだな」
 ブルーズは喉の奥で呻く。
 単機の敵と相対する際には必ず数で優るよう、臨機応変に戦力を調整する。
 戦場に於いては絶対のセオリーだが、実際にやろうとなると、これがなかなか難しい。しかし、ブラッディ・レインのイコンパイロット達は、そのセオリーを見事に実践している。
 単なるテロリスト集団とはいえ、彼らの操縦技術と戦術練度には、誰もが舌を巻く思いだった。
 だが、感心してばかりもいられない。
 既に一部のシュメッターリングは月の宮殿防衛網を突破し、背面からの攻撃配置に就こうとしている。このまま手をこまぬいて見ていれば、相当な被害が出てしまうだろう。
「ど、どけっ! どきやがれ!」
 和希は必死に武装を振るうが、逆に反撃を食らうばかりであった。
 ブラッディ・レイン側は一切の妥協を許さない。本来の性能を出し切れない和希ロボ相手にさえ、敵は態々戦力を割いて、ツーマンセル、即ち二機組での攻撃を仕掛けてきているのだ。
 相手がどの程度の戦力であろうとも、仕留めるまでは徹底的に手を抜かない――こういった辺りにも、本物のプロとしての凄みが如実に感じられた。
 最早、これまでか。
 和希や天音が内心諦めかけたその瞬間、月の宮殿の背面に廻ったシュメッターリング数機が、更にその背後を衝かれる形で奇襲を浴び、中破して攻撃態勢を損なわれるという事態が発生した。
 月の宮殿側にはまだ、隠し玉が残されていたのである。

「間に合った……とは、いい難いか。あれだけ散々後ろに廻られたんじゃ、ほとんど防御網は機能していないようだ。これは、うかうかしてられん」
 たった今、月の宮殿の背面に廻ったシュメッターリング数機を片っ端から撃墜したアペイリアーの操縦席内で、無限 大吾(むげん・だいご)は表情を引き締めて小さく呟くと、サブパイロットシートの西表 アリカ(いりおもて・ありか)と共にスロットルペダルを一杯に踏み込み、月の宮殿目掛けて急速接近を試みた。
 同時にアリカが、月の宮殿守衛部隊に無線で連絡を入れる。
「こちらアペイリアー! 遅れて御免! 戦況データは受け取ったから、これから守備に就くよ!」
 アペイリアーの操縦席内左のサイドコンソールには、公豹が観覧スタンドからデジカメで撮影した戦況がHCの通信回路経由で次々と送りつけられてきており、現場到達直後ではあったが、大吾とアリカが状況を理解するのには然程に時間を要しなかった。
 大吾がメインコンソールに視線を戻すと、再び別のシュメッターリングが月の宮殿背面に廻り込もうとしている。すかさずアリカがミサイルのロックオンを仕掛けるが、その瞬間、こちらが狙いを定めようとしているシュメッターリングが突然向きを変え、アペイリアー目掛けて突進してきたではないか。
「う、うひゃぁ!?」
 これにはアリカも仰天した。奇襲を仕掛けるつもりが、逆に度肝を抜かれる突撃を敢行してくるのである。
 しかし大吾は、冷静であった。
「ふん、やろうって訳か……上等だ!」
 大吾としては、アペイリアーが事実上の囮と化すことで月の宮殿の背後を襲う敵の数が減るだから、これはこれでしてやったりというところであったが、既にアリカが月の宮殿側から受信した情報によれば、ブラッディ・レインのイコンパイロットの練度は極めて高いという。
 下手に舐めてかかれば、手痛いしっぺ返しを食うだろう。
 迫ってくるシュメッターリングは二機。これも既に、天音が苦戦を強いられている状況がデータ化して転送されてきており、大吾にとっては驚くに値しない。
 だが、面倒な戦いになるだろうという予感はあった。ただでさえ数で上回る敵が、必ずツーマンセルで、単機のまま行動する月の宮殿側イコンを攻撃するというのである。
 並々ならぬ決意を持って迎え撃たなければ、悲惨な結果が待ち受けているだろう。
「前の奴は、俺が接近戦で対処する……もう一機はアリカ、火力を全部使って良いから、前の奴を始末するまで何が何でも寄せ付けるな!」
「りょ、了解!」
 相手がツーマンセルで攻めてくるなら、こちらは二種類の戦法を各自で担当して迎え撃てば良い――咄嗟に浮かんだアイデアだが、これが最も有効な手段であった。

 アペイリアーの参戦で、月の宮殿背面に於ける戦局は、ほとんど五分と五分にまで持ち直した。
 しかし、鶴翼陣での包囲が失敗に終わった月の宮殿前面の主戦場では、相変わらずS@MPや守衛部隊のイコンにとって、分が悪い状況が続いている。
『おいサクラ! 落ち着けって!』
 無線のスピーカーから、コームラントの操縦権を半ば奪われてしまった形の聡が、サブパイロットシートで狂ったように特攻操作を繰り返すサクラを必死になだめる声が聞こえてくる。
「ちょっと……サクラってば、いくらなんでも無茶し過ぎだよ……」
 グラディウスのメインパイロットシートで、美羽は敵の砲撃に対する回避行動を取りながら、青いシュバルツ・フリーゲにひたすら挑みかかるコームラントの姿に、うっすらと危機感を覚えていた。
 一体何が、サクラの冷静さを奪わせているのかはよく分からないのだが、とにかく今日のサクラは余りにも常軌を逸している。聡の制止がまるで耳に入らないなどというのは、美羽にしろベアトリーチェにしろ、今まで聞いたことも無かった。
 対して、この青いシュバルツ・フリーゲ――後で知ったことだが、ラピスラズリ・ブラッドと称される指揮官機らしい――の機動性能は、コームラントの突撃を余裕たっぷりにかわし切るだけのスペックを誇っている。
 いや、或いはパイロットの技量に因るものかも知れないが、いずれにせよ、冷静さを失ったサクラの攻撃ではまるで通用していないのが現状であった。
「もう……あんなに接近されちゃあ、援護射撃も出来ないよ!」
 同じく、サクラを援護すべく駆けつけてきた杏も、自機のパイロットシートで苛立ちを隠そうともせずに、小さく呻く。
 だが、美羽しろ杏にしろ、何となく、思い当たる節はあった。
 ふたりが聡から聞いた話では、S@MPのライブが開始される数時間前、サクラの親類と思われる吸血鬼の男性が月の宮殿付近に現れた、というのである。
 もしその人物の名乗りが正しければ、恐らくその吸血鬼は、サクラが目の仇として忌み嫌うアシュレイ・ピースロッドに間違い無いだろう。
 そしてつい先程のことだが、あの青いシュバルツ・フリーゲから聡とサクラの駆るコームラントに対し、まるで挑発するかの如く、静かな笑いを含んだ声が無線に乗って届けられた。
 美羽と杏はたまたま、その無線通信を傍受した為、サクラが何をきっかけにして突然暴走を始めたのか、何となく理解出来ていた。
(やっぱりあの声は……アシュレイ・ピースロッドだったんだ)
 杏は、ほとんど確信に近い思いを抱いていた。
 そうでも考えなければ、サクラのあの獰猛な攻撃は、説明がつかないのである。
「仕方が無い……早苗、突っ込め! 場の流れだけでもこっちが貰うわ!」
 杏に指示されるがまま、早苗の操縦で、コームラントは散開するシュメッターリングの間を抜いて、青いシュバルツ・フリーゲへと迫る。
 美羽のグラディウスも、そのすぐ後に続いた。
「指揮官機を倒せば、こっちの勝ち……なんだけど」
 思わず美羽は、口の中でいい淀んだ。
 イコンパイロットとしては、美羽は相当に優秀な方であったが、あの青いシュバルツ・フリーゲの回避行動を見るにつけ、美羽の技量をもってしても、果たしてどこまで通用するかという不安を抱かせる程の、恐るべき機動性能を見せつけてきているのである。
「でも、やらなきゃ……!」
 サブパイロットシートのベアトリーチェが不安げな表情を見せる中で、美羽は己を奮い立たせるように小さく呟いた。
 と、そこへ別の機影が横から突っ込んでくる。
 ミレリアの駆るレイヴンTYPE−Eであった。