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【S@MP】地方巡業

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【S@MP】地方巡業

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【八 燃え立つ歌】

 月の宮殿の後方デッキでシルフィスティと合流し、ディジーの背に跨ったリカインは、高度を取って戦局を眺め下ろしていた。
「う〜ん……これはちょっと、拙いかなぁ」
 シュメッターリングの中央突破団が月の宮殿の舳先に、今にも迫ろうとしている。
 既に何機かの敵機は月の宮殿後方に抜けてはいるが、その大半は大吾のアペイリアーに蹴散らされており、こちらは然程に心配する必要は無い。
 しかしその一方で、月の宮殿正面の防衛線が、押しに押されて苦戦を強いられている。
 加夜のアクア・スノーと花音のクイーン・バタフライ、そして昌毅のナグルファルが月の宮殿の最終防衛ラインを形成しているのだが、そのすぐ手前にまで、数機のシュメッターリングが接近を果たしている。
 単純に突破されるどころか、防衛線そのものが崩壊するまで、もうあまり猶予は無いように思われた。
「フィス姉さん、私やっぱり船に戻るわ。この乱戦だと、オペレーターからの指示無しじゃちょっと辛そうだしね」
「うん、その方が、良いかも」
 リカインの言葉に、シルフィスティも頷かざるを得ない。
 話が決まれば、動くのは早い方が良い。リカインがディジーの手綱を引いて下降の指示を出したその時、すれ違う格好で黒鋼に跨ったヴァイスが、幾分疲れた様子で上昇してきた。
「やぁおふたりさん……配置換えかい?」
「うん、まぁね……そういうあなたは、休憩?」
 リカインに聞き返され、ヴァイスはやれやれと小さく肩を竦めて頷いた。
「さすがにあの混戦じゃあ、ちょっと働いたぐらいじゃほとんど焼け石に水だね。クェイルなんかよりもこいつの方が強い筈なんだけど、それでもこのざまさ」
 ヴァイスの疲労がにじみ苦笑に、現場の凄惨さがまざまざと滲み出る。
 矢張り、今のままではどうにもならないか――リカインは表情を厳しくして、下方に視線を落とした。
 そのリカインの視線の先では、アクア・スノー、クイーン・バタフライ、そしてナグルファルの三機が、三角陣形を組んで迫り来るシュメッターリングの編隊を、必死に押し戻していた。
「きゃあ!」
 もう何度目かの直撃を浴びて加夜はコックピット内で、これまたもう何度目になるのか分からない悲鳴をあげた。
 サブパイロットシートでは、ノアが歯を食いしばって操縦桿を握り締め、辛うじて姿勢制御を維持しているものの、これだけ一方的に攻められまくっていては、ふたりの精神力もいつまで持つかどうか。
「おいっ、大丈夫か!?」
 昌毅がナグルファルをアクア・スノーの前方に押し出して、庇う位置に立つ。加夜に下がれ、とビーコンサインを送ってきていた。
 本来であればナグルファルは敵陣に突っ込んでいく味方機の援護に廻る役割を担当する筈だったが、敵がここまで迫ってきている以上、最早そんなこともいっていられなくなってしまっていた。
「前の方に行ってる連中には悪いが……こっちもぎりぎりの状況だからな……!」
 自らを納得させるかのように、昌毅は険しい表情で唸る。
 一方、ナグルファルの傍らでは、花音とリュートのクイーン・バタフライがシュメッターリング二機を相手に廻して、接近戦を展開していた。
「ここで……ここでS@MPの実績を作らなきゃ!」
 花音は呪文のように、同じ台詞をぶつぶつと口の中で繰り返しながら、リュートのサポートに徹している。
 一方のリュートも、鶴翼陣が失敗に終わったことで多少の精神的疲労を強いられてはいたものの、まだ戦意を失うには至っていない。
 寧ろ、ここからが踏ん張りどころだと自らを鼓舞しているようでもあった。

 アルバが、イコン用キャビン内に進入してきた。全身が黒く煤けており、船外に於ける戦いの熾烈さを如実に物語っている。
「済まない! バランサーをやられた!」
 コクピットハッチを開けて、クリストファーがイコンメンテナンス係に徹しているミルディアに大声で呼びかけると、ミルディアは何もいわず、大急ぎでパーツ交換の準備に入った。
「すぐに出たい! 五分で頼めるか!?」
「三分でやってみせるよ!」
 ミルディアの頼もしい返事を聞きながらも、クリストファーは渋い表情で、ハッチ外で繰り広げられる乱戦を暗鬱な色が混じる視線でじっと凝視する。
(ただのテロリストに堕落した割りには、随分とやってくれる……)
 いや、それとも、このブラッディ・レインという部隊だけが他の寺院内派閥と比較して、突出しているだけなのか。
 クリストファーの胸の内に、苦々しい感情がぶすぶすとくすぶっていると、不意に砲台と化していたクェイルの外部スピーカーから、レリウスが驚いたような声音を放ってきた。
『この声……聞こえますか!?』
 その呼びかけに、クリストファーとクリスティーは互いに顔を見合わせながらも、じっと耳を済ませてみた。最初はよく分からなかったが、よくよく聞いてみると、機関砲の爆音やイコンの飛翔音が激しく飛び交う中に、全く別の旋律が割って入ってきているではないか。
「こ、これって、もしかして……」
 ミルディアも一瞬手を止めて、幾分驚いた表情で船外に流れる歌声を、確かに聞いた。
『どうやら、ステージの方からのようです!』
 レリウスの分析は正しい。
 そのステージ周辺では、ライブに立った者達ですら驚かされる現象が、たった今、目の前で起こり始めていたのである。
「こ、これは……」
 真一郎は、驚きと歓喜が入り混じる複雑な表情で、観客席と観覧スタンドとを交互に眺める。イコン用キャビン内に流れ込んできていた歌声の源は、ステージ周辺を埋め尽くす大勢の観客だった。
 最初は観覧スタンドの一角で、一部の観客達の間で自然発生的に生じた歌声だったのだが、それがほとんど間を置かず、あっという間に観客全員に伝播し、今ではステージ周辺が大合唱を奏でるまでに至っていた。
「聞いたことがありますね……タシガン伝統の、勇者を讃える歌、でしたか」
 真一郎の言葉に、同じくステージ上に残っていた茉莉とKAORI、更にはフレイまでもが、何かの強い意志を込めた表情で振り向いた。
「このひと達……戦っている皆を、応援してくれているんだ!」
 茉莉が、喜びの色を込めた声でいい放つ。真一郎とフレイが、茉莉に頷き返した。
「やろう! お客さん達が恐怖を乗り越えて、応援してくれてるんだ! こっちも歌わなきゃ!」
 フレイのひとことで、取るべき行動は決まった。
 真一郎は再びドラムに飛びつき、茉莉もパイプオルガンの椅子に座り直す。ふたりが奏でる伴奏に、フレイとKAORIが、観客達の合唱に合わせて、同じ歌詞をなぞらえ始めた。
 ステージと観客席が、今や完全に一体となって、苦戦を続ける仲間達の勇気を奮い立たせる歌声を、混迷極める戦場へと送り出していった。

「この歌は……」
 和希ロボのメインパイロットシートで、和希が驚きの声を漏らす。つい今の今まで、防戦一方に陥っていた精神的疲労が、一瞬にして消し飛んだように思えた。
「タシガンの、皆さん……?」
 集音マイクが拾い上げる歌声に、佐那がクレーツェトのサブパイロットシートで、スピーカー越しにじっと聞き入る。それは、かつて自身が奏でてきたどんな音色よりも、遥かに美しいと感じた。
「ボク達を、応援してくれているんだね……!」
 クイーン・バタフライの操縦席内で、ステージと観客席、観覧スタンドを映し出すサイドコンソールに視線を走らせながら、花音は力の篭もった声を小さく絞り出した。その愛らしい面に、湧き上がる勇気が滲み出てきている。
「こいつぁ……下手な真似は、出来ませんや」
 月の宮殿のイコン用キャビンにて砲台と化し、弾幕を張っていたクェイルのコクピットハッチを開いて、ルースが苦笑いを浮かべ、やれやれと小さく肩を竦めた。だがその瞳の奥には、改めて、このひと達を守らねばという責任感が灯る。
 そして――。
「皆、気合入れろ! タシガンのひと達が、危険を顧みずに応援してくれているんだ! 俺達が、それに応えないでどうする!」
 大吾が無線越しに檄を飛ばしながら、アペイリアーを月の宮殿前面へと押し出してきた。背面に廻り込んでいたシュメッターリングはレリウスとルースの弾幕に任せ、自らは苦戦を強いられる前方守備ラインへと配置換えしてきたのである。
 アペイリアーの参戦で、加夜のアクア・スノーと昌毅のナグルファルは左右に展開する余裕を持てた。
『左、いきます!』
『同じく右は任せろ!』
 加夜と昌毅が、スピーカー越しに自らの配置変更を申告する気合に満ちた声を送ってきた。それまでの悲観的な感情は、最早微塵にも感じられない。
 大吾の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「よし、立て直すぞ! アリカ! マルチプルミサイル、照準合わせ!」
「ほいさ了解!」
 ここから、仕切り直して反撃だ――誰もが自らを奮い立たせ、死力を尽くして戦線を押し返そうとした、まさにその時。
 ステージ脇で、巨大な火球が炸裂した。
 爆音と、無数の悲鳴。
 シュメッターリングの一機が、観客席に機関砲による容赦無い掃射を浴びせかけたのである。