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リアクション
「フ……ふふッ……この一カ月。長く苦しい戦いだったわ。荒野での種モミ発見、そしてモヒカン達の略奪! 護り抜いた種もみ!」
頭部に被ったジャック・オー・ランタンを模した兜やマントでハロウィン風にデコレーションされたエンリルが引きずるステージ状の山車。それに乗ったエリヌース・ティーシポネー(えりぬーす・てぃーしぽねー)が、万感の思いを噛み締めるように、目を閉じて小さな拳をフルフルさせている。頭にはエンリルと同じ様なカボチャの兜があるも、やや大きいのか、時折ずり落ちては直している。
その傍にいるのは、同じ様なカボチャの兜を被った千種みすみ(ちだね・みすみ)である。大勢の観衆を見て「うわー、凄い人ですねー」と感嘆の声をあげている。
「感謝しなさい、みすみ。あんたの晴れ舞台のためにやったあたしの奮闘を!」
ビシィッとみすみを指さすエリヌース。再びカボチャの兜が鼻あたりまでずり落ちる。
「みすみさん。パレードに出て歌いたいって言った私のために……ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げるみすみに、一瞬、キョトンと面食らうエリヌース。
「ふ、ふふ……わ、わかればいいのよ……ベ、別にあんた個人のためじゃなくて、あたしの種もみ剣士としての優秀さを見せつける為にやったんだからね!」
プイとそっぽを向くエリヌース。その顔はやや赤く、口元がニヤけている。
「(勝った!! 完全勝利!! あたしがついにみすみを超えたのね!!)」
心の中で何度もガッツポーズをするエリヌース。ついに、みすみを完全降伏へと追い込んだ事に口元のニヤケが止まらない。
「(どうしよう? 自費で号外新聞を刷ってシャンバラ中にバラ撒きたい気分だわ!! 種もみ剣士の頂点決戦ついに終結!てタイトルで!!)」
ちなみに、エリヌースが必死に行ったという種もみの略奪防衛行動関連の全ては、彼女に従う数名のタネモミジャーの功績である。まぁ、彼女のオペレーション能力も少しは関与したのであろうが……。
「……ま、まあ、どうしてもというなら、一緒に歌ってやらない事もないわよ。ほ、ホラ、もうすぐ出番なのよ! あたしの偉大さに感謝しつつ、ちゃっちゃと歌の準備をしなさい!! 朔もアテフェフもよ!! ……て、どこに行ったのよ?」
照れ隠しのせいか、早口でまくし立てるエリヌース。
「朔さんなら、あそこに……」とみすみがステージの端を指す。
エリヌースが見ると、黒いメンターローブで全身を覆った鬼崎 朔(きざき・さく)がステージの端でしゃがみ込んでいる。その隣には、アテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)と外見が朔にそっくりなアルラウネの手をひくアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)がビデオカメラを手に立っていた。
「いや、確かに私はハロウィンパレードにみすみと一緒にダンサーとして参加すると言ったよ? このエンリルをエリヌースが勝手に取ってきた種もみやお菓子+αで降霊して、みすみに「千のタネになって」を歌ってもらおうと思ってたよ?」
登校拒否児の様にイヤイヤと首を振る朔に、あたかも母親の様な笑みを浮かべたアテフェフが手を差し伸べる。
「ええ。その甲斐があったじゃない? さ、立ち上がりましょう?」
「……でも、なんでこの格好なの〜!? 種もみ戦士の親戚の、種もみ魔女のコスプレだって言ってたでしょ、アテフェフ!!」
「あら……とっても似合ってるわよ、朔。フフフ…あの娘に無理してお願いした甲斐があったわ」
妖艶に笑うアテフェフ。彼女の言うあの娘とは、朔の妹、花琳・アーティフ・アル・ムンタキムである。今回は来てはいないが、事前準備で大活躍してくれたのだ。
「朔! アテフェフ! 何チンタラしてるのよ!?」
エリヌースがやって来る。
「私……出ない。出たくない」
「何で?」
「恥ずかしい……第一、アテフェフのその格好は何?」
「このあたしのこの格好は鬼女……もとい、種モミマンよ」
「変……」
「まぁ、失礼ね……うちの種モミマンを見なさい、そしてそのままあたしと朔との子供(アルラウネ)を見なさい、可愛いでしょ、フフフ……」
アテフェフから視線を朔に戻したエリヌースが、ヤレヤレと腰に手を置き、
「朔、あんたがヘタレなのは重々承知だけど、今だけは気丈に振舞って貰わないと駄目なの。わかる?」
エリヌースの言葉に、朔とアテフェフの心の声が叫ぶ。
「(お前が……)」
「(お前が言うな……)」
「みすみも待ってるんだからね!!」
「!!」
みすみと言う名前に、朔の瞳に力がこもる。
「そうだね……みすみが頑張るんだ。私も頑張らないと……」
朔がマントで全身を覆ったまま、ゆっくり立ち上がる中、エリヌースがアテフェフに小声で耳打ちする。
「(さっき、みすみがあたしに頭下げたところ、ビデオカメラで撮ってくれた?)」
「(ええ、勿論……)」
「(やったー! 後でダビングして頂戴。それと静止画はポスターに加工しなきゃ……)」
「(あたしのカメラは朔専用なの。クスクス……他のものなんてどうでもいいわ)」
「酷ッ!!」
「みなさん、出番ですよー?」
道を行く山車を見ていたみすみが皆に声をかけ、一同はステージの中央へ向かう。朔は相変わらず、黒いてるてる坊主姿であるけれども……。
「朔さん、ご気分が優れませんか? あ、寒いんですか?」
みすみが朔に心配そうな顔をする。
「わ、私は……だ、大丈夫だよ! みすみ!!」
「それより、みすみ! 歌詞はバッチリでしょうね? あたしの足を引っ張らないでね?」
「はい、エリヌースさん。私、頑張ります!」
一歩前に進み出てスゥーと息をしたみすみが聞こえてきた音楽に合わせ、ステージ上で歌を歌いだす。
『千のタネになって』
私の苗床の前で泣かないで下さい。
そこに私はいません。
眠ってなんかいません。
千のタネに
千のタネになって
あの大きな空に
芽を吹かせています
エンリルに持ち上げられたみすみの可愛さと儚さを持つ歌声が響き渡る。
後方のアテフェフがビデオカメラを持ちつつ、ゆったりとした踊りを踊り、朔も何だか揺れていた。
「ヒャッハー、お前らも苦労してんだな」
「心に沁みるぜぇぇ!」
沿道で歌を聞いていたモヒカンの男達が思わず袖で瞳を拭う。因みに、苦労させている主な原因は彼らである。
「(ふふ〜ん、みすみ如きであたしの美声に酔いしれるといいわ!」
今度はエリヌースが前に進み出る、と同時に、朔とアテフェフがサッと耳栓をする。
二番を歌いだすエリヌース。
明日には種もみになって 畑に降り注ぐ
明後日にはダイヤのように きらめく芽を出す
……。
…………。
………………。
実は、エリヌースは絶望的に歌が下手であった。
みすみの歌声に酔いしれていたモヒカン達が「ヴアー!!」と目つきを変える。
「明日の種もみだと!! なおさら、その種もみが食いたくなったゼェェ!!」
「ヒャッハー、やっちまうか!?」
モヒカンが手に持っていたビール瓶を山車に向かって投げる。
「危ない!!」
瓶がみすみに向かっていたため、朔がみすみの前に出て瓶を払いのける。
軌道が変わった瓶が歌っていたもう一人を直撃する。
「ぅがっ……!?」
アテフェフが見ると、顔面を抑えて蹲るエリヌースの姿があるも、特に誰も気にしていない。
その瞬間、朔の体を覆っていた黒いマントがハラリと落ちる。
「「「うおおおおぉぉぉーー!?」」」
観衆からドヨメキが起きる。ハッとする朔。
「しっ、しまったぁぁーー!?」
慌ててマントを拾おうとするが、それより早くアテフェフの指示を受けたアルラウネが朔のマントを持って行ってしまう。
「セクシィィーーーッ!!」
「露出し過ぎだぜぇぇぇ!!」
「ありゃあ痴女ってヤツだぜ! ヒャッハー!!」
マントの下に隠されていた種もみ魔女、というかどう見ても{SNL9999006#アーデルハイト・ワルプルギス}そのもののコスプレ姿の朔の登場に、歓声が起きる。
「あ、あ……あああぁぁ」
口をアウアウと動かす朔の頭に、エンリルのグレネードやマジックカノンの存在が思い出される。しかし、向かおうとした時、アテフェフがその腕を掴む。
「駄目よ。朔。まだステージは続くのよ? ほら、集中しなきゃ?」
「集中……出来るかー! うわーん、私は痴女じゃなーい!!」
「あっ、そこの男共。あたしの朔のコスプレを見て欲情した不届き者はバニッシュで目つぶしした後にヒートマチェットで×××斬り落とすから」
無数のカメラのフラッシュが朔に向けて放たれる中、みすみの歌は続いていた。
そして、エリヌースはステージから降りて観客の元で歌ってあげようとして、何やらモヒカン達に観客席へと引きづりこまれていた。
エリヌースに従うタネモミジャー達が救助に駆けつける様子を見ていたアテフェフが、朔にビデオカメラを向けつつ、チラリとそちらを見る。
「……まあ、何かあってもいつもみたいに治療してあげるから。フフッ……今日のあたしは機嫌がいいの。なんたって、朔の恥ずかしげな顔を堪能出来てるんだから……フフフ」
歌を思いっきり歌えたみすみと、頬を上気させるアテフェフにとっては、大満足のパレードになった。もっとも、朔本人はパレードの終了後に、「グスン、いいもん」と頑張った自分へのご褒美に甘いお菓子を会場の隅っこで体育座りでいじけつつ食べていたらしい。そして、朔が座っていたのが暴徒に襲われ苗床化したエリヌースだとわかるのは、翌日の話になったそうである。
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