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リアクション
「あ、始祖がいる」
前方の山車の朔のアーデルハイトそっくりなコスプレ姿を見てそう声をあげたのは、山車に乗って観衆に手を振っていたアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)である。
アゾートが乗り込む山車は、彼女を模してデコレーションされた白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ) の白瀬号・改である。
その右肩に座って足をパタパタさせるアゾート。
即座に左肩に腰掛けた歩夢が、慌てて注意する。
「あ、アゾートちゃん! そんなに足バタバタさせたらスカートから見えちゃうよぉッ!!」
そう言う歩夢の格好も、アゾートそっくりの魔女姿である。
ミニスカートの中が下の観客に見えないよう、片手は絶えずスカートの裾に置かれていた。
「始祖は可愛いからいいよね。ボクも折角だからあんなコスプレをしたら良かったかな? ね、歩夢はどう思う?」
「え……えっと」
歩夢は少し考え、意を決して言葉を発する。
「あ、あのっ…アゾートちゃん、綺麗だね……」
「うん。パレードっていいよね!」
「あっ……えっと……綺麗なのは、アゾートちゃんなんだけれど……」
「あー、見て見て! 屋台が一杯出てるー!!」
真っ赤になった歩夢の声は、最後が小声になり、アゾートには聞こえなかったようである。
残念な気持ちと少しの安堵感を感じる歩夢に、頭上から声がかかる。
「苦労していますね?」
歩夢が顔を上げると、白瀬号・改の頭上を飛ぶペガサス・ファウに乗ったヴァンパイアのコスプレをした博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)が苦笑して歩夢達を見ている。美形で金髪のヴァンパイアがコートをはためかせ、白馬のペガサスを駆る姿は、それだけで見る者の目を楽しませていた。
「ひ……博季ちゃん? な、何のこと?」
歩夢の上ずった声に博季がスッとペガサスを歩夢の傍に付ける。
「ま、聞かなかった事にしましょう。……それより、こう光に照らされて行進する姿を見ると、山車制作をお手伝いして良かったな、と思いますね」
博季がしげしげとアゾートの姿を模した白瀬号・改を眺める。
「博季ちゃんが頑張ってくれたもん」
歩夢が笑うと、博季が照れた顔を浮かべる。
「最初に話を聞いた時は、はてさて間に合うのかと思いましたけどね」
歩夢が白瀬号・改のデコレーションもとい改造を行い始めたのは、おおよそ一月以上前である。
「山車は私の巫女さんのイコンを使って、大きい人が乗ってるような……魔女さんがいいかな、その装飾の山車を作ろうっ!」
ハロウィンパレード参加募集の張り紙を、イルミンスール魔法学校の廊下で見てそう決めた歩夢は、そのモデルにアゾートを選んだ事は至極当然であった。
しかし、その山車制作は歩夢一人では困難を極めそうであったので、同じ学校の博季もアゾートを誘ってパレードに出るという話を聞き、歩夢は博季の家を訪れた。
新婚の匂いがする博季の家で話合った結果、アゾートは自分を模した山車を作るという案には直ぐに賛成した。あとは実行するのみである……と、その時。
「ふふ、話は全て聞かせて貰ったわ! 私も一肌、脱がせて貰うわよ!!」
バンッと博季の衣装棚の中から登場したのは天ヶ石 藍子(あまがせき・らんこ)である。
「衣装棚から……? どうして?」
首を傾げる歩夢に、藍子は後ろで束ねた黒髪を揺らして笑う。
「魔鎧生活が長くてね。たまにクローゼットや衣装棚にいると凄く落ち着くのよ。ホラ、私ローブ型の魔鎧じゃない?」
「あ……あぁ、うん……そう、なんだ……」
藍子の体から漂う匂いに、アゾートがクンと鼻をひくつかせる。
「……キミ、何か匂うね?」
「防虫剤の独特の香りよ……あぁ、落ち着くわ」
と、服のポケットに忍ばせた防虫剤の白い袋を嗅いで、至福の表情をする藍子。場所が場所なら、白い粉袋を持った彼女は任意同行くらいは求められるかもしれない。
「……まぁ、兎も角話は固まりましたね。本日より制作に移りましょう! ホラホラ、みんな、日があると思っていたらあっという間に当日ですよ?」
博季がハッパをかけ、作業開始となった。
作業はまず、歩夢がアゾートのスケッチを描くところから始まった。
「あのね、格好良い戦闘中みたいなポーズ取ってもらえるかな?」
「ん? こう?」
「……ああっ、そんな足を上げたら……」
とは言いつつ、じーっとアゾートの姿を目に焼き付ける歩夢。細部まで凝って愛を込めて作るためには必要なのだ、と自分に言い聞かせる。
完成した歩夢のスケッチを元に、博季が歩夢、アゾート、藍子と共に白瀬号・改のデコレーションを始める。
一番の難所はやはり、巫女姿から魔女姿への変更であった。ただ、カラーリングを変えるだけではなく、ほぼ再設計となる装甲を溶接していった。
そうして、数週間が経ち、いよいよ完成間近となった時……。
歩夢が大問題を発見してしまう。
「博季ちゃん!!」
「はい、どうかしました?」
「パ、パパパ……」
「ん? 僕はまだパパではありませんけど?」
グッと言葉をためた歩夢が、小さな声で囁く。
「パンツ……」
「……ああ! 見事なものでしょう。歩夢の書いたスケッチがとても参考になりましたよ」
「あのページは、ボツにして欲しいって言ったんだけど……ど、どうして布製のあんな……精密に再現したものを……?」
「それは私の提案よ」
防虫剤を手に持った藍子がやって来る。
「やっぱり、布がベストよね。大変だったのよ。大きな布地を買って、ちゃんと製法するのって」
「せ、精密過ぎだよ!!」
「ま、良いでは無いですか? それとも履いてない方が?」
歩夢は博季の赤い瞳がキラリと光るのを見逃さなかった。イコンの改造は、歩夢は主に顔パーツを担当していたため、下半身で博季と藍子が何をしているのかわからなかったのだ。
「履いてない……ってまさか……博季ちゃん……?」
ゴクリと唾が喉を通る。
「ええ……とても精密に作りました……」
そんな山車製作時の話を歩夢は目の前を行く色とりどりの山車を見ながら思い出していた。
「藍子ちゃんも来れば良かったのに……」
「最後まで山車に防虫剤をつけようとしてましたが、叶わぬと知って、家に残るって言ってましたよ」
「何か……あっという間だったね。でも、博季ちゃんはどうしてアゾートちゃんの山車のお手伝いに?」
「イルミンスールの教師を目指す僕にとっては、彼女は未来の生徒っ! ……まぁ、それ以前に友達ですし。気兼ねなくなんでも頼んでもらえたらいいなぁと、そう考えただけですよ」
「ねー、キミ達も笑わないと! ホラ、お客さんが下で一杯手を振ってるよ?」
アゾートが二人に言い、博季と歩夢が下の観衆に手を振る。中にはバズーカ砲の様なレンズを付けたカメラを構える男の姿もある。
そして、ハッとする歩夢。
「パンツ!!」
「む! それはマズいですね……とうっ!!」
博季がペガサスの手綱を握り、急加速していく。
「歩夢」
博季の行方を見守っていた歩夢に、右肩から歩夢のいる左肩に飛び移ってきたアゾートが声をかける。
「は、はい!」
「ボクの顔、イコンになるって聞いた時、どうなるのかなって思ったんだ……けど」
「けど?」
「目の形とか、唇とか、凄くよく似てる。博季の衣装も勿論凄いなって思ったけど、頑張って良かったね!」
「う……うん!!」
「また、来年もパレードがあれば参加したいね」
「うん!」
「博季達と一緒に」
「あ……う、うん!!」
歩夢が笑顔で頷き、並んだ肩と肩が行進の振動で時折ぶつけつつ二人は観衆に手を振り続けるのであった。不届きなカメラ小僧を警備員に引渡し、下の観客から投げられたお菓子を一杯抱えた博季が帰還するのは、そのすぐ後であった。パレード終了後のイコン解体時、巨大なパンツの所有権を巡っての微妙な争いが起きたらしく、一説によるとアゾートの布団になったという噂もあるが、ここでは語らない。
続いて現れたイコンも、その容姿の可愛さでは歩夢達に負けていない。
天津 麻羅(あまつ・まら)の容姿を模したイコン(以降、麻羅イコン)が山車……というか神輿を引いて登場する。神輿には涼しい顔をした麻羅本人が乗り観衆に手を振っている。
そんなパレードを観客席から見つめるのは、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)である。
「うん。私達の可愛らしいイコンが良い感じだわ」
緋雨の隣で、別の観客達が手に持ったチラシと麻羅イコンを見比べていた少年が声をあげる。
「あ、コレ、チラシに載ってる山車とイコンだ!」
その声を聞き、緋雨は満足そうに頷く。
「(こんな事もあろうかと用意しておいて良かったわ……麻羅の格好をしたイコンを!)」
緋雨はこの麻羅イコンを、半年くらい前に完成させていたのだが、一度も使った事なかった。
そこにハロウィンパレードの話が飛び込んできて、緋雨と麻羅の麻羅イコンは、いち早く組みあがっているという理由でチラシやポスターの写真として使用されたのである。謂わば今パレードのマスコット的ポジションを得ていたのだ。
「これが私たちのイコンのお披露目会よ♪」
緋雨が行進する麻羅イコンの引く神輿に乗った麻羅に手を振ると、緋雨に気がついた麻羅も可愛くウインクし、緋雨を「おいで」と手招きする。
だが、緋雨はパレードに出る条件となる仮装をしていない。
「私はイコンの操縦はからっきしだから、パレードの時は麻羅に任せるわ」
そう言って事前に断りを入れたのである。しかし、世の中には凄い技術者もいたもので、
「イコンを操縦するから神輿は空のまま? ああ、オートパイロット機能つけてやるよ。ただ、歩くだけだろう?」
あっさりと麻羅イコンはオートパイロットモードで歩いており、本来操縦するハズだった麻羅は、反射素材で星の柄をあしらった紫色の西洋魔女のような衣装を纏い、神輿上でのんびりしていた。麻羅の髪を止めるジャック・オー・ランタンの髪飾りも可愛さのポイントである。因みに、麻羅のこの衣装は友人と衣装合わせをしてこしらえたものである。
そんな麻羅を見つつ、緋雨は二人で作成した山車の神輿製作の日々を思い出す。
「山車の製作か……ふむ、神が乗る山車とゆえば神輿じゃな!」
麻羅イコンの外装の調整を終えた緋雨が部屋でファッション雑誌を読んでいると、ベッド上で仁王立ちする麻羅がそう切り出したのは今から一月くらい前の夜であった。
「神輿?」
緋雨が眼鏡をクイと上げつつ、麻羅を見る。
「まぁ、本来の神輿は神を乗せる為のものではないが、神の輿と書くくらいじゃからな」
「そういや外国では神輿を移動式神社だって紹介しているそうよ?」
「うむ……そこで緋雨。今回のぱれーどでわしが乗る神輿を作るのじゃ! それを山車にしてイコンで牽引するのじゃ!」
「作るのじゃ……て、麻羅。神輿ってどれだけ時間と伝統芸能の粋が注がれていると思うの?」
テクノクラートであり、幼い頃から芸術活動に打ち込んできた緋雨にすれば、確かにその作成方法くらいは知っていた。しかし、同時にその困難さも熟知していたのだ。
麻羅は刷り上がったハロウィンパレードの告知チラシを緋雨に見せる。
「見よ。もう既にわしそっくりなイコンは発表されてしまっておる。勿論、これだけでも良いが、やはりわしが乗るのは神輿でなければならぬのじゃ」
読んでいたファッション雑誌をパタンと閉じた緋雨が部屋のカレンダーを見る。
「あと一月しかないわよ?」
「ほほう……緋雨。無理と申すか?」
麻羅が悪戯っぽい笑みを緋雨に向ける。
その表情を見た緋雨が、負けず嫌いの本性を表す。
「誰も無理だなんて言ってないわよ! けど、麻羅が言ってるような神輿が作れるのかどうか、計算してたのよ!!」
「では、緋雨? 決定という事で良いのじゃな?」
「(しまった……)い、いいわよ! 作ってあげるわよ! た、ただし、麻羅も手伝いさなさいよ!」
……と、そんなやり取りの末、「神輿風に出来ればいいかな〜」程度で始めた緋雨と麻羅の山車作りは、やればやるほど緋雨のコダワリが出てきてしまい、結局は本番当日の朝、つまり今朝に仕上がったのである。
そのため、「出番だぜ?」と言われるまで、現在神輿上で愛想を振りまく神とその製作者は涎を垂らして爆睡していた。
「ま、私も頑張ったわね」
そう言いつつ、麻羅の神輿に合わせて緋雨が沿道を歩いて行く。
神輿の両側には筒状の物体が備えてあり、これが発動するのはゴール地点と、二人で決めていた。その場所まで緋雨は欠伸を噛み殺しながら歩き出すのであった。
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