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リアクション
第二章
「さーて、じゃあこっちも始めるとするかねぇ」
掃除道具を十二分に携えて、東條 カガチ(とうじょう・かがち)は東條 葵(とうじょう・あおい)を振り返りました。
「そうだな。しっかりと掃除しよう。ゴム手袋を忘れるなよ」
「おう」
「手順はさっき説明した通りだ。タンクも気を抜くなよ」
「わかったって。トイレットペーパーの補充までしっかりやるよ」
「それじゃ、こっちは任せてね!」
女子トイレ掃除を申し出たのはネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)。
パートナーの高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)や庵堂楼 辺里亜(あんどうろう・ぺりあ)と共に女性用のトイレ掃除をするようです。
「トイレから出たくなくなっちゃうくらい綺麗にするよ」
「普通のお掃除は普段から使用人さんがやってらっしゃるでしょうから、見落としがちなところをしっかりやりましょう」
「子ども用も忘れてはいかんな」
「それじゃあ僕は東條さんたちと男子トイレをきれいにするよ!」
ディアーヌ・ラベリアーナ(でぃあーぬ・らべりあーな)だけは、男の娘ということでカガチたちに混ざることにしました。
「よろしくお願いしますね」
「人手が多い方が助かる。頼んだぞ」
「よろしくな」
「カガチ、ちょっといいか」
「ん?」
呼びかけられて振り返ると、椎名 真(しいな・まこと)がボードを持って立っていた。
「今から宮殿中を回って汚れやすい個所を見てくるから、お前も後で担当箇所の汚れやすいところを教えてくれるか」
「おう、わかった」
「宮殿の職員に伝えるからしっかり頼むぞ」
「勿論だ」
「じゃあ、また後で見にくるよ」
真と別れると、一同はさっそく展望台のトイレから掃除を始めることにしました。
「今日は折角の機会だから、しっかりとやろう」
葵は早速ゴム手袋をはめると、便器を磨き始めます。
便器が終わったら、今度は周りの壁や床です。
トイレ用洗剤をしみこませた雑巾でしっかり丁寧に拭いていきます。
「意外とこういう所が見落としがちなんだ」
マスク越しにそう告げる葵に頷きながらディアーヌもそれに倣います。
個室の方も同様に磨き上げ、タンクの中もぬめりを取ります。
女子トイレの方も念入りに。
ネージュは雑巾を掴んで無心で次々とごしごしと拭き上げていきます。
ピカピカになった床や便器の後は、汚物入れや手洗いシンク、トイレットペーパーの補充も忘れずに。
最後にトイレットペーパーの先を三角形に折って完成です。
満足げに頷いたネージュと水穂は、掃除道具を手早くまとめ、奥から出口に向かって床を拭きながら外へ。
ちょうど葵たちも入口に出て、雑巾で足を拭いているところでした。
廊下に出る時の為靴の裏を綺麗にするのです。
「ちょうど終わったようだな」
「うん、もうぴっかぴかだよ!」
「最後にラベンダーの香りも散らしてきたよ、ぽぽぽぽ〜ん! ってね」
ディアーヌの力でほんのりいい香りになった綺麗なトイレは、きっと気持ちよく使えるでしょう。
みんなは他の階も同様に綺麗にすべく、さっそく次へと向かうのでした。
「シャンバラの歴史年表……ねぇ」
長箒で天井の埃を取っていた白砂 司(しらすな・つかさ)はふと目の前にあったディスプレイに目を向けました。
そこには展望台によくある、国の盛衰史や名物を解説したパネルがかかっていました。
長箒を置いて雑巾に持ち替え、パネルに積もった埃を拭きながら、思わずそれに目を通していると、
「ジャタの森については書いてないんですか?」
横からサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)も手すりを拭きながら展示パネルに目を走らせます。
見つけた展示を思わずじっくり読んでしまっていると、横から司が「ちゃんとやれよー」と声をかけてきました。
「やってますよ! ほら、手すりを拭いてますって」
「ならいいけど……意外と汚れてるもんだな」
「人通りの多い場所ですからね〜」
その横をノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がたたたっとモップ掛けして行きます。
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が忙しいため一人で訪れましたノーンは、けれど張り切って掃除しています。
今日はしっかり宮殿を綺麗にして、帰ったら陽太に報告しようと意気揚々です。
陽太も今頃奔走しているのでしょう。大好きな妻の為に、そしてこのパラミタに住むみんなの為に。
ノーンはふと展望台から下を見下ろして、陽太に想いを馳せました。
「サボっちゃ駄目ですよぅ?」
と、そんな言葉が聞こえてはっと顔を上げると、フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)が新風 燕馬(にいかぜ・えんま)にゴミ拾いを促していました。
どうやら自分に向けられたものではないと思いながらもモップを動かし始めたノーンの隣に、ザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)がやってきました。
「いやはや絶景だねぇ。そう思わないか、サツキ」
望遠鏡を据えている台の緩みかけた金具を調整していたサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)は、ザーフィアに話しかけられてちらりと景色を一瞥しました。
「……この光景の何がいいんですかね。確かに災害時には状況把握はしやすいでしょうけど」
あまり興味がないと言ったように肩を竦めたサツキは、その流れで燕馬の肩を叩きます。
「燕馬、寝てはダメですよ」
「いやちょっと立ち眩みが……いや、何でもないです働きます」
サツキやフィーアの責めるような視線を受けて燕馬は再びゴミ拾いに戻るのでした。
「進み具合はいかがですか?」
響いた通りのいい声は、モップを手にしたルイ・フリード(るい・ふりーど)でした。手伝いに訪れたようです。
けれど、その格好は何故かメイド服。
「お手伝い出来ることはありますか? 力仕事も高いところの掃除もお任せですよ!」
「え、いや……そのカッコ……なに?」
「メイドの流儀を極めるためです。女王様も着てらっしゃいますから」
爽やかな笑顔にはまるでキラーン! と効果音がつきそうなほど明るいものでした。
「あ、そう……」
みんなが言葉を失う横でフラッシュが光ります。
何かと視線を向けるとノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)が女性陣に向けて写真を撮っているところでした。
しかも、よく見ればメイド服の女子だけを集めて撮っているようです。
掃除しに来ているみんなや女官たちを取り終えると、新たなメイド少女を求めてあっという間に走り去ってしまいました。
「あれも……何?」
「あれは気にしてはいけません。さぁ! お掃除をしましょう!」
そんなノールと入れ違いに何かを抱えたドクター・ハデス(どくたー・はです)とヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)が現れました。
何やら機械を大量に運び込んでいます。一抱えほどの機械が十数台。
「んしょ……博士、発明品の運び入れ、終わりました」
「よし、それじゃあさっそく掃除開始だ!」
そう告げると、ハデスは高らかに笑いました。
「フハハハ! 量産したこのお掃除ロボで、一気に宮殿を綺麗にしてくれよう!」
「兄さん掃除道具を借りてき……ってそれは!」
モップとバケツを手にした高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が戻ってくると、ハデスとヘスティアが手にしているものを見て悲鳴にも似た声をあげました。
運び込まれた機械を見て、咲耶の脳裏に嫌な思い出がよぎります。
この機械は以前もアジトの掃除用に使っていたものだったのです。けれど最近まで仕舞いこまれていました。
なぜならその機械は――
「スイッチオン!」
「って、はわわわっ!?」
悲鳴を上げたヘスティアが慌てて飛びのきます。
動き出したロボットたちがヘスティアやハデスに向かってきたからです。
避けようとしても追ってきては、吸引しようとしたり、取り付けられた箒で掃いたりしようとしてきます。
――そう、これらの機械が仕舞いこまれていた理由はこれでした。
ゴミそのものではなく人間をゴミと認識して襲いかかってくるのです。
止めようとした咲耶もすぐに他のロボットに追われることになりました。
バタバタと逃げ回っていると、叫びを聞きつけたのか、宮殿の執事を伴った真が顔を出しました。
と、此方へ逃げてくる咲耶が真の後ろに隠れます。
「おっと、何の騒ぎだ?」
「ロボットがっ、お掃除ロボットがっ」
咲耶の言葉と共にやってくるロボットを思わず蹴り止めてしまってから、真はしまったと頭をかきます。
破損させてしまったかと顔をしかめますが、後ろからは安堵のため息が聞こえました。
「助かりました……」
「いや……これはどういうことだ?」
助けられた咲耶とヘスティアは、真たちに事情を説明します。
なるほど、と頷く真の横で、ヘスティアが咲耶の服を引きました。
「咲耶お姉ちゃん、博士がいません……」
「あっ、兄さん!」
咲耶が慌てて辺りを見回すと、遠くからハデスのものらしき悲鳴が聞こえてきました。
どうやら大量のお掃除ロボットに追われて逃げ回っているようです。
「行っちゃった……」
「はあ……」
宮殿の広い廊下に咲耶のため息が静かに響きました。
ハデスが宮殿のごみの集積所で発見されたのは、それから一時間後のことでした。
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