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リアクション
第三章
「風もあるから、気をつけて行かないとね」
「ああ、そうだな」
空飛ぶ箒に掃除道具を入れた箱を括りつけた五月葉 終夏(さつきば・おりが)の言葉に頷いて、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)はリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の飛空艇に乗り込みました。
狐樹廊が式神用のトラの毛皮を使ってごしごしと掃除をしたところを、終夏が雑巾やモップを使って仕上げ拭きをしていきます。
「早いけど……すごいやり方だなぁ」
「大丈夫? 気をつけてね」
「あ、うん。ありがとう」
リカインが終夏に声をかけます。
「宮殿は空京のシンボルと言っても過言ではないからな。しっかり磨こう」
綺麗になっていく外壁に狐樹廊は満足そうでした。
「外壁は広いから手際が大事ですわね」
イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が意気揚々と壁を磨き始めます。
気合も十分、手際もとてもてきぱきとしたものでした。
勿論磨き残しがあってはいけないと、外壁に近寄って隅々まで磨いていきます。
歯ブラシのような細かいものまで詰まって目地の汚れを取り除きます。
「ふぅ、だいぶ綺麗になりましたわね……」
言いながら、どうだと言わんばかりに振り返りました。
が、源 鉄心(みなもと・てっしん)もティー・ティー(てぃー・てぃー)も、此方を向いてはいませんでした。
ちょうどやってきたジークリンデに意識を奪われているようです。
「えっと、陛下……じゃなかった。ジークリンデさんと同じヴァルキリーのティーです。今日はよろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
「お掃除は初めてなので、よかったら教えてください」
「大丈夫よ、そんなに難しいものじゃないわ」
「あ、洗剤と水ならさっきちょうど替えたばかりだし、使ってくれ」
「ありがとう。それじゃさっそく始めましょうか」
「はい!」
「な、なんですの二人とも……」
ジークリンデばかりを構う二人にいじけたイコナは、ぽいっと掃除道具を投げ出してしまいました。
「ジークリンデたちだけで仲良くやればいいじゃない」
いじけているとメイドたちに指示を出していた垂がやってきました。
「何してるんだ?」
「別に何でもないですわ」
「そうか? ……休憩が終わったなら一緒にやろうか」
「え」
イコナを覗き込んだ垂は、すぐに笑って手を伸ばしました。
垂の申し出に顔を上げたイコナは、その笑みに行き合ってぽかんと口を開けました。
「さっきから見てたけどいい手際だ。それならすぐ終わるな!」
けれどかけられた賛辞にまんざらでもなさそうに視線を彷徨わせます。
「ま、まぁ当然ですわ」
「よーし、じゃあ一緒にやろうぜ。ジークリンデにも教えてやってくれ」
そして掃除用具を取り替えていたシルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)を振り返りました。
「シルヴィオ、こっちにもブラシくれないか」
「ああ、これでいいかな」
「ありがとう。……ほら、イコナも」
「は、はい!」
「あ、アイシス、水を替えてきたぞ」
「ありがとうございます、シルヴィオ」
シルヴィオが取り替えたバケツの洗剤を使ってしっかりと磨き上げて行くのはアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)です。
アイシャに倣ったのかシックなメイド服を纏っています。
ただし、風でめくり上がるのを防ぐためと、動きやすさを兼ね備えるためパンツスタイルでしたが。
「やはり外壁は掃除の機会が少ないからか汚れていますね」
「ええ、やり甲斐があるわ」
「流石の手際ですね……これならすぐに終わってしまいそうです」
「今日はたくさんいるもの……みんなでやれば早く終わるわよ」
デッキブラシで外壁を磨くジークリンデと並んで外壁を磨いていきますが、雨や風に耐えている外壁の掃除はなかなかに大変なようです。
そんなアイシス達を見ながらシルヴィオは辺りに目を走らせました。
風がある程度ありますが、強いものではないようです。
今のところ飛んできたのは小鳥くらいで、猛禽類の影はありません。
勿論ジークリンデに仇為すような刺客の気配もないようです。
ひとまずは心配はないかと掃除をする面々を見上げました。
この分なら日暮れまでには終わるでしょう。
「あの、ジークリンデさん」
先日の雨についたのであろう泥汚れを懸命に落としているジークリンデへ、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が声をかけました。
手には掃除道具ではなくメモを持っています。
「少しだけお話を伺いたいのですがいいですか?」
「え……」
手を止めて振り返るジークリンデに、優希は笑顔で問いかける。
「近況などをよければ教えていただきたいんです。お時間はとらせませんから」
「そうはさせないでござるよ」
ジークリンデから話を聞くため言葉を告ごうとする優希と、ジークリンデの間に強い声が割り入ってきました。
姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)と坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)です。
「今日はそういう日ではないのですわ。取材なら日を改めてくださいませ」
「話に集中しすぎて掃除が終わらない、なんてことになるわけにはいかんでござるからな」
「そうですわ。万一バランスを崩して落ちたりなんてしたら……」
ジークリンデの身を案じて取材を遠慮してくれというロイヤルガードの面々に、優希は素直に頷きました。
「そういうことなら……しょうがありませんね」
「ところでその服は動きにくくないでござるか? 折角ですからこの巫女服を着たら如何でござろう!?」
「巫女服? その方が動きにくそうだけど……」
ばっと巫女服を取り出す鹿次郎に、ジークリンデは首を振ります。
けれど鹿次郎も諦めません。
「ではこの後巫女装束を着用するバイトを! な、ななな、なんなら巫女装束を着用して拙者と色々楽しい事をするバイトがござるー!」
「その話もまた今度にしないか?」
白熱する鹿次郎を陽一が苦笑しながら止めます。
「今日は掃除することが目的なんだから……いいよな、二人とも?」
陽一に念を押されて、二人は頷きました。
あ、でも、と優希は微笑みます。
「ちょっとした世間話くらいならいいですよね。お掃除のコツとか教えてもらえたらはかどりますし」
と、世間話に興じていると、すぐそばで掃除をしていた麗華・リンクス(れいか・りんくす)がはっと顔をあげました。
「風向きが……注意して! 強い風が来るかも!」
麗華の声を聞いたみんなは魔術をかけたり高度を下げたりして風に備えます。
風向きが変わっただけで、特に強く吹きつけてくるわけではなさそうです。
このまま無理をせずに続けていけば大丈夫でしょう。
けれど、目を凝らしていたシルヴィオがまた声をあげました。
飛来してくる影に気がついたのです。
「っ、あれは……鷲か?」
外壁に群がる影に気を引かれたのでしょう、見れば大鷲が数羽、此方へ向かってきていました。
鋭い爪をむき出しに、掴みかかろうとしてきます。
大きな翼が起こす羽ばたきの風圧に、飛空艇や空飛ぶ箒が煽られます。
それによってバランスを崩したジークリンデたちの方に向かってくる一頭を、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が追い払おうとします。
他のものよりも目立つ己の飛空艇を活かして大鷲を引き寄せ、外壁を傷付けないよう【サイコキネシス】で攻撃します。
効果があったのか怯んだようにふらつきましたが、すぐに体勢を立て直してきま。
それを見ていたルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)も、他の大鷲にすかさずかかっていきました。
手始めに【敵者生存】で威嚇しながら、戦意を喪失させようとします。
「掃除の邪魔をしたら駄目ですよぉ〜!」
「スノー、回復と防御は任せたぞ」
「ええ、任せて」
スノー・クライム(すのー・くらいむ)を纏った佐野 和輝(さの・かずき)はジークリンデの無事を確かめつつ、後衛に陣取り他の大鷲の動きを見ますが引く気配はないようです。
ジークリンデは陽一たちが護っているのを確認した和輝は、アニス・パラス(あにす・ぱらす)が【雷術】を放ったその瞬間を狙って大鷲に向かって行きました。
ギャアっと悲鳴を上げる大鷲に乗り上げて翼の付け根を峰打ちします。
暴れれば咄嗟に離れて傍にある飛空艇に着地し、逃げる気配がなければまた飛び乗って打ち込む。その繰り返しです。
なるべくなら捕獲か追い返すつもりでみんなが攻撃しているせいか、今ひとつ決定打が与えきれずに幾度か術や剣での攻防を繰り返していると、遠くからまた何かがやってきました。
騒ぎを聞きつけて、何事かと寄ってきた師王 アスカ(しおう・あすか)とルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)でした。
二人は、大鷲がいるのを見てすぐに状況を把握しました。
取り敢えず戦意を喪失させようと【ヒプノシス】をかけようとするルーツに対し、隣のアスカは手にしていた高圧洗浄機を大鷲に向けました。
本来なら掃除に使うためのそれは、スイッチを入れれば文字通り強い圧力をかけられた水が飛び出すものです。
アスカが嬉々としてスイッチであるレバーを握った途端、噴出される勢いのある熱湯が大鷲を襲います。
ギャアッ、と悲鳴じみた鳴き声が響いてふらりと一羽の大鷲がよろめきました。
「アスカ、嬉々として掃除道具を武器にしないでくれ……」
その光景にルーツが嘆きます、けれどその甲斐あってか、大鷲はふらふらと離れて行きました。
どうやら敵わないと見たようです。そのまま飛び去っていこうとします。
ルーシェリアやアニスの攻撃を受けた他の数頭もそれに続いて逃げ去っていきました。
「お怪我はありませんか、ジークリンデ様」
「ええ、私は平気です」
「他のみんなは? アニス、無事か?」
「もちろんですよ」
「さすが私ね〜」
みんながジークリンデや互いの無事を確認する中満足そうに頷いたアスカは、「ん?」と首を傾げました。
「あそこにいる子何処かで見たことあるような……」
「え? ああ、彼女は……」
ルーツが言葉を紡ごうとするより早く、アスカはジークリンデに向かって行こうとします。
「どうするんです、アスカ?」
「決めた、あの子にする」
「えっ!?」
「インスピレーションを刺激されたのよね〜」
「ちょ、ちょっと待ってくださいアスカ」
ジークリンデに絵のモデルを頼みに行く、というアスカの突飛な思いつきに慌ててルーツが止めます。
「何で止めるのよぅ〜」
「あの方だけは駄目ですっ」
アスカのやろうとしていることに気付いたらしい周りの人間も止めに入ります。
しまいにはロイヤルガードまで止め始めたので、思わずアスカは叫びました
「芸術にはね……時にはジャイアニズムが必要なのよぉ!!」
「ジャイアニズムってなんですか!」
その間も、もくもくと掃除をしている男が一人。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)です。
大鷲に襲われている間も、みんなが世間話に興じている間も、ずっと外壁を磨き上げていました。
大鷲も唯斗もお互い見向きもしなかったというのですから驚きですが、恐らくどちらもそのことにすら気付いていません。
パートナーであるエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)はそんな唯斗に声をかけましたが、没頭した唯斗には言葉が届かないようでした。
洗剤を変えたと言っても無反応、水分は必要かと聞いても無反応。
呆れたエクスは溜息をついて、再度声をかけます。
「わらわは皆の分の食事を作ってくるぞ」
けれど返事はありませんでした。
エクスは今度こそ呆れかえって踵を返しました。
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