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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第2章(2)
 
 
「ん? あそこから強烈な瘴気を感じるな……行ってみよう」
 瘴気の原因を調査していた源 鉄心(みなもと・てっしん)達は、ようやく手掛かりとなりそうな物を発見していた。彼に続き、冴弥 永夜(さえわたり・とおや)ティー・ティー(てぃー・てぃー)が『それ』を調べ始める。
「一見ただの柱に見えるが、この禍々しい空気は何かあると見るべきだろうな」
「この瘴気が幻獣の皆さんをおかしくしてしまっているんですよね……自分が自分でなくなってしまうような感覚は、怖いです。何とかしてあげないと……」
 外見上は地球やパラミタにもある遺跡などの柱と大差は無い。表面に紋様があり、その一部がほのかに光っているのが違いと言えば違いか。
「……この柱自体には、特に何か思念が込められている訳では無いか。イコナ、どう思う?」
 サイコメトリでの読み取りが空振りに終わった鉄心がイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)に尋ねた。彼女は幼い子供の外見ではあるが、魔道書という事もあって割と知識は豊富な方だ。
「上の光っている所が一番嫌な感じがしますの。嫌な空気がバーっと噴き出していますのよ」
 ――もっとも、割と勘というか、適当な表現になってしまうのはまだまだお子様といえるが。とは言え考察自体は参考になるので、鉄心と永夜がそれを引き継いだ。
「噴き出す、か……確かに瘴気の流れはそんな感じだな。瘴気を汲み上げている……つまり、柱が一種のパイプの役目を果たしているのか……?」
「なら流れを止めるにはパイプを引き抜くか、途中で止めるかだな。この場合前者は無理があるから、怪しい所を部分的に潰すのが良いと思うが」
「そうするべきだろうな。狙うは光っている二点。上はキミに任せるよ。下は……ティー、頼めるかい?」
「分かりました。永夜さん、タイミングを合わせて行きましょう」
 ティーが大剣を構え、下側の光っている箇所へと狙いを定める。必要以上に破壊すると瘴気の汲み上げが止まらない可能性もある為、一点に集中して素早い突きを放った。
「……行きます!」
「あぁ、これで……!」
 ティーの剣が柱に突き刺さるのとほぼ同じくして永夜の銃から二発の弾丸が連続して放たれ、上部へと命中した。両者の攻撃によって光は消え、同時に瘴気の流れが一気に緩やかになっていく。
「やはりあの二か所が動力のような物だったのか。さすがにすぐに綺麗さっぱりとはいかないけど、時間が経てば瘴気も薄らいでいくかな」
「そうなるといいのですけど……鉄心、他の方の状況はどうですか?」
「ちょっと待ってくれ。えぇと……ん?」
「……鉄心?」
 ティーの声に答える事も忘れ、前方へと注目する鉄心。そこでは、炎を吐く犬――ヘルハウンド――の幻獣と戦っている者達の姿があった。
 
 
「託、来るぞ」
 魔鎧である無銘 ナナシ(むめい・ななし)の声で永井 託(ながい・たく)がヘルハウンドの炎を回避する。素早い機動力と迫り来る炎に阻まれ、戦っている者達は中々懐に飛び込む事が出来ないでいた。
「おっと。助かったよ、ナナシ」
「それは構わぬが、奴の速さはこちらと同等だ。回避し続けるだけでは厳しかろう。さぁ、どう道を切り拓く?」
「ん〜、そうだねぇ……やっぱり、意表をついて『切り拓く』しかないかな? 文字通り」
 託の作戦は、下手に回避を試みて炎を当てられるよりも、いっそ正面から突き抜けて相手に接近しようというものだった。その為の炎に対する耐性はナナシが備えている。
「やはりそう来るか。ならばその為の力、我がくれてやろう」
「――もっとも、必要ないかもしれないけどねぇ」
 ちらりと視線を近くの竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)達に移す。彼らも炎を防ぐ為の手段を講じているようだ。
「ハイコド、跳べ!」
 藍華 信(あいか・しん)の声でハイコドが大きくジャンプをして炎を避け、そのままサーフボード型の飛行器具、ファルコンボードに飛び乗った。
「風花!」
「はい、ハコ兄様!」
 さらに後ろに白銀 風花(しろがね・ふうか)が乗り、ボードが大きく旋回する。狙いはヘルハウンド。当然ながら相手も炎での迎撃を試みる。
「フォースフィールド、展開……ですわ!」
 それを読んでない二人では無かった。力場を形成して炎への防御を高めると、そのままボードの底面を盾代わりに降下して行く。
「このまま一気に……!」
 炎を抜けたハイコドがボードから跳躍し、相手の真上に辿り着いた。こうなればヘルハウンドの機動力は無意味。オブスタクル・ブレイカーで思い切り突きをお見舞いする。
「これで痺れてくれれば動きも鈍くなるでしょう。そうすれば他の人が抑えやすいはず」
 ハイコドの期待に応え、こちらへと向かって来る者達がいた。その中には四谷 大助(しや・だいすけ)任せにして戦闘を見ていただけのグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)もいる。
「炎を吐く犬……強さも十分そうだし、是非とも手に入れたいわ!」
「はぁ……まったく、いい性格してるな」
 呆れる大助にも構わず、意気揚々と駆けるグリムゲーテ。そこにハイコドの拘束を受けながらもヘルハウンドが炎を放った。接近していた所へ炎を向けられ、グリムゲーテはそのまま炎に飲まれてしまう。
「グリム!」
 突然の事に大助が叫ぶ。だが、炎を受けた本人の足は止まらず、一気に突き抜けていた。
「地獄の業火でも私を止められはしないわ、この私はね!」
 見ると、グリムゲーテの指にはいくつもの指輪があった。どうやらあれで炎への耐性を高めていたらしい。
「いやぁ、似たような事をやろうと思った僕が言うのも何だけど、中々に豪快な人だねぇ」
「あぁ、うん……何かもう、どうでもいいや……」
 並走する託に返す言葉も見当たらない大助。ともあれ、懐まで潜り込めばこちらのものだ。
「しっかり覚えなさい、貴方を下す黒印の騎士の名を!」
 グリムゲーテの剣を始めとして、何人もの攻撃が次々とヘルハウンドを襲う。他の幻獣より大柄といえどもこれに耐えきる事は出来ず、ヘルハウンドはバタリと倒れて気を失ってしまった。
 
 
 ヘルハウンドが倒れてからしばし、聖域東側で戦っていた者達が集まって来た。今はアイリス・レイ(あいりす・れい)やナナシ、ティーやイコナが辺りの幻獣を治療して回っている。
「やっぱり回復魔法は効果が薄いわね。普通に治療した方がマシみたい」
「だが案ずる事はなかろう。瘴気の影響が薄まれば回復の障害になる事は多くあるまい。それよりはあの大きな犬型の幻獣がどうなるか、だな」
 現在ヘルハウンドは止めを刺した一人である一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)が様子を見ている。見ると、どうやら何やら動きがあるようだ。
「歳兄ぃ、目を覚ましたよ!」
「あぁ、このまま大人しくしてくれりゃぁいいんだがな。確か村で調べた奴らの情報じゃあ高位の幻獣は言葉を話すって事だし、もしかしたらこいつも――」
 
「……あ痛たたたた……何や、身体がごっつう痛いで」
 
「…………」
「ん? 何や自分ら。そないな目でワイを見よってからに」
「えぇと……歳兄ぃ?」
「……まぁ、何だ。とりあえず皆を呼んでくるか……」
 
 治療に回っていた者達も呼び寄せてヘルハウンドと話を始めると、その口調に驚きの表情を見せる者が多かった。高位というからもっと気高い存在かと思っていたら、実際は関西の兄ちゃんのようなノリだったからだ。
「はぁ、夢なんか現実なんか分からん感じになっとったと思うたら、そないな事がねぇ」
『どあほうが。気合が足りんから醜態を晒すんじゃ。もっとシャキっとせぇ!』
「いや、ほんまその通りですわ」
 ちなみに今ヘルハウンドに説教をしているのは鉄心の連れてきたペガサスのレガートだ。こちらの言葉は鉄心達には分からないものの、ヘルハウンドには理解出来るらしく普通に会話が成立している。正直、口調だけだと本当にハイ・ブラゼルでの会話かと疑いたくなるが。
 ともあれ、このままでは話が進まないのでアンヴェリュグ・ジオナイトロジェ(あんう゛ぇりゅぐ・じおないとろじぇ)が間に割って入った。
「二人で盛り上がってる所悪いけど、俺達にも分かるように話を聞かせてくれないかな」
「おお、せやったな。っちゅうてもワイはこの通りやったからな。旦那ならもうちょい知ってるとは思うけどな」
「旦那? 君達のトップかな?」
「トップとは少しちゃうねんけどな。特別なポジションにいる旦那がいるんよ。シクヌチカっちゅー名前や」
 ヘルハウンドから語られた名前に次百 姫星(つぐもも・きらら)が反応する。
「シクヌチカ? 確か他の方が捜しているワシ型の幻獣の名前ですね」
「何や、姉ちゃん知っとるんか。なら話は早いな。旦那のトコ行って話聞いてみよか」
 先ほど思い切り皆に叩かれたにも関わらず、普通に立ち上がるヘルハウンド。彼に続き、一行はシクヌチカがいるであろう場所を目指して歩き出すのだった――
 
 
「ところでハコ、ちょっと話があるんだけど」
「え? どうしたのソラ?」
「ボードで突っ込む時、私じゃなくて風花を乗せてったのは何でかなーナンデカナー」
「いや、それは炎に対こ――」
「迷い無く乗せたよね正にベストパートナーって感じだったよね良いなーイイナー」
「ソ、ソランさん、お顔が怖いで――」
 
 ――その後の出来事は、ハイコドの心の奥底に深く押し込まれたという。主にトラウマとして。