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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第6章「力の獣」
 
 
「おうモードレット、本当にいやがるんだろうな?」
 神殿から見て西側、広い範囲に幻獣が住まうこのエリアをホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)達が歩いていた。
 彼らが捜しているのは、以前の調査で一部の者が遭遇したと言われている大きなワシの姿をした幻獣だ。調査団に加わってはいないが、モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)は実際にその幻獣を間近で見た一人だった。
「あの時奴はここに飛び去って行った。神殿に係わりがあるのは確かだろう」
「ワシの野郎、てめぇが囮ンなって小さいのを逃がしてやるとか、カッコイイことしてくれやがったぜ。ああいうのは屈服させたくなるな」
 羽皇 冴王(うおう・さおう)がサディスティックな笑みを浮かべる。ワシの幻獣は狂暴化した他の幻獣と調査団の者達が戦っている場に現れ、己に狙いが集中している間に他の幻獣達を逃がしていた。そのやり取りの場に彼もいたのだった。
「あぁ……ああいう奴が、欲しいな。俺のものにしたい」
 付近に対象が存在しないか確認する為、ワイバーンに乗って空に舞うモードレット。それと入れ替わる形で夜・来香(いえ・らいしゃん)がやって来た。
「やっほ〜、色々探って来たわよ」
 軽いノリで現れた彼女は密偵という特技を持っていた。それを活かし、調査団が報告書をして纏め上げた内容をこっそりと調べていたのである。
「お疲れ様です。首尾はどうでしたか?」
 久我内 椋(くがうち・りょう)が出迎える。成果は上々。心の中でダーリンと呼ぶ彼に対してアピール出来る絶好のチャンスの来香。
「えっとね。何か要するに『大いなるもの』が全部悪いって事みたいね」
「なるほど。それで?」
「いえ、ですから幻獣達の暴走の理由ですとか、例のワシの幻獣に関する情報とか……」
「え、え〜っと……く、詳しくはこれに書いてあるわ!」
「……良く理解出来なかったんですね」
 椋の言葉を口笛でごまかしつつ、報告書の写しを手渡す来香。椋も慣れているのか特に追及はせず、手にした書類に目を通した。
「――過去に似た幻獣が現れた記録あり、ですか。シクヌチカ……これがあの幻獣の名前みたいですね」
「それで、どうすんだ椋? これから」
「そうですね……やはりそのシクヌチカを捜すのが中心でしょうか。あの時に聞こえた咆哮の正体を確かめに神殿に向かえば自ずと出会えるかもしれませんね」
「おう、ならとっとと行こうぜ。気合入れて探索するぜ!」
 ホイトが先頭となり、神殿を目指して歩く一行。そこに、周囲を見て回っていたドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)が騎乗している狼を走らせて戻って来た。
「あっちにデカい幻獣がいやがったぜ。鳥じゃないけどよ」
 
 
(俺は英雄じゃない。自分一人じゃ戦局も変えられない、無力な存在だ。だからこそ今はただ敵を斬る。少しでも多くの敵を……)
 西側を担当する事になった調査団のメンバー、その中の一人である猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)はひたすらに剣を振るっていた。虎を、熊を、力の限り斬る。普段とは違い、寡黙に戦う彼の姿に魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)が戸惑いを見せていた。
(こやつ、一体どうしたというのだ?普段とは纏っている空気が違う……瘴気の影響とも思えんが)
 心の中に芽生えた恐怖を消しきれないのだろうか。いつものように魔法で勇平を援護しようと思うのだが、何故か発動しない。
(くっ……わらわが、恐れているだと? 魔力の行使に影響のある世界であるとはいえ、このような事が……)
 肉弾戦をやろうにも彼女はそういった事に向いた体躯では無いし、武装も無い。その上で魔法が使えないとなれば手の打ちようが無かった。
 容赦の無い勇平の攻撃。それを止める事も援護する事も出来ない複韻魔書に代わり、走って来たのは瀬島 壮太(せじま・そうた)だった。
「おーい! そこのお前、ちょっと待った!」
 熊の幻獣の前足を切り裂いた勇平が追撃を行おうとした所で壮太が間に入る。
「何だ?」
「ここには人の言葉が分かる幻獣とかもいるって話だろ? 俺達が必要以上にやり過ぎたらそいつらからも敵に見られると思うんだ。だから幻獣の方からやらせといて、『仕方なく捕まえた』って形を取らねぇか?」
 壮太はワシの幻獣と遭遇した話を聞き、相手にそれなりの知能があると考えていた。だからこそあくまで自衛という流れにしようと思い、こうして皆を説得して回っているのだった。
「こいつらが暴れれば、他の幻獣達にも被害は出るかもしれない。それでもか?」
「分かってる。そりゃ無傷で大人しくさせるってのは難しいだろうけど、やり過ぎないようにって事さ。だよな、ミミ」
 後からやって来たミミ・マリー(みみ・まりー)に振り返る壮太。ミミもまた、周囲を説得して回っている者だった。
「うん。今、白砂さん達が瘴気を出してる柱を探してるんだ。向こうが上手く行けば瘴気も薄くなると思うから、それまでは捕縛だけにしようよ。ね?」
「……一人じゃ無力でも、協力すれば戦局を変えられる、か……分かった。お前達のやり方に従うぜ」
「助かるぜ。よし、それじゃあ――」
 次の場所へと向かおうとする壮太達の下に打撃音が響いた。遠くだが、随分と派手にやっている者達がいるらしい。
「今度はあっちか。ったく、幻獣にヘソ曲げられるのだけは勘弁してくれよ」
 
 
「な……何なんだこの大きさは」
 音の発生源へと辿り着いた一行を待ち受けていたのは、全長が数十メートルはありそうな巨大な幻獣だった。大きなサイに似たその姿、例えるならベヒーモスと言うべきだろうか。その圧倒的な巨体にさすがの勇平やミミも息を呑む。
「ワシの幻獣も大きいって話だけど、この子はそれ以上だね……」
「あぁ……って、やっぱり誰か戦ってる!」
 よく見ると、幻獣の周囲に集まっている者達がいた。その中の数人は既に剣を取り、ベヒーモスと戦いを繰り広げている。壮太は急いでそちらへと向かい、一番近くにいたドライアへと話しかけた。
「おい! 待ってくれ!」
「ん? 何だお前は」
「俺も調査団の一人だ。幻獣達を刺激したく無いから出来るだけ捕まえようって考えてる。お前達も出来ればそうしてくれないか?」
 壮太の言葉に目を瞬かせるドライア。だが相手の主張を理解すると、不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、ここらを嗅ぎまわってる奴らのお仲間か。道理で甘いと思ったが」
「……?」
「いい事を教えてやる。俺達は調査団ねぇ。下手にちょっかいかけると……怪我するぜ?」
 とっさに下がった壮太の前を剣が通り過ぎる。明らかに敵という雰囲気を醸し出すドライア達と対峙する中、反対から調査団のメンバーである杉原 龍漸(すぎはら・りゅうぜん)達が走って来た。
「何事でござるか!? ――お主達は!」
「知ってるのか?」
「この前の調査の時に大きなワシの幻獣に斬りかかっていた者達でござる。それにあの男……良く拙者達の敵として現れる男でござる!」
 龍漸が三道 六黒(みどう・むくろ)を指差す。六黒はシャンバラ側が何かをする時に敵対行為を働く事が多く、『悪党』とも呼ばれている男だ。
「ぬしらか。この世界で何かと動き回ってはいるようだが……力の理を持つ異郷の地で何を求める? 獣の安寧か?」
 六黒は力を求める男だ。それ故にいわゆる『正義』とは対する立場になる。その『正義』の立場を代表し、神崎 輝(かんざき・ひかる)が前に出た。
「僕達は――」
 
「俺様は正義の為に戦う! 熊にも虎にも、そしてお前達にも俺様の正義の一撃をお見舞いしてやる! ヒュゥウウウウウウ……ヒャッハー!」
 
「えぇぇぇ!?」
 それより先に大きく前に出た者がいた。木崎 光(きさき・こう)だ。大きく掲げられた手には何故かハイ・ブラゼル世界の調査報告書がある。事前にこの世界の事を学習してきたのは立派だが、どこか間違えているような気がしてならない。
「拙者は修行の成果を見せる為に参ったでござる。お主達悪党にも後れを取る気はござらん!」
「あれ、幻獣達を助ける為だったよね? そうだったよね?」
 輝のつぶやきは悲しい事にスルー。代わりに光と龍漸の二人へと六黒が向き直った。
「求めるは力の揮い所か……それもまた人の性よ。よかろう。あの大鷲と遭うまでの肩慣らしよ、わしが相手してやろう」
 大剣を構える六黒に皆が応戦体勢を取る。特に六黒と交戦経験がある者は彼がその武器に似合わず機動力のある戦いをする事は分かっていた為突撃を警戒した。
「……フ」
 だが、予想に反して突撃は来なかった。代わりに大剣、梟雄剣ヴァルザドーンからレーザーを牽制として放つ。さらに六黒はブレスレットを掲げ、近くにいる虎の幻獣の心をよりかき乱した。
「行け」
「わっ……と!」
「おぉっ!?」
 完全に正気を失った虎が思い切り暴れ出し、調査団の方へと突撃して来た。輝と光、六黒の接近を警戒していた者ほどレーザーで虚を突かれ、隙が出来ている。
「危ないでござる! せいっ!」
「光!」
 その突撃をとっさの判断で龍漸の攻撃とラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)の盾が護った。腹に一撃をもらった幻獣は体勢を崩しながらも反対へと駆け抜けて行く。
「大丈夫でござったか……?」
「あ、有り難う。って、血が出てるよ!」
 龍漸の肩口に血が滲んでいるのを見付ける輝。
「む……弾き飛ばしたつもりでござったが、爪が届いていたようでござる」
「一旦下がって。後は僕達が何とかするから」
「何、このくらいの傷は――」
 武器を構え直す龍漸を輝が止める。すると反対側からも一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)が止めに入った。迷彩塗装で近くに潜んでいたのだが、たまらずに出てきたらしい。
「マスターの言う通りです。ここは私達に。椿さん」
「はいは〜い。怪我人は誰かな〜? って、龍兄ちゃんだし! うわぁ、これは痛そうだねぇ」
 黒崎 椿(くろさき・つばき)が龍漸の傷を見る。ここで回復魔法が使えれば良いのだが、あいにく椿はその手の物は使えないし、この世界では効果も薄い。
「龍兄ちゃん、向こうで治療してあげるから行くよっ」
「いや、拙者も戦わねば」
「ダ〜メ。代わりの人も来たから今は傷を治すの」
 椿の言う通り、戦域の外へ向かう自分達とは逆に、別の場所で幻獣達と戦っていた者達がやって来るのが見えた。ルイ・フリード(るい・ふりーど)達だ。
「はっはっは、お疲れ様です。向こうは何とか片付きましたよ……おや、怪我をされているようですな」
「うん、だから代わりに皆を助けてあげて。ボクは龍兄を治療してくるから」
「お任せ下さい。どうやら大変な事になっているご様子。私も全力で行かせてもらいますよ!」