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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(前編)

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第4章「空の獣」
 
 
「あれは……幻獣達か。こちらは鳥が多いようだな」
 神殿を迂回し、聖域の北側へと向かった風森 巽(かぜもり・たつみ)は、空を飛びながら優れた視力で探索を行っていた。そちらには大小様々な鳥型の幻獣が飛び交っているが、中でも一羽――いや、一体と言うべきか――の大きな幻獣が存在していた。
「ライオンのような胴体を持つ鳥……さしずめグリフォンだな。あの風体、噂に聞く高位の幻獣という奴か。高位と言うのだから他の幻獣より瘴気に耐性があって欲しいが……ひとまず皆に伝えた方が良いな」
 説得するにしろ戦うにしろ、狂暴化していた場合は苦労する事になるだろう。そうした事実を伝える為に、巽は緊張した面持ちで仲間の下へ戻るのだった――
 
 
「グリフォン!? タツミ、ボクも見てみたい! それで、出来たらモフモフしたい!」
「もふもふ……もふもふ……」
「…………あれぇ?」
 状況を伝えた巽が見た物は、むしろ目を輝かせるティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)ライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)の姿だった。活発なティアと大人しめなライラック。対照的な二人だが、グリフォンに対する期待感は共通だ。その勢いにむしろ巽の方が尻込みしてしまう。
「ねぇタツミ、早く見に行こうよ! ボク、待ちきれないよ〜」
「うん……是非飼い慣らしたい。私のアルタイル……」
 
「もう名前まで決めてる!?」
 
「ま、まぁやる気があるのは良いんじゃないかな……多分」
「そういう問題だろうか……」
 榊 朝斗(さかき・あさと)のフォローにもそう答えるしか出来ない。とりあえず、巽としてはいざグリフォンと対峙した時に厄介な事にならない事を祈るばかりだった。
「フフ……可愛らしいお嬢さん方ではありませんか」
「う……エッツェル、さん……」
 厄介な事はこの場にもあった。微笑を浮かべるエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の姿に、朝斗が苦笑とも言える微妙な表情をする。
 この二人、過去に刃を交えた事が幾度かある、因縁の間柄であった。正確にはエッツェルの方が、朝斗が内面に持つ『あるモノ』に惹かれてちょっかいを出したと言った所だが。
「おやおや、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私は今回は皆さんのお手伝いをすると決めていますから」
「『今回は』ですか……」
 更に状況を厄介にしているのは、自身が面白いと思った事の為には手段も結果も、そして立場までも気にせず動くというエッツェルの行動原理だった。そのせいで因縁の二人でありながら、今回は味方同士という複雑な状況が発生していた。
「さて、それでは私もお役に立つ為に一働きしてくるとしましょうか。あ、よければ貴方もご一緒にいかがですか?」
「それはちょっと……」
「おや、残念です。それではまた、後ほどお会いしましょう。フフフ……」
「…………ハァ」
 
 
 そんなやり取りはともかく、一行は巽が発見した幻獣達の下へとやって来た。丁度その時、四条 輪廻(しじょう・りんね)の携帯電話が着信を知らせる。
「ん……? 以前の調査では通話が不可能という事だったが……どうやら簡易設備の設営が順調に行ったようだな」
 輪廻の予想通り、電話の主は神殿内で最初の拠点に留まっている者からだった。それにより聖域の東側の者達とも連絡が取れた事、そして彼らから瘴気を出す怪しい柱の存在を発見した事を知る。
「輪廻、携帯が使えるようになったのか?」
「あぁ。ついでに有効な情報も入手した。どうやら柱……恐らく俺達の先に見えるあれだろうな。あれが原因である可能性が高いらしい」
 樹月 刀真(きづき・とうま)に答えながら、飛び回っている幻獣達の先にある建築物を見る。起伏のある地形の中、微かに頭が見えている柱。近付いて見なければ分からないが、多分当たりだろう。
「あの建物か……向かうまでに幻獣の妨害があるだろうな」
「十中八九、な。刀真の護衛に不安な無いが、ここで無駄な消耗をする訳にもいかん。戦闘は最小限に止め、問題その物を叩く事を優先するとしよう。という訳で……頼んだぞ、シロ」
 輪廻が自身が跨っている大神 白矢(おおかみ・びゃくや)へと視線を向ける。獣人である彼女は白狼の形態となり、今は完全に輪廻の足となっていた。
「四条殿、ご自身で歩き回られるつもりは無いでござるか?」
「言っただろう? 無駄な消耗をする訳にはいかんと」
「拙者が消耗するのですが」
「そうか、後で骨っコを買ってやろう」
「拙者は犬ではござらんのですが」
「はっはっは、まぁ頑張れ」
「働きたくないでござる、働きたくないでござる!」
 そうは言うものの、居候である白矢と輪廻では立場に差がある。結局、彼女は家主を乗せて戦場を駆け回るしか無いのだった。
 
 
「よ〜し、それじゃあたし達で道を切り拓くよ。ただし、くれぐれもやり過ぎないようにね、皆」
 幻獣達を前に、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が爪状に形成した自身のフラワシを、ツェアライセンを構える。エッツェルに言い含められている為、幻獣に対しては過剰にダメージを与える事の無いよう、手加減して挑むつもりだ。それは輝夜以外のパートナー二人も同様である。
「敵対生命体確認……排除開始」
「さあ……楽しい……ダンスのお時間……です……よ?」
 
「念の為確認しておきますけれど……手加減、出来ますの?」

 ガトリング砲を空に構えるアーマード レッド(あーまーど・れっど)大斧を振りかぶるネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)を前に崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が突っ込む。まぁこんな物騒な物で狙う気満々な状態を見せつけられては仕方がない。
「……だ、大丈夫! 多分……」
 不安に思う輝夜を余所に、ネームレスの周囲に瘴気が集まり始める。それらは次第に形を成して行き、最終的に龍の姿になった。
 魔瘴龍の異名を持つ、ネームレスが瘴気を基に作り出す双頭の獣。今回は辺りに瘴気が充満している為か、身体を構成する闇の深さがより強く感じる。そんな龍の姿を見て、ネームレスは満足そうに背中へと乗り移った。
「参り……ましょう……エル・アザル……」
「えっと、本当に頼むよネームレス!」
「お任せ……下さい…………姉上……」
 どう考えても安心出来ない出で立ちで空へと舞う。そして、異質な存在に襲い掛かってくる鳥の幻獣達に対し、ネームレスとエル・アザルの攻撃が始まった。
「ククク……」
 右首からは毒霧の、左首からは黒き炎のブレスが放たれる。両者の間には、大斧を振り回すネームレスが。三つの攻撃に巻き込まれた幻獣達は次々と高度を落として行った。
「あらあら、派手な攻撃です事」
「あぁ……だからやり過ぎるなって言ってるのに……と、とにかく、降りてきたのを狙うよ!」
「了解シマシタ。目標捕捉、攻撃ヲ開始シマス」
 今度は輝夜達の追撃が行われた。レッドのガトリング弾に翼を射抜かれ、地上へと墜ちる幻獣。そのそばでは亜璃珠の槍による石突きが別の幻獣の腹を叩き、後を追うように墜落させていた。
「ごめんなさい、少し我慢してて頂戴ね」
 中には一撃を受けても退かず、立ち向かって来る鳥達もいる。そういった相手には輝夜の出番だ。
「悪いけど、あたしを捕まえる事は出来ないよ」
 残像。輝夜の幻影に体当たりを行った幻獣は自ら地面へと叩きつけられていった。同時に死角へと潜んでいた本人が姿を現し、翼のみに絞って攻撃を行う。
「飛べなけりゃ暴れられないよね、そのまま大人しくしてて」
 
 輝夜達と同じように、幻獣の飛行能力を奪って大人しくさせるという手段を取っている者達が他にもいた。
「レイ、あいつを墜とすよ!」
「分かりました。司ちゃん、刀真さん、後はお願いしますね」
 こちらではキルティ・アサッド(きるてぃ・あさっど)レイバセラノフ著 月砕きの書(れいばせらのふちょ・つきくだきのしょ)が連携して空中の鳥へと雷を纏った攻撃を行い、それによって高度を落とさせていた。地上へと近付いた後は寿 司(ことぶき・つかさ)と刀真が追い打ちをかけ、これ以上暴れられないようにしている。
「えいっ!」
「……見切った」
 司の剣で弱った所に刀真の力を込めた蹴りが入り、幻獣が気を失う。
「ここまでは順調って所かな。けど、直接叩く以外の効果が薄いのはやっぱりやり難いね」
 キルティは銃弾に帯電させる形で攻撃を行っているが、幾度かの戦闘で従来よりも雷による痺れが早く解かれている事に気付いていた。月砕きの書とタイミングを合わせて攻撃を行っているのは、その減衰を補う為だ。
「聞いた話ですと、他の世界ではまた別の法則があるみたいですね。これが『大いなるもの』のせいなのかは分かりませんが……」
「ま、理由が分かった所で私達がやる事に変わりは無いか。レイ、この調子でどんどん行くよ」
「えぇ。と、その前に……司ちゃんは?」
「え?」
 キルティが周囲を見回すと、先ほどまでいたはずの司の姿が無かった。代わりに刀真がある方向を指差している。
「司なら向こうに行ったが」
「いきなり何をやってるんだ、あいつは……仕方ない、追いかけよう。樹月、こっちは任せたよ」
 
 司を追いかけ出したキルティと月砕きの書を見送り、刀真達は先へと進んだ。彼らの前に立ちはだかるのはグリフォンの幻獣。実際にその姿を見て、ティアとライラックの目が輝き始めた。
「うわわ〜♪ 本物だぁ〜〜♪」
「もふもふ……」
「問題はあの幻獣が正気を保っているかどうか、か。まずは我が行こう」
 武器をティアに預け、丸腰の状態で巽が空高く飛び上がる。
「高位の幻獣は人語を解するというが、より確実な手段で行くべきか」
 実際の言葉ではなく、心に思い描いた言葉を思念としてグリフォンへと送る。テレパシーとして、相手の心へと。
『幻獣よ、我らはこの聖域に漂う瘴気を何とかしたいと思い、やって来た者だ。もし貴公が原因を知っているのであれば、我に教えて欲しい』
「グ……ウォォォッ!」
 巽の思念が届いているのかいないのか。グリフォンは羽ばたきを強くして巽へと襲い掛かった。巽は間一髪でそれを回避するが、まだ非戦闘の構えは崩さない。
「くっ、心まで支配されているのか?」
 調査団が行った最初の調査で、狂暴化は幻獣達にとっても本意では無いという事が判明している。だからこそ、そこに鍵が無いかという思いもあった。
『頼む、我の声を聞いてくれ! 我は……貴公らを救いたいのだ!』
『……人……間よ』
『!』
 テレパシーは相手の思考を強引に読み取る事は出来ない。発するのは自由だが、受け取るの事が出来るのはあくまで相手側が伝えたいと意思を持って発した思念だけだ。つまり、グリフォンは巽の思念に対して反応を返してくれているという事になる。
『人間……よ。原因は……あの柱だ』
『柱……東側にあったという物と同じか』
『あれは私達の――を、神殿に――が、今は逆に――』
 思念が乱れ、断片的にしか言葉が伝わってこない。どうやら意思があるとはいえ、瘴気の影響がグリフォンを苦しめているのは間違い無いようだ。
『私を止め――れ』
 再びグリフォンが巽へと襲い掛かる。だが、最後の言葉は理解出来た。
「『止めてくれ』か……承知した。我の仲間を、そして貴公の心を救う為に……この力、揮わせてもらう! 変っ身!」
 巽の声で付けているベルトから放出された光の粒子が全身を包み込んだ。それは一瞬でライダースーツやグローブ、ブーツへと姿を変えて行く。
「蒼い空からやって来て、心の暗雲晴らす者! 仮面ツァンダーソークー1! 闇を払う為に今、大空を舞う!」
「タツミ!?」
「ティア、武器をくれ! 幻獣は止めてくれと願っている!」
「う、うん! 行くよっ!」
 ティアがワイルドペガサスを飛翔させ、預かっていた槍をソークー1へと投げ渡す。
「四条さん達はあの柱へ。やはりあれが原因のようだ!」
「ふむ。ならばここは任せよう。さぁ、行くぞシロ」
「結局拙者が運ぶ事になるのでござるな」
「こちらの戦いにも興味はありますが、今は皆さんの為に動くとしましょう。フフフ……」
 輪廻と白矢、そしてエッツェルが奥の柱へと駆け出す。彼らへの妨害が行われる前に、ソークー1が打って出た。
「瘴気だけを斬り祓えるかどうか……試してみるか。光芒よ、暗雲を貫き、斬り祓え! ツァンダー・レンブラント・スラッシュ!」
 槍による一撃がグリフォンへと襲い掛かる。だが、この技は実体の無い存在をも討つ事が出来るとはいえ、逆に物理的な障壁をすり抜けて攻撃を行える訳では無い。効果としては光の力を持った槍で殴ったようなものだ。
「駄目か……上手い具合に正気に戻せると思ったのだが」
 なおも暴れ続けるグリフォン。その大きな翼を活かし、自ら高度を落として羽ばたきによる風を巻き起こした。突風で封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が僅かに煽られる。
「きゃっ!?」
「白花、大丈夫か?」
「えぇ、問題ありません、刀真さん」
「何とかする必要があるか。月夜、あいつの動きを狭めてくれるか? 一瞬の隙さえ作れれば良い」
「任せて。いつも通りに刀真を支えるわ。ティア、私に合わせて」
 再び上昇したグリフォンに対し、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が銃弾を放つ。さらに天からはいかづちを呼び、上下双方からの攻撃を行った。この世界では効率が悪い攻撃である事は百も承知。他の者達が攻めやすいようにする為の手段だ。
「ボクも行くよ、変な墜ち方しないでね!」
 今度はティアのブリザードが翼を襲う。こちらもあくまで繋ぎ。本命は別にいる。
「お願い、刀真さんを空へ……!」
 白花が連れて来ていた白虎を足掛かりに刀真が跳躍する。高さが微妙に足りないが構わない。
「これで……捕える!」
 刀真から放たれたのは鉤爪付のワイヤーだった。胴体から首にかけて巻きつき、グリフォンの動きを制約する。
 そして止めに本命がやって来た。右翼にはソークー1が、左翼にはライラックが。
「狙いは翼の付け根。同時に行くぞ!」
「ん……痛くしてごめんね、アルタイル」
 槍の石突きが両翼へと当たり、グリフォンの身体が大きく沈む。翼を押さえられたまま滑空の要領で高度を落としたグリフォンは、そのまま二人ごと地上へと墜ちて行くのだった。