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古戦場に風の哭く

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古戦場に風の哭く

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第一章 月光、煌々と
 風が、哭いていた。
 何も無い、荒野。
 不自然なほど荒れ果てた地表を過ぎゆく、風が。
 ただそれしか出来ないと、嘆く事しか出来ないというように。
 風はただ、哭いていた。


「これは放っておけないな」
 その場所に立った紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、僅かに顔をしかめた。
 何も無い土地。
 目に映るのはただ在れた大地。
 それでも、唯斗は拳を握り固めた。
「本当にココで良いのですか?」
「うん。セラはルイを間違った場所に案内なんて、しないよ」
 そんな唯斗を見やりながら、半信半疑なルイ・フリード(るい・ふりーど)に、だが、パートナーたるシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)……セラは確りと頷いた。
「それはそうでしょうが……」
 勿論、ルイとてそれは疑っていない。
 ただ、此処があまりにも静かだから。
 吹き抜ける風の音しかしない、から。
「……来る」
 だがそこで大岡 永谷(おおおか・とと)が小さくもらした。
 実家の神社の正装である巫女装束を身に付けた永谷は、中空……真ん丸の月へと向けていた瞳を、下ろした。
 その瞬間、彼らの眼前に『村』が現れた。
 唐突なそれは、異常以外の何ものでもなく。
「……セラ」
「はいはいっと。出来る範囲で行うけど期待しないでよ?」
 ルイに促されたセラは、村を包む結界の解析に入る。
「あ〜、やっぱり内側の『もの』を外に出さないように歪んじゃってるっぽいわね」
 ザッと見ただけでそれが分かるが、問題はやはりそれだけでなく。
「しかも、中からの圧力かなりヤバいみたい……あそこまで悪化した魂って、どれだけの年数居たんだろ。何十年? 何百年? もしかしたら千年以上もずっと、無念を抱いたまま此処に居たんだよね」
「本来ならば成仏し、転生する事で新たな生を送れたかもしれない魂達。死した時の無念から負の感情が大きくなり、それが結界に反応、閉じ込められ悲しみが大きくなる……負のスパイラルですね」
 淡々とした中にどこか痛ましげな色をにじませたセラに、ルイもまたやりきれないように息を吐いた。
「とにかく、これを放っておけないのは確かだな」
 唯斗の表情が自然と引き締まった。
「こんな歪められた空間を放っておけば、魂は結界が解けても呪われたままになっちまう」
「とはいえ無理に浄化したり、結界の解除を行えば中で極限まで高まった霊圧が辺りを吹き飛ばしてしまうでしょうな」
 頷きつつ、飽和状態の結界を見て取ったエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は、「ふむ」と考え込み、告げた。
「他の方々が内部の無念を軽減してくだされれば、真なる闇の力で安寧と癒しをもたらしましょう」
 歪みが減れば、中からの圧力が弱まれば、結界の解除も叶うだろう、と言うエッツェルに唯斗も異論はなく。
「陰陽師の俺に出来る事……ちょっと危険な賭けだが試してみる価値はあるよな」
 言って、結界を凝視した。
 視るのは、結界の干渉し易い場所。
 言うなれば、ほつれかけた。
「とりあえず、術式に介入する。とにかくこの結界を安定させなければ、おちおち送りだせないからな」
「魔力を流し込んで結界を補強、かな」
「まぁそういう事だね」
 唯斗とセラに、どこか物憂げな様子でニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)も同意した。
「霊たちの解放には時間がかかるだろうし……土地の浄化だって、結界の状況が分からなきゃ危険でしょ?」
「問題は、時間制限があるってコトね」
「うん。一度コトを始めたら、じゃあまた後でってわけにはいかないだろうしね」
「……時間制限ですか?」
 首を捻ったルイに、セラとニコが首を上下に動かした。
「あそこは閉ざされた空間、閉じた世界。満月が空に在る時だけ、こちらと接触出来る感じ?」
「つまり、月が消えるまでに全てを終えないと、ゲームオーバーってコト」
「どうします、止めますか?」
 と、問うてみたエッツェルに、だが永谷も唯斗も当たり前みたいに首を横に振った。
「やるしかないだろう」
「あぁ。囚われている魂もこの土地も、みんな助けてみせる」
 そして。
「僕達がここでこの土地を維持してる間に、結界を解いても大丈夫なように霊を助けてやってよ」
 ニコはこれから『村』に入る永谷達に願いを託しながらも。
「キミたちが霊の事思って行動してるから任せてやってるだけ。少しでも彼らに意地悪したら、永遠にこの村の一員になってもらうよ」
 そう、釘を刺す事を忘れなかった。
「当然だ。あくまで、俺の信仰では、死者は神様だ。失礼のないようにしたい」
 応える永谷は、村の前で二礼二拍手一礼を行い、神様達へ今から入らせてもらうと礼儀を尽くし。
「ではセラ、皆さん、ここはお願いします」
 ルイもまた、中の様子を把握する為に後に続く。
「結界解除が可能になったら合図しますから、それまでは維持をお願いします」
「……ルイ、気をつけてね」
 逞しいマッチョなパートナーの背中にかけられた、躊躇いがちな声。
 ルイは片手を上げてから、村へと……歪みの中へと足を踏み入れた。