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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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   8

「妙だな」
 大岡 永谷は、キルツがあちこちで喋っていた内容を全てチェックした。
 確かに彼はお喋りだった。エレインの年齢や容姿、魔力の凄さ、メイザースの逢引――これは本人にかなり怒られたらしい――、スタニスタスが実は爺馬鹿だったり、ごく最近の話では異世界の勇者について不満を漏らしたりといったことを誰彼構わず話している。
 悪意がないので、大抵は皆、笑って許してくれるらしいが、こんな男が身近にいたら組織は大変だろうと永谷は思った。
 そこではたと気づく。
「妙だ」
 もう一度呟き、永谷は項目全てをチェックし直した。
 地下墓地に「鍵」があるとする噂話はなかった。いや、そもそもエレインが地下墓地に頻繁に赴いていることすら、キルツは知らなかった。
 それとも、抜け穴同様、誰にも話していないだけなのか?


 キルツは魔法協会の人間のため、契約者とは別の部屋で尋問を受けていた。
 担当したのは彼を捕えたリブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)と、アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)だ。
「素直に答えれば痛い目に遭わずにすむぞ」
 リブロに睨まれ、キルツは震え上がった。既に【エンドレス・ナイトメア】と【アボミネーション】の効果は切れているはずだが、恐ろしく仕方がないらしい。
「そう脅えるな。粛清は必要だが……、私はこれでも寛容的だ……」
「何でも話します、知っていることは何でも!」
「では訊こう。貴様、抜け穴から逃げようとしたのではなく、抜け穴から来る密偵と情報交換をしていたな!?」
 キルツはその言葉を聞いて、ぽかんとした。
「だから私に呼び止められ、逃げるより先に言い訳をしたんだろう?」
 キルツの目が真ん丸になる。
「……そうか……逃げればよかったんですね……」
「キルツさん、貴方は脱出路のことを知っていたんですね? 一部の人間しか知らないはずの、あの道を」
 アルテッツァの質問に、拘束されていないキルツは、自由の利く右手で鼻先を掻いた。飴と鞭。アルテッツァの一見柔らかい物腰に、キルツの舌も滑らかになる。
「私は協会の雑事を受け持っていますから。たまたま、古い書類を見たことがあるんです。もう何十年も前のものですが」
 その書類に関しては、今も書類の束を格闘しているレノア・レヴィスペンサーが既に見つけていた。
「本当なら会長やその側近しか知らないことなので、さすがに誰にも言ったことないですが」
 うんうん、とアルテッツァは頷く。
「あの脱出路の先はどこに繋がっているかご存知ですか?」
「恐らく水路でしょう」
「ほう?」
「その先は街だと思います。あれは、本部が敵に襲撃されたときのためのものですから。使ったことはないはずですが」
「使ったことがない?」
「ではなぜ、貴様は会長室にいたのだ?」
とリブロ。
「その……会長室の前を通ったら、絨毯に足跡がたくさんついていまして」
 恐る恐るキルツが答え、リブロは眉を寄せた。
「そんなものはなかったはずだが?」
 書類が何枚か散乱していたが、それは隠し扉から吹いてくる風のせいだろうと判断した。
「掃除しました」
 キルツはあっさり答えた。
「泥とか水とか結構凄かったんですが、綺麗になっていたでしょう?」
 むしろ胸を張っている。アルテッツァは頭痛を覚え始めていた。
「後は書類を片付けようと思って部屋に戻ったら、何だか急に怖くなって、そうしたら暖炉が開いていたので、そういえば外に出られるなと……そこであなたに捕まったんです」
 キルツに背を向け、リブロとアルテッツァは声を潜めて話し合った。
「どう思う?」
「無実――でしょうか」
「これ以上は何も知っていないようだな。疑いが完全に晴れたわけではないが」
「それは当然です。法廷なら推定無罪ですが、この際は推定有罪でもいいぐらいだ。しかし、嘘を言っているようにも見えません」
「では、釈放してしばらく様子を見るとするか」
 二人は再びキルツに向き直った。アルテッツァは笑みを浮かべている。
「貴男のような有能な『秘書』は、組織には大切なのですよ。雑務を雑にこなしていたのではこのような大きな組織は、すぐに破綻していたことでしょう。貴男のような人こそ、この組織には必要だったのです。その貴男が疑いをかけられているのが、ボクは悔しかっただけですよ」
 だから悪く思わないでくださいね、と付け加えると、キルツも項垂れ、
「私こそ逃げ出したりしたのが悪かったんです。どうしてあんなことをしたのか、会長に申し訳なく……」
 それは無論、【エンドレス・ナイトメア】と【アボミネーション】のせいだったのだが、二人は取り敢えず黙っておくことにした。あれを行ったのは契約者であるし、自分たちとの違いを説明するのが困難だったためだ。
 それに罪悪感を持っている以上、キルツは命がけで働くだろう、という狙いもあった。