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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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   10

 続いてエレインの元を訪れたのは、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)だ。優希は二人きりでと望んだが、時間がないのでアルツールと一緒になった。無論、博季・アシュリングは直立不動のままだ。
 アルツールは講師の如く両腕を腰の後ろに回し、部屋の中を歩き回った。
「『鍵』の偽物を持って取引に向かう是非はともかく、大魔法復活の儀式を妨害した上で、総出で作業するであろう饗団を一網打尽にした方が良くはないかと俺は考える」
「饗団が総出で現れる保証はありますか?」
「全員とは言わないが、主戦力は来るだろう。推測できる向こうの出方として考えられるのは」
と、アルツールは握った拳から人差し指を立てた。
「一、遺跡そのものが儀式場。予め事前準備を済ませておき、鍵が到着次第、古の大魔法術復活を試みる」
 次に中指を立て、
「二、鍵を持って来させるのは協会の目を逸らす陽動。遺跡に協会の大多数が目を向けている間に、協会施設に襲撃をかけ本物を奪う。或いは、一と二の複合といったところとみた。一については、ストーンヘンジに魔術的意味があると言う説等から推測した。あの遺跡も現状ではパラミタに繋がっているが、石の並びを組み替えたり、あるいは『鍵』が文字通りコントロールキーとして作用し別の地点や違う異世界と繋がるのではないだろうか。そして、繋がった地点に魔術の源などがあるのでは?」
 如何に、と返答を待つ。
 職業柄か、それとも時間がないからか、会話を楽しむのではなくずばり己の推理をぶつけてくる姿勢に、エレインは好感を抱いたらしい。微笑みながら答えた。
「一については、ほぼあなたの推測どおりです。あの遺跡は『古の大魔法』を発動させる儀式場です。文字の並びから、四つの石は石柱だったと思われます。あそこでどんな儀式をすれば『古の大魔法』が復活するのか、そこまでは分かりません。またそれで、あなたたちの世界以外のどこかに繋がるのか、それも分かりません。試したことはないですから。そもそも、あそことあなたたちの世界が繋がること自体、私たちには予想外だったのです」
 アルツールの真似をして、エレインは包帯の巻かれた指を立てていった。
「二つ目は、どうでしょう、イブリスたちがどう考えているかは、彼らに訊く他ありませんね」
「戦力を二つに割く必要があるな。だがやはり、主戦力は向こうだろう。仮に『鍵』が奪われても、儀式を邪魔すれば問題はない」
「その鍵のことなんですが」
 ハイ、と優希が手を上げた。
 すうっと息を吸い、吐くと同時に言葉を紡ぐ。
「『鍵』はメイザースさんの中にあるのではありませんか? メイザースさんが単独行動を好むことと、エレインさんが一人で前会長の墓に行くこと自体が、メイザースさんが『鍵』を持っていると思わせない為の演技ではないですか? また、エレインさんのその火傷」
 優希はエレインの両腕を指した。ローブから垣間見える腕には、指先から肩に近いところまで包帯が巻かれている。これは布を裂いて、優希が作ったものだ。
「魔法でも治らないなんておかしいです。ひょっとして、メイザースさんに『鍵』の封印を継続的に行っている為に出来ているのではないでしょうか?」
 アルツールの影響か、ほぼ一気にまくしたて、優希はまた息を吐いた。
「あなたには手当てをしてもらいました。答える義務があるでしょうね」
「ぜひ!」
「他言無用に願います。あなたも」
と、エレインはアルツールを見上げた。
「俺が聞いても構わないのか?」
「この場にいたのも、何かの縁でしょう」
「分かった」
 エレインは博季を振り返り、「あなたも」と言う。博季は戸惑った。護衛たる自分がスタニスタスすら差し置いて聞いていいことなのか、しかし離れるわけにはいかないしと迷っている間に、エレインは語り出した。
 務めて無関心を装うことにした博季だが、最初の一言で目を見開いた。
「そんな……」
 優希も呆然とし、アルツールも唸っている。
「そういうことなのですよ」
 エレインはただ、微笑んでいた。


「お待たせしましたぁ〜」
 しかし、師王 アスカに連れられて仮取調室である会議室にやってきたのは、スタニスタスであった。
「会長さんはお忙しいとかでぇ〜、スタニスタスさんが代わりに聞いてくださるそうですぅ〜」
 望んだ相手でなかったため、さぞ気落ちするかと思いきや、月詠 司とパラケルスス・ボムバストゥスは、目を輝かせ、出来ることなら諸手を挙げて歓迎したいところだった。
「よくぞ来てくださいました!」
 厳しく尋問する気満々だったスタニスタスは面食らったが、ヴェルディー作曲 レクイエムが電気椅子ならぬ電気あんまを食らわせると脅したり、パピリオ・マグダレーナに頬を舐められたりともはや拷問としか言いようのない時間を過ごしていた二人にとって、正しくスタニスタスは救いの神である。
「なぁ〜んだ。ちょうど今、燃やそうと思ってたところなのに〜。ぶー」
 司の頭がちょっと焦げ臭い。何本かはやったらしい。
「……で、何の用じゃ? 饗団にスパイがいると聞いたが?」
「え、ええ、実はそれがその……」
 司は躊躇いがちに、パートナーのシオン・エヴァンジェリウスと連絡が取れなくなったことを話した。
 既に正体が知られ、逃亡中のために会話が出来ない状態なのだが、司には分からない。それだけに心配でならなかった。
「何じゃ」
 フン、とスタニスタスは鼻を鳴らした。
「単なる口から出まかせか」
「違います! 本当はシオンと連絡を取り合って、饗団の情報をですね――」
「じゃが、その仲間はおらんのだろう?」
「何か手違いが――」
 スタニスタスはちらりとパピリオを見た。
「好きにしていいぞ」
「わーいっ」
「待ってくれ!」
 パラケルススの声に、スタニスタスはうんざりしたように振り返った。
「一つだけ訊きたい。会長さんのあの怪我、ありゃ何だ?」
 ヴェルに羽交い絞めにされ、パピリオが手と足をバタバタさせている横で、スタニスタスの眉が寄る。
「この世界じゃ包帯を巻く必要なんて、ねぇだろう? 魔法で治るんだろ?」
「治し手がいない場合もある故、包帯は使う。火傷では特にな。水で冷やして清潔な布を巻くが、それだけじゃ。……魔法で治らん傷と聞いたな、そういえば」
「おかしいだろう? ただの火傷じゃねぇと思うぜ」
「何が言いたい?」
「まさかと思うが――これは俺の勘だが――会長さん自身が『鍵』ってことは、ねぇよな?」
「!?」
 スタニスタスは唖然とし、パラケルススの顔を穴の開くほど見つめた。
「……お主、とんでもないことを言うのう」
「そうか? それならあんた、『古の大魔法』について、どこまで知ってるんだ?」
「……これ、そこの娘」
「ぱぴちゃんのこと?」
「この戯言を言う口を塞いでくれ」
「はーいっ」
 スタニスタスの許可を得たパピリオは、喜んで二人の拷問に精を出した。合掌。


 会議室を出たスタニスタスは、隣の準備室の前を通りかかり、中を覗いた。
 皆川 陽に眠らされた仏滅 サンダー明彦と、パートナーの平 清景が放り込まれている。
 スタニスタスに気づき、同じ部屋で監視をしていた陽とテディ・アルタヴィスタは立ち上がった。
「よい」
 それを手で制し、スタニスタスは明彦を見た。悪い夢でも見ているのか泣いている。メイクが落ちて、顔がぐちゃぐちゃだ。
「ヒッピーみたいで申し訳ござらん……」
 清景が謝った。
 どうやらこの男からも、得るべきものはなさそうだ。
 そう判断して出て行きかけたスタニスタスの足が止まった。
「虚空を染めにし朱き月、鍵を求めし闇の炎〜。扉を開き甦らん〜」
「……何じゃ、これは?」
「歌、だと思います」
 陽が答えた。
「こいつ、さっきからライブに出ている夢を見ているらしくて。しかも客が誰もいないという悲劇的な。それで泣いているんだ」
 言っていて、テディも何だか気の毒になってきたが、そこでふと眉を寄せた。
「でも、さっきと歌詞が違うな」
「ああ、これはイブリス殿のセリフでござる」
「何じゃと?」
「イブリス殿のセリフが歌詞にぴったりだとメモしてあったんでござるが、これはそれがし、覚えがござらんな。しかし、明彦殿には作れぬ歌詞でござるから、間違いござらん」
「虚空を染めにし……つまり赤い月の晩……蘇る……?」
 クワッ、とスタニスタスの目が見開かれた。
「わしは用事を思い出した。後は頼む」
 せかせかとした足取りで出て行くスタニスタスを見送り、陽とテディはぽかんとした。
「何しに来たのかな……?」
「人が用事を思い出したと言うときは、大抵、何か思いついたときだけどな」
 その時だった。
「並に卵お待たせしまし……え、違う? すみません! すみません!」
 夢の中でバイトをし、ミスをした上、客に殴られたらしい明彦がご丁寧に陽たちへと突っ込んできた。
「何をする!」
 テディの【シーリングランス】が炸裂。「忘却の槍」の効果もあって、顔を真っ赤に腫らしながらも、明彦は安らかな眠りについた。


 スタニスタスは、ノックもせずに会長室に飛び込んだ。
 誰もいない。
 部屋の前を通りがかった魔術師に尋ねても、見かけていないという。
 暖炉に手をかけると、簡単に開いた。どうやら、ここから出て行ったらしい。
「早まったことを……!!」
 スタニスタスはギリ、と歯噛みをし、自身も遺跡へと急いだのだった。