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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】魔術師達の夜宴(後編)

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   12

 人の気配のすっかり薄くなった協会本部の廊下を、レキ・フォートアウフは目を擦りながら歩いていた。少し眠れと言うミア・マハに、敵が襲ってきたら困ると返事をする。
「やあ、ぼくはキュゥべぇ。ぼくと契約してマスターの手駒になってよ」
 目の前にぬいぐるみがいた。
 片手を上げ、二人を見上げている。いや、ぬいぐるみだから目も口も動いていないが、口調はにこやかだ。
 大きな月に照らされ、廊下は薄い紅色に染まっている。
 そんな中、ぬいぐるみに勧誘されるという異様なシチュエーションに、レキの眠気はいっぺんに吹き飛んだ。
 ぬいぐるみは、ゆっくりと周囲を見回した。首が回らないので、体ごと動かす。
「エレイン会長は留守?」
「さ、さあ?」
 思わず大真面目に答える。
「そっかー。ところで君、可愛いね」
「そ、そう?」
 レキは困った。褒められるのは嫌いではないが、「可愛い」というのは、あまり好きではない。「カッコイイ」や「強い」の方がどちらかといえば、いい。
 だがここは素直に褒められたと思っておこう。相手はぬいぐるみだ。しかし、何の動物だろうと考えていたら、背後に気配を感じた。
「甘いわ!」
 ミアの手から氷の嵐が巻き起こり、ティアン・メイ(てぃあん・めい)が吹き飛ぶ。半開きの窓も同時に砕け散った。
「そこも!」
 月明かりをかき消すほどの光が発せられ、別の窓から高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)が飛び込んできた。
「やあ、ぼくはキュゥべぇ。乱暴なことをするね」
 ブラックガウンの埃を払い、玄秀はけろりと言った。
「敵!?」
 両側を挟まれ、レキとミアは背中合わせに二人と対峙した。――実は昼間に戦った当の相手であるのだが、玄秀らが潜入のため顔を隠しているので、レキたちは気づいていない。
「いい度胸じゃ」
「訊いても無駄かもしれませんが、捕虜がどこにいるか教えてもらえませんか? 女性に乱暴はあまりしたくないので」
「知りたくば、力ずくでやってみよ!」
 ミアの【ブリザード】が玄秀を襲う。玄秀はそれを【ファイアストーム】で迎え撃った。
 一方レキは「闇の輝石」を使い、ティアンは【バニッシュ】を放った。
 それぞれの攻撃が、それぞれの中央でぶつかり合い、弾け合った。
 レキとミアは背中をぶつけ、玄秀とティアンはよろける。
 ティアンの次の行動は速かった。彼女は玄秀がレキに優しく話しかけたのが、気に入らない。抜き放ったシュトラールから光線が発せられた。
 だがレキも負けてはいない。身につけた耐光防護装甲で凌ぎ、「黄昏の星輝銃」を構える。【エイミング】でスピードは遅くなっているが、「たいむちゃんの時計」の効果が僅かに勝る。
【オートガード】と【オートバリア】で防御力を上げていたものの、ティアンは長い廊下を一番端まで吹っ飛んだ。
 そこに騒ぎを聞きつけた姫宮 みことと本能寺 揚羽が駆け上がってくる。
「よくぞ来た!!」
 揚羽は嬉々としてクレセントアックスで襲い掛かった。
 ティアンがそれを避けると、そのまま玄秀へ斬りかかる。
「シュウに手は出させない!」
 しかし、玄秀は落ち着いたものだった。片手で印を結び、くわと目を見開くと、彼の目の前に式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が現れた。
「颶風傘」をくるくる回し、強烈な風を巻き起こす。それを見たティアンが、窓を破って外に飛び出した。
「!?」
 レキが咄嗟に窓まで駆け寄るが、既にティアンは「空飛ぶ箒スパロウ」で飛び去った後だ。
「――いけない! 離れて!」
 ほとんど勘のようなものだった。レキの叫びと同時に、広目天王はしびれ粉と毒を散らした。風に乗って、揚羽とミアがまともに受ける。
「ううっ……」
「ミア!」
 駆け寄ろうとするレキを、みことが留める。
「今行ったら、レキさんまでやられます!」
「でも!」
 レキは拳を握り締め、その位置から広目天王を狙った。ミアたちを攻撃する素振りを少しでも見せたら、撃ち抜くために。
 だが、広目天王はミアたちには目もくれず、玄秀を抱えると外へと飛び降りた。
 風がやみ、みことの治療を受けながら、ミアは首を傾げた。
「あの者たちの狙いは、何じゃったんじゃろう……?」


「『鍵』は?」
 ティアンと合流すると、広目天王は玄秀に尋ねた。
「生憎、そこまで話がいきませんでした。しかし、エレイン会長は留守のようですから、本物があちらに行っている可能性はありますね……」