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ゾンビ・ファクトリー

リアクション

  4

「いない、ってどういうこと?」
「いえ、それが……」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)の問いかけに、秀幸はわずかに口ごもる。白竜の報告によれば、工場中に設置された監視カメラの目が届く範囲に、件のテロリストの姿はない。
 資料によれば、監視カメラは互いの死角を補い合うように設置されているはずだ。この暗闇の中、テロリストが死角を狙って隠れているとは考えづらい。
 それにもし隠れることに成功しているとしたら、テロリストはこちらが電源の一部を復旧、カメラを使うことを予想していたということになる。
「一体どういう……うわっ!?」
 さらに思考を進めようとする秀幸だが、目の前に迫った敵がそれを許容してくれない。
 すぐ眼前に現れたゾンビは、しかし後方から飛来した鞭に巻きつかれ、行動を阻まれる。
 加えて鞭がバチッと火花を散らした。流れ込んだ電流で神経網を麻痺させられたゾンビは、その場に倒れる。
『ひとまず、このゾンビたちをどうにかした方がいいと思うよ?』
 秀幸が鞭の担い手を視線で辿ると、鳳明のパートナー、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が携帯用のホワイトボードにそんな文字を掲げている。
 二人は今回、秀幸の護衛役を買って出てくれていた。
「ん。天樹の言う通り、いや書く通り? かな!」
 言いつつ、鳳明は肘撃でゾンビの顎を打ち抜いている。
 狭い通路内、長物は使いづらく、通常であればひしめくゾンビの独壇場だ。しかし鳳明にとっても、閉所戦闘は自身の領分である。
「いっちょ派手なの決めますか!」
 先の肘撃で倒れたゾンビに足を取られ、他のゾンビがまごついている今が機と判じ、鳳明は軽やかなステップで距離を取る。
 ひときわ深く腰を落とし、深く鋭い呼吸。丹田で気を練るイメージで力を貯める。チャージブレイクだ。
 ゾンビが身を起こし、他の連中もぞろぞろと鳳明目指して進行を再開した。
 だがすでに、鳳明は力を貯め終えている。
 眼前から伸ばされたゾンビの腕を左手で払う。払うだけでゾンビの右腕はへし折れた。
 衝撃でバランスを崩し、わずかに宙へ浮いたゾンビの胸部に、閻魔の掌による精密な照準。
「覇ッ!」
 砲弾じみた一撃だった。
 衝撃はゾンビの胸骨を砕き、その奥の心筋を引き裂く。のみならず、ゾンビの身体を後方へ大きく吹き飛ばし、その余波だけで残りのゾンビも巻き込み、退けた。
 これだけの破壊力をもたらしたのが掌打による一撃であるなど、ほとんど悪い冗談である。
 八極拳が一手、猛虎硬爬山を放ち終えた姿勢のまま、鳳明は静かに呼吸を整え、
「さ。今のうち」
「は、はい」
『相変わらず反則じみた威力だね』
 秀幸は頷き、天樹と共にゾンビのいない通路へと走る。
 鳳明もすぐに追いつき、並走し始めるのを確認し、秀幸は改めて口を開いた。
「それで、テロリストの位置ですが……」
「あ、ちょっと待って。誰か来る」
『心配ない。味方だ』
 鳳明が気配を尖らせるが、通信用のイヤホンから、指揮車両で各員の位置を把握しているルース声が届き、安堵の息をつく。
 果たして、進行方向で交わった通路から、味方が二人姿を現した。
「朝倉殿、レスト殿」
「ああ、小暮さんか」
「奇遇ですわね」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)と、パートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)である。テロリストの捜索に当たってくれている二人だ。
 千歳は相手が秀幸とわかり、警戒を解き、ショットガンの銃口も下ろしてくれた。
 せっかくだ。秀幸は情報交換に移る。
「なにか収穫はありましたか?」
「いや、残念ながらまだなにも」
「先ほど月美さんたちと合流したのですけど、工場の方々に襲われて、はぐれてしまって」
「まったく、ひどい状況だ。教導団の危機管理はいったいどうなっているのだ?」
「め、面目次第もありません……」
 鋭い一瞥を投げられ、秀幸は目を伏せる。
 今回の一件は、教導団にも責任の一端がある。現場が民間の職員が働く修繕工場だから、というのは言い訳だろう。
 厳重な警備を敷いてはいるのだが、事実として今回、テロを防ぎきることができなかった。
 教導団外部の人間である千歳が苦い感情を抱くのは無理もない。むしろ、教導団主導の任務に協力してくれていることに感謝すべきだろう。
 だが今はひとまず、悔いるより目の前の任務を成功させなければ。教導団の信用を取り戻すため。そしてなにより、いたずらに犠牲を増やさないためにこそ。
「それで、お二人はこれからどこへ?」
「警備室へ」
「闇雲に探しても埒が明かないし、監視カメラの映像をチェックすればなにかわかるかもしれないからな」
「ああ、それなら――」
 秀幸は手短に、白竜と羅儀の報告内容を説明する。
 千歳とイルマはしばし考え込むような間を置き、互いに視線を交わした。
「監視カメラに映らないということは、自ずとテロリストの位置は絞り込める」
「どういうこと?」
 鳳明の問いに、千歳は「簡単なことだ」と応じる。
「監視カメラに映らないのなら、つまり彼、ないし彼女は監視カメラのない場所に身を潜めているということ」
「けど、監視カメラはほとんどの場所に仕掛けられてるみたいだし、化粧室じゃゾンビから身を守れないだろうし――って、あ。そうか」
 千歳の言葉の意味に気づいてか、鳳明が納得の声を上げる。
 イルマはそれに頷いて見せ、
「加えて、当初の目的ですわ。元々、工場の混乱は陽動。なら、行く先は決まっています」
 監視カメラの設置されていない場所。かつ、ゾンビから身を守るのに十分な強度を保った空間。
 テロリストはゾンビたちの中に身を隠している、という思い込みがあったが、冷静に考えてみれば、ゾンビの群に飛び込んでは、たとえワクチンを体内に宿していても、無事では済まない。
 つまり、テロリストの潜伏場所は、
「――飛空艇。それも、単独で動かせる機体の内、最も武装の充実したもの。最悪の場合、飛空艇の武装を使って強引に逃走を図るつもりだろうしな」
 千歳の推理に、秀幸はすぐさま通信機を取り出した。


  5

「――ここだ。間違いない」
 パートナー、アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)の言葉に、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)はすぐさまHC端末を取り出した。
 秀幸から連絡を受け、格納庫内の飛空艇を中心に捜索を進めてみたが、早速ビンゴだ。
 アルフのサイコメトリーと、獣人としての嗅覚は、この飛空艇内部に問題のテロリストが潜伏していると告げている。
 エールヴァントはHCを操作しながら、通信を秀幸へと繋いだ。
『こちら小暮』
「エールヴァントだ。テロリストを見つけたよ」
『本当ですか!?』
「ああ。僕とアルフだけでやってもいいけど、人数多い方が確保は確実だし、できるだけ数集めてここまで来てくれる?」
『りょ、了解しました!』
「あ、それと」
 通信を切ろうとする秀幸を、エールヴァントは引き留め、
「HCにデータ送ってあるから、ここに来るまでの順路は注意して」
『? はい、了解です』
「それじゃ」
 通信を切り、エールヴァントは背後を振り返って溜息をつく。
「ちょっと、やりすぎたか」
「だな……」
 アルフの呟きを苦笑混じりに肯定。
 大型飛空艇の格納庫内。
 作業車両の屋根に上り、飛空艇の装甲に身を寄せる二人の眼下には、多くのゾンビがひしめいている。
 頭部を潰された個体はひとつもない。
「まあ、頭潰したら治せないかもしれない、ってエルヴァの心配はわかるんだが……」
 ここへ着くまで、遭遇したゾンビには頭部に損傷を負わせないよう戦術を工夫した。
 足元を凍らせ、トラップを張り巡らしたのだ。
 その結果、
「こりゃ、他の皆が到着するまで時間かかるかもなぁ」
 床一面が凍り、トラップにかかったゾンビたちがそこかしこで藻掻く地獄絵図を見て、エールヴァントは頬に冷や汗を流した。