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ゾンビ・ファクトリー

リアクション


   第四章


  1

「いくぞ、おなもみ地の果てまでも〜。
 愛しい人に、ぴとっ。
 にっくき、あんちくしょうに、ぴとっ。
 今日の相手はゾンビさん〜。
 ちょいキモいけどひっつくぞ!
 ひっつけ、くっつけ、力のかぎり!
 愛うぉんCHU、あい20☆」
 やけにテンションの高い歌を口ずさみながら、ひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)はゾンビの背後を取った。
「今だ、ひっつきタイフーンだ!」
 台詞を入れて、羽交い締め。
「のらあぁーーっ!!」
 パートナーの月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)は気合一閃。真空波で、おなもみが捕まえたゾンビのみを斬り伏せる。
「うー、あゆみ〜。流石におなもみ、疲れてきたよ〜」
「あゆみもー……」
 すでに同じことを何度繰り返したかわからない。十や二十では足りないことは間違いない。
 しかしゾンビは次から次へとやって来るし、一度斬った相手もしばらくすると復活してしまう。
 滑走路に注ぐ朝日が目に痛い。流石に疲労が誤魔化せなくなっている。
「だめだめっ! あゆみは愛のピンクレンズマンなんだからっ!」
 自身を奮い立たせ、あゆみはなおもゾンビと向き合う。
「あ、あゆみ……」
「え?」
 と、やけに弱気なおなもみの声に振り返り、あゆみの表情が凍りつく。
 大群である。それもゾンビの。
 一体どこに隠れていたのか、二十体以上が一度に、二人を目指して迫ってくる。
 わたわたと慌てる二人だったが、ゾンビの群は二人に到達する直前、その中心から吹き飛んだ。
 光輝属性の範囲攻撃。バニッシュだ。
「危なかったねぇ」
 現れたのは相田 なぶら(あいだ・なぶら)である。
「あ、ありがとう」
「ありがとう! ……なんか、顔色悪い?」
 二人はなぶらの顔色を見て、眉をひそめる。
 血の気が引いている。
「ああ、ちょっとしくじっちゃってねぇ」
 なぶらは気丈な笑顔で、腕を示した。前腕部に、噛みつかれたような痕。破れた服からは、真新しい血が流れている。
 この傷にも関わらず助けに入ってくれたのかと、二人はどう感謝をしたものか、戸惑う。
「早く逃げた方がいいよ。そのうち俺もゾンビ化しちゃうから」
「で、でも……」
「ああそうだ、これを使えば少しは時間稼ぎになるかな」
 呟き、なぶらは懐から注射器を取り出した。タンクには赤い薬液。変貌剤だ。
 変貌剤の効果で、理性を失うまでの時間を引き伸ばそうという心づもりらしい。
 なぶらは躊躇なく腕に注射器を押しつけ、引き金を絞った。そのまま、地面に倒れてしまう。
「月美さん!」
「ちーにゃんこさん?」
 と、格納庫の方から走り寄ってくる人影。千歳だ。なにやら血相を変えている。
「ここは危険だ。早く――」
 言いさした千歳が、なぶらの姿を認め、言葉を区切る。
 なぶらは虚ろな眼差しで千歳を見上げ、
「あ、ちょうどよかった。この子たちを、頼むよ」
 状況からその意図するところを汲んだのか、千歳は厳かに頷いた。
「行こう、月美さん」
「で、でもこの人このままなんて……」
「今は人手が必要だ。彼を、助けるためにも」
「……わかった」
 厳しい千歳の表情に、あゆみも渋々頷いた。
 千歳とおなもみと連れ立ち、その場を離れる。直前で立ち止まり、なぶらを振り返った。
「心配無用、私は、愛のピンク・レンズマン。月美あゆみよ」
「……うん。頼りにしてるよ」
 なおも微笑を浮かべて、あゆみたちを安心させようとしてくれているなぶらのために、立ち止まっている暇はない。
 目尻を拭い、あゆみとおなもみは、苛烈な戦闘音の響く方へと歩き出す。
 立ち塞がるゾンビは、千歳との連携で薙ぎ払う。構っている暇はない。
 今はただ、彼を助けるためにこそ、戦おう。


  2

 圧倒的に劣勢だった。
 バリケードを守る教導団員たちが苛烈な銃撃を加えているが、怪物はわずかに歩を遅らせる程度で、ヒトが歩くのと変わらない速度で進む。進み、刻一刻と外部へと近づいている。
 まずい。あんなものを外に出したら、どれだけ被害が出ることか。
 なんとかしなければならないが、しかし秀幸にも、他の面々にも、成す術がない。全員が万全であればまだわからなかったが、ここへ辿り着くまでの戦闘で、みな疲弊している。
「私がやるよ」
 名乗りを上げたのは七瀬 雫(ななせ・しずく)である。その右手には、空になった銃型の注射器。
 そういえば彼女だけ、緑の変貌剤を選び、注射してから作戦に臨んでいた。
「モンスター化……なるほど、目には目を、と」
 緑の変貌剤は、使用者がゾンビに噛まれた際、あらかじめイメージした姿の怪物に変貌させる。
 こちらも怪物になれば、なるほどあの怪物に対抗しうる戦力だ。
 だが、と。秀幸は雫の申し出に首を横に振る。
「緑の変貌剤は、変貌後に理性を失わせます。最悪、被害が二倍に拡大されるだけです」
「だから誰も選ばなかった。大丈夫。一応私、考えがあってこれを選んだんだから」
「考え、ですか?」
「理性を失っても、暴走は俺が食い止める」
 そう言って歩み出たのは、雫のパートナーのズズ・トラーター(ずず・とらーたー)だ。
 秀幸は彼が何者であるかを思い出し、そしてその意図するところに思い至った。
「なるほど……確かにそれなら、12%の成功率が、一気に76%にまで跳ね上がります」
 脳裏の算盤を弾き、導き出した数字。十分、賭けてみる価値のある数字だ。
「少なくともこのまま指をくわえて見ているよりずっと良い。やってみましょう。お願いします」
 切り替えてしまえば行動は早い。
 秀幸はてきぱきと、戦術実行のための指示を出し始めた。


  3

 五分後。
 準備を整え、秀幸は雫とズズの正面に佇んでいた。
 隣では、前線に復帰した丈二が不安げな表情を見せている。
「本当に大丈夫なんでありますか?」
「ええ、100%の保証はありませんが、賭けてみる価値はあるはずです。急ぎましょう」
 すでに怪物は金属柵のすぐ手前まで迫っている。
「了解であります」
 応え、丈二は肩を貸した仲間――なぶらを雫の元へと連れていく。
 なぶらは先ほど、ゾンビ化している。機転を利かせて使用した赤の変貌剤のおかげか、なんとか理性を保ってはいるが、身体の方はもう完全にゾンビとなってしまった。
 彼に噛まれれば、雫の中の変貌剤がその真価を示すはずだ。
「じゃあ……やるよ……」
「お願い」
 なぶらは差し出された雫の手を取り、その指先に噛みついた。
 雫が一瞬痛そうに顔をしかめ、――変化は次の瞬間訪れた。
 テロリストが怪物となった時とよく似ている。
 異なるのは、雫の場合は骨格が歪まず、体格は本人のままである点か。
 頭蓋骨が突き出し、頭部に角が生える。皮膚の色は朝日を照り返して光沢を帯び、青褐色を呈する。足は虎、チーターといったネコ科の肉食獣じみたそれに、加えて腰部からは蛇の形をした尻尾が生える。
 合成獣、キメラへの変貌だった。
「ぅ……が、あ……」
「トラーター殿!」
 雫が完全に理性を失う前に、ズズが自身の形状を変化させた。
 変化したズズの身体は雫の肉体を覆う。魔鎧化だ。
 暴れようと内側で猛り狂う雫の肉体。魔鎧となったズズがそれを押さえつけ、ぎちぎちと全身を軋ませた。
『成功……だ……』
 呟き、魔鎧化したズズは雫の身体を操り始めた。
 怪物化した後、全身を鎧い、鎧によって身体を操る。これが雫とズズの提案だった。
『雫、持ち堪えろ!』
 鎧による力業のみではない。雫もズズの呼びかけに応え、必死に理性を保とうとしている。だからこそ可能な荒業だ。
 雫とズズはゆっくりと、しかし確実に、怪物の元へと足を進める。
 やがて、すぐ眼前に怪物を捉えた。
 怪物の方もなにごとかと振り返り、魔鎧を身につけたキメラと対峙する。
 対峙してしまえば、互いに血の気の多い怪物同士である。
 ズズがコントロールを手放しても、キメラ化した雫は能動的に目の前の怪物へ拳を振るう。
「ガァッ……!」
「効いてる……」
 初めて、怪物がダメージを受ける様子を見せた。さらにキメラは足を振り上げ、その爪で怪物の顎を狙う。
 が、敵も然る者。
 怪物は岩のような左腕でその一撃を受け止め、右腕の刃を振るった。
「グッ……!」
 体格差のある相手、上段から斬りつけられ、キメラ、いや雫は衝撃によろける。
 怪物は手を緩めず、突き出した左腕の重みで、雫の身体を突き飛ばした。
『ぬぅっ』
 これには魔鎧化しているズズも苦悶を上げる。
「……っ」
 秀幸はたまらず、二体の元へと駆け寄ろうとする。と、その腕を掴み制止する者がいた。丈二だ。
「少尉殿! 危険であります!」
「承知の上です! この期に及んで、指揮官だけが安全地帯で戦況を眺めているなんてできません!」
 秀幸の手には、昨夜丈二を撃った拳銃が握られていた。
 指揮官には、時に部下の命を切り捨てる非情さが求められる。なら、必要とあらば自身の命も捨てられる用意がなければ、嘘だ。
 それに――、
「それに、今回の事態は教導団にも責任の一端があります。自分には教導団の一員として、責任を取る義務があります!」
 この言葉に、その場の全員が息を呑んだ。
「……では、自分も教導団の一員。お供するであります」
 応じる丈二に、他の教導団員たちも口々に同調した。
 のみならず、他校の参加者たちも一歩、前で出る。
「誤解は困るぞ、小暮さん」
 作ったように尖った口調で言ったのは、千歳だ。
「あの人を助けなきゃいけないから、しょうがないよね。うん」
 なぶらの方を一瞥し、そう呟いたのはあゆみ。
「やっぱり、俺だけ休んでるわけにはいかないな」 
 いつの間にか、クローラも戻ってきている。隣には、腕に包帯を巻いた鳳明もいた。
「ルカさんから伝言預かってきたよ。自分たちは一分一秒でも早くワクチン複製させるから、ここは頼むって」
 ルカとダリルも各々の戦場で戦ってくれている。
「ま、裏方ばっかじゃ身体が鈍りますしね」
 嘯いたのはルース。
「少尉。この方、教導団の」
 猿轡を噛ませた未沙を小脇に抱えているのは、悠だ。
「まだ……意識は残ってるし……」
 ボロボロになりながらも、なぶらは意思の強さを示す。
「トラップは無事に全部」
「解除できましたよー」
 アリーセと、ルーク。
「ほら、さっさと終わらせちゃおう」
 妙に張り切ったセレンに、
「怪物もまた、興味深いですね」
 右腕から伸ばした刃の切っ先を怪物へ向けるエッツェル。
「あ、やっと見つけたー」
 いつの間にはぐれたのか、緋雨。
「トラップの件、面目躍如のチャンスか」
 エールヴァントが不敵に笑んで、
「信条には反しますが……しかし、この状況ではそうのんびりもしていられませんね」
 白竜が生真面目に呟く。
「あれもまた未知なる存在。興味は尽きませんね」
 朱鷺は手の中に折鶴を舞わせ、不敵に佇んでいる。
「まだ爆弾も余ってるしな」
 静麻が右手に握った特製の手榴弾を、大きく振りかぶり、怪物へ投げる。
 爆音と共に、最後の戦端は開かれた。
 もはや秀幸に気負いも、躊躇もない。
「この作戦の成功率は、今や100%です」
 襲われてばかりでも芸がない。
 今度はこちらの番だろう。
 雫とズズに並び立ち、戦士たちは怪物へと、襲いかかった。