蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

リアクション公開中!

【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

リアクション


第5章(2)


「……ルシェン、大丈夫ですか?」
 広場の中央で幻獣と戦っている者達。その中の一人であるアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)へと声をかけた。
「心配ありませんよ、アイビス。ちょっと、ここの空気が私には合わないだけですから」
 神殿を下りるにしたがって徐々に表情を曇らせていたルシェンは、今は風邪を引いたかのような、寒気のようなものを感じていた。
(この瘴気……まるで憎悪や怒り、悲しみを引っ張り出そうとしてるみたい。私の思い出したくない過去まで蘇らせる……そんな感覚、気のせいに決まっているのでしょうけど……)
 吸血鬼という言葉にまつわるルシェンの過去。そして、そこから封印されるに至るまでの経緯。そういった自身の『闇』とも言える存在を引き出されようとしている感じが寒気として襲って来ていた。

 ――瘴気。この世界の幻獣達とは違い、大半の者は影響の無い物。しかし、中には影響を僅かながらでも受ける者がいた事もまた事実だった。榊 朝斗(さかき・あさと)もその一人だ。

「気を付けろルシェン。あの瘴気は取りついた奴の心までも喰い潰そうとしている。心が喰われりゃ命だって喰われる」
「朝斗……? いえ、この感じはまさか……!」
「あぁそうだ。『俺』だよ。あのファフナーって奴から感じる瘴気の強さで呼び出されたらしい」
 『僕』では無く、『俺』。それは、朝斗の内面に潜むもう一つの人格だった。『闇』とも称されるその人格がこうして外へと出てきている事にルシェンは驚いた。何故なら過去にこの人格が本来の朝斗よりも優先されたのは、力が暴走した時だけだったからだ。
「安心しな。別に『朝斗』を乗っ取った訳じゃない。だからルシェン、お前もそうして平気で立っていられるはずだ」
「そういえば確かに……普段通りなら今頃、私は倒れているはず」
「だから特別なんだ、ここは。けど、それは歓迎出来る特別じゃない」
「瘴気の悪影響、ですね」
 二人のやり取りを見守っていたアイビスの言葉に朝斗が頷く。
「だから救わねぇとな、ファフナーを……何としてでもな」
 調査団の奮闘も虚しく、未だファフナーを正気に戻す手段は判明していなかった。その為今は戦いながらも何とか対処法を探しているという状態になっている。どちらも傷付く、いつまでもやってはいられない手段だ。
「ん〜、そちらの貴方はしばらく見ていませんでしたが、中々面白く成長したみたいですね」
「お前は……エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)
「覚えていて下さって光栄ですよ。『闇』としての貴方がどう育っていくか楽しみでしたが……まさか『表』の朝斗さんと共存するとは」
 朝斗の人格が分かれた原因。それは朝斗の過去によるものだった。だが、そうして生まれたもう一つの人格に気付き、覚醒を促したのは他でもない、エッツェルだ。そういう意味では朝斗と彼は因縁のある相手とも言える。もっとも、ただの敵対関係では無い所が複雑なのだが。
「何のつもりだ? また俺とやり合いたいのなら相手になる、と言いたい所だが……」
「えぇ、貴方には今、やる事があるのでしょう? 物事には花開くに相応しい場所があるというもの。ここで私が邪魔をするような無粋な真似は致しませんよ」
「……フン、ならいいがな」
 エッツェルは自分の楽しみの為なら手段も陣営も、そして結果までも問わない男だ。だがそれ故に、目的が一致した場合は協力を惜しまない。たとえばこんな風に。
「そうそう朝斗さん。決戦に赴く貴方に私からのささやかなプレゼントです。私が使用するよりもより『らしい』でしょう」
「幻獣のクリスタルか……さすがにこいつに細工してるとは思えないからな。受け取っておく。ルシェン、アイビス。行くぞ」
「分かりました、朝斗」
「ファフナーまでの露払い、務めてみせましょう」
 走り出す朝斗達。それを、エッツェルはいつもの笑みで見送っていた。


「ふえぇぇぇぇん! また暴れ出しましたのー!!」
 後方ではイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が幻獣から逃げ回っていた。ロッドの範囲内でなら清浄化も効果が発揮され、幻獣が正気に戻るのではないかという源 鉄心(みなもと・てっしん)の予測を基に他のメンバーが気絶させた幻獣を治療し、同時に清浄化を試みていた。
 だが、その結果はこの通りだった。確かに効果自体は地上よりあるかもしれないが、瘴気が蔓延しているこの場所ではそれ以上に再度狂暴化してしまう影響の方が強かったのだ。
「おっと、頼むから大人しくしてくれ」
 鉄心がなだめるも幻獣の勢いは止まらず、仕方なしにもう一度気絶させる事になった。ようやく落ち着いた時、イコナが涙目で鉄心を見上げた。
「こ、怖くなんてありませんでしたの! でもこれ以上同じ事はしたくないですの!」
「ん……確かにね。ティーが出来るだけ幻獣を救いたいって言ってるから何とかしたいとは思うけど……」
 上空でペガサスに乗りながら幻獣を止めに走っているティー・ティー(てぃー・てぃー)を眺める。幻獣に対して敬愛の情を持つ彼女の事を考えると、最悪の手段は出来るだけ避けたい所だ。
 そう思っている時、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が声をかけてきた。
「鉄心さん、そっちの成果は?」
「正悟か。正直芳しくないよ。この分じゃファフナーも救えるかどうか……」
「それなんだけど、俺達に考えがあるんだ。協力してくれないか?」


「さて、クリスタルとやらを使ってみるか……」
 ファフナーの下へと向かう朝斗の身体が青と黄色、二つの光に覆われた。同時に朝斗の足が速くなり、ルシェン、アイビスとの距離が開きだす。
「なるほど、効果は凄いが……仕方ねぇ。二人は前じゃなくて後ろをやってもらうか」
 目の前の幻獣をシュタイフェブリーゼという名の靴で飛んでかわす。
「追ってこられると厄介だからな、少し地面で大人しくしてな」
 すれ違いざま、真空波を翼へと当てる。そのまま朝斗自身は幻獣の相手をせず、ファフナーへと飛んで行った。
「煙幕展開。ルシェン、前方は任せます」
「えぇ。朝斗の邪魔はさせません……!」
 後顧の憂いを断つ為、アイビスが煙幕を使用して幻獣の視界を遮った。さらにその先にルシェンがアシッドミストを展開する。
「濃度が薄ければただの霧……ですが、私ならこんな事も出来るのですよ」
 吸血鬼であるルシェンが霧隠れの衣で周囲と同化する。煙幕を越えた幻獣が見たものは遥か先を飛ぶ朝斗と、目の前の霧のみだ。
「ごめんなさい、先へ行かせる訳にはいきませんから」
 その背後から現れたルシェンが如意棒で幻獣を思い切り突いた。そして霧の中へと追い出された相手に向け、アシェンが武器から轟雷を放った。
「対象の沈黙を確認。後の状況なら朝斗一人でも到達は容易でしょう。ルシェン、私はこのまま周囲の警戒に回ります」
「お願いね、アイビス」
 ダッシュローラーで駆け出すアイビスを見送るルシェン。その時、調査団のメンバーが入って来た場所とは別の方から、一団が現れるのを見つけた。
「あれは――」


「月夜、左から上る。そっちへ行ってくれ」
「分かったわ、刀真」
 同じ頃、機晶バイクが広場を走り抜けようとしていた。運転をしている漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が速度を上げてファフナーの右足側へと向かう。
「あれは朝斗か。丁度いい、あいつにも呼びかけてみよう」
 バイクに同乗している樹月 刀真(きづき・とうま)がファフナー目掛けて飛んでいる朝斗に気付いた。
「じゃあ行ってくる」
「気を付けてね、刀真」
 タイミングを合わせ、ファフナーの右足へとワイヤークローと発射する刀真。そして、何かに引っかかった事を確認するとバイクから飛び出して一気に上昇して行った。右足に到着するとさらに上へとワイヤークローを射出し、その繰り返しで上へ上へと登って行く。
「駄目よ、邪魔しちゃ」
 刀真を振り落そうとするファフナーの顔面へと月夜が銃を撃った。距離がある為大した威力は無いが、刀真が右肩に上りきるまでの邪魔としては十分だった。
「刀真、随分面倒なやり方だな」
「朝斗……なのか?」
 ほぼ同時に辿り着いた朝斗が刀真へと話しかける。朝斗のもう一つの人格に馴染の無い刀真は、相手の口調に違和感を覚えていた。それが分かったのだろう、朝斗も自分が普段と違う事を説明する必要がある事に気付いた。
「あぁ、そういやお前とは『こっち』で顔を合わせた事は無かったな。簡単に言えば俺は朝斗の『心の闇』さ。まぁ二重人格みたいなもんだと思ってくれればいい。その事は表の朝斗も承知済みだ」
「そうなのか……まぁいい。朝斗はファフナーをどうするつもりだ?」
「俺はこいつを救おうと思ってる。もっとも、その手段はまだ分からねぇがな」
「なら話は早い。俺達に考えがある。協力してくれないか?」
「協力? 別に構わねぇが、どうする気だ?」
「使うのさ……ファフナーに、クリスタルを」


「クリスタルを使う? ファフナーにかい?」
 正悟から説明を受けた鉄心が思わず聞き返す。これまで見た限り、クリスタルは使用者の様々な能力を引き上げる力を持っていた。それをファフナーに使用するという事は、それなりのリスクを考えなければんらないだろう。
「あぁ、うまくいけばこの状況をひっくり返せるジョーカーになる。俺以外にもそう考えてる奴らがいるんだ。鉄心さん達もまだクリスタルは持ってるんだろう?」
「確かにティーに預けたままだけどね。しかし、これは半ば賭けになるね」
「その辺は否定出来ない。けど、これまで瘴気を抑えていたのは聖域の幻獣って話だろ? だったらその結晶で瘴気を打ち消す事が出来るかもしれないと思うんだ」
「なるほど。しかし――」
「やりましょう、鉄心」
「ティー? キミも賛成なのかい?」
 いつの間にか上空から降りて来ていたティーに聞き返す鉄心。だが、ティーの決意は固かった。
「実は私も考えていた事だったんです。このクリスタルをファフナーに、って。手段の一つではありましたけど、皆さんが試してみるのなら、私も一緒にやりたいと思います」
「……そうか。分かったよ、ティー。幻獣に対しては俺よりもキミの方がより真摯に考えている。ならキミの判断を信じる事にするよ」
「有り難うございます、鉄心!」
 表情をほころばせるティー。そこに水を差すように、イコナの声が遠慮がちに聞こえてた。
「あのー、何だか向こうの方に悪そうな方達が来てますのよ?」