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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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第4章(2)


 カルネージ・メインサスペクト(かるねーじ・めいんさすぺくと)達の戦いに決着がつく少し前、広場へと到着したイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)達は別の者達と戦いを始めていた。
「それがこの場の鍵を握るという遺産のロッドか。そして貴様達はロッドを護るという意志を持つ正義の者達……なるほど、良い舞台ではないか」
(ま、本当はロッドなんてどうでもいいんだけどな、イェガーの場合。それであっちがやる気になってくれりゃあって所か)
 同行している火天 アグニ(かてん・あぐに)が、声には出さないが言葉の真意を量る。実際その通り、ロッドを護っている黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)はやる気十分のようだ。
「お前達の好きにはさせないぜ! 父ちゃん、やっちまおうぜ!」
「あぁ。だが相手の挑発には乗り過ぎるなよ。僕達の目的はロッドを護る事。相手を倒す事では無いのだからな」
「そうよ健勇。一人で突っ走らないようにね」
 アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が息子をたしなめる。幸い健勇はその辺りは分かっているからそれほど心配はしていないが。
「ふむ。では私もあいつと一戦交えるとするか。前に出た方が良さそうだしな」
 次いで名乗りを上げたのは毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)だった。アイン、健勇、大佐がイェガーへと向かおうとするのを見て、アグニも行動を始める。
「んー、三人か。ここまでだな。んじゃ紅煉道、リヒトちゃん、後は俺らでって事で」
「…………」
「はーい。今回はイェガーさんの鎧じゃなく、ボクも戦っちゃうよ!」
 那迦柱悪火 紅煉道(なかちゅうあっか・ぐれんどう)リヒト・フランメルデ(りひと・ふらんめるで)が頷きを返す。アグニ達の行動、それは必要以上の者がイェガーへと向かわないようにする為だった。
「イェガーの『闘争』の舞台に下手な横槍が入ると萎えるだろ? って訳で……悪いが後の奴らは足止めさせてもらうぜ」

「ノア、アインさんが向こうの人を相手するのでこちらはノアが守りの要です。大変でしょうけど、頑張って下さいね」
「大丈夫だよ加夜。ボクはボクの出来る事をするんだ。戦ってる皆の為にも……ここは守らなくちゃ!」
 ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)火村 加夜(ひむら・かや)へと応え、前に出る。その表情はいつもの無邪気な笑顔では無く、真剣そのものだ。それだけこの場の重要性を理解しているという事だろう。
「えぇ……護りましょう、絶対に」
 警戒用に連れてきたグリフォンを後ろに下がらせ、加夜も両手に銃を構える。そんな中、グリフォンを見て悲しい表情を浮かべる者がいた。ライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)だ。
「アルタイル……」
 彼女は聖域にいた大きなグリフォンを自身の騎獣として飼い慣らしたいと考えていた。名前まで考えていたのだが、結局そのグリフォンは調査団の手助けをする為にクリスタルへと姿を変え、ライラックの野望は果たされる事無く終わったしまったのだった。

 ――ちなみにその結晶である黄色いクリスタルの一つを、今まさに彼女が持っていたりする。

(我はいつも通り、己に課せられた役目を全うするのみ。遅れをとるでないぞ、火天、小娘)
 対峙する調査団の者達を前にして、紅煉道が大剣を握る。
(さて、此度は少し過激に行くとしよう。先制攻撃にて戦いの流れを掴むことが出来れば上々。では、いざ――)
 寡黙な紅煉道。そんな彼女が珍しく、ただ一言だけを口にした。
「――参る」
 剣を地面に叩きつけ、爆発を起こす紅煉道。その勢いをも利用して一気にノアの懐へと飛び込んだ。
「! 負けない……よっ!」
 ノアも杖を掲げ、炎の剣を受け止める。杖という外見から魔法使いのイメージを与えるが、実際は武器の扱いを得意とするラヴェイジャー。紅煉道の勢いにも負けてはいなかった。
「ボクと戦いたいなら相手になるよ。こっちにおいで!」
 剣を弾き、一気に駆けだすノア。機動力で勝負を試みる相手に対し、紅煉道は静かに大剣を構えて後を追うのだった。
「やるねぇ。それじゃリヒトちゃん、援護射撃開始だ」
「うん、行くよ!」
 今度はアグニが弓で、リヒトが対物ライフルで周囲を狙った。
「まだまだ行くぜ。つってもロボとかそんなんだけどな」
 今度は三体のメイドロボ、そして二体のガーゴイルが現れた。普段数で劣る事が多い為、それを補う形だ。
「あらあら、そう来ましたか。なら、思いっきりやっても良さそうですね」
 そんな大勢の相手に笑顔を浮かべたのがプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)だった。漆黒の刃を持つ超重量の斧を持ち上げ、たちまち一体のメイドロボを破壊する。
「聖域の時は非殺傷用の武器だったんですよ。今回は相手も強いかなと思って本気で来ましたが、後腐れの無い相手で安心しました」
 あくまで穏やかな笑み。だが、その攻撃は本気だ。斧が一度振るわれる度、メイドロボ達がその数を減らして行く。
「さぁ、この子達を片付けたら次はあなた――あら、いませんね」
 そこでプリムローズはリヒトが姿を消している事に気が付いた。それとほぼ同時に先ほどとは別の場所からライフルによる狙撃が行われる。
「いつまでも同じ場所にいたら危険だもんね。そ……それにしてもこれ、重い……」
「なるほど、こっそり移動してましたか。ライラックさん、あの人はお任せします」
「ん、分かった」
 ペガサスに乗って空を飛んでいるライラックがリヒトの動きを追いかける。
「……そこ、左側」
「向こうですね。となると次は……そこです!」
 ライラックの情報を基に加夜が行動を予測し、冷気を籠めた銃弾を放った。それにより、リヒトは足を止められる。
「見つかった……!?」
 加夜へと視線を移し、急いで逃げ場所を探すリヒト。だが、本命の攻撃は上から迫っていた。槍を掲げたライラックがリヒトへと迫った。
「容赦はしない」
 上空から勢い良く降下しながらの突撃を受け、とっさに防御として出したライフルを弾かれるリヒト。しかも自身はペガサスに蹴り飛ばされるというおまけつきだ。
「はうっ」
「アルタイルを失った悲しみと怒りと遣る瀬無さ……それらを籠めた一撃だ」
 馬上で槍を振り、哀愁を漂わせて決めるライラック。
 ――それ、八つ当たりって言いませんか?


「行くぜ!」
 足止めをされなかった健勇達は、イェガーとの戦いを繰り広げていた。健勇によって放たれた矢に向け、炎の聖霊が現れてイェガーの身を護る。
「くそっ、この姉ちゃん炎ばっかりだな!」
「それが私だからな。良い機会だ、是非味わってもらおう」
「なめんな! 心頭滅却! 火なんて怖くないぜ!」
「それに、お前の相手は僕だ。健勇に手を出すつもりならば、僕を越えてからにしてもらおう」
 健勇をかばうようにアインが立ちはだかった。肉体では無く、精神的な大きさ。その大きさにイェガーは心を高ぶらせる。
「もとより貴様も数の上だ。さあ。今回もまた私の魂を燃え滾らせてくれよ、契約者。熱く、激しく、業火の如く。では――闘争の時間だ」
「瘴気が世界を覆うこの期に及んで力比べなどとは、戯言を。滅びを望むなら、自分一人で滅びろ!」
 アインの身体を青き光が包み込む。幻獣の、護る力が彼に宿る。対するイェガーは侵蝕蟲と呼ばれる寄生虫により筋力を強化した。
「面白いな。異形の力を使う私とこの世界の力を使う貴様。試させてもらおうか。世界の力に――どれだけ迫れるのかを……!」
 火天の焔と呼ばれる炎を腕に宿らせ、イェガーが走り出す。アインはそれをいなす事は考えず、敢えて真正面から受け止めた。
「護るべき者がいる限り、僕は……負けない!」
 拳と盾、両者がぶつかり炎が渦巻く。一進一退を繰り返す激突はやがて、力が均衡して動かなくなった。
「これが貴様の信念……そして、護る者の力か……!」
「そうだ、僕だけじゃない。想いを託してくれた幻獣の力でもある……!」
 アインに応えるように青き光が強さを増す。その輝きが消える最後まで、イェガーの拳が盾を打ち破る事は無かった。
「さすがだな。この一合だけでも来た甲斐はあったというものだ。やはり、正義という純粋な力は打ち合う度に私を楽しませてくれる」
「――なら私の戦い方は少々物足りないかもしれないな。まぁ、付き合ってもらうが」
 今度は大佐が前に出た。幻影による攪乱とロケットシューズによる高低差を活かした動きでイェガーの狙いを分散に掛かる。
「幻影か、炎相手にそれはどうかな」
 イェガーのファイアーストームが襲い掛かる。見える全ての大佐を炎で覆い尽くせばどれが本物であろうと関係は無い。
「なるほど、やはりこれだけでは無理か」
 もっとも、大佐の方もこれは小手調べだと承知の上、自身はすぐに炎から逃れている。そして何を思ったのか、格闘戦を得意とするイェガーに対して敢えてその距離へと近付いた。
 イェガーの攻撃をギリギリで避けて行く大佐。だが、それもいつまでも続きはしない。
「……ぐっ……!」
 避けそこなった拳が脇を打ち付ける。互いに鎧を着ていない為、その一発は機動力と防御力を失う大きな一撃だ。だが、大佐はそれが狙いだった。攻撃を受けたその瞬間、口に含んでいた毒針を吹いてイェガーの肩に突き刺した。
「これは……!」
「私は薬学にも精通していてね……即効性がある訳では無いが、解毒をしなければ長引くぞ」
「物足りない戦い方……そういう事か」
「お察しの通り。こういった戦い方はお前達『悪役』のやり方だろう?」
「確かにな。だが良い、戦いその物は十分に楽しんだ」
 イェガーが肩を押さえながら距離を取る。それに気付いたアグニが紅煉道へと声をかけた。
「おっと、どうやら退くみたいだぜ。紅煉道、俺はリヒトちゃんを連れてくから後詰めは頼まぁ」
「…………」
 コクリ、と微かに頷く紅煉道。そのまま、相手をしていたノアへと振り返る。今のノアはライラックから受け取った黄色いクリスタルの効果もあり、単純な速さ勝負では捉える事も難しくなっていた。
(若き力か。このままであれば主の望む相手へと成長するかもしれぬな……)
 迫ってくる杖を受け止め、そのまま後退を始める。ノアが動き回る中でロッドから離れ過ぎないように立ち回っていた事に気付いた紅煉道は、いかにも戦う意思があるという風を装って下がっていた。
「あ、逃げる? でも追いかけて他の敵が来たら困るし……」
 純真なノアは紅煉道の思惑通りに追撃を止める。結局、イェガー達は全員その場から消え去って行ったのだった。

 ――余談ではあるが。

「母ちゃん、大佐の姉ちゃんを連れて来たぜ!」
「有り難う健勇。それじゃあ治療するから、そこに横になってね」
「朱里さん、私も手伝いますよ」
「お願いね、加夜さん。それにしても、鎧も着ないでわざと攻撃を受けるなんて、無茶するわね」
「何、私は医学にも精通していてな。一応致命傷にならないよう気を付けたつもりだ」
「それで運ばれるレベルの怪我してちゃ世話無いですよ大ちゃん。これが医者の不養生ってやつですかね」
「……プリム、それ違うから」