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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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第4章「敵対者」


 調査団のメンバーが神殿の最深部で激戦を繰り広げている頃、そこへ向かおうと神殿の中を進んでいる者達がいた。
 その中の一人、火天 アグニ(かてん・あぐに)がキャンプの痕跡などを見ながら先頭を進んで行く。
「やっぱこっちで合ってるみたいだなぁ。派手にやってる音も聞こえるし、もう少しか?」
「そだねぇ。ファフナーだっけ? やっぱりおっきいのかな?」
「奴さん達が発表してる調査結果だと大きな竜みたいだな。つっても、俺らにゃ関係無い話だけどな」
 アグニ、そして隣を歩く帝釈天 インドラ(たいしゃくてん・いんどら)のパートナー達は戦いにそれぞれのポリシーを持っている。それらは彼女達を他の契約者達との共闘では無く、敵対へと向かわせるものだった。
 今回も例に漏れず、ファフナーでは無く契約者達との戦いを求めてやって来たのだった。
「そういやドラちゃん、そっちの大将はどうしたんだい?」
「ん、リデル姉ならお休みしてるよ。前の戦いで痛くしたトコが治ってないんだって」
 インドラのパートナーであるリデル・リング・アートマン(りでるりんぐ・あーとまん)は調査団が聖域で狂暴化した幻獣への対処に当たった際、敵対する者としてその前に立った事があった。その時は調査団の一人と相討ち状態となり退いたが、思ったよりも傷が深かった為に今は近くの村の宿屋で療養をしているのだった。

 ちなみに、リデルの介護をアルト・インフィニティア(あると・いんふぃにっと)が行っているのだが、その状況はこのような形である――


(彼との戦闘は実に有意義ではあった。特に……あの拳。まさか、ここまで手痛い一撃を食らわされるとはな。暫くは動けそうにない、か。だが良い。これもまた私が求めた戦いの末の結果なのだからな。それを受け入れてこそ、私自身もまた『成長』出来るというもの――)
「あ〜るじっさま〜! 包帯をお取替えする時間ですわ〜♪」
「……随分とご機嫌だな、アルト」
「いえいえ、そのような事はありませんわ。わたくし、主様の傷付いたお姿に心を痛めてますの……ささ、という訳でお着替えを」
「話が繋がらないのだが」
「いやですわ主様。治療の為にはそれに相応しい恰好という物があるのですわ。お怪我に触りますから脱がすのも着せるのも全てわたくしにお任せを」
「危険な予感しかしないのだが」
「ご安心を。脱がせてどうこうなどしようはずもありませんわ。むしろ服を着なくて何とする、ですわ。という訳で主様、こちらのバニースーツと巫女服、どちらの方が――」
「断る」
「あら、駄目ですわ主様。無理に起きては傷が――あ、待ってそんなお仕置きは。あ〜れ〜」


 ――以上、回想終わり。まぁ何というか、忘れろ


「それでそっちは二人だけってか。んじゃこいつはドラちゃんにやるよ」
「これってクリスタル? もらっちゃっていいの?」
「イェガーは使う気無さそうだからなぁ」
 アグニが後ろを振り返る。二人の会話を聞いていたイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)は興味無さそうに答えた。
「そこれに秘められているのは、あの契約者達が奮起し、その結果幻獣共に認められ、得た力だ。彼らの功績だ。故に、敵対している私には使用する権利などないし、そもそも使用する気もない。お前達の好きにするがいいだろう」
「ふーん。まぁ良く分からないからカル兄に預けとこうっと」
 首を傾げ、手元のクリスタルをカルネージ・メインサスペクト(かるねーじ・めいんさすぺくと)のポケットにねじ込むインドラ。そこで初めて、カルネージの様子がおかしい事に気付いた。
「あれ、どうしたのカル兄?」
「いえ、どうもここに来てから調子が……」
 軽く首を振るカルネージ。だが、本来の彼で無い事は誰の目にも明らかだ。
(降りるにつれて濃くなっていく瘴気……でも何故でしょう、まるで馴染むように染み込んで――! バックグランドプログラムが勝手に起動している?)
「おいおいどうしたい。さっきまでは普通だったよな、ドラちゃん?」
「うん。こんなカル兄初めてだよ」
(何ですか、これ? 『僕』はこんなプログラムは知らない)
(いいや、『私』は知っている。これを起動して何人もこの手で……)
(『僕』は知らない! こんな……こんな、プログラムは……!)
(知って――)
(知ら、な……)
(知っ――)
(知ら……知……)
「ねぇ、カル兄、カル兄!」
「…………」
 インドラの再三の呼びかけにも応えないカルネージ。そして、これ以上の対話を拒否するかのように彼の顔をフェイスガードが覆った。そのまま一人、ブースターで駆け出してしまう。
「……おいおいおい。何だありゃ」
 頭をかきながら走り去った方を見るアグニ。その後ろで、イェガーが小さくつぶやいていた。
「……暴走、か」


「水神、そっちは片付いたか?」
 ロッドの周囲、幻獣の第三波を相手し終わった瀬島 壮太(せじま・そうた)水神 樹(みなかみ・いつき)に声をかけた。
「何とか、ですね。やはり聖域や大平原と比較すると高位の幻獣が多くいる気がします」
「話が出来りゃ何とかと思ったけど、こいつら完全に瘴気にやられてるからな。説得する隙なんてありゃしねぇ」
「仕方ありませんね。ある意味ここは敵の本拠地なのですから。それより、次を警戒しましょう」
「あぁ。神崎、ロッド近くは任せたぜ」
 壮太が神崎 輝(かんざき・ひかる)へと視線を移す。
「うん……って言いたい所だけど、もう次が来たみたい。殺気を感じるよ」
 輝が見た方向。それは正面では無く、自分達がやって来た後ろの方だった。現れた男の姿を見て、迷彩塗装で潜伏している一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)が輝へと耳打ちする。
「あれは……マスター、例の機晶姫です」
「うん、リデルって人のパートナーだよね。顔を隠してるけど、何となく分かるよ」
 何度かやり合った事のある相手を前に、輝達は本命であるリデルの登場を警戒する。だが、それに反してカルネージはただ一人で行動を開始した。
「…………」
 大型の銃剣銃、フライシャー・バヨネットを構えて突撃を行うカルネージ。武装からは想像出来ない速さでこちらへと迫ってくる。
「ロッドはやらせないよ!」
 すかさず輝が進路を塞ぎ、盾で攻撃を防ぎにかかった。
「! 重い……!」
「輝! このっ、離れなさい!」
 予想以上の威力に圧される輝を援護する為、シエル・セアーズ(しえる・せあーず)が光の刃を放った。ロッドによって本来の力を得た閃刃がカルネージへと襲い掛かり、回避に転じた相手は輝から距離を取った。
「大丈夫、輝!?」
「うん、ボクは平気。けどおかしいよ。確かにこの世界は力や魔力が強くなったり弱くなったりしてるけど、それでもあそこまで……」
「……多分、クリスタルでしょうね。見て下さい、彼を」
 樹がカルネージを指差す。確かに彼からはクリスタルの加護を受けたと思われる光を感じる事が出来た。その光はこれまでの者達のような単色では無く、赤と黄色、二つの色が渦巻いている。
「本当だ。でも何であの人が持ってるんだろう」
「先ほどクリスタルが散らばった時に彼か、仲間の所にでも飛んで行ったのでしょう。クリスタルの方としては『異世界の戦士』としか判断出来なかったのではないかと」
「えぇぇ……実はクリスタル、結構大ざっぱ……?」
 シエルが呆れた表情を見せる。だが、輝はそれより別の点に気が付いていた。
「……確か、赤い光は力を、黄色い光は速さを強くしてくれるんだっけ。皆の中でクリスタルを二つもらった人はいなかったから、近くに仲間が潜んでる……?」
「その可能性はありますね。必要以上に戦力を割くのは危険です。彼は私達で抑えましょう。珂月、カテリーナ、あなた達もいいですね?」
 樹がカテリーナ・スフォルツァ(かてりーな・すふぉるつぁ)東雲 珂月(しののめ・かづき)を見た。
「えぇ。ロッドを破壊しようとする無粋な輩にはお仕置きが必要ですわね!」
「ここを乗り切れば、きっと大丈夫だもん。ボクもお姉ちゃんとカテリーナちゃんのためにがんばるね!」
 相変わらず無言のカルネージ。仕切り直しとして、先手を取ったのはシエルと珂月だった。
「この前と違ってロッドがあるから、魔法も使えるのよね。やっぱり私はこっちの方が合ってるわ」
「ボクも行くよっ。せっかくだから氷の弓でっ!」
「…………」
 シエルのサンダーブラスト、続けて珂月の氷術で先端を凍らせた矢がカルネージへと襲い掛かる。対するカルネージはそのどちらともを速さで振り切った。
「あら、生意気ですこと」
 次いでカテリーナが立ちふさがる。が、やはり強化された一撃は重い。
「一人で受けるのが危険ならば、二人でなら……!」
 もっとも、それは輝が受けた攻撃で承知の上だった。樹が冷気を乗せたティアマトの鱗で斬りかかり、相手の勢いを殺ぎにかかる。
「ボクも行くよ!」
「僕も、ロッドは絶対に壊させない!」
 さらには輝とミミ・マリー(みみ・まりー)の二人がカルネージを囲むように動き出す。いくらクリスタルによって力と速さが強化されているとはいえ、相手が連携を持って対峙したとあってはさすがのカルネージもそれ以上の突破を図る事は難しかった。
 徐々に追い詰め始める四人。そんな中、何かを察知した瑞樹が急に後方に向けて機晶キャノンを撃った。
「敵接近、数1。マスター、こちらは私が相手をします!」
「お願いね、瑞樹!」
 瑞樹の前に現れたのは、インドラだった。
「はー、やっとカル兄に追いついた。やっぱりもう始まっちゃってるし。とゆー訳で、僕も戦うよ」
「あの機晶姫の仲間ですね。やらせはしませんよ」
「そーはいかない。『お前達のせいちょーが』……あれ、リデル姉っていつも何て言ってたっけ?」
「良く分かりませんが、問答無用です!」
 いきなりミサイルを発射しまくる瑞樹。相変わらず敵には容赦が無い。だが、発射された一部が突如迎撃された。輝達と戦っているカルネージが瑞樹に合わせるかのように撃ち出したのだ。
「マスター達を相手にしならが、やりますね。ですが――」
「隙ありー!」
 横からの手出しに気を取られた隙に、インドラからワイヤークローが放たれた。脱力気味な言葉とは裏腹に、『インドラの矢』の如く真っ直ぐ飛んだワイヤーが瑞樹を拘束し、それを伝って電撃が流れる。
「……ッ!」
「雷霆神の名は伊達じゃないっ! 僕のしょーり!」
 電撃によって片膝をつく瑞樹と、勝ち誇るインドラ。ミサイルを撃ち尽くした事もあり、一見瑞樹が敗れたかのように見えた。だが――
「……ふふ、いいでしょう。そんなに雷がお好きなら…………好きなだけ喰らえやオラァッァ!」
「あ゛にゃーーーーっ!?」
 瑞樹の中の機晶石によって生み出されるエネルギーが電力へと変換され、インドラへと放たれる。雷神の分霊を名乗ってはいるものの、雷への耐性自体は人並みでしか無いインドラは無傷とはいかず、瑞樹同様膝をついてしまうのだった。

「そっちに行ったよ!」
「分かってますわ!」
 動き回るカルネージを輝とカテリーナが追い詰める。カルネージもしぶとく、相手の攻撃に合わせていきなり銃撃を行ったりと、中々隙を見せない。
「厄介ですね。特にあの速さ。あれさえ何とかすれば良いのですが」
「うん。だからここは……」
「……なるほど。それで行きましょう」
 ミミに耳打ちされた樹が頷く。そして、携帯電話を通して光条兵器の片手剣を取り出した。
「――今だよ!」
「えぇ!」
 カルネージが輝達に攻撃をしようとした瞬間、出力を一気に高める。同時にミミがバニッシュを放ち、一瞬、カルネージの周囲は強い光に包まれた。
「…………!」
「壮太、お願い!」
「任せろ!」
 動きを止めたカルネージに向け、二本のワイヤークローが伸びる。これまでずっと潜伏していた壮太による奇襲だ。
「どんなに足が速かろうと、力が強かろうと、こうしちまえば動けねぇだろ。やっちまえ、瑠奈!」
「は〜い」
 潜んでいたのは彼だけでは無かった。神崎 瑠奈(かんざき・るな)が死角から姿を現し、素早くしびれ粉を撒く。
「アテナちゃん、お願いね〜」
 瑠奈の声と共にカルネージに炎が殴り掛かった。正確には瑠奈のフラワシによる攻撃だ。
「…………!!」
 瑠奈以外には見えないが、フラワシはクリスタルの加護である赤い光を放っている。その力強い攻撃を受け、ついにカルネージは膝をつく事になった。いや、それどころでは無いか。
「にゃ。この機晶姫さん、倒れちゃいましたにゃ〜」
「瑠奈、気を付けてよ」
「でも輝お兄ちゃん、この人完全にぼけ〜っとしてますよ〜」
「ぼけ〜?」
 輝が慎重に倒れたカルネージへと近寄る。見ると、これまで完全に閉じられていたフェイスガードが開き、素顔があらわになっていた。その表情はまさに茫然自失といった表現がぴったりだ。
「本当だ……どうしたんだろう? 取り敢えず、また暴れられないようにしっかり捕まえておこう。シエル、瑞樹、手伝って」
「分かったわ」
 瑞樹を回復していたシエルが立ちあがる。そして他の皆も手伝い、カルネージとインドラを縛って邪魔にならない場所へと移して行った。その際、珂月はある事に気が付いた。
「そういえば、樹お姉ちゃんも壮太お兄ちゃんもクリスタルを持ちっぱなしだけど、どうするの?」
 樹と壮太、二人の手元には幻獣のクリスタルがあった。現物があるという事は、今回の戦いには使用しなかったという事だ」
「先ほど他の人から一つ提案があったのよ」
「だから、それに乗ってみようと思ってな」
「ふーん?」
 首を傾げる珂月。二人の視線、それは広場の奥へと向いていた。