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リアクション
【第一章】
日の光をふんだんに取り入れた美しいデザインの駅。
改札を降りてすぐ鼻孔をくすぐるのは、露天で売られているブルーベリーパイの甘い香り。
行き交う人々の足元を飾る花壇の花々は皆の目を楽しませ、それを囲む芝生は数センチの違いも無く整然と整えられている。
走り回る子供達から零れた笑い声によってまるで完璧な絵の様に完成されたその住宅地からそう遠くない場所だと言うのに、
今自分が立っている場所との余りの差に、高円寺 海(こうえんじ・かい)はため息を我慢できない。
無遠慮に生い茂った雑草は、決して低い位置では無い彼の腰の高さを優に超え、
そこを行き交うのは目をしかめる程不快な量の虫達だ。
おまけに今日はとても――「寒いな」
口をついた独り言に答えるように、彼の横から「やーしばれるわー……と、いけねぇついお国言葉が」の声が聞こえた。
隣に目をやると、東條 カガチ(とうじょう・かがち)が小刻みに震える手で(普段着である)着流しの上の羽織を耳のあたりまで持ち上げている。
唯でさえ本来の年齢より上に見えると言われる彼が、貧乏揺すり状態で更にオッサン臭くなってしまう。
という悩ましい状況に陥っているのよりも、深刻な状況なのは別の意味で悩ましげなスタイルを惜しげもなく晒す彼女達だろう。
ロングコートの下は水着だけ! というエロティックを超えていっそ潔い服装の通称セレンことセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と
パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)。
「そんな装備で大丈夫か?」
と、高円寺は声を掛けてみたものの、彼女達は震えるどころか寸分の隙も無く、
戦士として鍛えられた筋肉を隠し持つ長く美しい脚の周りを羽虫が飛びまわろうと、余裕のモデル立ちだ。
――常人とは気合の入れ方が違うのだろうか……。 もしかしてオレは酷くバカな事を言ったのか?
女性達の堂々たる姿に高円寺が珍しく恥ずかしくなってしまっていると、セレンはこちらに振り向いて「参ったわね」と苦笑し肩をすくめて見せる。
矢張りここが人が過ごす場所では無いのは確かなのだ。
「本来はこここそが多くの人間で溢れる場の予定だったのだろうが……、皮肉なものだな」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は目の前に広がる崩れかけた建物を見つめ、呟いた。
土埃にまみれたチケット売り場、明るい色に塗られたアーチは錆びて朽ち、心までうすら寒くなるようだ。
捨てられた遊園地、大江戸将軍ランド。
山葉 涼司(やまは・りょうじ)の依頼のよって集まった彼らは、そこであるものを待っていた。
*
数分後……(と言っても気分的には皆大分待った心持だったのだが居たのだが)、彼らの耳に待ちに待った
「おまたせしました」の声が入ってきた。
見ると輸送用だろうか? トラックが停車しており、人影が積み荷部分から飛び降りてこちらに向かって走って来る。
彼女の名は火村 加夜(ひむら・かや) 。
由緒ある魔法使いの家出身のウィザードであり山葉涼司の婚約者の彼女は、既に移動中のトラック内でその身をこれから行く場所に相応しい衣装に包んでいた。
格子縞に小さな花が散りばめられただけの町娘風の着物が、彼女が持つ女性らしい柔らかい雰囲気を普段以上に引き立たせている。
「キモノ!」
「加夜、とっても素敵! リースもあんなのにしたら?」
「え、ええと……私はもっと地味な色って言うか……あのキモノは加夜さんが一番素敵だと思うから」
リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)とマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が話していたように、
勿論皆が実際に皆が目を奪われていたのは加夜の着物姿なのだが、何を勘違いしたのか運転席から運転手がニヒッと笑って手を振っていた。
加夜は皆の元へ辿り着くと、再び腰を折って挨拶を済ませる。
「涼司く……山葉から皆さんに伝言です。
俺は用事があって行けないが、現場の事は高円寺に一任してある。皆宜しく頼む。
だそうです。
それから、あのトラックの中に着物等の扮装を準備して貰いました」
加夜の説明に高円寺が続く。
「既に知っていると思うが――、
元々予定されていた所によるとテーマパークの客達は入口でコスチュームに着替えてからの入場予定だったらしい。
ホストコンピュータや機晶ロボット達を誤魔化す為に、皆でコスチュームに着替えゲストを装って、サーバールームのある江戸城に近づく予定だ。
それじゃあ取り敢えず……」
「レディファーストでいいかしら? ね」
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)のウィンクに高円寺が頷くと、女性陣はトラックへ向かって歩き出す。
その中で、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は自分の配偶者の口元が上がっていることに気づいた。
「透乃ちゃん、何だか楽しそうですね」
「うふふ、分かるぅ?
私ってば強敵相手に張り合うのが好みだけど、たまにはこーゆーのもいいかなって」
「こういうの? ……って」
「破壊活ど……いえいえ。コスプレ、とか?
私が直々に、陽子ちゃんに似合うとーってもえっちな服を選んであ・げ・る♪」
「ひゃ!」
透乃に耳元に息を吹きかけられ、腰砕けになる陽子。
それを見ていたセレンフィリティの何かにも火がついたらしい。
「いいわねセレアナ! あたし達も――」
「私は裾が長いものがいいわ」
恋人の意図するところをいち早く察知したセレアナは、たった一言で彼女の妄想を断ち切った。
これが後の世に名を轟かすセレアナ・ミアキスの超必殺技。
冷美麗波斬(クールビューティーカッター )の誕生の瞬間であった。
嘘だった。
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