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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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 遂に残る魔族の軍勢が、城に到達した。だが中には、魔王軍とは全く毛色の違う人物も混じっていた。
 城の一階部分、吊り下げられたブランコから、冷たく彼らを見下ろす二人の青年の姿があった。一人は緋色の髪、一人は金の髪を持つ兄弟だ。
(天の主の意向のままに世界は形作られなくてはならない。お前たちは久遠に揺れ続け争い合うが良い)
 激化する戦闘を横目に、螺旋階段を二階へと上がろうとするその背に、制止の声がかかった。
「待て! 君は魔族ではないな。何故ここにいる!?」
「巫女王というからには、神託を以て国を治める──そうではないか?」
 緋色の髪の青年は振り返り、それから面白そうに、彼を制止した甲冑姿の銀の髪の青年の姿に、眼を細めた。
「俺を覚えていないのも当然か、これは仮の姿の上、前回──お前たちの前世と会ったときは、乱戦の最中で、殆ど顔を合わせなかったろうからな」
 銀髪の青年、白銀騎士団団長クレア・シルバーフォレスト佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう))は、訝しげに彼を見る。顔には見覚えがない。
 緋色の髪の青年はクレアを高みから睥睨するように見やる。
「お前たちの世界では一角獣か、それとも天馬というのが近いか。一本の角と翼を持つ“聖獣”。前回は巫女王の召喚により、お前たちが神と崇める者が支配する世界──上位世界より来訪した。そして、対魔族殲滅兵器として、奴らを殲滅し──」
 そこまで言ったところで、クレアの顔色がさっと変わる。
「では君は、貴様らは、ルービィエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ))とルキアエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん))なのだな!」
「ほう、名は覚えていたという訳か」
「──なぜ、なぜ貴様はあの時裏切ったのだ!!」
 クレアが吼えるのを、今度はルービィという名の緋色の髪の青年が、不思議そうに見る番だった。
「……裏切った? お前個人との出会いなどあったか?」
「ああ、そうだ。……王都防衛戦<水晶の森の戦い>に貴様は参加していた筈だ。
 戦場では我ら騎士団の優勢に進んでいた──貴様が敵軍を引き込まなければ!」
 巫女王が召喚し、強大な力から頼られていた聖獣は、突然裏切り、背後から敵軍を導いたのだ。
 この奇襲のために白銀騎士団は総崩れになった。クレアも劣勢となった軍の殿となり必死に味方の兵を逃がすも、彼自身はその戦で絶命する。彼の前世最期の記憶は、ルービィが友の屍を踏みつつ、笑っている姿で途切れていた。
 そして現在。クレアは仲間に聞いて知ったのだ。巫女王の王国が抵抗する力を奪われたのは、あの戦の影響が大であると。
「ああ、あの時そういえば、騎士団長が最後まで残っていたか。さて、今何故とお前は問うが……言わなかったか? 『巫女達の綺麗事にはもううんざりだ』と」
 クレアは平然と言い放つルービィに、やや湾曲したシルエットの剣を突き付けた。
「貴様らに如何様な大義・神のご意思があろうとも」
 たとえ、敵わず斃れることになろうとも、とクレアは長い間憎んでいた相手を、やっと見つけた喜びすら感じていた。王国は滅び、部下の多くは死に、友を失い。
「魔王軍に寝返った貴様らは許さぬ!」
「つまらぬ感情に囚われる人間風情には、この真意など分からぬだろう。神の手のひらの上でお前達は永遠に踊り続けるがいい」
 刃向われるのはいい機会だと、ルービィは思った。
 彼らが裏切ったのは、決して前世の人間に話したように、「綺麗事にうんざり」したからではない。それが巫女王たちの崇める神・天空神意向。いわば「神のおぼしめし」だからだ。
 天空神がルービィたちに下したのは、地上世界で、巫女側と魔王側どちらかの圧勝が無いように調整せよという密命だった。地上を常に光と闇に揺らし続ける事で、世界の停滞を防ぐため。この世界の人物は誰も知らない。
 ──故に今回もまた、同じ意図で動いている。巫女王の覚醒を促すために巫女たちを追いつめ、それによって魔王軍を追いつめ、最後には魔王たちの力も削ぐ。
 世界は争いで揺らぎ続けるべきなのだ。
 話の行方を静かに見ていたルキアは思う。光と闇は掌の上で踊り続ける、と。
「では行くぞ、脆弱な人間よ」
 ルービィがクレアに向けて階段から飛び降り、一角獣の角を穂先に付けた槍を突き出した。
Know Reet(戦友の声)!!」
 叫んだクレアの前に、戦士たちが現れた。どれも同じ全身鎧を身に着け、深く兜を被り、その手にどれも同じ剣を握っている。かつて彼が率いた騎士団の、その揃いの鎧と剣だ。よく見れば足元が少し透けているのは、彼らが既に霊体となっていたからである。
『──左に』
 友の一人が、クレアに囁く。ルービィの突然の鋭い一撃を、彼は地面を蹴って避ける。
「これで1対2ではなくなったな」
 人間一人に二人でかかるまでもないと思っていたルキアだったが、手早く決着を付けようと弓を引き絞り、矢を放った。矢は彼の眉間に吸い込まれるように見えたが、クレアの戦友はその身を挺して彼を庇い、天界へと帰って行った。
「Godspeed アーヴィング!」
 部下たちは、一人はルービィの槍に、一人は弓弦に巻きつき、一人はクレアに敵の攻撃のタイミングや方向を伝えて彼をサポートする。サポートをし、一人が消えるたびに、彼はその名を呼んだ。
「Godspeed モーリス、Godspeed ケストナー……!」
 懐かしい部下たちが自分を守ってくれる。そして自分もまた、彼らの無念を晴らす。
「お前にも見えるだろう。こいつらが。お前を探していたよ。こいつらといっしょにね」
 クレアの刃は激しく鋭く、攻撃は防御を顧みず、隙を生んでいく。だが彼らの心一つ一つ刃に乗せて、剣はルービィを裂いていった。悲しみと憎しみが彼に力を与えてくれる……。
 ──不快だ、と。人間に傷つけられたことに、ルービィとルキアは眉をひそめた。
 二人の手が輝いた。一方には光が、一方には闇が集まる。二人はそれを捻じり合わせ、魔法とする。光と闇の両属性を持つ極大攻撃魔法<絶対の静寂>であった。
「不本意だが仕方あるまい。消え去るがいい……」
 光とも闇とも形容しがたいその『光』がクレアに向かって放たれた。
 ──やられる、と。クレアは思う。思わず目をつむった。
(……なんだ?)
 痛みは全く感じない。
(まさか、痛みを感じる間もなく、死んだのか……?)
 目を開いたクレアは、彼の眼の前に立つ、ピンクのツインテールを靡かせた一人の少女と、少年の背を見た。
「誰だ!?」
 ルキアの問いかけに、二人は応じた。
「私は陰山(かげやま)ジュリエッタ雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった))改め、“精霊の御使い”カクトゥス・サルヴァトーレ……」
吉田 英雄如月 正悟(きさらぎ・しょうご))いや、人類の守護者シムグントだ」
 カクトゥスはルービィとルキアの二人に向かって、手を広げる。
「上位世界だか知らないけれど。
 前世でも言ったけれどもう一度言うわ。巫女の力、魔族の力。全ての魔法は精霊様が与えてくださるもの。それを己が力の様に思い上がり、互いに互いを傷つけ会うために使うなんて……! どうして精霊様の声が聞こえないの?!」
「前世でも報われなかったろうに、何がそうさせる? それにそこの少年もだ」
 前世では王国と帝国を停戦させるべく、蒼角殿の戦いの最中に飛び込んだのが彼女だった。
 現世では百合園本校の生徒であり、煌びやかな印象の強いハーフなのに冴えない地味目の子で、戦闘も停戦を呼びかけるのも想像が付かないような彼女だった。図書室で毎日本を読み漁っていた結果、精霊について思い出していなければ、ここまでしなかっただろう。
 それに、恋人のデルフィニウムが彼女を捨て、去って、一時は憎んで──とても大切な人がいなくなっていなかったら。
「報われてなくなんかない。あの時はこいつ助けてもらったからな。その礼だ」
 魔族からシムグントへと、不意に放たれた攻撃をカクトゥスが庇ったのだった。
(そのおかげで、アレの完全復活前に自分も目覚めることができたんだ……)
「邪魔をするなら、そこの騎士諸共消え去るがいい」
 ルキアは手から光の刃を放つ。しかしカクトゥスは避けようとはしなかった。
<精霊降臨──全ては神々の戯れ──>
 指をひらめかせると、光の刃はたちまち姿をユニコーンへと変え、遠くへと駆け去った。今度はルービィが風を槍状に投げつけるが、これもまた鳩となって四方へと飛び去る。
 精霊の力を操る彼女の能力は、精霊をその自然に帰すものだった。その力で、先程の技を光と闇に再分離し、自然現象として消し去ったのだ。
「光と闇を合わせることすら躊躇わない──そんなあなたたちは、この世界の法則に反している! 精霊は戦いたくないって言ってるわ!」
 シムグントも彼女に同意して頷いた。
「俺の左目が知ってるぜ。疼くんだよ……世界を守れと! 此処のゆがみを破壊しろと!」
「世界の歪み? それはお前たち人間のことだ」
 再び不愉快そうに言うルービィに、シムグントは吐き捨てた。
「違うね。それに、アレは、世界のバランスなんて生易しいもんじゃねぇよ。お前らはあらかた終わったら帰っちまって、その最後まで見てなかったんだろうけど、な。
 俺は、この力に覚醒するまで、巫女王に尽くしてす一人の近衛兵士でしかなかった。ただそんな俺にも巫女王は、部下ではなく一人の人間として接してくれた。俺は巫女王と共に戦い魔王を討とうとした。英雄たちが魔王を討ち、俺が一撃を入れ、その隙に巫女王が封印をしようとしたその時だ……、
 魔王と巫女王が相打ちになった後、世界を終焉させる獣が目覚めたのは。そして俺の役割を理解し、蒼穹の浄眼が覚醒したのは」
 覚醒したばかりの浄眼を喰らおうとした、その獣の牙を代わりに受けたのがカクトゥスだった。
「浄眼──かつて人の世の戦いが激化し、取り返しのつかない状態となった時に現われる、とある存在を倒すために存在した、人類の守護者の武器、か」
 ルービィが驚きの声をあげた。
「久しく見なかったぞ、そうか、お前がいるのならば巫女王を復活させる必要もなさそうだ。お前には神の為に戦ってもらおう。世界存続のからくりも、地上のお前達に判るすべもないだろうが」
「嫌だね。巫女王を守る為にここにいる。俺を助けてくれたお方だ。第一、世界のバランスなんて、そんな簡単に取れるもんじゃねぇ。大勢の人間を殺した末のバランスなんて糞喰らえだ!」
 シムグントは黒曜石の愛剣を握りしめ、神の使徒を殲滅するためにその名を呼んだ。
運命(さだめ)られし破滅の剣──ダークブレイド グラム)
 彼の闘気を燃料として、刃の外側に、巨大な炎の刃が形成された。彼は同時に走って、二人の懐に飛び込んだ。
 この炎の刃は恒星の如き膨大な熱量と輝きを持ち、通過する全ての対象を焼却し概念ごと対象を消し去る──。
 シムグントが着地した時、その場には何もなかった。
「大丈夫……?」
「ああ」
 彼は肩で息をしながら、カクトゥスを振り向いた。疼く左目は、見開かれた時、空の青色を湛えていた。
「目が復活した。獣の元へ行く。助けてくれ」
「ええ」
 果たして獣を抑えられるのか、否か。
 カクトゥスに支えられながら、シムグントは巫女王の元へと急ぐ。