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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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第6章 神の嘆き、悪魔の囁き、獣の咆哮。


「何が起こったのでしょうか?」
 背後に轟音を聞き、“妖精”ガーデニア・ジャスミノイデス関谷 未憂(せきや・みゆう))は、“神官”アーホルン・ティ(本名織田ゆりこイルゼ・フジワラ(いるぜ・ふじわら))に尋ねた。
「分かりません。ですが、大事なのは巫女王を守り抜くこと。いいですね」
「……はい」
 ガーデニアは頷く。頷きながら、アーホルンの優しい横顔に、この人は命に代えてでも、絶対に守ると心に誓った。
 前世において、ガーデニアはこの人の姿ではなく、巫女の王国で暮らす醜い妖精族(ピクシー)だった。もしこの記憶だけだったら、百合園に通う平凡な学生であった彼女は、現世においてまで戦いに参加しようとはしなかっただろう。
 けれど、アーホルンの記憶があった。
 容姿ゆえに差別され住処を追われ石を投げられ、ボロボロになっていたガーデニアを、拾って優しく手当てをしてくれたのが、通りすがりの神官であるアーホルンだった。
 そして、一緒に住まないかと言ってくれた。彼女まで周囲に変に見られるのではないかと心配したが、彼女は気にすることはないと言ってくれた。事実偏見には諭し反論し、ガーデニアを周囲に受け入れてもらえるように、辛抱強く様々な努力をしてくれた。
(なのに、王都の神殿に魔族が攻め入った時、私はこの方を守れなかった。自分が死ぬのが怖くて、動けなかった。
 ……結局、私は殺されて、この方は死んでしまった。いいえ、私が殺したようなものです。それでも、この方は今も私に優しい……)
「どうかしました?」
「い、いえ。あの、……何でもありません」
「それではこちらからお願いがあるのです。あなたには言いますが、巫女王が目覚めても魔王に勝てぬ可能性を、私は考えています」
「……え?」
「肝心な部分は理由あって話すことができないのですが、今から私は皆に巫女王を託し、一人である儀式を行います。もしかすると、命を落とすことになるかもしれません」
 何時になく真剣なアーホルンの表情に、ガーデニアはただならぬものを感じ取って声をあげた。
「そんな、アーホルン様! そこまでなさらなくとも、もし何か魔力なりが必要でしたら、私が──」
「それ以上は言わないでガーデニア。あなたは巫女王をお守りし、戦の結末を見届ける役目をお願いします」
 ガーデニアは、魂を差し出してでもこの方は巫女王を守りたいと思っていらっしゃるのだ、と理解した。それでも何とか思いとどまらせようと、あれこれ言葉を重ねた。だが普段穏やかなアーホルンは、こういった時だけは強情に、彼女の希望を受け付けなかった。
(……こんなこと知れたら、軽蔑されるでしょう。でも、私は巫女王よりもこの方の方が大事……)
 ようやく城の奥に着いて巫女王を椅子に座らせたとき、ガーデニアは最後の懇願をした。
「お願いします、やめてください。あの日、ボロボロの私を拾ってくださった。醜い姿を見ても変わらずやさしくしてくださった恩、生き永らえて来れた恩を返せずに、あなたを死なせてしまいました。なのに……」
 濡れる頬の涙をアーホルンはそっと拭うと、大丈夫ですよ、と微笑んだ。真実はその真逆。必ず命を落とす「契約」になっていたのに。
「きっと戻ります。またお会いしましょう、ガーデニア」
 彼女は小部屋へ続く螺旋階段を下りていく。
「……彼女の言う通り、きっとまた会えるでしょう。だから今は気をしっかり持って敵に備えましょう」
 ガーデニアにそう言ったのは、この部屋にいる転生者の一人──先程まで窓から地面を狙撃していた時仕えの射撃手(ワールド・オブ・エンド・ガンスリンガー)・ローズ九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず))だった。
 果たしてローズの言った通り、感傷に浸る間もなく、巫女王が寝ていたホールを突破した魔族たちが部屋に突入してきた。
 その先頭に立つ姿に、ガーデニアも、ローズも見覚えがあった。それぞれ違う理由で。
「あれは、ミオスさんよ!」
「ミオスを知っているの? 彼女は魔王軍の騎士で、滅多に表には出ないはずよ」
 ローズは元魔王軍の所属だった。故に彼らの主だった兵の名は頭に入っている。ではなぜ今ローズはここに居るかと言えば、ある戦いで巫女王側に捕縛された時、巫女王に命を助けてもらったのだ。敵にすら寛容な巫女王に、その時から彼女は忠誠を誓っている。
「ええ、元々はこの王国の名のある騎士だった……ミオスさん! 何故ここにいるの!?」

「──私は魔王様の忠実なるしもべ。生まれし時より、そうでした。……紛い物の名など、私には必要ない!」
 ミオス赤羽 美央(あかばね・みお))と呼ばれた騎士の少女は、という名の騎士は、だが名を呼ばれたことに露骨な拒否反応を示した。
「今の私の名は、ただの一人の暗黒騎士」
 そう言った彼女に迷いはない。何故なら、白く長い髪、赤い瞳。その雪ウサギのような容姿ゆえに螺旋女王ドナに目を付けられ、記憶を改ざんされた一人だったからだ。
 彼女は意志ある魔剣・デスブリンガー魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー))を正面に構えると、剣に力を注ぎこんだ。
 しかし、その時思わず、彼女は身体を折って咳き込んだ。
「け、けほっ……けほっ」
「体が悪いのですか? まさか魔族に操られて、禁術で命を魔力に変換しているんじゃ──」
「魔王様の命令こそが絶対にして、我が正義。正しさ、愛、そして私自身の命であろうとも……全て取るに足りません」
 暗黒騎士とは思えぬその様に、ガーデニアが声をかけたが、やはりミオスは彼女の言葉を途中で断ち切った。断ち切って、ただそれは肯定だった。
 ミオス自身も直感していたのだ。自身の命の灯が消えかかっていることを。それでも彼女は魔王のために尽くす、そういう騎士になっていた。
 ガーデニアは、彼女を説得するべく言葉を重ねた。
「やめて下さいミオスさん! あなたは本当は、暗黒騎士なんかじゃないんです。一人で魔王に戦いを挑みに行って──そのまま行方不明になったんですよ!」
「……うぅ」
 その言葉に、ミオスは頭を手で押さえた。頭が割れるように痛かった。瞼の裏で、映像がステンドグラスの細工のように断片的に重ねられては、割られていく。
 ──騎士ミオスとして白い鎧を授かり、叙勲した日。魔王に立ち向かう姿。黒曜石の螺旋階段と、黒い巻き髪。白衣を着た男が、自分に言い寄ってくる姿。
 目を見開き、息を荒くするミオスを助けようと駆け寄ろうとするガーデニアとローズだったが……、

「──あら、まだ終わってなかったの? 終焉の魔天使と呼ばれる貴方が相当手こずっているようね?」
 ミオスの背後から優雅に姿を現したその女性は、挑発するような口ぶりで、頭を庇って屈む彼女を見下ろした。
 ミオスは赤い瞳で彼女を睨みつけるが、
「その目はなに? 私を何者か知っての態度かしら?」
 言われて渋々頭を下げた。
 その態度に、巫女王側の転生者の間に緊張が走る。
 ミオスに頭を下げさせたことだけではない。彼女に付き従うように現れた5匹のアルラウネと、控えるように立つ白衣の魔術師は、彼女が魔王軍の中でも高い地位にいることを示していた。
 白衣の魔術師は眼鏡をくい、と意味ありげに上げて見せると、愛しのミオスの前で格好付けるように、口上を述べる。
「フハハハ! 我が名は魔王軍の天才魔術師マスター・ハデス!ドクター・ハデス(どくたー・はです)) ククク、ついに我が記憶と能力が蘇った! これも魔王様と巫女王の最終決戦が近い証だ!
 ……それにしても、これはこれは奇妙な運命だ。私を封印した妖精がいるとは」
 部屋を見渡したマスター・ハデスが、ガーデニアの姿に、大仰に驚いて見せる。動作の一つ一つが芝居がかった男だった。
「我が愛しのミオスの槍の錆になりに来たのかな?」
 ミオスは頭を抱えながらも、心底嫌そうにマスター・ハデスから顔を逸らした。どうやら一方通行の愛情のようだ。
 魔族の女性もまたマスター・ハデスを無視すると、ミオスに語りかけた。
「ミオス。お父様の目覚めも近く、叔母様も既に到着なさっている頃。忌々しい巫女王の軍とはいえ、もたもたしていたら、美しい者たちが刈り取られてしまうわ。そうなったら私の楽しみはどうなるの? わざわざここまで足を運んだ甲斐がないわ」
 ミオスは前髪の下で、今度は他人には解らぬように彼女を睨んだ。
 ──というのも、彼女は魔王軍に入ってから、(最初に改造した)ドナの元から、彼女に「蒐集物」のひとつとして連れ去られたからである。
 この女性は美しいモノに目がなく、少しでも美しいと思ったモノはなんでも集めたがる蒐集者だった。たとえ美しくなくても、「組み替えれば」美しくなると思ったモノは集めたがる。その上、他人の大切なモノは美しく見えるワガママで厄介な面もあった。
 「組み替える」とは、身体をバラバラにして美しいオブジェに変えることであり、オブジェは多くが彼女の愛する植物の形になった。だから実は、憎んでいたのはミオスだけではない。敵はおろか数多くの味方も彼女を恐れて畏敬しつつも、内心憎んでいた。
 彼女を人はこう呼ぶ、魔王の娘黒薔薇姫(本名はゲルダ・ローゼンなるドイツ人だった)(多比良 幽那(たひら・ゆうな))──と。
「黒薔薇姫様、私が先に参りましょう」
 マスター・ハデス(その正体は、百合園の近くに住むライトノベル好きの大学生(21歳))は白衣を脱ぎ捨て、魔術師風のローブ姿になると、ぴしりと指を突き付けた。
「今回の戦いは、前世のようにはいかんぞ。なぜなら、今回は、俺のオリジナルスペル・時空間歪曲結界<イージスの盾>によって、魔王様の唯一の弱点である聖剣の力を時空の狭間に封じてやったからな!」
 突如明かされる事実に、周囲の全員がざわめいた。
「ククク、前世では、我が固有スペル<イージスの盾>によって、互いに時空の狭間に飛ばされるという相打ちの形になったが、今度こそ、決着をつけてくれよう! なお、聖剣は俺を倒さぬ限りこの世界には戻ってこないぞ!」
「……ということは、倒せばいいと言うだけね!」
 マスター・ハデスのご丁寧な解説に、一時は絶望しかけたローズの顔に色が戻る。
「巫女王のため、何を犠牲にしてもあなたを倒す!」
(私は巫女王の銃であり、盾……なんとしても巫女王をお守りいたします!)
 言ったかと思うと、素早く二丁の拳銃を腰から引き抜き、
「チェックメイト」
 と呟いた。ローズの青い瞳が赤く光る。
 ──その時、時は止まった。周囲の人々の動きも、舞い上がる地理も、音も何もかもが。ただローズだけがその『数秒間』の支配者となった。
 彼女は銃の引き金を、マスター・ハデスに向けて引いた。銃口から発射された銃弾は、空気中に留まる。
 再び時が動き出した時、固着されていた銃弾が敵を貫く葬列となる──ワールド・オブ・エンド
「ようこそ、私の『世界』へ! 終わるのはすべての世界ではなく、巫女王の敵となるものの世界……!」
 彼女の声がマスター・ハデスに届いた時、彼のローブはハチの巣になっていた。



「くっ、おのれっ、マスター・ハデスめっ!  力が封印されては、本来の聖剣の姿になれんっ!」
 マスター・ハデスが敗れたのと同時刻頃、時空間歪曲結界<イージスの盾>(もとい、お城に一部張られていたアスレチック用ネットの隙間)に挟まれ、もがいていたのは、高校生刈羽庵 聖(かりばあん・ひじり)聖剣勇者 カリバーン(せいけんゆうしゃ・かりばーん))だった。
「勇者よっ! その勇気の力をもって、マスター・ハデスの結界を打ち破り、我が力を解放してくれ!」
 祈り叫ぶ刈羽庵君の祈りが天に通じたのだろうか。
 マスター・ハデスがローズによって倒され、彼の拘束が解かれていった(つもりで、ネットから自力で這い上がった。このアスレチックはそもそも幼児から小学生向けである)。
「封印が解かれた!」
 彼は歓喜の表情を浮かべ、ローズの元へと走っていく。



「勇者ローズよ! よくぞ我が封印を解いてくれた!」
 マスター・ハデスを打倒したローズの元にきらきらと光りながら、聖剣が舞い降りる。
「さあ、遠慮なく我を使用するがいい!!」
 剣の柄を握ったローズだったが、その重量に思わず腕が持って行かれそうになる。
「……これはきっと真の使い手を探しているのね。剣よ、私は真の勇者ではないわ。巫女王様に使っていただきましょう」
 ローズは納得して、聖剣を一時床に置いた。