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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◆

 公園、その敷地と外の空間を隔てる一角にて、彼女と、彼と――そして男は刃を交えていた。一進一退の攻防たるや、周りの街路樹をなぎ倒し、止めてあった車を転覆させ、金属からなる手すりを歪めてもなお、収まる事はない。
「おいおいおいおいおいおいおい!!!! いい加減に諦めたらどうなんだよ姉ちゃん!」
「それは……無理な話、ですよ。私が此処から退けば、貴方は迷わずこの中に入るでしょう」
「ご名答さ」
「私たちが此処で貴方を止めねば、貴方はたった僅かな意味の為に、その行為と吊り合いの取れない犠牲を生む。……ならば私は、此処を退かない」
 それが、メティスがレンから下された命である。
「その意気だよ……! わしらが此処で踏ん張らないと、後ろのみんなが危ないからねぇ……」
 彼女の隣――厳密にはその数歩後ろに控える恭介が懸命に所持していたイコプラを操作し、メティスの援護をしていた。
「そうかいそうかい、お前さん等はそこまでして俺を邪魔したいのかい。だったらいいよ、だったらいいさ。そのまま地獄に送ってやるよ。何――痛いのは最初だけだ。怖いのは最後だけだ。ただそれだけだからよ」
 ドゥングは決して、武器を抜かない。背負った長い刀を抜かない。拳を握りしめ、それを振るう。暴力はしかしそれ以上の力を宿し、再び周囲を破壊し始めるのだ。
懸命に彼の攻撃を回避するメティスは、しかして彼女も徒手空拳。
「お前さんは勇ましいなぁ。俺に素手とは」
「貴方を傷つければ悲しむ人もいるでしょう。だから私は武器を使わない。貴方は無傷で解放する為に」
「言ってろよ」
 ドゥングの拳がメティスの顔面に向かう。大してメティスはそれを捌く為に彼の腕に自らの腕を滑らせて拳の軌道を変え様と試みる。が
「……動かない?」
 慌てて背後に飛び退き、彼の拳を回避する。
「俺がお前さんの力如きで攻撃を止めると、そう思ったのか? 幾ら機晶姫だからって、そいつぁ無理な話だぜ」
「離してる暇があるなら周囲を警戒する事だねぇ……!」
 ドゥングの言葉に被せる様に恭介が声を荒げた。攻撃のモーションを取ったままに硬直していたドゥングの背後。後頭部の辺りに、恭介が繰るイコプラ、ラファエルが武器を構えて跳躍している。そしてそれは、何の躊躇いもないままに手にする剣を振り抜いた。人を簡単に殺せてしまうような凶器を、それは平然と振り下ろすのだ。しかし、ドゥングは一切動かずに、その攻撃を後頭部で受け止める。
「俺が何故、周囲を警戒しないかわかるかい? 兄ちゃん」
「……確かに、当たったのに」
「攻撃されても、痛くも痒くもないからだよ」
 漸くそこで拳を振り抜いたままの姿勢から立ち直ったドゥングが、拳を思い切り後ろへと向けて振る。ラファエルとドゥングの拳の間、突然の様に現れたサバーニャがその攻撃を手にする盾で受け止めると、ラファエル共々恐ろしい速度で持って恭介たちとは反対側へと弾き飛ばされた。
「ほらどうした、男の子だろ。だったら直接殴りに来いよ」
 二人に向いたままの彼は、にんまりと笑顔を浮かべている。
「二人とも、ちょっと退いてぇ!」
 急に声がした。 瑞穂の声。 二人の更に背後、公園の敷地内からの声だがしかし、二人はそちらを向く事なく両側に捌けた。すると丁度二人の間から、拳大の石がドゥング目掛けて飛んで行く。顔面へ。 文字通り、それは致命傷たる行為だ。が、やはりその攻撃も止まる。
「だぁかぁらぁよぉ! そう言う類の攻撃は一切効かないって言ってんだろ?」
 彼の顔面を直撃したはずの石は、しかし急にその推進力を失い地面へと落下する。彼の足元へと落下し、虚しい音を辺りに奏でた。
「そんな……」
「おう、そうビックリしなさんな。何もお前さん等を取って食おうなんて思ってやしねぇよ。ただほら、腕でも足でもなんでもいいからくれって言ってんだよ」
 一歩、踏みしめる。
「わっ! こっちきた! クソっ……ハルート!」
 手元に残る一体、イコプラのハルートを操作し、近付こうとしているドゥング目掛けて飛びかからせる。が、それもすぐさま弾かれた。既に手さえも使っていない彼を見て、恭介が思わずたじろぐ。
「一旦退いて! 大丈夫、手前の区画の人はみんな奥に行ったわ! この先にみんな待ってるから、今度はみんなで攻撃すれば」
「わかった!」
 まさか背を向けるわけにはいかないだけに、彼は半身の状態で公園の敷地内へと入って行った。
「ほら、兄ちゃんは引っ込んだぞ。お前さんも早く中に入れよ」
「それは出来兼ねますね」
 大きく幅を取って開いた足。腰を落とし、拳を固めて構えを取るメティスを捉えているドゥングは、その様子を見て笑顔で一度、手を横に薙ぎ払う。
「くっ――!?」
 その一撃は最早、生身の人間のそれではない。自身の意志とは反し、彼女の体は思い切り飛ばされた。ドゥングが向く方向。彼女が背負う方角。即ち、公園の敷地内。何かに衝突するまではなくならないだろう程の勢いはしかし、不意に停止した。背後からの衝撃を覚悟していた彼女は意外に思いながらも着地すると、ふと後ろを見やった。
「大丈夫、ですか?」
「いってぇなぁ……何だって俺がこんな事せにゃならん」
「マスター、そんな事言っちゃ駄目ですよ」
 淳二、ベルク、フレンディスが飛ばされたメティスの勢いを殺し、彼女をその場で停止させたのだ。吹き飛ばされた距離、大凡十数メートル。そして彼女の代わり、メティスに入れ替わる形で以てドゥングの前に立ちはだかっていたのは、ルファンとイリア。
「すまぬな。公園は本来暴れる場所ではない故――おぬしには此処でお引き取り願おうか」
 ゆるりと、彼は構えながらに呟いた。表情は風の如く緩やか。しかしてその決意は不動。此処を通さない、と言う意志はないらしく、彼には違う意図があるらしい。
「へぇ、いいじゃぁねぇか。その面構え。目的は、さっきまでのお二人さんとは違うみたいだが」
「如何にも。が、おぬしにネタをばらしたところで特はなく、ならば言う事はあるまさ」
 穏やかに構えるそれは、恐らく彼の自然な状態。手にしている三節棍を棒状にして、構えを取っていた。ゆっくりと歩く彼の歩調へと目をやり、彼の上体に目をやって、彼は一層深く構えを取った。
「いいねぇ、あいつとそっくりの物腰。いやはや参った、漏れなく殺っちまいそうだ」
 何処か様子を変えながら、ドゥングは焦るでもなくルファンとの距離を縮め、拳を握ってそれを振り抜いた。メティスの時と同様に。
「そう易々と同じ攻撃を食らう必要ななかろう?」
 ゆるりと、彼はそれをしゃがんで躱す。
「そうだな、ご尤もだ」
 返事を返すドゥングは振り払った腕の反対の腕を、今度は頭上高くあげ、それを振り落す。ルファンの頭部を狙ったそれはしかし、標的に当たる事無く地面を捉え、敷いてあったタイルを粉砕した。
「ただの力比べか?」
「うるせぇよ。攻撃だ」
 地面を喰った腕を、今度は元の軌道で上部に上げる。が、やはりルファンに当たる事はない。
「そうか、攻撃は当たらねば攻撃と言わぬがのう。わしはそう思うぞ」
「知ってるよ」
 二人の動きを見つめるイリアは、戻ってきた恭介と瑞穂を誘導し、見守る一同の元へと案内した。
「君のパートナーさん、大丈夫なのかい?」
「でも――攻撃全部避けてるよね」
 思わずそう言う恭介と、何やら関心している瑞穂に向かい、イリアは胸を張って答えた。
「大丈夫っ! ダーリンはそんじょそこらのチンピラになんて負けないんだから」
「それにしても――何で彼は攻撃が」
「簡単や」
 淳二が怪訝そうな顔で見つめていると、隣の芽衣が彼に言った。
「淳二さんや皆みたいに、倒そ、止めようて思うてへんねん、彼。せやったら簡単やろ? ただ避ける事に集中してれば、一撃がでかいだけのオッサンやもんな」
「避ける、だけ?」
「ふん。どうやら彼、此処であのドゥングとやらを看破するつもりですな。いやはや、手前にはわかり兼ねますよ、そんな面倒な行為」
 説明を聞いて首を傾げたリカインに対し、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が補足を入れる。
「見破るつもり、ですか」
「姑息だとも言っていられん状況だからな」
 フレンディスとレティシアが言葉を交えると、メティスが再びドゥング達の元へと向かって歩みを進める。慌ててそれを止めに入るベルクはしかし、彼女の並々ならぬ気配に言葉を呑むより他なかった。
「……あいつ、なんかおかしくねぇか?」
「そうですか? 寧ろ私たちも参戦しないといけない様に思いますけど」
 ベルクの言いに反応するフレンディス。そこで彼女は再び口を開く。
「ふん、あの男――ルファンと言ったか。あやつが言ったのだ。我らは此処で見ていろ、とな」
 レティシアの言葉に、一同は首を傾げた。
「自分が攻撃を避けている内に、やつの動きを、そして何故攻撃全てが緩衝されるのかを見破れ、とな。そう言っていた」
「だから避けるのみに意識を向けている、と言う訳ですか」
 淳二は真意を理解し、よくよく目を凝らす。そこで彼は何かを見つけた。
「あれ、おかしいですね」
「何がですか?」
 ミーナの問いに頷いた淳二は、全員に聞こえる様に気付いた事を呟く。
「おかしいんですよ。俺も頭に血が回っていた気が付かなかったんですがね。彼が攻撃に入る瞬間、攻撃に入った後、腕に変な渦みたいな物が出るんです」
「渦……?」
 思わず一同が目を凝らす。 そこには確かに、渦があった。渦、と言うよりは空気の流れの変化。まるで何か、外から空気を圧縮させている様な不思議な流れ。
「精々加速器の原理でしょうよ。手前にはそう言った近代的な知識はありませんが」
「狐樹廊、どういう事よ」
「見たでしょう? 入り口の有様を。そして彼――淳二と言いましたか。彼が投げ飛ばされた時も、大凡生物が出していい力ではない程の爆発力を有していた」
「ですよね。俺だってそこまで重くはないですが、それでも片手で投げられる、なんて芸当は殆どされた事――ないですね」
「そう、出ないのですよ。生き物はね。それほどの力を解放すれば、それこそ生命に関わる事故、出せる筈がないのですよ。でもあの者は平然と、生物が超えてはならぬ壁を超えてしまっている。どうすれば成し得るでしょうかね」
「表面に何かがあれば……もしくは、内部がその勢いに耐えられる構造なら……と、言う事か? ふん、小難しい事は知らん!」
「だったら黙ってろよレティシア。簡単な話だっつーの。ありゃ魔法で表面を強化されてる。原理としては魔鎧に近いかぁ?」
「ちょっとー! べるくちゃんたら、あんなお粗末な物とアリッサちゃんたちを一緒にしないでくださいよっ」
「うっさいわ無機物っ! だーっとれ! 兎に角、あの渦は空気。周りの空気を集めて纏わせてる、加速器の原理ってのは、その副産物の事だろ?」
「ご名答」
 ふぅ、とため息をついた狐樹廊は、しかし仕方ないでしょうね。と続けた。