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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◆

 病院内を歩いていた勇平、陽たちは、ある部屋の前で足を止めていた。
「ねぇ、この声って――」
「多分な」
 陽が扉を指差し、勇平が頷いた。目的の部屋は此処だろう、と踏んで。
 彼等は暫く病院内を歩いていたが、しかしそのどこにも人がいない事をいよいよもって不審に思ってきていた。今までは、それこそこの病院に入ってくるまでは、それはあくまでも違和感であるだけだった。が、昼間、この時間からロビーに人っ子一人いない、と言う時点でそれは違和感ではなくなる。この病院で何かがあったに違いない、と、改めて感じていた。
それはロビーを抜けて病棟内の廊下を歩けば確信に変わり、そして彼等はやや急いで廊下を進んでいたのだ。それこそ、今彼等がいる部屋の前にさしかかるまで、話し声や物音が一切しないのだから。そして彼等はそこに到着し、扉をノックした。
「失礼しまーす。ウォウルさん? いる?」
 恐る恐る扉を開け、ひょっこりと顔だけ部屋に居れた彼は、暫く辺りを見てその動きを停止させる。
「おい、どうした陽? 何やってんだよ。早く扉開けろよ」
 陽が固まっている為に、部屋に誰かがいて、それがウォウルであるかどうかがわからない為に苛立ったフィリスが後ろから扉を開くと、その光景は彼等の前に現れる。
随分とぐったりした一同、真剣な面持ちの彼等の前に転がっていたのは、他ならぬラナロックその人で。彼女の胸にはウォウルの普段持っているナイフが一本、突き立っているのだから。
「ウォウルさん……これって一体」
 硬直していた陽がおどおどしながらそう尋ねると、勇平たちが慌ててラナロックに掛け寄る。
「おい! しっかりしろ! ……何やってんだよ!」
「勇平、こら勇平! 落ち着け! きっとこれには何か事情が――」
「酷い……」
 ウイシアが口を押えてラナロックの亡骸から後ずさって行く。と、背後にいたアイスに当たり、彼女の後退は停止した。
「いらっしゃい」
 いつもの様子、いつものニヤケ顔でそう呟く彼を前に、勇平が彼に掴みかかった。
「何へらへらしてんだよ! ウォウル、何やってんだよ!」
 物言えぬ雰囲気が部屋を包んでいて――。と、その部屋の中にいた御凪真人(みなぎ・まこと)が徐に口を開く。
「それはラナロックさんじゃないですよ」
 とは言え、彼とて随分と沈んだような口調だった。
「ラナロックさんじゃ……ないの?」
「待て待て、全く状況が読めん」
 尋ねる陽を遮って、フィリスが近くにあった椅子に腰を降ろしてそう言った。
「彼女はね、ラナロックさんの姉妹機なんだって」
 呆然としていた永井 託(ながい・たく)がそう口を開くと、ゆっくりと出口へと向かって行く。
「ちょっと外の空気、吸ってきても良いかな」
「行ってらっしゃい」
 ウォウルに見送られた彼は、そのまま部屋を後にした。
「それで――何があったのじゃ」
 ぼんやりとしているその部屋の中、『複韻魔書』が尋ねると、ルーシェリアが口を開いた。
「皆様が来る前、私たちはウォウルさんの命が狙われている事を知ったですぅ。それで、突然現れたのが彼女でしたぁ………ラナロックさんの姉妹さん、とってもかわいそうな事、しましたけどぉ……」
「でも、仕方がないよね。だってこうしなきゃ、ウォウルさんも、私たちも、恐らく死んでたかもしれない」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が倒れているラナロックの姉妹機に近付くと、あるものを拾って彼等に見せた。
「ほら、これ。手榴弾。多分彼女、最後はみんなと心中するつもりだったんだよ。しかもこれ一個じゃない。結構な数を体に付けて、彼女はこの部屋にやってきた」
「皆さんのおかげで彼女の攻撃から救われたんですよ、僕はね」
 全員が意気消沈している中、ウォウルだけは平然とした様子でベッドの上にいる。
「ねぇ、真人。本当にこの判断は、正しかったんだよね?」
「えぇ。残念ですが」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の言葉に反応した真人は、やはりどこか辛そうな表情で絶命している機晶姫を見つめていた。
「じゃあ、一先ず危機は脱したと、という認識で良いんですよね?」
 アイスの言葉に対し、しかしルイ・フリード(るい・ふりーど)が肩を落として呟く。
「それが――そうも言っていられないのです。ですよね? ウォウルさん」
「えぇ。先程連絡がありました。どうやら僕の命を狙っている存在は、まだ僕の事を諦めてはいない。更に言うなら、ラナロックも狙われているそうです。何故だかは知りませんがラナロックは他の皆さんと一緒にいるそうなので、まぁ安心と言えば安心なのですが――」
「こっちがね。ほら、見ればわかる通り動けないじゃない、ウォウルさん。だから守るのも結構つらいんじゃないかなって、今話してたところなの」
 シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)がウォウルに続けて述べると、陽と勇平たちは成程、と相槌を打つ。
「じゃあ、これはラナロックじゃなくて、そんでこいつは敵だった、って訳なんだな?」
「そうですよ」
 勇平が確認し、しかし何処か面白くなさそうな顔でそっぽを向いた。
「それにしても…何とかなりませんかね。彼女」
 再び沈黙だったカムイ・マギ(かむい・まぎ)が、ふとそんな事を呟く。部屋の真ん中。倒れているラナロックそっくりの機晶姫を指差して。
「僕思うんですけど……いくら敵とは言っても、見た目がラナロックさんそっくりだからいけなんだと思います。だからこんなに沈んだ空気になるのではないですか?」
「言われてみればそうかもしれない」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が頷くと、ならば、とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が部屋を出て行く。暫くして戻ってきた彼はストレッチャーを持ってきていた。
「悪いがルイ。手伝ってはくれないか」
「えぇ、いいですけど」
 ダリルとルイが彼女を持ち上げると、ストレッチャーにその亡骸を乗せた。
「彼女は俺が責任を持って手厚く葬っておこう。もう動き出さない様に――もう苦しむ事が無い様に。ルカ」
「うん、手伝う」
 二人はそう言って、亡骸を乗せたストレッチャーを押して今度は本当に部屋を去っていく。
「で? これからどうすんのさ」
「それを今考えていた所ですわ」
 フィリスの言葉に反応したのは、ウォウルの隣に立っていた漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏った中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)。彼女は詰まらなそうに短くそう答え、以降は再び沈黙した。
『これからどうする』という課題を考える彼等に変化が訪れたのは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の一言からだった。彼は慌てて部屋に飛び込んでくると、すぐさま扉を閉める。
「全員逃げる準備をしておけ。まだ敵が残っていた」
 彼は今まで、この病院に脅威が残っているかを見回っていたのだ。そしてそれを見つけ、部屋に戻ってくる。
「黒い狼がいる、個体としてはそれほどの脅威にはならん。ならんがしかし――凄い量いるんだ」
「プレシアちゃん……!」
 堂島 結(どうじま・ゆい)が隣にいるプレシア・クライン(ぷれしあ・くらいん)へと言葉を掛ける。
「大丈夫だよ結。結はウォウルさんが逃げる時に肩を貸してあげて! 私とトキで何とかするから」
 結の肩に手を置き、励ますプレシア。
「困りましたね……逃げるにしても、何処に逃げて良いやら」
「外だろう? それ以外に考えられない」
 ウォウルの言葉に対してエヴァルトがすぐさま返事を返す、が、ウォウルは首を横に振った。彼が理由を述べようとしたとき、陽が彼の代わりにエヴァルトに言う。
「狙われてるのはウォウルさんなんだよね? って事はウォウルさんが外に出たら、敵もそれにつられて外に出て来ちゃうって事にならないかな」
「……そうだな。でもじゃあどうするんだ」
「一度――」
 ウォウルには何か考えがあるのだろう。暫く黙っていたのはそのためだったのだろう。そして陽が彼の代わりに説明しているとき、彼の思考は完結した。
「一度外に出てみましょう。どちらにせよ状況がわからない。外に出て、ある程度の事柄を把握してから病院内に籠城するのも悪くはないですから」
 彼はそういうと、体を起こしてルイを呼ぶ。
「すみませんが、肩を貸して貸していただけますか?」
「お安い御用ですよ」
 ルイが手だし、ウォウルは苦笑を浮かべながらに彼に掴まる。立ち上がる彼の腰を結が押えて補助とし、彼はそこで立ち上がった。
「外に――一度だけ外に行きましょう」
「敵はこのフロアに八体。そこまでは確認したがもっといるかもしれん、増えているかもしれん。兎に角、気は抜けんと言う事だ」
 エヴァルトが一同に言うと、彼等は力強く頷いた。
「えぇ!? また外に出るのかよぉ……もう無理だってぇ」
「ほら、フィリス。文句言わないで手伝ってってば、ね?」
「はぁ……はいよ」
 立ち上がるフィリスの横、苦笑をしながらその様子を見ていたアイスの横で、彼は懐から徐にそれを取り出した。
「持ってきて、良かったのう」
 深刻な表情の勇平に声を掛けたのは『複韻魔書』。
「あぁ。みたいだ」
「あまり無理、なされないでくださいね」
 ウイシアが心配そうに勇平に声をかけると、彼は一度頷いて、扉の横に背中を預けた。
「ウォウル。俺が先行して敵をぶった切る。ちょっと後からついてきてくれ」
「ならば俺も共に先行しよう」
 倣ってエヴァルトも扉の前に立つ。
「ま、精々よろしく頼むぜ」
「お互いにな」
 二人はそう言って、扉を思い切り開くと廊下に躍り出た。彼等が目指すは一路――病院外。





     ◆

 狼と対峙していた九十九 昴(つくも・すばる)は、不意にある物を目を視界に入れた。彼女は慌ててそちらに向かう。
「昴! いきなりどうしたので御座いますか!?」
「人がいる! 逃げ遅れた子供がいる!」
 パートナーである九十九 天地(つくも・あまつち)にそう言った彼女の前――見つけた子供の前には影狼が三匹。唸り声をあげている狼を前に、彼女は手にする武器をかざしたまま、逃げ遅れた少年を抱きかかえた。
「退きなさい」
「昴!」
「退けと言っている!」
 しかし狼はその場を動こうとせず、どころか彼女にかみつきにかかってきた。舌打ち共々彼女は大地を蹴り、壁を蹴って移動する。片方の腕に子供抱きかかえている為に攻撃が出来ないでいるがしかし、何とか天地のところにまで戻ってきた昴は、抱きかかえていた少年をパートナーに預ける。
「先に逃げなさい」
「しかし――」
「どうやらこの病院内にはこの狼たちが相当数いるでしょう。だから走って出口まで行く事は不可能。でも空からならば――」
 成る程、と呟き、天地は少年を抱き上げた。
「目の前の狼を切り捨てたら向かいに見える窓ガラスを割って飛びます」
「えぇ。狼、任せましたよ昴」
「斬って捨てます」
 言い残した彼女は走りだし、手前にある狼に武器を落とした。地面に思い切り衝突したそれは真っ黒な液体を飛ばして絶命し、次に控える狼と、そしてそれを殺した昴へとかかる。怒号にも似たような声を上げながら彼女は手にする武器をふるい続けて狼を次々と倒していた。
「天地――」
「はい!」
 タイミングを見計らったのか、昴が叫ぶと子供を抱きかかえた天地は窓ガラス目掛けて走り始める。彼女が窓ガラスに衝突する寸前、昴が倒した内の一体――狼の亡骸を窓ガラスに叩きつけてそれを割った。天地と少年が怪我をしない様に、と言う配慮なのだろう。
大空に体を投げ出した二人は、しかし落下する事はなく、レッサーワイバーンの背に乗っている。
「さぁ、避難した方たちの元へと向かいましょう」
 抱き上げていた少年を背中に回し、彼女は病院の方へとレッサーワイバーンを向けた。
「昴!」
「えぇ」
 未だ数体が残る狼に背を向け、昴が走り始めると、進行方向にいた一匹を切って捨て、彼女も窓から飛び降りた。
「白夜!」
 その名を呼ぶや、彼女は真っ白な竜に跨っていた。白夜と言う名の小さな竜に跨って、天地と少年を乗せたレッサーワイバーンの隣につく。
「彼を」
 そう言うと、天地は少年を昴に託してレッサーワイバーンを自分たちが出て来た窓付近まで近付ける。
「せめてこのくらいはさせて貰いましょう?」
 彼女が数回、その首元を軽くたたくと、ワイバーンは口から火球を吐き窓へと投げ込んだ。瞬間にして爆発するが、すぐさま警報とスプリンクラーが動きだし、その火は消される事となる。今で自分たちが対峙していた全ての狼共々に。
「では――公園へ!」
 逃げ遅れた少年を救った昴と天地は、避難している人々が待つ公園へと向かって行く。