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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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     ◆

 彼女が対峙しているのは、彼女が怒りの矛先を向けているのは、彼の男――ドゥング。
「おい、何とか言えよ」
 ドゥングが困り果てた様子で目の前に立ちはだかる未散を見つめる。
「何でお前――ラナロックを殺すとか言ってんだ」
「………」
「何とか言えって――言ってんだろ!」
 思い切り振りかぶった手に握る苦無を投擲するがしかし、放ったそれは虚しく空を切るだけだ。
「何でだろうな。憎いから殺す。それだけじゃあ駄目か?」
 耳元で、彼の声がした。
慌てて声のする方向へと苦無を投げつつ、彼女は一気にその場から距離を取る。睨みつけ、更に苦無を取り出して。
「あーあー。わかったよ、嘘だよ。ったくしょーがねぇなぁ、最近の若いのはすぐに頭に血が上るからならねぇ」
「理由だけ言え。場合によっちゃあただじゃすまさねぇ………」
「理由だけ、ね。はいはい。さっきも言ったんだよ、そのままだ。俺はあの女を悪と思う。無論、あいつを呼び起こしたウォウルもまた、悪だ」
「何でだ。どこが悪だ」
「存在だ」
 「そうかい」と、一言返した彼女は、再びその苦無を投擲した。
「あぁ、そうだ。あいつらはいちゃあならねぇやつなんだよ。なんだ、お前あの女がどうやって作られたか、見てねぇのか」
 至極残念そうに。
「煩い! なんなんだよ! いちゃ駄目な奴ってどういう意味だよ! お前の言う事なんか知らねーし、知る気もねーよ!」
「そうか。まぁじゃあ、良いか」
 詰まらなそうに、彼はそこで踵を返した。あろう事か未散に背を向けた。
「じゃあ良い。俺は行くさ」
「待てよ……! 話はなくてもこっちはまだ用が残ってんだよ!」
「……今度はなんだよ」
「お前を倒すんだよ…!」
 苦無を投げる事はやめた。彼女はそれを一本だけ握り、彼の懐目掛けて一目散に走りだした。到着と同時、彼女はそれを横に払って腹部を掻っ切る。が、それすらも空を切った。
「……まぁ良いか。相手してやるよ」
 シニカルな笑顔を浮かべた。肩に担ぎっぱなしの刀をそのままに、半身だった彼が未散を正面に捉える。
「何なら仲間が来るのを待つか?」
「その必要はない――」
 声のする方には、カイがいた。
「俺たちも参加させて貰うぞ? 何、さっきの続きだ」
 レンとメティスがいた。
「まさか女の子一人にこいつの相手はさせられないだろ。な、エヴァっち」
「うるせぇ黙れ」
 煉とエヴァがやってきた。
「……へぇ、まだあきらめてねぇのか。面白いなぁ。届かないと知っていても、か」
「届くさ。例え一人一人が届かずとも、全員いればな」
「へぇ……格好良い事言うじゃないか、赤いコートの兄さんよ」
 武器を向けながら、彼等はゆっくりと未散の隣にやってくる。
「あいつは一人じゃ無理だ。さっき俺たちで一斉に攻撃したが、全くと言って良い程にあしらわれたよ」
 カイが悔しそうに呟く。
「後から応援が来ます。それまでの間、此処を死守してください。病院に入られたら厄介です」
 メティスの説明に初めは反論しようとした未散だったが、しかし頷く。頷くしかない。今はそれで甘んじるしか、ないのだ。
「来んぞ……!」
 ドゥングが踏み込み、肩から思い切り刀を振り下ろした。地面に衝突する寸前まで振り抜いたそれは、しかし地面に当たる寸前にまるで機械の様に止まり、そしてその数秒後、回避した彼等の頬を風が撫でる。
「いつ向かい合ってもとんでもないと改めて思うな。あの馬鹿力」
 カイは苦笑しながらに剣で風を斬り、気合い共々走りだす。
「さっきはもう少しってとこまで追い詰められたんだ。俺たちだけだって充分だっての!」
 一回、二回。その場で跳躍した煉は次の瞬間カイの隣を並んで走る。
「俺は右、あんたは左。異論は?」
「ない」
 簡潔な会話の後、二人が同時にドゥングに斬りかかる。が、彼はその場で跳躍して二人の肩の上に乗っている。
「そうだな。一片に二方向か。だったらいっそ、全員で一斉に攻撃してきたらどうだ?」
「上に乗りゃあ射撃の的だぜ馬鹿野郎が! ほら、おまえも遠距離出来んだろ! 手伝えって!」
「あ、ああ……」
 エヴァに声を掛けられながらたどたどしく頷く未散を余所に狙いを定められない様に、弧を描きながらステップで移動するエヴァとレンは、移動しながら銃弾を浴びせ続けた。
「なぁ、何でそんなに戦い慣れてんだ?」
 未散の問いにレンが返事を返す。淡々と。
「さっきまで結構な時間やり合っていたからな。さすがに体が覚えてきた。何、お前もすぐにリズムがわかる」
「そ、そっか」
 ふとそこで、彼女はひらめく。 自分は何が出来るのか。自分の戦い方は何のか。そして同時に――試したい事があった。
攻撃を避けながら、しかし標的が移動している為に防御だけに専念し、狙いを定めている最中のドゥングに、彼女は一気に近付いた。
「なぁオッサン。お前、この戦い方、知ってっか?」
「あ?」
 悪戯っぽくそう言った彼女は、耳打ち出来る距離まで近づいたにも関わらず後ろに飛び退き、その動きと同時にコインを弾いた。ドゥングのやや後方へ向けて。
ドゥングの注意が一瞬、本当にほんの一瞬だけ向いたとき、彼女は自分が弾いたコイン目掛けて苦無を投げる。
「どこに狙ってんだ? 俺は此処だぜ」
「知ってるよ」
 不意に、後方で鳴り響いて筈のコインがドゥングの視界に現れる。苦無が当たれば無論、空中にあるコインは苦無の進む進行方向に進むがしかし、そのコインは何故だか自分の前、未散と自分の中間地点に降りてきたのだから。故に彼は首を傾げ、コインに向けた視線をすぐさま未散に戻した。落ちてくるコインを勢いよく掴んだ彼女は、悪戯っぽい笑顔を更にひきつらせ、一層不敵な笑みを見せる。
「さて、このコインの意味はなんでしょう」
 ドゥングが慌てて体を横にずらすと、彼女が投擲した筈の苦無までもが、自分の背後から飛んできたのだ。しっかりと、刃先をこちらに向けて。
「なっ――!?」
 奇をてらった攻撃がなかった分、彼は思わず驚きの声を上げる。
「ちっ! やっぱ上手くいねぇなぁ……」
 地面に突き立った苦無を拾い上げると、彼女はやや不満そうな顔になって呟く。その光景たるや、共に戦っていた彼等も思わず言葉を呑み、彼女の元へ駆け寄ってくる。
「おい、あんた今なにしたんだよ?」
 初めに声を掛けたのは煉。何とも物珍しい物を見た様に、未散の手の中にあるコインと苦無をまじまじ見やって尋ねた。
「んー……企業秘密」
「はぁ!? 今の惜しかったんだぜ!? んな事言ってねぇで教えろよ!」
「そんな言われ方されたら教えたくねー」
 エヴァがやや興奮気味に言った言葉を聞くや、彼女は頬を膨らませて反論した。
「兎に角……今のは本当に惜しかった。よし、お前がトリッキーに動いてくれればこちらも攻撃の幅が広がる。今の感じで行くぞ」
 レンの言葉に笑顔を浮かべた未散は「おう」と返事を返してドゥングを睨む。
「さて、もう余裕、なくなってきただろ?」
「今のは流石に驚いたぞ。お前さんなかなかどうして奇妙なお嬢ちゃんだ」
「その余裕……いつまで続くかな。生憎俺たちも、貴様に倒されない方法は見えて来たぞ」
 カイは黒刀と鞘を持ち替え、再び構えを取った。
「倒されない方法、か。随分と殊勝な表現をするな。俺はお前さんみたいな控えめで現実を良く見る男は大好きだぞ」
「……俺は嫌いだ。貴様の様な奴……」
 と、再び刃を交えようとした彼等の背後――公園の方から、彼等はやってくる。
「漸く感動の再開、って訳ですか」
 セイルの声がした。
「ドゥングよ。貴様の行いは間違っている! いい加減目を覚ませ、そしてこんな馬鹿げたことをやめるんだ!」
 コアの言葉が聞こえる。
「あ、あの……」
 イブは恐る恐るドゥングに近付く。
「あの……その、えっと……こんな事、良くないと思います! その……えっと、あ、あの………」
 イブの頭に、何かが当たった。当たった、と言うよりは、何かが乗った様な感覚。思わず目を閉じるイブは、ゆっくりと瞼を開けた。背後では、司とシオンが一同を押し退けて真剣な面持ちで構えを取っている。イブの頭に乗っていたのは、ドゥングの手だった。
「おう、嬢ちゃん。それは俺に、言ってんのか?」
「……ひっ、そ、その……えっと」
「俺だってよぉ……何もこんな事、したくてやってる訳じゃあねぇんだよ」
 イブの小さな体が恐怖に震える。
「でもな? これは誰かがやならきゃならねぇ事なんだよ。わかるだろう? ゴミを捨てるのも、トイレを掃除するのも、誰もやりたくてやってる訳じゃあねぇ。それをやる人間がいなきゃあ、世の中が回らねぇからやってんだ。わかるだろう」
「は……はいぃぃぃ……」
 恐怖のあまり膝が笑い、声が裏返った。
「俺のやってるのも、そう言う事なんだよ」
「黙れ!」
 未散が叫ぶ。
「ラナロックをゴミって呼ぶんじゃねぇよ!」
「いいかい嬢ちゃん。これはやらなきゃならない、大切なゴミ掃除なんだよ」
「いい加減に――いい加減にしろぉ!」
 印を結び、彼女の手にするコインと苦無が地面に落下する。彼女が手にしていたのは、投擲していた苦無とはまた形状の違う苦無。
「生きてるんだ、皆生きてる! ゴミとか言ってんじゃねぇよ!」
 息を荒げる彼女の額に、角が生えた。
「もう勘弁ならねぇ! もう許してやるか! 切り刻んでやるよ!」
 背後、イブの頭に手を乗せ、しゃがんでいるドゥングの後ろ、未散は目にも止まらぬ速さで近付き、手にする苦無を振り下ろす。
「人が話してんだ。最後まで言わせろよ」
「黙れ!」
「お前がな」
 受け止めていてた刀を押し込み、飛びかかっていた未散を突き飛ばす。思わずカイとレンが飛んできた彼女の体を受け止める。
「離せ! あいつは一発ぶん殴ってやらなきゃ気がすまねぇ!」
「落ち着け」
「離せよ!」
 叫び、罵倒する未散の言葉を余所に、ドゥングはイブへと声を掛け始めた。穏やかな声とは裏腹に、瞳を細め、まるで獲物を見る様な目で。