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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

リアクション

     ◆

 満身創痍の彼の前。そこにいたのは三人だった。
「海君……私たちも、出来ますよね」
 脅える事はしないのだろう。
「あぁ、出来るさ。俺は、俺たちは一人じゃないから」
 悩む事もないのだろう。
「柚、海。来るよ」
 ただそこに――彼等はいる。

 ドゥングを見据えた三人が、しかし共々にその武器を振り、共々に互いを支えあっている。三人である為に、やはりドゥングが優勢には成れど、しかしてその何人の戦いは決して危うさを覚えないそれだった。
「三月ちゃん!」
「大丈夫! 海!」
「おう!」
 そのコンビネーションは息もつかさぬそれであり、故に彼等は三人で、五分と言う時間を乗り越える。五分――言葉や文字にすればその時間たるや僅かと思われがちだが、事実命の掛け合いに際しての五分は意味合いが変わる。
五分間、自分の命がないと言う恐怖を味わうのだ。五分間、常に集中しなくてならないのだ。一瞬でも隙を突かれれば、そこに待つのは死のみなのだから。
「大丈夫ですか?! 二人とも」
「あぁ……ってて、ちょっと掠っただけでこれかよ」
 どうやら一撃を掠ったであろう海の右腕が赤く腫れあがっていた。出血が見られないのは、それがドゥングの殴打によるものだからであろう。
「今、回復しますね」
 柚が彼の腕に両の手をかざすと、その一帯が緑色に光った。ほんのりと輝くそれは、次第に海のダメージを取り去り、張れと共に痛みが消えて行くのがわかる。
「悪いな、柚」
「いえ。私、こういうのは得意なんです」
 停止する時間は、恐らくもう、ドゥングに後がない事を指し示している。彼の束縛が、彼の鎖が解ける時間。
「大丈夫ですか、三人とも!」
「遂に来たわね!」
 三人がドゥングの様子を伺っていると、真人とセルファがやってきた。
「……私たちは大丈夫です」
「ただおかしいんだ。こいつ、さっきからぼーっとして動かねぇんだよ」
 海の言葉に首を傾げる真人とセルファは、しかし確かに動かずにいるドゥングを見つめ様子を伺う。
「本当ですね。何があったのやら」
「今の内に攻撃しちゃえばいいんじゃないの? とりあえず捕まえて――」
 セルファがドゥングに近付いた矢先、真人と三月が咄嗟に声を掛けた。
「危ない!」
「下がりなさい!」
「え!? 何々? ってうわっ! ちょっと! 危ないじゃいのよ!」
 二人の言葉によって後ろに下がっていた彼女は、寸前のところでドゥングの攻撃を避けて武器を手にした。
「いきなり? それこそこっちのセリフだよ。お前さんらはいつ此処にきた」
「は――? こいつ何言って」
「今ですよ」
 言いかけるセルファを遮り、真人は返事を返した。
「そうか、まぁいいさ。とっととお前さん等を倒してウォウルを殺さなきゃ、時間がねぇみたいだしな」
 彼は刀を一振りすると、彼等五人の元に走ってやってくる。構えを取り、振り抜く準備をした彼は、しかしそこで急に動きを制限された。動けない訳ではないが、しかしどうにも体が重たい。見れば背中にはルイが張り付いているのだ。
「さぁ、私を振り払う事が出来ますかな!?」
「……なんだ? 振り払う? まぁいいか。これでどうだ?」
 平然とルイを振り払った彼の横、セルファが武器を構えて距離を縮めている。
「じゃあこれはどうよ? 言っとくけど、痛いんだからね、私の攻撃!」
 横に引きつけていた武器を思い切りドゥングの顔面向けて振り抜くセルファ。が、ドゥングは手にする刀で彼女の攻撃を防ぐと、彼女を蹴って距離を開ける。
「まぁ落ち着けよ」
「セルファ!」
「大丈夫ですよ真人さん! 私がしっかりキャッチしました!」
 安心した表情を浮かべた彼は、すぐさまドゥングの方を向き直ると詠唱を開始する。
「さて、問題です。此処でこの『凍てつく炎』をあのスプリンクラーに当てるとどうなるでしょう」
 不敵な笑みを浮かべる彼は、ドゥングの答えを聞かずに魔法を発動させた。スプリンクラーに凍てつく炎を放ち、警報音共々に雨が降り注ぐ。
「で、どうすんだ? 雷でも流すか?」
「そうですよ」
「待て待て待て!」
 彼が再び詠唱を始めようとしたとき、海がそれを制止する。
「なんです?」
「俺たちも、あんたも水被った状態でそんな事したら……全員共倒れじゃないのか?」
「…………言われてみれば」
 スプリンクラーによってまかれた水は、それこそドゥングだけではなく辺り一体に散布されていて、それはこの場にいる全員が水を被っていると言う事にほかならない。
「思わぬ失念でしたね。俺としたことが……」
「じゃあ、威力を抑えて局所的に狙ってみてはどうでしょう」
 柚の提案に対し、真人が苦笑を浮かべた。
「全力は得意なんですが、コントロールするのはどうも……でも、やってみます」
 真人はすぐさま詠唱すると、雷が彼の指を伝わってドゥングの元へと伝わる。が、威力を絞りすぎたのか彼にはほぼ効果が内容に見えた。
「聞いてないな」
「だね」
 海と三月が暫く様子を見て言った。
「すみません」
「気にすんなって!」
 海が真人の前に躍り出ると、そのまま武器を手にドゥングへ向けて足を速める。
「だったらまた、引っ叩いてやればいいってだけの話だ!」
「僕も手伝うよ」
「ならば私も!」
 三月、ルイが共に走って行く中、セルファが真剣に何かを考えながら真人の元に戻ってくる。
「ねぇ、まずはこれ使って」
 そう言うと、彼女は持っていたタオルを真人に渡す。
「……俺より先にセルファが――」
「いや、真人が拭いて。考えがあるのよ」
 そう言うと、彼女は何やら準備を始める。その間、ルイと三月、海が代わる代わるドゥングに攻撃を掛けるが、寸前のところでドゥングもそれを交わす。
「いいねぇ。強ぇな、お前さん等。外に居る奴もそうだったが、強ぇやつが多いな。まったく困った事によ」
 言いはするが、彼の顔は全く困った様には見えない笑顔。と、セルファが大声で叫ぶ。
「みんな、道を開けて!」
 セルファの言葉に三人がドゥングとの距離を開けた。道が開いたことを確認した彼女は、真人へと目配せすると手にする薙刀を構え、ゴッドスピードで一気にドゥングとの距離を詰める。
「早く動けりゃ倒せると思ったか?」
「まさかっ! 別に私だけであんたを倒そうなんて思ってないから安心してよね!」
 文字通り神速とってい過言ではない勢いで彼の目の前に到達した彼女は、振りかぶっていたレーザー薙刀を振り下ろす。
「あぁ! 惜しいですよ!」
 ルイの声の通り、彼女の一撃は僅かにドゥングを外れて地面を穿つ。
「言ったでしょ、私一人で倒す訳じゃないって」
 勢いが消える筈の彼女のゴッドスピードはしかし、ドゥングより随分と離れた位置まで止まらず、そして彼女が出入り口付近まで移動した事を確認した真人が詠唱を唱えて雷を発生させる。
「成る程ね。そう言う事ですか。皆さん! 伏せてくださいよ!」
 意味も分からぬままに上体を屈める彼等をみるや、真人は雷をドゥングに向けて放った。本来ならば一体に電流が流れるはずのそれはしかし、ある一点を目指して飛んで行く。セルファがドゥングの目の前に突き立てた薙刀――そこに雷が向かっていき、そして薙刀を伝った雷がドゥングに直撃した。
「なっ!? ぐぅ……そういう事か」
 雷を直撃しながら、ドゥングはその痛みに耐え、肩を地面に突き立てて杖代わりにした。
「考えたな、お前さん」
 今度は背後から再びゴッドスピードでドゥングに接近するセルファは、穿った薙刀を手にすると、それを自身の勢いに乗せて引き抜き、真人の隣で停止する。
「ね。これならバンバン打てるでしょ」
「確かにそうですね。成る程、雷――高い所に落下する性質を利用して……なるほど」
 一人納得しながら手ごたえを確認し、そして彼はドゥングを睨みつけた。
「いつまで立っていられますかね? 貴方は」
 が、ドゥングは再び動きを止める。再びぴくりとも動くことなく、そのままの姿勢で立ち尽くしているドゥングに、彼等はやはり首を傾げたままだ。
「一体何で動きを止めているんでしょう」
 ルイが心配そうに言うと、真人がそうですね、と言いながら言葉を繋げる。
「俺たちが来たときもこんな感じでした」
 これからどうするか、と悩んでいた真人たちを余所にドゥングが動きを見せた。今度はすぐさま動き出したのだ。しかしそれは、戦闘をするためではない。急に膝から砕けそうになったのを何とか堪え、彼は指を鳴らしてそれらを呼ぶ。三体の機晶姫がドゥングの前に立ちはだかる。が、真人、セルファ以外の彼等は気付く。その変化に。
「あれ――違う」
「どうしました?」
「何が違うの?」
 柚の言葉に反応する二人に、顔をそちらに向けたままの三月が答えた。
「僕たちが見たのは、ラナロックさんにそっくりの機晶姫だったんだ。でも、今あの人が出したのは違う……全然ラナロックさんとは違うんだ」
 それは、何処か似ている様な、しかしそれぞれに個性がある様な機晶姫だった。それらはゆっくりと姿を現すと、すぐさま動きを見せる。何やらには歪な形の剣を持ち、それを振り回しながらに言葉とも取れない何かを呟いていた。
「なんですか、今度は……」
「知らないわよ! って言うかなんか言ってる!? なんか言ってるわよあれ! 気持ち悪い……」
「しかし私は此処では負けませんぞ!」
「海君、三月ちゃん……一先ず様子を見た方が、良いかもしれませんよね……」
 その言葉はある種、彼女の拒否反応だったのかもしれない。それを知るのは三月のみであり、だからこそ、彼女は小刻みに震え始める。
「大丈夫、柚はもう自由の身だ。彼女と過去の自分を繋げてはならない。過去の自分を見る必要はないんだよ」
「三月ちゃん……」
 彼の言葉に自らを奮い立たせ、現れた三体の機晶姫見つめる海、柚、三月の三人。すると、彼等の後ろから更に声がした。
「ルイ! やっと見つけたよ! すぐに迷子に……ってえぇ!? もう戦ってるの!?」
「セラ! 共に戦いましょう! 流石に私一人では――」
「待ってて、今行くよ!」
 セラエノ断章の言葉と同時に、彼女の後ろから青いチャクラムが飛来する。宛てはなく、標的なく、ただの威嚇として。投擲し、自らの元に戻ってきたチャクラムを取ると託が走ってやっくる。
「大丈夫かい?」
「助かった……」
「何だろう……見たことがない機晶姫がいるみたいだけど……」
 それが想定外のものだったからか、彼等は混乱していた。だからなのだろう。ふらつきながらもその場を後にするドゥングに誰一人気付く事無く、突如現れた機晶姫に意識を向けるその場の全員。
「三体をこの人数で相手にするのは危ないだろうね……よし」
 誰に言うでもなく一人そう言った彼は、チャクラムを力強く握り、機晶姫の内の一体に向かって飛び込んで行く。飛びかかった託ごと出入り口の方へと転がって行った託は、急いで立ち上がると更にその機晶姫を外に押し出した。
「一体は外につれていくよ。後はよろしくね」
 そう言って、自ら体を更に使って今飛びかかった機晶姫ごと、病院の外へと飛び出して行く。
「セルファ、彼が外に追いやってくれている間に!」
「わかったわ!」
 先程ドゥングにやった様に、二人はぴったりとあったコンビネーションで避雷針となるべくセルファの薙刀を地面穿つと、次から次へと雷を放った。その都度痙攣をおこしつつ、しかしなかなか倒せない機晶姫に対し、真人は平然と攻撃を続けていた。