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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―希望ヵ歌―

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 その頃――ロビーにいた面々は何とも忌々しい目で敵を見つめる。
「何であれだけの攻撃を受けて立っていられるんです……!」
 苛立ちを隠せずにいる真人に、彼等と合流していた勇平が声を掛けた。
「そんなに苛々するもんじゃねぇぜ? それこそ、簡単に倒してたら俺たちがいなくてもこんな事解決してるだろ?」
「確かにそうですわね、でも……」
「真人とやら。どうやら体力が――」
「えぇ。せいぜい撃てて、あと一発……といったところでしょうか」
 攻撃の合間を縫って会話をする彼等はしかし、これと言った打開策もないままにその機晶姫と対峙していた。
「真人君、少し休んでいてください」
「そうだぜ。さっきから攻撃しっぱなしじゃねぇか」
「えぇ。少し休ませて貰うとしましょう。せめて最後の一発――それを全力で放てる程度には、ね」
 彼はそう言うと、一同より後ろに下がり、近くにあったベンチに腰を降ろした。
「任せてよ。時間稼ぎは私がやるわ」
「頼みましたよ、セルファ」
 と、敵に動きがあった。歪な剣を地面に穿ち、それは突然に声を掛ける。
「いい加減、諦めたらどうだ? 妾はそなたら人間が好きで好きでたまらぬ。出来る事ならばこんな事はしたくない」
 無表情。
「それは嘘だ。だったら話し合えばわかるだろう?」
 三月が言った。彼も無表情。
「元はと言えば、貴様が根源なんだろう!? それを今更――」
 エヴァルトが言った。彼は怒りを灯している。
「違うな。妾は何も、してはおらぬよ」
「何だと!? しらを切るか……貴様がラナロックさんを暴走させ、ウォウルさんと彼女を仲たがいさせた! そうだろう!」
「否――それは妾の意志ではない」
 無表情。
「……どういう事? じゃあなんでラナロックさんは暴走したの? 何であんたは彼等を狙うの?」
 セルファは尋ねた。疑問を浮かべて。
「そなたらも見たであろう? あれが忌々しき存在の本質。故に人は戸惑い、悲しむ。その姿を見るのが不愉快故、妾がその根を断ってくれようと、そういう事だ」
「だからってラナロックやウォウルを殺すのか? それは違うだろ」
 勇平は言った。彼も無表情。
「しかしな勇平――あの者が言う事もまた一理、ある」
 彼の隣にいた『複韻魔書』が言った。複雑な表情で。
「何でだ! だっておかしいだろ!? 誰だって間違えは犯すはずだ! なのに何でラナロックは間違えを犯しちゃならねぇって事になる!」
 勇平が言った。表情が灯る。
「皆――それぞれに身分があり、己が持つ力がある。皆が皆、同じ回数だけの過ちを許されると思ってはならない。その意味がわかるか――そなたには」
「どういう意味だ」
「ただの一度、その力を解放すれば全てが消滅する自立兵器と、一介の機晶姫の暴走。その双方を同じ天秤にかけて罪を問う事が出来るか? 否、出来ぬだろうな」
 世界に与える干渉の違い。彼等と敵対する機晶姫は訥々と呟いた。
「機晶姫の起源は知らぬ。妾にもわからぬ。しかし――あのラナロックと呼ばれる女の起源は単純にして明確だ」
「……伺いたいですね」
 座って静かに話を聞いていた真人がそこで、口を開く。
「彼女の起源は――一体なんです?」
「憎悪」
 端的に。
「あの愚かな女は、更に愚かな人間の果てが、自分の持ち得る恨み辛みを全て注ぎ込んで作り上げられた存在。希望などはない」
「…………」
「この世のありとあらゆるものを否定した先に見出した大馬鹿者の結論。そしてそのあり様。一種崇拝にも似たそれを、あの女に抱いていた。だから――妾が殺した」
 一同が不意に、息を呑んだ。
「あの女を造りあげた者、携わった者のその全てを妾が殺したのだ。無論――あの女を造る為に集められた人柱も、全てな」
「罪のない人を……罪のない人たちまでも貴女はっ!」
 叫び声を上げた柚は、三月が持っていた武器を彼から半ばひったくると、それを振りかざして機晶姫に斬りかかる。が、彼女は敵の蹴りを受けてすぐさま三月の元に押し戻された。
「罪もない人? 確かにあやつらは当事者ではないやもしれない。しかしな、あの空間にいたと言う事は即ち、もう心が壊れたも同然。残念ながら妾に救う手だては残されていなかった。わかるであろう? 心が壊れた人間は、辺り一帯に狂気を振りまく。故にあれらは――もう手遅れだったのだ」
「成る程ね」
 涙をボロボロ流しながら、懸命に耳を塞いでいる柚。立ち上がってそう呟いた真人は、海と三月の横で体を丸めて涙を流している柚に手をかざし、言葉を続けた。
「それがあなたの理論ですか。人を救うための――くだらない理論だ」
「何?」
「俺はね。正直あんたに似た考えの人を知っています。それこそ、俺だけではなくこの場に居る全ての人間が、恐らく知っているといって過言ではない」
「ほう……」
「……ウォウルさん?」
 ふと、泣きじゃくっていた柚が彼の手を取り、立ち上がりながら呟いた。
「その通り」
 笑顔で返事を返した彼は、今度は敵に、挑発的な笑顔を浮かべる。
「彼はまさしくあんたと同じ考えの人間ですよ。極端なんだ。でも、俺はあんたと違ってウォウルさんに好感を覚える事がある。たまにですけど」
 最後の一言で、思わず彼等は苦笑した。
「彼は人の為と言い、人に心配をかける。誰かの為に、と言って、その誰かを困らせる。でもその大本の部分は、あんたとは正反対のそれだ」
 そして真人が続きを述べようと口を開くと、彼の言わんとしていた言葉が遠く、階段の上から聞こえた。彼の言葉を遮ったのは――
「自分を犠牲にするってーこったな。ある意味俺と似通ったとこがある。ま、みてりゃわかるんだけどよー」
「ホント、皐月と同じで馬鹿だと思いますよ。此処に来る前に伺いましたけどね」
 踊り場、皐月の隣に立つ七日が至極詰まらなそうに続けた。
「おいおい、それはないだろ。あの人は馬鹿で良いけど、俺は馬鹿じゃねーつの」
「はいはい」
「それは欺瞞だ。人間が持つ、最も愚かしい自己満足の形だ。誰かの為に自ら命を捨てる、か」
「自己満足だって!? それのどこが悪い!」
 皐月の後ろから、なぶらとフィアナがやってくる。
「良いんだ。それが強さに変わるんだ。俺はそう信じてる!」
「だよな。うんうん。いやぁ、あんたとはいいダチになれそうな気がするよ」
 皐月の近くにいたからだろうか。なぶらに近付いていく皐月が彼の肩を数回叩き、無邪気な笑顔を浮かべた。
「お互い、大変ですね」
「……はぁ」
 その様子を見てフィアナが七日に苦笑すると、七日は本当に困った様子で、頭を抱えながら大きくため息をつく。
「兎に角、あんたのやり方は間違ってます。だから此処で、俺たちで、あんたを倒さなきゃならない。じゃなきゃ、俺たちのこの思いが間違いになってしまう」
「勝てば官軍――ね。本当に、全くもって厄介だよ」
 三月が構えを取って、機晶姫と対峙した。
「いこう! フィアナ!」
「はい!」
 なぶら、フィアナは一気に踊り場から飛び降りて地面に立つと、敵を捉えて万全の体勢を取っている。
「ほう、確かにこの人数ならば、妾が入るこの木偶人形では太刀打ちなどできんだろうよ」
 何処か観念したように呟いた彼女が、穿った剣を引き抜き、構えた。
「どうせ妾の体ではないのだ。此処でこれが息絶えようと、妾は全く心が痛まぬ。何故なら――これらもいづれは妾が壊すつもりだったのだから」
 その言葉を、おそらく彼等は聞かなかった。聞こえなかった訳ではないのだろう。彼等は意図的に、その言葉をシャットダウンする。命を奪わないまでも、対象を殺さないまでも、それは自分たちが守るべきものではないと知っているから。その言葉を聞き、躊躇ってしまってはいけないから。だからその言葉を聞こうとはせず、彼等は武器を躍らせる。
「ねぇ、皐月」
 双銃『ブレインキャリー』を構える七日は、彼に声を掛けた。
「ん?」
 階段の踊り場。胡坐をかきながら彼等が見下ろす先――彼等と敵が交錯するその場を眺め、彼は気怠そうに返事を返した。
「この世に、ハッピーエンドはないでしょう? 大円団はないでしょう?」
 構えたままに、しかし彼女は暫く引き金を引かぬまま彼の言葉を待っていた。
「そうだなぁ……微妙なもんだろ」
 気怠そうに。
「そうですかね。私は否定しますけど」
「ならそれで、いーんじゃねぇの? 俺は勝手にやるだけだ」
 気怠そうに。
「あぁ、そうですか。わかりましたよ」
 彼女はそう言った後、何を語る事もなくなった。ただただ、その手に握る銃を、眼下で戦う一同に向けていた双の銃口を、下におろして引き金を引いた。弾丸が射出されるが、しかしそれは地面に衝突する前に勢いを失い、ジャイロ回転 と呼ばれる物を維持したままに、彼女の向ける銃口の延長線上で停止し、静かに回転してる。回転が落ち着いてきたかと思えば、それ徐々に姿を現し、そして彼女の上体へと装着されていく。二つの弾が結ぶ、丁度中心が黒と黄色に彩られ、暴力の権化が具現がされ始める。

「ったくよぉ、お前はすぐにそれだよ。守るこっちの身にもなれっての」

 のんびりと立ち上がった隻腕は、終始気怠そうに指を躍らせ、力を行使する。青に彩られた塊が最初はゆっくり、しかし徐々に速度を持って一同の頭上へと滑り、止まった。
隣の彼女。上半身に装着された物が次第に連結し、一つの形として成すと、彼女は思い切り地面を蹴って踊り場を後にするのだ。膨大すぎる力は彼女の動きを止めるが、しかし全ての物には道理が適応されている。本来移動が困難な状態であったとしても、万物はこの母なる大地に引き寄せられる。それだけは変わらない。膨大な力によって反発する事はあって、必ず万物は大地へと足をつき、自らの足で立たなくてはならないのだ。大きな大きなそれを、まるで振りかぶるかの様に擡げている彼女は、何処から出ているのかも定かではない声をあげ、放物線を描きながらに一同の頭上へと向かって言った。歪な悲鳴が響き渡り、そして彼女の背負う、彼女の行使する力は轟音共々に振り下ろされた。
 機晶姫に直下。周囲にいる人間などお構いなしに、彼女の一撃は振り下ろされた。が、周囲のコントラクターたちにその脅威はない。あくまでもその対象は、黒と黄色が標的は機晶姫ただの一人。
それ以外には、頭上で待機していた青色が遮っている。氷で出来た障壁。
「いきなりなんですか?」
 慌てて空を見上げる柚は、己の上に振り下ろされている大きな大きな腕を見て、思わず言葉を呑んだ。
「あいつの動きが止まってる――おい! 行くぞ!」
「フィアナ!」
「行きましょう! 私たちの勝利を手に入れる為に」
海と三月が正面から、なぶらとフィアナが両側に開き、動きを止めている機晶姫へと近づいて行って手足に傷を与えた。
「やった!」
 攻撃に手ごたえはあり。彼等は機晶姫の脇をすり抜け、急いで後ろを振り返る。呆然と立ち尽くしている彼女を見て、一同が息を呑んだ。固唾を呑んで見守っている彼等の上、音がする。何かが砕けていく様な、何かが割れていく様な。ある意味恐怖を禁じ得ない音。
「皆さん! 頭上の氷が砕けます! 早く外に!」
 真人の声に急いで反応した彼等は一斉に敵から離れて構えを取った。まだ敵は倒れていない。
「氷が――おい! じゃああの機晶姫は――」
 エヴァルトが声を上げ、足を踏み出した矢先、今まで頭上展開していた氷が、七日の振り下ろす一撃によって遂に砕け、破片が落下する。
「倒した、のか……」
 なぶらが慎重に近付きながら、剣で砕けた氷を押し退けて言った。
「あの状態からの生存は、まず無理でしょうね」
 フィアナもそれに倣って氷をどかしていると、機晶姫が立っていた場所には、巨大な腕を担いでいた七日の姿がある。既にその大きな腕は姿を消し、小柄な彼女だけがそこに一人、佇んでいた。
「もう死にましたよ」
「……そうか」
 随分と平淡に言う彼女を前に、一同はただ口を紡ぐだけだった。
「いいや、死んじゃいねぇよ。な、あんた」
 片腕に握られている彼女の腕を、皐月は自分の顔の高さまで機晶姫の顔を持ち上げた。
「さて、もうどうこう出来ないだろ? ちゃんと情報はいただ――ん?」
 見ると、彼の前にある顔は、ラナロックのものだった。
「……おいおい、顔つきが変わっちまってるよ。おまけに……あー、死んじまった」
 所々を失っている彼女を下ろした皐月は、彼女に手を合わせる。
「すまねぇな。殺すつもりは――なかったんだけどさ」
 悪びれもなく、謝罪の念もなく、彼はその亡骸に手を合わせた。一同はその光景を、何とも歪な物としてとらえている。