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≪猫耳メイドの機晶姫≫の失われた記憶

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≪猫耳メイドの機晶姫≫の失われた記憶

リアクション


4.『着飾りましょう』

「ど、どうちょよか?」
 完成した白とピンクの色鮮やかなドレスを着たキリエは、少し戸惑った様子だった。
「よく似合っていますよ、キリエ様」
「はい。とても綺麗です」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)白雪 椿(しらゆき・つばき)に褒められ、キリエは顔を赤くして俯いてしまった。
 離れた位置で見ていたアニメ大百科 『カルミ』(あにめだいひゃっか・かるみ)も、納得した様子でしきりに頷いていた。
「やっぱりフリルはいいのです! あ、でももう少し露出があっても――」
「ストップ!」
「はわ!? だ、ダーリン!?」
 鋏を取ろうとしたカルミの手を健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)が掴む。
「カルミちゃん、ちょっと自重してくれ」
「や、やはりダメなのですか……しょぼん」
 カルミは本当に残念そうに落ち込んでいた。
「ワタシはカーテンを直そうと思いますが、皆さんはこの後どうなさいますか?」
 ジーナは既に室内に運び込まれていたカーテンの生地をテーブルに乗せながら尋ねた。
「私もジーナさんの手伝いをしようと思うのですが、いいでしょうか?」
「では、お願いします、白雪様」
「じゃあ、俺達は掃除をしている仲間の手伝いに向かおうかな」
 ジーナと椿はカーテンの修復に、勇刃達は意気揚々と部屋を出て行った。
「キリエ様はどうなさいますか?」
「……ちょと、見てくるちょよ」
 キリエはドレス姿をジーナに預け、普段着に着替えると、スタスタと部屋を出て行った。


 井戸まで水を汲みに行っていたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)笹野 朔夜(ささの・さくや)が戻ってくる。
「うぅ〜、水が冷たかったよ」
「そうですね」
 バケツを置いて両手に白い息を吐きかけるレキに、咲夜は苦笑いを浮かべる。
「では、俺はアンネリーゼさんの所に戻りますので」
「うん。お互い頑張ろう!」
 朔夜は、レキと別れてアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)の元へと向かった。
 アンネリーゼは箒に乗って、朔夜も届かない高い位置のガラスを、洗剤をかけてから丁寧に拭いていた。
「アンネリーゼさん、新しい水を持ってきましたから一回降りてきませんか?」
「も、もう少しですわ」
 朔夜が心配そうにアンネリーゼを見上げる。
 ふらつくアンネリーゼの箒は、何度もガラスにぶつかりながら、大広間にカツンカツンと音を立てていた。

「じゃあ、これ借りていくよ」
 林田 樹(はやしだ・いつき)が、書庫に散らばっていた本を戻していたカムイ・マギ(かむい・まぎ)に声をかけ、一冊の分厚い本を持ち出そうとしていた。
「樹さん。その本、何に使うんですか?」
「さぁね。私はコタローが≪首なしの豪傑騎士≫の墓を調べるのに必要だというから持っていくのさ」
 樹は手を振って部屋を出て行った。
 カムイは疑問に思いながらも自身の作業に戻ることにした。
 すると、複数並べられたハードカバーの間に不自然な物を発見した。
「あれ、これって……」
 あまりに薄い学習帳のような本、カムイは予想をしつつも気になって開いてみた。
『○月××日 明日、レイゼル様と流星群を見る約束をしてしまった。奉仕する立場であるにも関わらず。それでもレイゼル様と過ごす夜が楽しみで仕方ない。
今から予備の服を洗ってアイロンをかけよう。夜食もあった方がいいだろうと思う。レイゼル様に何をお出しするかすごく悩む。
神様、どうか明日は素敵な星夜(ほしよ)をお与えください。』

「……これってキリエさんの日記だよな」
 カムイは≪首なしの豪傑騎士≫がレイゼルという名前でキリエがメイドであったことは、少し前に聞かされていた。
 プライバシーがあるし、見てはいけないと思いつつも先が気になったカムイは、次のページをめくった。
『○月××日 素敵な夜だった。庭園のガゼボでレイゼル様と星を見た。恥ずかしくてほとんど会話もできなかった。レイゼル様は病で寝込んでいる妹様のために祈っていた。妹様には申し訳ないと思ったが、レイゼル様と過ごす時間がこのまま続けばいいと思ってしまった。
神様、お願いを聞いてくださってありがとうございます。』

 キリエの日記は、読んでいるカムイ自身が恥ずかしくなるほどに恋する少女の想いでいっぱいだった。
 カムイは結果が気になって最後のページまで一気にとんだ。
 だが、開かれたページに日付の表記はなく、さらにこれまでの整った字とは違って、殴り書きのような文字で書かれていた。
 眉を潜めるカムイ。
 最初の一行目にはレイゼル様が亡くなった。と書かれていた。
 カムイは戸惑いながらも読み進める。
私のせいだ。私のせいで レイゼル様も 妹様も わたしの

 ごめんなさい

 ミミズのような字で書かれた謝罪の文字。
 所々で涙がこぼれたような跡が残っている。
「……」
 次のページをめくっても何も書かれていない。
 白紙が続くだけだった。

「ちょよぉぉぉぉ――!!」
「!?」
 突然の大声にカムイは大きく飛び上がった。
 振り返れば書庫の開け放たれた扉の前に、キリエが立っていた。
 キリエは大股でカムイに近づくと、強引に日記を奪い取った。
「み、みたちょよか!?」
「え、い、いや、あの、その、少し、だけ……です」
 カムイはキリエの迫力に圧倒されながらも、どうにかそう口にした。
 キリエは半眼で睨みつける。カムイの全身から嫌な汗が噴き出してきた。
 何時間にも感じられた時間。
 しかし、そんな感覚は、キリエの唐突なため息で終わり告げる。
「……まさかこんな所に残っているとは思わなかったちょよ」
 キリエは胸に抱いた日記に視線を落としていた。
 視線から解放されたカムイは、キリエの寂しそうな顔を見た。
 カムイが何か声をかけなけなくてはと思っていると、キリエは身を翻して扉の方へと向かっていった。
「このことは内緒ちょよからね!!」
 キリエはカムイに背中を向けたまま告げると、本を抱えたレキとすれ違いながら書庫を出て行った。
「なんかあった?」
「……ううん、なんでもないです」
 首を傾げるレキは、詮索はせずにカムイと一緒に本を片し始めた。
 二人は暫くの間、黙って作業をしていた。
「……レキ」
「なに?」
「騎士さんの頭が見つかるといいよね」
 レキはカムイに「そうだね」と笑って答えた。


「シヴァ、ルカルカさんから話を聞いてきたわよ」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、キリエから聞き出した内容を教えてもらったイーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)が、大広間で待っていたジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)のもとへ戻ってきた。
 ジヴァの前には壁に寄りかかって座る≪首なしの豪傑騎士≫の姿があった。
「それで? 事情を知ったからって、あたしにどうしろっていうのよ?」
「シヴァには【テレパシー】を使ってもらうわ。それなら彼、レイゼルさんとも話ができるでしょう」
「ちっと、それって通訳じゃないの!? あんたね……」
 今にも掴みかかりそうなシヴァだったが、ギリギリで深く息を吐いて心を落ち着かせることに成功した。
「ま、いいわ。だいたい気持ちは同じだし。キリエが言ってたみたいにまだ生きられるのに諦めるとか、あたしも大っ嫌いだからね」
 シヴァは胸の前で腕を組んで、ふんっと軽く鼻を鳴らしていた。
「じゃあ、シヴァ。私が質問するから、それを正確に伝えてくれるかしら?」
「わかったわよ。……どうぞ」
「じゃあ、まず……私はイーリャ、話しかけているのは娘のジヴァ」
『私はイーリャ、話しかけているのは娘のジヴァ 』
 ジヴァは【テレパシー】で≪首なしの豪傑騎士≫レイゼルに呼び掛けた。
 だが、レイゼルからの返事はなかった。
「ちゃんと届いているのよね?」
「当たり前でしょ! たぶん、無視されてるんじゃない? どうする?」
「いいわ。このまま続けて……」
 イーリャはレイゼルが聞いていると信じて話を続けた。
 途中で煩わしく感じたシヴァは【精神感応】で伝えたい内容直接イーリャから受信することにした。
 そうしてイーリャはシヴァを通して、キリエが死を目前に控え、生きることを諦めていることを語った。
「私達、知りたいの。ここであなた達に何があったのか。それで、少しでもキリエが生きたいと思えるように、何かしてあげたいの」
 伝えたいことを話終えたイーリャは、黙ってレイゼルの返答を待った。
 すると――
『妹は昔から身体が弱かった……』
 よく通る男の声がシヴァの頭に響いてきた。
『ほとんど外で出ることもかなわず、いつも寂しそうに窓の外を眺めていた。それでもたまに家の外を自分の足で歩くと、妹はとても嬉しそうにしていた』
 ただ事実を語っているそんな印象だった。
『しかし、ある時を境に症状が悪化し、妹は歩くこともできなくなった。そこで私はハウスキーパー……君達がキリエと呼んでいる少女が探しだした『不老不死』の研究をしているという男を尋ねんだ』
 それまで淡々とした事実を語るだけだったレイゼルの言葉が、急激に感情を伴って強くなっていく。
 
『だが――それは間違いだった』
 怒気を帯びた強い口調に変わっていた。
 黙って聞いていたイーリャとシヴァは、目の前がクラリと揺れるような衝撃に襲われる。それはレイゼルの激しい怒りの感情が伝わってきたものだった。

『あの男は妹を実験台にしたんだ! 助けようなんて思ってなかったんだ! 誰ひとり、目の前で苦しんでいた妹でさえ、ゴミのように扱ったんだ!』

 眼球の奥が燃えるように熱い。イーリャとシヴァは一瞬、目の前が真っ赤に染まるような幻覚を見た。
『……今でも聞こえるんだ。妹の、助けを呼ぶ、声が……今でも』
 手で目を抑えるイーリャとシヴァは、掻き消えそうなレイゼルの悔やむ声を聞いた。

「シヴァ、私少し休むわね……」
「わかった」
 イーリャはふらふらと立ち上がると、窓際に歩いて行った。
 シヴァも移動しようとするが、ふいに足を止め、もう一度【テレパシー】を行った。
『最後に、一つだけいいかしら? あゆむやキリエは兵器って感じじゃないし……なんかちぐはぐな感じなんだけど、その辺説明してくれる?』
 シヴァがしばらく待っていると、冷静で抑揚のない声が返ってきた。
『私は妹を守るために戦っているんだ。これ以上妹を気づつけないために』
『ん?』
 シヴァは首を傾げる。
 この廃墟にあった機晶石がレイゼルの妹で、それは今あゆむの中にある。なのにレイゼルは未だに守っていると言っている。
 これはつまり――
『あのね。あんた知らなかったの? あんたの妹はもうここにはいないわよ』
『!?』
『今は早見騨っていう喫茶店のアルバイトと馬鹿みたいに笑いあって、毎日を過ごしているわよ』
 レイゼルから微かに驚きの声が聞えてきた。
 シヴァはなんていえばいいか悩んだが、結局言葉は見つからなかった。
『じゃあ、協力ありがとね。それと、キリエがどんなに生きたくないって言っても、私は死なせたくないから。あんたはその辺どう思う?』
『……本人に意志があるなら』
『わかった。その時は協力しなさいよ』
 シヴァはレイゼルの意志を確認したことで満足そうに、その場を立ち去った。