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オランピアと愛の迷宮都市

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終幕 さあ、ダンスの位置について!

1

「きゃああっ」
 誰かの悲鳴を聞いて、セフィーはオルフィナの体越しに視線を上げた。
 そして、呆然と口を開けてこちらを見て立ち尽くしている雅羅の姿を認めた。
「なんだ、雅羅。ノゾキ?」
「……意外に大胆だな。混ざるか?」
 セフィーの胸に顔を埋めていたオルフィナが、とろんとした目で雅羅を見る。
 雅羅の顔がみるみる真っ赤になった。ぱくぱくと口を開けたり閉じたりして、ようやく悲鳴に近い声で叫ぶ。
「な、な……何を言って……こんな所で何をやらかしてるのっ、二人とも!」
 ようやく二人は、自分たちがどんなところで何をやらかしているのかを認識した。
 ゆっくりと身を離して、辺りを見回す。
 ふかふかの天蓋つきベッドではなく、瓦礫の転がる遺跡の通路の真ん中で絡み合う、半裸の女二人、
 雅羅でなくとも、こういう反応になるだろう。
「まいったな、やっぱり何かの罠だったのか」
 床に座り込んだオルフィナが呟いて、剥き出しになった胸を隠そうともせずに、頭をかいた。
 セフィーは顔をしかめて考え込んでいる。
「……セフィー?」
 セフィーはゆっくり口を開いて……キャラに似合わぬ可愛らしいくしゃみをした。
 そして、言った。
「……やっぱ、床じゃ冷えるわね」
 その顔に、いきなり毛皮の外套が投げつけられた。見ると、雅羅がじとりと冷たい目でセフィーを並んでいる。
「なら、さっさと着てちょうだい。ほんと、お願いだから」
 何があったかはわからないが、あれはやはり夢のようなもので、今、現実に戻ったのだとセフィーは感じた。
 外套を広げて包まり、その毛並みに頬をあてて笑う。
「ふ……確かに、もふもふは世界の宝だね」
 服を直しながら立ち上がったオルフィナは、肩をすくめて答えた。
「……オレは、人肌の方がいいけどな」

 神殿の外も、だいたい似たり寄ったりの状況だった。
 「夜」から、「夕方」。
 集団失踪事件の発生から約20時間。「内部」で過ごした体感時間は様々で、数日に渡る大冒険を経験した者も、一瞬の幻が過ぎ去っていったと感じる者もいた。
 そして、そこで体験したことの認識のしかたも、また様々だった。
 シルフィアは、我に返った瞬間に自分の甘えっぷりを自覚して死ぬほど恥ずかしがり、そのおかげで余裕を取り戻したアルクラントにからかわれていたし、月崎羽純ももまた、真っ赤になって恥ずかしがる遠野歌菜を優しく慰めていたが、その表情はどこか機嫌がいいようだった。
 一方、慰められても救われない人もいるようで。
「もう切腹する!! 止めるなーーー!!」
 悲痛な叫びを上げて柱に頭を打ちつける陽を羽交い締めにして、「気を確かにっ」と繰り返しているのは雫澄だ。
 なまじ理性が残っていたばかりに、中でも外でも苦労をする。さっきまでアンドリューがどうのと狂乱のミュージカルを繰り広げていたシェスティン・ベルンにと水ノ瀬ナギに、
「何を無様に騒いでおるのだ、軟弱者が」
「ほんと、なす兄、変なの」
 などと口々に言われて、納得できない気持ちでいっぱいになった。
「死ぬ、死なせて! 武士の情けだぁーー!」
「誰が武士だってゆーの。だいたいアレじゃ切腹にならないよな」
 泣き叫ぶパートナーを面白そうに眺めているのはユウだ。さっきから上機嫌で、手にした原稿用紙に何かしきりに書き付けている。
「……少年、そなた正気じゃったな?」
 苦笑まじりのルファン・グルーガの言葉に、ユウはニヤリと笑った。
「さあ、そうでもないと思うよ。キミはどうなんだ、ずいぶん落ち着いてたようだけど?」
 ルファンは軽く頬を引き攣らせて、向こうでイリアと何か言い争っているギャドルにチラッと目をやった。
 彼もシェスティンらと同様、中での記憶をきれいに失っているらしい。さっきまでの自分を棚に上げて混乱する人々に冷たい視線を投げ、イリヤの怒りを買っているようだ。
「ふむ……正直、それどころではなくてのう。恐ろしいものを見て、心が冷めたというか、なんというか……」
「だよな」
 横でウォーレンが真面目くさった顔で頷く。
「俺もつい突っ込みに忙しくて、愛だの恋だの言ってる暇がなかったぜ。せっかくなんだから、運命の出会いのひとつもしとけばよかったよなぁ」
「そりゃそーよ、こういうのは自ら体験してナンボなんだから!」
 弾む様な声に振り向くと、セレンフィリティがコートを翻してやって来るところだった。やけに爽やかな、満ち足りた笑顔だ。
「いやあ、楽しかった。堪能したわー。またやりたいわね!」
「……私は遠慮しておく」
 場違いなモップを握りしめたまま、セレアナが陰鬱な声で言った。辛い恋の余韻で、テンションが戻らないようだ。
「……で、結局あれは何だったの? 祭のドッキリ企画にしては、まだ看板持った人が出て来ないけど」
 セレンが周囲を見回して聞く。
 しかし、その質問に答えられる者は誰もいなかった。


「データの修正及び消去が完了しました。基本システムは正常に動作しています」
 コクピットから、声がした。
「……えっ」
 ルカルカが驚いて振り返り、今まで無人だった筈の場所に座している機晶姫を見た。
 その装置の一部のように、目を閉じ、身じろぎもしない。
「あなたが、オランピア?」
 声をかけると、オランピアはゆっくりと目を開き、ルカルカを見た。
「はい。あなたはルカルカ・ルーですね。呼びかけて下さって感謝します」
 部屋の中には、オランピアの他にも「中」でこの部屋にいた6人も出現して、状況がつかめずにきょろきょろしている。
「……オランピア。それでは、街の人々は帰還したのか?」
 ダリルがまず確認をすると、オランピアはこくりと頷いた。
「空間は正常化しました。私の論理回路の異常による矛盾は、すべて解消されています」
「……オランピア、それは」
 秘色が静かに聞いた。
「あなたの愛も、消してしまったということですか」
「はい。自分の作り出した幻への「恋心」は論理的に矛盾しています。完全に消去しました」
 その答えに、秘色は一瞬泣き出しそうに顔を歪めた。
「秘色」
 オランピアは穏やかな瞳で秘色を見つめた。
「今日ここで起こったことは、私のプログラムの異常と暴走による事故です。これは、愛も感傷も入り込む余地のない事象です」
「それは……」
 彼女にとって「愛」はバグにすぎないというのだろうか。
 愛を知らないまま、愛の願いを受け、愛の夢をつくり続けてきた彼女が、愛を知りたいと望んだ……そのことを、そんなふうに簡単に否定し、消去してしまっていいとは、秘色には思えなかった。
 しかし、うまく言葉にできない。言葉に詰まって俯く秘色の背中を、ふいに、練がぽんと叩いた。
「……木賊殿」
 顔を上げて見ると、練はニコニコして秘色を見上げていた。
「あたしが、そんな無粋なメンテナンスをすると思う?」
 思わず秘色がオランピアを見る。オランピアも少し微笑んでいるように見えた。
「私には学習能力と自己成長プログラムがあります。異常の結果として起こったことは、私の学習データの中に蓄積されます」
「翻訳すると、思い出は、今はこの胸の中にあります……ってことかな」
 傍らで、ダリルがちょっと顔をしかめて「意訳が過ぎる」とつぶやいて、ルカルカに肘鉄を喰らっている。
 オランピアは、静かにつけ加えた。
「知りたいと望むことが、知ることなのです、秘色。私はそれを望み、それゆえ既にそれを知っています。……貴方は、どうですか?」
 自分は、知りたいと望んだ。
 禅問答のようなオランピアの言葉をすべて理解した訳ではなかったが、理解したいと望んでいる自分を自覚していた。
 秘色は、微笑んだ。

「……どうでもいいけど君たち、いつまでそこにひしめいてるんだい?」

 ドアの大穴から、黒崎天音がひょいと顔を覗かせた。
 一同は、ハッとなって部屋の中を一斉に見回した。本来オランピア一人の為の空間に、さらに8人の人間がひしめき合っている状況は、我に返ってみれば、かなり居心地が悪い。
 それに気がつきもしなかった彼らがよほど可笑しいのか、天音はくすくす笑いながら、通路の向こうを指で示した。
「来てごらん。外も、なかなか面白いことになってるよ」
 それからコクピットにいるオランピアを見た。
「ふうん、君が例の”オランピア”か。よかったら君もおいで。ちょっと、見せたい……いや、会わせたい相手がいるからさ」