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【●】歪な天使の群れ

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【●】歪な天使の群れ

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第七章


「そこをどくのだ!!」
 エメネアが囚われているであろう部屋の前にたどり着くと、立ちふさがる天使に向かって薫は炎の聖霊や召還した石榴で、炎の攻撃を繰り出す。
 隣では、又兵衛も槍を手に、天使達に次々と疾風突きをお見舞いしていった。
 天使達に切ない思いを抱きながらも、彼らを解き放ちたいと思いつつ、エメネアのためにも戦わなくてはならなかった。
 叫び声をあげようとする天使に向かって、レンは風銃エアリアルを放つ。
「助けたかった。守りたかった。そんな身体になってでも守りたいものがあった。もういい……お前達はもう眠れ。後は俺たちが引き受けた」
 倒した天使の遺体にサイコメトリを使い、彼らの想いを汲み取り、その想いを受け止めてゆく。
 そんなレンに並んで、ザミエルは天使の眉間を狙い作業のように淡々と引き鉄を引く。
 彼らの姿が仮初のものであることなど分かっている。
 私この事件を起こした犯人を許さない。
 そいつは彼らの身体だけではなく、想いすら踏みにじったのだからな。
 その報いは必ず受けてもらう。
 二人はともに同じ想いを抱いていた。
 天使たちが動きを止めると、一斉に部屋の中へ突入する。

「エメネア、大丈夫? 助けに来たよ!」
「エネメア、無事!?」
「坂下鹿次郎、愛しのエメネアさんが為参上でござる!!」
「わわわ????!!! みなさん???!!!」
 美羽、ルカルカ、鹿次郎の声を聞くと、装置に拘束されたエメネアが嬉しそうに声を上げる。
 その隣には、焦るでもなく、嫌な笑みを浮かべたままの黒い犬がいた。
 勢いのまま名乗りを上げた鹿次郎の隣に進み出ると、雪が黒い犬に声をかける。
「数千年ぶりに姉妹と判った友ですのよ? 譲る訳には参りませんの」
(……ふん)
「エメネアさん! 一人でこんなところに閉じ込めさせてしまうなど、拙者の力不足に他ならないでござる。誠に、誠に申し訳ないことをしたでござる」
 黒い犬を無視してエメネアに駆け寄った鹿次郎がまくし立てる。
「あああああ、その涙の跡!! すぐこんな装置からお助けして、天使のみなさんも解放してみせるでござる。そして拙者たちと一緒にバーゲンに行きましょう!!」
 天使たちの声に心を痛めていたエメネアに、笑顔が戻る。

「どうだ、天禰?」
 雪と、結果的に鹿次郎が時間稼ぎをしている間に、又兵衛がこそっととなりの天禰に声をかける。
「……分からないのだ……言えるのは、あの黒い犬の正体は、召喚者の知識では分からない、ということだけなのだ……」
 天禰が呆然と答えた。
「あなたは……何者ですか? 何のために、こんなことを……」
 ベアトリーチェが、怒りに声を震わせながら問いかける。
 温和で心優しい彼女が、めったに見せない姿だ。
(答える義理も無いがな……まあ、かつて、パラミタに来たニルヴァーナの民、とでも言っておこうか。手駒として使えるものを探している)
「手駒? どういうこと?」
 ルカルカが鋭く切り返した。
(自身の導き出した結論を確かめたいのだ)
「なるほど、この天使達はさしずめイコンのなりそこないって所なのかな……」
 謎解きのような問答に、ふと天音が口を挟んだ。
(原住民たちにしては頑張った方だろう。しかし、彼らの手だけでは、この不出来な人形までが関の山だ)
「君の正体ますます気になるよ。もしかしてブラッディ・ディバインに手を貸したりしたかな? 『ポータラカの黒い犬』」
(さてな……)
 天音の言葉に、皆が口をつぐんだ。
 張り詰めた空気が流れる。ブルーズはさりげなく天音を庇える位置をキープしていた。
(しかし、ポータラカとは懐かしいな……)
「やはり、君は彼らと『同じもの』なのかい?」
(私は既に彼らではない)
 やがて、天音は重ねて問うた。
「真なる王について知っている事教えて貰いたいね」
(真なる世界、正しく産声を上げる筈だった世界の王たろう者。……いずれ知ることになろう。時は近い。既に幾つかの種は芽吹きつつある。やがて、その根は大陸の全てへと伸び、全ての者に真実を告げる)
「なるほど、ね……」
 会話の間、ヘルは密かに黒い犬と装置の死角へと回り込むと、操作パネルを探し出し呼雪へと目配せをしてみせた。
 エメネアを傷つけることなく装置を取り外すために、様々な操作を試す呼雪だったが、なかなか思うように装置が作動しない。
 ダリルも共に操作を試してみるが、望む結果は得られなかった。
 ダリルは機晶爆弾でエメネアと制御部とのエネルギー伝導経路を破壊するとブレイドを体から出し、エメネアと装置の接合部にねじ込むと、光条のエネルギーも全開で注ぎ尽くし、エメネアと装置を離断しようとする。
「エメネアは機械のパーツじゃないよ!」
 黒い犬に怒鳴りながら美羽も飛び出すと、光条兵器の特性を活かし、ブライドオブブレイドで装置だけを切断して、エメネアを助け出そうとする。
「エメネア、少し怖いかもしれないけどごめんね。絶対大丈夫だから安心してね。絶対にエメネアに当たったりしないから」
 使用者が切りたいと思ったものだけを切れる光条武器。
 分かってはいても、実際に近距離を斬られれば怖いはずだ。
「美羽さんたちですもん! 怖くないですぅー!」
「ありがとう!」
「美羽さん、こちらは任せてください」
「うん。お願いね!」
 エメネアたちと黒い犬の間に、ベアトリーチェが立ちふさがる。
「私もお手伝いしましょう」
「ありがとうございます」
 念のため眠りの竪琴を持ち、ラムズがベアトリーチェの隣に並んだ。 

 美羽たちは、エメネアを拘束する装置を、徹底的に破壊しにかかった。
 鹿次郎も加わり、ダリルのエネルギーにそって斬り込み、装置をはずしていく。
 黒い犬に阻止されないよう、ルカルカとヘル、ラファが臨戦態勢を取るが、黒い犬は薄ら笑いを浮かべながらその様を見ていた。
「……っ!」
 エメネアに張り付いていた最後の破片を、ダリルがエネルギーで飛ばすと、エメネアが装置から走り出てきて雪たちのところに飛び込んだ。
「父上の許可は貰ったでござる結婚して下さいー!」
 すかさず求婚する鹿次郎の姿に、場の緊張感がほぐれた。
「大丈夫?」
 エメネアがパーツとして使われたことに対し強い憤りを感じ、装置を徹底的に壊した美羽。
 そんな中でも、共に装置を破壊したダリルが異常なまでのエネルギーを躊躇なく叩き込んでいることに気づいていた。
「問題ない」
「なら良かった!」
 あくまで気力で隠し通すダリルに、美羽はあえて深追いはしなかった。
 さりげなくダリルの隣に並んだルカルカがその身体を支えた。

「こうして見ると……父上に似てらっしゃいますわ……ね?」
 まじまじと黒い犬を見て、雪が不機嫌そうに呟いた。
 エメネアがもう連れ去られることの無いよう、しっかり手を握ったままだ。
(……お前もヤツに作られた剣の花嫁か。腕は落ちていないようだな。――だが、甘い。私の作品に比べれば、)
「なんだかやけにイラッとしますわね。父上は尾も白かったですけれど」
(……ヤツも犬の姿をしていたということか)
 雪の言葉に、黒い犬が忌々しそうに返す。
「そうですね」
(不愉快だ)
 ベアトリーチェが冷たく答えると、黒い犬はすぐに姿を金髪の中性的な人間に変えた。
「それが君の形ということかな? 黒い犬」
(オーソン、だ)
 茶化すような天音の言葉に、人間に姿を変えた犬が名乗った。
「どんな姿であろうと、狗畜生には変わりないのぅ」
 怒りを押し殺した声で『手記』が吐き捨てる。
 オーソンに、神威の矢で黄のスタイラスを投げ付けるが、犬のようなすばしっこさで避けられてしまう。
「こんなこと、ここで終わらせないとな」
「そうだな」
 レンとザミエルも銃を構えた。

 ベアトリーチェもまた、珍しく本気で戦闘に入る。
 神威の矢とサイドワインダーで攻撃すると、美羽も乱撃ソニックブレードを放つ。
 エメネアをパーツのように扱ったこと、天使たちを道具のように扱ったこと。
 許せるはずもなかった。
(マーズアタック!)
 突然オーソンがフライングクロスチョップで反撃してきた。
 とっさに避けると、皆再びオーソンに向かい臨戦態勢を取る。
(そう容易く私を捉えられると思うな。この金星仕込みの究極奥義マーズアタックで滅ぼしてくれる)
「マーズは火星だけどね……」
 エメネアが戦闘に巻き込まれないよう、ダリルとともにガードしていたルカルカがぼそりと呟く。
 場が凍りついた。
 オーソンはしばしの沈黙の後、突然何かに気付いたように顔を上げる。
(選ばれた者たちよ。その力を見せてみるがいい)
「絶対に今気付いたわよね。そして、無かったことにしたよね」
(てへ)
 舌を出したオーソンに、『手記』が黄のスタイラスを投げつける。
 ベアトリーチェもまた、何も言わずアルテミスボウを構えなおした。